表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/113

31 赤いベゴニア2

 

 冬茜色に染まる空の下、日が沈む前に今日の野宿の場所を決めた4人は、4人旅になって3度目の野宿の準備をはじめた。


 3度目ともなると、リーフのテントが手際よく作られ、焚火と食事の準備をするテラとファルの様子は日常の見慣れた風景になる。なお、ヘリックスは特にすることがないので、ニコニコとその様子を見守る係にしっかり収まっていた。


 短く鮮やかな冬の夕焼けが、茜から深い群青へとゆっくり移り変わり、4人は焚き火を囲む。

 ファルはヘリックスの依り代から自分の荷物を出してもらうと、食料を入れた麻の袋の中から黒いライ麦パンとバターが入った木箱、干し肉、ナッツを取り出した。


「ファル、果物は桃でいい?」


「おお、テラ、ありがとな! 桃は甘くってうまいよなぁ!」


「ね! 私も桃大好きなのよ。あと、そうね。ローズマリーパンがあるけど、どう?」


「ローズマリーのパンなんてあるんだな」


「私も初めて食べるの。ファルもひとつどうぞ」


「ありがたくいただくよ。しかし、次の町ではもっと買い貯めしないとな。依り代に入れられるってのはほんとに有難い。俺はいつもは町に2~3か月滞在して仕事して稼いで、また旅に出るって感じだったんだ。今は手持ちがあるからいいけど、この先、テラたちは立ち寄った町に長く滞在することは無いんだろう? そしたら、俺は資金が尽きてしまうからな。今後の旅の資金をどうするか……」


 ファルは黒いライ麦パンを手に取り、その乾いた生地のざらつきを指先で確かめると、慣れた手つきで木箱のバターをナイフで丁寧に削り取った。それをパンに塗り広げ、一口かじる。


「そうよね……私たちに合わせる形になるから……。あの、私たちはね、薬草を採取しながら、立ち寄った町で薬草を買い取ってもらって旅の資金を補充して、って感じなの。ファルも一緒に薬草を採取するのはどうかな」


「薬草採取か、そうだな……それが一番手っ取り早いか」


「リーフが薬草の場所を教えてくれるから、薬草が見つからないってことは無いのよ」


「そりゃいい! リーフ様様だな! しかも、依り代に入れておくから薬草は新鮮だ。新鮮な薬草は高く買い取ってもらえる。……そういえば、テラのことあまり聞いてなかったけど、リーフとはもう長いのか?」


「リーフとは1か月半ちょっと。もうすぐ2か月になるかな」


「どうして旅をしてるのか聞いてもいいか? 言いたくなければ、詮索はしないが……」


 焚火の炎がちらちらと揺れ、冬の静寂に溶け込んでいく。冬めく空には星が瞬き始め、冷えた風が頬をかすめていた。


「……私は3年前に両親を亡くして、独りで薬草を採取して生活してたの。そしたら2か月ほど前にリーフが突然現れてね。私は自分が守り人だって知らなかったの。とても驚いたけどリーフは小さくてかわいいし。私は独りだし。リーフが居たら毎日楽しいかなって思って契約したの。そしたら後になって、契約で不老不死になったって知ったの。リーフったら、契約の時に云わなかったのよ」


 テラは笑いながら話していたけれど、ファルは契約の話に正直とても驚いた。


「不老不死か! それはすげーな……そんな力がある精霊は滅多にいないというか、俺は各地を転々としてきたし、何人もの精霊に会ったことがある。不老や不老長寿は知ってるが……不老不死は初めてだ。しかし、契約の時に言わなかったのはダメだ。人が人でなくなるみたいなもんなのに、それを言わないとは……リーフが怖いぜ……」


 そう言ってファルがチラリとリーフのほうに目線を向けると、リーフはサッと横を向いて聞いていないかのような知らない素振りだった。その視線のやり取りを敏感に感じ取ったテラがすぐに話を続けた。


「そ、それで、旅をしようってなったのよ。歳を取らないから同じ場所には長く住めないねって」


「そうか……。テラはいま何歳なんだ?」


「いまは15歳。でもこれからもずっと15歳ね。もうすぐ誕生日なんだけど、年を取らないから意味がなくなっちゃった」


「意味がないことはないぞ。誕生した日だ。誕生日は、生まれてきたこと、生んでくれたことに感謝する日なんだ。だから、不老不死になっても祝っていいんだ。テラが年を取らなくても、俺は、テラが誕生してくれたことに感謝するぜ!」


