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01 共同生活


「おはよう、テラ」


 朝日が差し込む小窓のそばに置かれた花台の上にちょこんと座り、何か考え事をしているように外を眺めていたリーフは、テラが起きたのに気付き、穏やかな優しい声で朝のあいさつの言葉をかけた。


「おはよう、リーフ」


 ベッドから起き上がり、うーんと伸びをしたテラは声がした方に体を向け、リーフが座る花台の前で腰を落とした。


「今日からよろしくね」


 目線をリーフの高さに合わせ、テラはニッコリと微笑みながら初めての挨拶を交わした。


 テラがリーフとの血の契約を結んだのは、つい数時間前のこと。

 テラは『やっぱり夢じゃなかったよね』と安心したように心の中でつぶやいた。


「ぼくのほうこそ、よろしくね! 今日はすごくいいお天気みたい。テラは薬草採取に行くの?」


 秋日和の空が覗く窓辺で、リーフが今日の予定を訊ねた。

 テラが毎日薬草採取に行くのは知っていたから、確認の意味で。


「よく知ってるのね。午前中は薬草採取に行って、午後は薬草茶を作りたいかな」


 リーフを手のひらに乗せ、『こんなに小さなリーフが独りぼっちでお留守番なんて可哀そうだし、どうするかなぁ』と考えながら寝室から居間へ移動していると、リーフが良い方法を教えてくれた。


「どんぐりを持って行ってくれたら、ぼくも一緒に行けるよ!」


「そっか! どんぐり!」


 テラはパタパタと寝室に戻り、そっとリーフをテーブルに降ろすと、テーブルに置いていたどんぐりを手に取った。

 どんぐりのサイズ感を改めて確認したテラは、肌身離さず持っている首から下げたお守り袋を取り出し、満足げに微笑んだ。


「いつも持ってるお守り袋にぴったり入ったわ。これで、いつでも一緒ね」


「やった! ぼく薬草見つけられるよ!任せて!」


「ほんと? それはすごく助かっちゃう。楽しみだわ」


 寝室を出てキッチンに向かい、リーフをキッチンテーブルにそっと降ろし、ご機嫌で朝食の準備を始めたテラはリーフに訊ねる。


「リーフは食べたいものある?」


「ううん。ぼくはいらないから、テラは気にしないで食べて」


「そう? じゃあ、朝ごはん食べるから待っててね」


 リーフは人が食べるものを食べないのか、朝ごはんを食べないのか、お腹が空いていないのか理由は分からなかったけれど、テラはちょっとだけ残念に思いながら一人分の朝食を用意し、急いで食事を済ませた。


