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28 テラとヘリックス

 

 焚火を囲んでの夕餉もおわり、それぞれのテントに分かれ、テラとヘリックスのテントでは女性同士の内緒話が始まっていた。


「今朝はファルのこと、ありがとう」


 ヘリックスはにこやかに微笑みながらテラを見つめ、まずは今朝のお礼から会話を進める。


「どういたしまして。私、ヘリックスとゆっくりお話したかったの! こうして時間が持てて嬉しいのよ。ありがとう、ヘリックス」


 テラはにっこりと笑顔を返し、話せる時間が持てたことに対するお礼を口にした。


「私もテラと話したかったわ」


「「ふふっ」」


 ふたり顔を見合わせて、笑みがこぼれ、和やかな雰囲気に包まれる。

 4人の旅になって2日目の夜。お互いを知るためにも、このタイミングでの『入れ替え』はちょうどよかったのかもしれない。



「ところで、テラ。昨夜、リーフになにかあったのかしら?」


 昨夜というのはリーフが力を解放した件なのだけれど、ヘリックスはテラが関係しているのではと思っていたため、テラに直接聞いてみることにしたのだった。


「昨日の夜ね、リーフ、力を制御出来ないって言ってたの。でもすぐ収まったようだったわ。ヘリックスは気付いたの?」


「ええ、あれだけ力を放てば精霊なら誰でも気付くわね。15km先でも気付くんじゃないかしら」


「そんなに!? そんなことってあるの!?」


 ヘリックスの説明にテラは心底驚いてしまった。


「そんなによ。リーフはああ見えて相当な力を持っているの。それはテラのおかげでもあるわね」


 そう言ってヘリックスは柔らかな笑みを浮かべ、テラの瞳をじっと見つめた。


「あ、……確かに……毎日血をあげてるわ。1日も欠かさず血を飲むと力が高まるってリーフが言ってたの。ヘリックスは知ってるの?」


「そうね。リーフが今の力を持つことが出来ているのは、守り人の血を毎日摂取しているからってのは分かるわ。でも、昨夜のあれは何かしら。ただ力が溢れたというより、何か、一気に解放したって感じがしたわ」


「うーん……詳しいことは聞いてないから分からないけど……」


「たぶん、何かきっかけになることがあったんじゃないかしら」


「……きっかけ……」


 きっかけと言われても、テラには見当がつかず、よく分からなかった。昨夜のリーフの様子は確かに普通ではなかったけれど……思い返してみてもやっぱり分からない。



「ところで、テラは何か私に話があったの?」


「あ、私はね、ヘリックスにちょっと相談というか……」


「あら、何かしら」


 ヘリックスはニコニコと微笑みながらテラに尋ねた。


「ヘリックスはユズリハの精霊でしょう? 若返りと世代交代が花言葉。だからそういう性質を持ってる。で、合ってる?」


「そのとおりよ。私たち精霊は花言葉を由来とする性質を持っている。知っているでしょうけどリーフも例外ではないわ」


「ええ、リーフは永遠の愛ともてなし。それがリーフの性質だから、性質のとおりに行動する。だから、それには感情は伴わない。合ってるわよね?」


「さすがね、テラは。何か気になることでも?」


「私は不老不死になって人間であることを捨てたみたい。そして、女の子でもなくなったみたいなの。世代交代、子孫繁栄のヘリックスだったら、何を意味するかわかると思うの。たぶんヘリックスはこんな私を……例えばだけど、ファルの相手としてふさわしいとは思わないでしょう?」


 相談というより、自分が選んだ道を確かめるための問いだった。答えはすでに出ている。でも、それを言葉にして誰かに伝えることで、より現実として受け止められる気がした。


 ヘリックスは一瞬考え込むように目を伏せた。慎重に言葉を選ぶための沈黙が流れ、その後、優しくテラを見つめながら答えを口にする。


「……確かに、そうね。ごめんなさい、テラ」


「いいのよ。だって、そうなんだもの」


 テラは少し視線を落としながら言葉を続けた。不老不死という事実を、こうして改めて口にすることで、その意味を再確認しているようだった。


「……テラは……リーフとの契約をこのまま続けたいの?」


 テラはふと指先を見つめた。怪我をしてもすぐに元通りになる。歳を重ねることもない。

 それはつまり、時間が止まっているということ。

 人は皆、老いる。時間の流れの中で生きている。でも、自分は——違う。

 傷ついても修復され、時間は巻き戻る。それは、時間の流れから切り離されているということ。

 テラはずっと、変わらないまま生き続ける——

 このまま、リーフとともに。


 テラはゆっくりと息を吸い込んだ。心の中ではすでに決まっている答え。それでも、言葉にする瞬間、まるで確かめるように慎重になった。


「私は……私は、ファルが言ってたように、守り人であることに誇りを持ちたいの。今まできちんと考えたことが無かったけど、今の時間は……精霊と過ごす時間は、守り人にしか出来ないことで……リーフの守り人でよかったと思ってるの。昨日の夜もリーフと話してて、リーフに言ったの。リーフの守り人で幸せって。リーフの守り人でよかったって」


「そう。テラは強いのね」


 テラはふっと視線を落とした。テラは人としての生理的な変化を失ってしまった。それをリーフに伝えたところでどうにもならないと思うし、それが不老不死ということなんだと思う。


「このことはリーフには言ってないし、言わなくてもいいかなって思ってて。だから、内緒にしてて」


 ヘリックスの沈黙が数秒続く。テラはその間、自分が選んだ道の意味を再び心の中で反芻した。


「……わかったわ。でも、テラがこんな犠牲を払ってるのに気付かないなんて。しかもリーフは自分のことにも気付いてないから」


「自分のことにも気付いてない?」


「感情が伴わないとは限らないってことかしら」


 ヘリックスの言葉に、テラは僅かに眉をひそめる。精霊の性質に感情は伴わない……『永遠の愛』と言ってもそこに感情がのっているわけじゃない、と思っていたのだけれど。


「感情が伴わないとは限らない…感情が伴うこともあるってこと?」


「精霊だって感情はあるし恋愛だってするのよ。ただ、リーフは型にハマりすぎてるのね」


「型にハマりすぎてる……な、なるほど……?」



 ヘリックスの説明に、テラは分かったような? 分からなかったような? そんな思いだったのだけれど、夜も更けて来たので、大切な日課を行うためにリーフのテントへ行くことをヘリックスに申し出た。


「あ、私、ちょっとリーフのテントに行ってくるわ。リーフはもう寝たと思うから、おまじないをね」


「おまじない?」


「私が子供の頃に、私が寝る時に母さんがいつもおまじないをしてくれてたの。今日よりもっと幸せな明日が待ってるわよ、おやすみなさいっておでこにキスしてくれて。リーフに毎晩こっそりやってるの」


「そう。テラはリーフの優しいお母さんね」


「ふふっ。ちょっと行ってくるわね」


 テラの背中を見送りながら、ヘリックスは微笑みを浮かべた。彼女の優しさが、リーフにどれほどの影響を与えているのかを思いながら。


「……きっかけは……たぶん、テラがリーフに言ったこと。これがきっかけになったんだわ」


 ヘリックスは静かになったテントの中で宙を見つめ、ふっと微笑んだ。その穏やかな笑みの中には、どこか安堵にも似た想いが滲んでいた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回も楽しんで読んでいただけると嬉しいです!

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