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19 自然のテントとおまじない

 

 ウェストクロス3日目の朝。

 今日はウェストクロスの町を出てノーサンロードを南下していくのだけれど、ここまでの道中とは違い、町や村が極端に少なくなっていく。

 エルナス森林地帯を避け、ぐるっと囲むように通るノーサンロード沿いは手つかずの自然が多く、これから先は野宿に適した場所を探しながらの旅路になるのだ。


 町並みを抜けて、大自然の中をリーフとおしゃべりしながら歩を進め、薬草を摘み、秋の色とりどりの風景を満喫しながらの歩き旅は、テラにとってとても楽しく穏やかな時間。

 それはリーフにとっても同じで、ふたりだけの時間は緩やかに過ぎていく。そうして20kmほど歩いた頃、リーフがテラに声をかけた。


「テラ、今日はこのあたりで休まない? あまり暗くなるといけないし、そばに小川もある。街道も近くて安全だと思うよ」


「うん、そうだね。ここで野宿しようか」


「それじゃ、テントはぼくに任せて! ちょっと待っててね」


 リーフの瞳がじわっと光を帯び、足元から光の環が放出されると、周囲の草木がぐんぐん伸び始めた。

 草や蔦が絡まり、ぐんぐん伸びる蔦が優雅な曲線を描き、リーフの力で自然のテントが作られていく。

 さらにテントの周囲には草や蔦を絡めて作った胸の位置ほどの高さの壁まであるのだ。


「すごい! 自然の緑のテントね! しかも壁まであるなんて!」


 テラは壁をそっと触れ、蔦の柔らかな手触りに驚きと感動を覚えた。


「風も雨も防げるから、安心して眠れるよ。自然のテント、どうかな?」


「ありがとう! リーフと一緒ならどんな場所でも安心して夜を過ごせそうね!」


 草や蔦でできたテントも壁も、遠目にはただの森の風景の一部にしか見えない。

 それはまるで自然に溶け込む秘密の住処のようだった。


「テント、入ってみていい?」


「もちろん。入ってみて。幅や高さは調整できるから言ってね」


 入口は小さく作られていて、157センチほどのテラが腰を屈めて入るくらいのサイズだけれど、中に入ってみるとけっこう高さがあって直立の状態でも余裕があり、テントの天井は170センチくらいの高さがありそうだった。

