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17 ウェストクロス1

 

 フォークスエンドから始まったリーフとテラの歩き旅は、深まる秋の色とりどりの風景に包まれながら、15日間かけてノーサンロードをのんびりと進み、ウェストクロスに到着した。


「ねぇリーフ、ウェストクロスはかなり栄えた大きな町なのよね」


「そうだね。ブライトウッドから約600キロ。ここは大陸西部アウリス地方への分岐点、宿場町ウェストクロス。多くの旅人や行商人が行き交う町だからね。いつか西側にも行ってみたいね」


「南の次は西に行ってみる? 私、太陽が海に沈む景色を一度見てみたいな。きっとすごく美しいと思うのよ」


 テラが住んでいたブライトウッドから海はそれほど遠くないのだけれど、太陽が海に沈む景色をテラはまだ見たことがない。テラは見たことが無い風景に思いを馳せ、憧れの眼差しで宙を見上げた。


「時間はいっぱいあるし、テラと一緒ならどこへでも」


 そう言ってニコッと微笑むリーフと会話を交わしながら、テラはウェストクロス周辺の地図を広げ、これからの宿泊について話し合うことにした。


「ここから先は、町が少なくなるのね」


「エルナス森林地帯が近いからね。次の町までは馬車で1日で行ける距離だけど、その先の町はずっと遠くて馬車でもキャンプ地に1泊するみたいだよ。テラはもう15日間歩いてきたし、次は馬車にする?」


 エルナス森林地帯は東西約800km、南北約500kmの広大なもので、方位磁石が効かず、迷い込んで戻って来た人はいないと言われ、神秘に満ちた森林地帯だ。

 ノーサンロードを南下する道はこの森林地帯を避けて迂回するように通っており、次の町までが遠く、人家もまばらになっていく。


「うーん……そうね……。まだ一度も野宿をせずにここまで来れたけど……私は野宿でも平気よ。野宿の準備はしっかりしてきたし」


 ブライトウッドの村を出て20日ほど経ち、そのうち15日間は歩き旅だったけれど、緑豊かな丘陵地帯や川沿いの小道を通り、たくさんの景色を楽しめた。宿に泊まれる幸運も重なり、ふたりの旅は平穏だった。


「うん、野宿の準備は完璧。火も起こせるし鍋もあるし、テントも毛布も雨具もちゃんと持ってきたからね。食料と水は7日間くらいは補充せずに行けそうなくらいはあるよ。でも、ウェストクロスでもう少し補充はしておくほうがいいかな。この先町が少なくなるからね」


「わかったわ。これから野宿もするし、明日は食料を色々と補充しよう!」


「そういえば明日だけど、おまつり、行く?」


「宿に来る途中の案内板にあった豊穣まつりよね。行ってみたいわ! 露店もいっぱいあるよね!」


 ウェストクロスはちょうど秋の豊穣まつり期間で、ふたりは明日、まつりの中心になっている中央広場へ行くことにした。





 翌朝。


 以前立ち寄ったフォークスエンドでは市場で買い物をしたけれど、ここ、ウェストクロスでは市場には寄らずに秋の豊穣まつりの中央広場に来ている。


 果物の甘い香りや焼いた肉の美味しそうな匂いが辺りに漂い、鮮やかな色彩の屋台が立ち並んでいる。

 子どもたちの笑い声が響き、大人たちは次々に手に特産品を抱えて楽しんでいる。秋の豊穣まつりは、まるで季節そのものが祝福しているかのような活気に包まれていた。


 新鮮な果物や野菜が並ぶマーケットや、地元の料理を楽しめる屋台、手作りの工芸品があふれる中、中央広場の入り口近く、工芸品がずらりと並ぶ一角で、テラの足が自然と止まった。

 キラリと輝く大きな貝殻にテラの目が引きつけられ、その瞬間、テラの顔がパッと明るくなった。


「うわぁ、とてもきれい! こんなにキラキラした貝殻があるのね」


「いらっしゃい。この貝殻、アワビと言って巻貝の一種なのよ。装飾用として人気があるの。ほら、こっちのヒオウギ貝も見てみて。色とりどりで綺麗でしょう? こういう貝殻を使って、ペンダントやブローチに加工するのよ。ちょっとこちらも見てみて!」