「そっか……そうよね……。私、勘違いするところだったわ。ありがとう、ファル……」


 テラはリーフの守り人になったことを後悔したことは無いのだけれど、誕生日が近くなってきてほんの少し複雑な思いを抱えていた。

 しかし、ファルが『誕生日は生まれてきたこと、生んでくれたことに感謝する日』と言ってくれ、救われた気持ちになった。


「それで、誕生日はいつなんだ?」


「12月29日よ」


「1か月ちょっと先だな。そのときはちゃんとお祝いするから! な!」


 そう言ってファルはいつものようにニカッと笑った。


「ふふっ。ありがとう、ファル」




 リーフとヘリックスはふたりのやり取りを静かに聞いていた。


「あ、ごめんな。テラとばっかり話しちまって」


「あら、全然かまわないわよ。テラの誕生日は12月29日って聞けたし。ね? リーフ」


「うん。テラの誕生日、必ずお祝いするよ!」


 リーフはテラの表情をじっと見つめていた。『必ずお祝いするよ』と断言したのは、リーフなりの誓いだった。


「皆んな、ありがとう! 誕生日、楽しみにしてるね!」


 テラは両親を失ってからの3年間、誕生日を祝っていなかった。テラの誕生日を祝う人が誰もいなかった、と言ったほうが正しいのだけれど、久しぶりに誕生日を迎えるのが楽しみに思えて、それが何より嬉しかった。焚火の火が静かに揺れ、焚火を見つめるテラの瞳の奥に、暖かな光が灯ったように見えた。




 テラとファルは食事が終わって、片付けをしたり、寝る準備で右へ左へと動いているので、リーフとヘリックスは焚火のそばに座ってなにやら話し込んでいた。


「リーフは誕生花ってわかるかしら」


「誕生日と誕生花の関連はよくわからないけど、花言葉なら」


「12月29日の誕生花はオドントグロッサムね。他にもあるんだけど、テラはオドントグロッサムだわ」


「特別な存在。誕生日にオドントグロッサムを贈れたらと思ったけど……」


「高い山でないとなかなか見つからないわね」


「そうだよね……」


「ところで、リーフは今夜、このあと、テラに花束をあげるの?」


「あ、そうだ、リボン! ありがとう、ヘリックス」


「どういたしまして。それで、どんな花を用意したの?」


 ヘリックスは優しく微笑み、リーフの様子を見つめながら穏やかに尋ねた。


「あ、えっと……赤い……ベゴニア……」


 ヘリックスにどんな花かを聞かれ、なんとなく照れくささを感じたリーフは、視線を泳がせながらボソボソと小さな声で答えた。

『赤い……ベゴニア……』という控えめな答えに、ヘリックスは思わずクスッと微笑む。


「赤いベゴニア! とてもいいわね! 貰った時のテラの反応が気になるわ。テラが戻ってきたらここで花束を渡してくれない?」


「え、嫌だよ。テントに入ってから渡す!」


「……ケチねぇ」


「ケチって……面白がってるでしょ……」


「ええ、もちろん。面白いわよ。これが面白くないなら、世界のすべてが面白くないわね。私は世代交代、子孫繁栄の象徴だもの。今まで何人もの守り人の告白を見たわ。みんなそれぞれ、素敵な告白をしていたのよ。でも、精霊の告白は初めてね! ぜひ見たいわ」


「絶対見せたくない……」


 そんな会話をしていると、テラとファルが焚火の場所に戻ってきた。

 日が沈み、辺りはすっかり暗く静まり返っていて、冬の空気は冷たく澄んで白い吐息が空に昇っていた。


「日が沈むとやっぱ寒いな! 温まってから火を消そう」


「寝る前にしっかり温まらないとね。テントに入ったら即毛布に包まるわ」



 焚火でしっかりと温まった後は、火を消してそれぞれのテントに向かい、今夜はいつも通りの、リーフとテラ、ヘリックスとファルに分かれて夜を過ごす。


 リーフはテントに入るなり依り代に消え、テラと同じ背丈ほどの姿になって赤いベゴニアの花束を手に、テラの前に現れた。

 リーフの霊核は、緊張のせいかキュッと力が入り硬くなっているようで、リーフもそれを感じて、さらに緊張感が高まるのだった。


『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』

最後まで読んでくれて嬉しいです!ありがとうございます!

次回もリーフとテラの物語をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