 横幅はテラが両手を横に伸ばしても壁に届かないほどで、テラが寝転んでも十分な幅がある。

 足元には柔らかな草が敷かれ、周囲の蔦からほのかな葉の香りが漂っていた。


「大きさはどう?」


「ええ、大きさは十分よ。足元も柔らかで、草のいい匂いがして、ほんと、すごいわ!」


「それじゃ、敷き布と毛布と……枕も依り代から出しておくね」


 リーフはテラほどの背丈に姿を変え、依り代から寝具や寝間着、着替えなどの必要な物を次々に出していった。


「ありがとう、リーフ! 寝る準備はこれでもう万端ね」


 テントが出来上がったのを確認したテラは、さらにリーフの依り代から三脚と鍋と水、薪、火打ち石と火打ち金、スコップ、ランタンなどを出してもらった。


 スコップで掘り出した焚火穴に薪を丁寧に積み上げ、三脚を立て、鍋を掛ける。

 鍋に水をそそいで、火を起こす。火打ち石を軽く打つ音が静かな森に響き、小さな火がぱちぱちと弾けた瞬間、テラの顔にはわずかな達成感が浮かんだ。

 テラは両親を亡くして以来ひとりで生活をしていたので、火を起こすのはお手の物だった。


「食べるのが私一人だから、なんだかもったいないなぁ」


「ぼくが一緒に食べられたらよかったんだけど……」


「あ、いいのよ。気にしないで。ひとりの食事は慣れてるもの。そうだ! 昨日買った串焼き!」


 テラはひとりの食事は慣れていると言いながらも、どこかでリーフと一緒に食べられたらどんなに楽しいだろう、と思わずにはいられない自分に気づいていた。


「そうだね。串焼きの他に、何食べる?」


「チーズと胡桃パン1つ、それと……りんご。串焼きは1本だけでお願い」


 テラは串焼き1本とチーズ、胡桃パン、りんごをリーフの依り代から出してもらった。


「串焼きは……冷めてるね」


「ごめんね、温度保てなくて。ぼくの依り代、万能じゃないみたい」


「ううん。鮮度がそのままなのがすごいんだから、謝らないで」


 リーフの依り代は鮮度はそのまま保てるけれど、温度は保てないことが分かり、ちょっと残念な結果となった。

 テラは串焼きを火で軽く炙り、沸かしていたお湯で薬草茶を煎れて、いつものようにひとりで食事をする。


「串焼き、すっごく美味しい! 胡桃パンもふわっふわよ! リーフの依り代はほんとすごいわ。いつでも美味しいごはんが食べられるなんて、こんな幸せ、他に無いわ」


 焦げ目がほんのりついた串焼きは、炙り直すことで香ばしさが増し、口いっぱいに肉の旨味が広がった。

 胡桃パンの優しい甘さと、薬草茶のほのかな香りが絶妙にマッチして、自然の中でのひとときがますます愛おしいものに感じられる。


「そう? それなら良かった!」


 リーフはニコッと笑いながらテラの満足そうな顔を見つめていた。

 焚火の炎は柔らかいオレンジ色に揺れ、あたりを静かに包み込む。

 パチパチという音が、ふたりの時間をさらに心地よいものにしてくれる。


「ねぇ、リーフ。胡桃パン、もうひとつ出してもらっていいかな」


「うん、もちろんいいよ!」


 リーフの依り代のおかげで食べ物は新鮮なまま。

 いつでも美味しく食べられるのもあって、テラの食欲はどんどん進む。

 追加で胡桃パンをもうひとつ出してもらい、ペロリと平らげた。


「すっごく美味しかった! ごちそうさま!」


 食事が終わると、そばを流れる澄んだ小川からきれいな水を汲んできて、体を拭いたり、顔を洗ったり。

 水がとても冷たく、キリリと冷たい感触が指先から体全体に広がった。

 冷え切ってしまったテラは、暖を取るために焚火のそばに腰かけた。


 日が沈み辺りが暗くなると、空には無数の星が散りばめられ、満天の星が瞬いていた。

 星々は静かに瞬きながら、夜の静けさに溶け込んでいく。

 何も無い静かな夜、どこからか虫の声が聞こえてくる。


「温まったし、そろそろ寝ようか」


 焚火の火を消し、テントに入ると、天井部分に穴が空いていて星がのぞいていた。

 天井の穴は、リーフがこっそりと蔦をコントロールして夜空が見えるように調整したのだ。


「あれ? 天井に穴が空いてるわ。最初に見た時は無かったけど」


「夜空がきれいだから、横になって見えるといいかなって思ってちょっと」


「テントで寝ながら星が見えるのね」


 星々の光が柔らかく降り注ぎ、まるで夜空そのものがふたりを守るように静かに輝いていた。


 それじゃ、とテラはいつものように裁縫箱から針を取り出す。

 リーフの日課である血の摂取は、絶対に欠かせない就寝前の儀式みたいなものだ。

 リーフの日課を済ませ、ランタンの火を消すと、真っ暗なテントの中で天井の星だけが煌めいていた。


「今夜も星が綺麗だね」


 テラとリーフはもふもふした温かそうな毛布に包まって星空を見上げていた。


「ね、眠い……」


 リーフは今にも眠ってしまいそうだけれど、テラの手をしっかりと握っている。

 手を繋いだままの温もりが、リーフに静かな平穏をもたらしていた。


「リーフってば。血も飲んだし、寝ていいのよ?」


「手繋いで……星を……むにゃむにゃ……」


 リーフの瞳がゆっくりと閉じられたと思うと、あっという間に寝てしまった。

 血を摂取したらすぐに寝てしまうのは相変わらずのリーフだった。


「寝た? かな。大きいまま寝ちゃったわ」


 リーフの日課には、テラと同じ背丈になってテラに時々抱きしめてもらう、というのがある。

 抱きしめてもらったら小さな姿に戻り、血を摂取して寝るのがお決まりのパターンだった。


 この旅で初めての野宿のこの夜。

 手を繋いで一緒に星を見たかったリーフは、いつもの小さな姿で血を摂取してから、テラと同じ背丈に変化したのだけれど、やっぱりどうしても眠気には勝てず、その大きな姿のまま早々に寝てしまったのだ。


「ふふっ。大きな姿でも小さな子どもみたい」


 その寝顔には幼さが残り、思わず笑みがこぼれたテラは、リーフのサラサラした前髪にそっと手を伸ばした。


「今日よりもっと幸せな明日が待ってるわ、ゆっくりおやすみ。リーフ」


 そう言って、眠っているリーフのおでこに優しいキスを落とした。


 リーフが知らない秘密のおまじない。

 テラが子どもの頃、眠る際に母親がしてくれたおまじないを、リーフが初めて泣いたあの日から、テラは毎晩欠かすことなく彼に施していた。

 テラの秘密の願い事。それはリーフの幸せ。リーフの幸せを願うことがテラの大切な日課になっていた。

 テラはリーフの寝顔を見守りながら静かに目を閉じると、星々の光がふたりを包み込み、夜の静けさが幸せな夢へと誘っていった。


いつも『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます!

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