 バタバタと出掛ける準備をして、薬草採取の道具や薬草の本などが入ったいつものカバンを左の肩に掛けると、リーフがテラの右の肩を指さしながら声をかける。


「テラの肩に乗っていい?」


 ああ、なるほど! と、テラはリーフの体を優しく包むようにして持ち上げ、右の肩に乗ってもらった。


「はい、お待たせ。それじゃ、ふたりで初めての薬草採取に出発しよっか」


「うん、行こう!」


 ふたりの共同生活の記念すべき1日目の朝は、こうして和やかに最初の一歩を踏み出した。




 ブライトウッド村のテラが住む家から、セイクリッドの森の入り口まで歩いて20分ほど。

 テラにとっては通い慣れた道だけれど、澄み渡る秋空の下、リーフと一緒に歩く道程はなんだかとても新鮮で、ふふっと自然に笑みがこぼれた。


「楽しいね、テラ?」


「ええ。楽しいわ。だって、独りじゃないもの」


「ぼくもテラと一緒にいられて楽しいな」


 テラはどこか懐かしいハミングを口ずさみ、リーフがハミングに合わせてゆらゆら揺れていると、気付けばもう森の入り口に差しかかっていた。


「森に入ったら、薬草が生えている場所はぼくが教えるね!」


「ありがとう、リーフ。ぜひ、お願いするわね」


 森の小道を進んで行くと、さっそく薬草を見つけたリーフはテラに薬草の種類と方向、距離を教えた。


「テラ、あっちに100メートルほど行けばセンブリがあるよ。もう少し奥にはクズもある」


「センブリとクズがあるのね。ちょうど見つかるといいなって思ってたのよ」


 リーフが指し示す方向へ森の中を進んで行くと、ちゃんとその場所に薬草が生えていて、テラはリーフの力を実感した。


「すごいのね、リーフ。見えなくても何が生えているか分かるのね」


「うん、ぼくの力で感知できるの」


 薬草を採取しながら、ふと、肩に乗ったリーフのほうに顔を少し傾け、視線を落としてチラリとリーフを見たテラはその様子にドキッとした。

 リーフの緑色の瞳がキラキラと輝いていて、小さな体はぼんやりと白く発光しているように見えた。


 力を使っていると光るのかしら? テラは思わず独り言のようにつぶやく。


「……リーフは本当にすごいのね」


「テラ、あっちの岩の向こうにリンドウとオミナエシがあるよ」


 テラの褒め言葉は耳に入っていなかったのか、リーフは次の薬草を早々に見つけて教えてくれるので、テラは一瞬きょとんとしつつも、なんだか可笑しくなって笑みがこぼれた。


「ふふっ、ありがとう、リーフ」


 こんな調子でリーフが次々に薬草を見つけてくれたおかげで、午前中の2時間ほどでいつも以上にたくさんの薬草を採取でき、満足のいく結果にテラはご満悦だった。


「さすが精霊さんね! 私ひとりじゃ2時間でこんなにたくさんの薬草を採取できないもの。リーフがいてくれてよかったわ。本当にありがとう!」


「これから毎日、お手伝いするよ! 任せてね!」


 ニッコニコのテラにお礼を言われ、リーフは誇らしげに笑って応えた。


 もちろん、テラの薬草採取を手伝うのがリーフの日課になったのだけれど、リーフにとっては、守り人(テラ)と一緒にいることこそが何よりも大切で、何よりも大事なことだった。





 薬草採取を終えて家に戻ったテラは、そのまま作業場に向かい、採取したばかりの薬草を洗ったり干したりと忙しそうにしていた。


 家の南側には半戸外の作業場があり、そこには薬草や薬草茶が並んだ棚、物干し台、作業台、水場があり、きれいに整理整頓されていた。


「ここ、いいね。日当たりもよくて、日陰にもなるし。風通しもよくて気持ちいい」


 作業台の隅にちょこんと座っていたリーフは作業場が気に入ったようで、いつの間にかコロンと寝そべって寛いでいた。


 テラは作業がひと段落したところで、リーフに声をかけた。


「リーフはお昼ごはん、食べたいものある?」


 返事がないので、寝そべっているリーフの顔を覗いてみると、リーフはすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「お昼寝してるのね。ふふっ。リーフったら、かわいいのね」


 起こすのも悪いわねと、リーフに小さなタオルをそっと掛けて、テラはひとりで昼食を済ませ、薬草茶づくりを始めた。


 薬草の卸店で薬草を買い取ってもらったり、薬草茶を作って買い取ってもらったり、薬草を調味料にして料理に使うこともあるけれど、これはまだ自分で使うだけ。

 傷薬や消毒液も作ってみたいなんて思ったりもする。


 3年前、12歳の頃に事故で両親を亡くし、それからは何冊もの薬草の本を読んで勉強して、薬草卸店の親切なご夫婦にも教わって、この3年間でずいぶんと薬草に詳しくなった。

 これで生計を立てて、独りで生きていけるくらいにはなれた。


 独りで生きていけるように。 その一心でやってきたし、独りの生活にもようやく慣れてきた。


 リーフが現れて、こうして薬草茶を作っているすぐ隣ですやすやと寝ているリーフを見ていると、自然と笑顔になるし、穏やかな気持ちになった。

 そういえば3年間、あまり笑ってなかったなと思い返して、思わず笑ってしまう。


「私、寂しかったのかな」


「テラ、寂しいの?」


 独り言のつもりだったのにリーフの声がして、テラは少し驚いてしまった。


「あ! 起こしちゃってごめんね。寂しくないよ? リーフがいるもの」


 テラはタオルの上からリーフの体を優しく撫でて、ニコッと笑ってみせた。





 日が傾き、西の空がオレンジ色に染まり、リーフとテラの記念すべき1日目が終わろうとしていた。


「夕食、食べる?」


「ううん。いらないから、気にしないで」


 一日食べないってことはそういうことなのねと、なんとなく理解したテラはひとりで夕飯を済ませ、一日の終わりにホッと一息の薬草茶を飲んでいた。

 すると、リーフが薬草茶のことを聞いてきた。


「テラが飲んでるのはカモミールとローズヒップ?」


「ええ。リーフはよく知ってるのね。これはカモミールとローズヒップをブレンドした薬草茶なの。カモミールは春頃に収穫して乾燥させたもので、ローズヒップは買ったものなの。さっき作ったばかりだから、味見がてら、かな。でも、もうちょっとローズヒップがあるとよかったかも……」


 テラは少し残念そうに、手に持ったティーカップの薬草茶に視線を移した。


「ねぇ、テラ。明日、ローズヒップたくさん穫ろうよ! ぼくが見つけるから」


「え! 本当? すっごく嬉しい! ローズヒップはあまり見つけられなくて、お茶にするときはいつも買ってたのよ。それじゃ、明日はローズヒップをたくさん見つけてもらわなくちゃ。明日もよろしくね、リーフ」


 リーフの嬉しい提案で明日の予定も決まって、リーフとテラ、ふたりの新生活の1日目は心地よい穏やかさの中で終わり、緩やかに流れる時間がふたりを包み込んでいた。


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