 店主のきれいなお姉さんが、綺麗な貝殻を加工した工芸品の装飾品売り場に案内してくれた。


「わぁ……どれもすごくきれい……」


 色とりどりの貝殻を様々な形に加工した髪飾りやペンダントトップ、ブローチなどが並んでいる。


「あ! これ!」


 テラが見つけたのは、葉っぱの形に加工された緑色のペンダントトップだった。


「これ、触っても大丈夫ですか?」


「どうぞ。手に取ってみていいのよ」


 テラが緑色のペンダントトップをそっと手に取ると、光にあたってキラッとして、それはまるでリーフの瞳のようで、思わず頬が緩む。


「これ欲しい……いくらするんだろう……」


「テラ、こっちの青いのはどう?」


 リーフが指したのは花の形に加工された青色のペンダントトップで、リーフはそれがテラの瞳のようでとてもきれいな青だと思った。


 すると、店主のお姉さんがテラに声を掛けてきた。


「この緑色のペンダントトップは4,500ŞĿ※よ。緑はあまり無いからちょっと高めなの」


「4,500ŞĿ……薬草6把か7把分……宿泊費なら3泊分くらいか……あの、こちらの花の形の青いのは?」


「こっちは3,000ŞĿね。ちょうどあなたの瞳のような空色の青ね」


「は、はい……」


 テラは少し考えた。テラからするとかなり高い買い物で、しかも特に必要のない装飾品。それでも、テラは決心する。


「あの、緑色と青の両方とも買います!」


「まあ! ふたつとも買ってくれるの? ありがとう! お礼に皮の紐をつけて、代金も7,000ŞĿにおまけしちゃうわね!」


 ※エルディン王国の通貨 ŞĿ(シルヴァ)





「どうしよう……買ってしまった……で、でも! 欲しかったから!」


 テラは装飾品を買ったのが実はこれが初めてで、実用性の無いこんな高い買い物をしたのも初めてだった。でも欲しいと思ったのは本当の気持ちだったので、自分に納得させるように言った独り言だ。


「テラ、ちょっとどこか……誰にも見られないところに行けない?」


「?……宿に戻る?」


「それでいいよ」


「わかったわ。でも、どうして?」


「うん、ちょっとやりたいことがあって。人がいないほうがいいから」


 リーフの言う通りに、中央広場を出て宿に戻ると、部屋へ入るなり、リーフはぼんやりと体全体から光を発しながらテラと同じ背丈に姿に変えた。


「テラ、買ってきたペンダント、着けるよね? ぼくが着けてあげる」


「やりたいことって、ペンダント着けたかったの?」


「うん。人がいるところでぼくが着けてあげたら、おかしなことになるでしょ?」


「確かにね」


 リーフは普通の人には見えない存在。人がいる場所でリーフがテラにペンダントを着けると、その瞬間にテラの首にペンダントが出現することになるので、リーフは人目を避けたかったのだった。


「どっち着ける? ふたつとも着ける?」


「私は、リーフの瞳の色に似た……この緑色のペンダントを着けるから、青いペンダントはリーフが着けてくれないかな。こういうの着けるの、嫌?……かな」


 リーフは精霊だしこんな装飾品着けたくないかも……とちょっとだけ不安になる気持ちを抑えつつ、少し照れくさそうにリーフに訊ねた。


「え! 全然嫌じゃないよ! どっちもテラが使うと思ってたから……」


 テラは、緑色は自分用でリーフが勧めてくれた青色はリーフにと、最初からそう思って2つ買っていた。

 リーフは純粋にテラの瞳みたいできれいだなと思って青色のペンダントトップを勧めたのだけれど、まさかぼくの分だなんて。


「それじゃあ、まずは私が着けてあげるね」


 テラは優しい手つきでペンダントをリーフの首に掛けた。ペンダントの青い輝きがリーフの胸元で揺れると、テラは少し誇らしげに微笑んだ。


「次はぼくが!」


 リーフがテラの首元に緑色のペンダントをそっと掛けた。ふたりの笑顔が輝くペンダントに映り込み、光が一層鮮やかに輝いた。


「ふふっ。 おそろいだね」


 光に当たるとキラッと輝いて、とてもきれいなおそろいの貝殻のペンダントにテラは大満足の様子だった。

 しかしながら、明らかに予定外の出費となったので、これから買い物をするなら薬草を買い取ってもらうのが先! ということで、午後は薬草の卸店へ直行することとなった。


 リーフはしばらくの間、テラの瞳の色をした青いペンダントをぎゅっと握りしめていた。

 その小さな飾りがなぜこんなにも嬉しいのか、リーフ自身にもはっきりとはわからなかったけれど、ただ、その青が自分を穏やかな気持ちにさせるのを感じていた。


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