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15 フォークスエンド

 

 旅客馬車の一団は、何度か小休憩を挟みながら順調に進み、夕方、日暮れとともにフォークスエンドへと到着した。

 フォークスエンドはノーサンロードの分岐点に位置する町。

 北部と南部を結ぶ大陸縦断のメインルートであるノーサンロードの街道沿いには宿場町や村が点在しており、多くの旅人や商人が行き交っている。


 リーフとテラは馬車で乗り合わせたおばさん達と別れ、フォークスエンドの市場近くの宿をとり、この町で2泊することにした。


「ねぇリーフ、明日は市場に行って食料を調達しようか」


 宿の部屋に入ると、ようやく人目を気にせずに会話ができる。

 テラは安心したように、いつもの調子でリーフと会話を始めた。


「うん。これから徒歩での旅だから、食料はたくさんあったほうがいいね」


「1日でどれくらい歩けるかな。20キロくらい行けると思う?」


「毎日歩くからあまり疲れすぎないように、ゆっくり20キロくらいでいいと思うよ。馬車だと100kmを1日で移動できるけど、徒歩だと5日かけて行くことになるね」


「5日か……。でも、人目を気にしながらだとそれ以上に疲れちゃうものね。リーフとふたりになれる宿が一番ホッとするわ」


「なんだかごめんね」


「私、馬車では『ひとりでブツブツ言ってる変な人』だったでしょう? それでも、私がリーフとお話したいの。だからリーフは謝らなくていいのよ。明日は一日買い物をしてフォークスエンドの町を楽しもう!」


 精神的にも長く感じたブライトウッド・トレイル約300キロの旅客馬車の旅を無事に終えた後のフォークスエンドでの夜は、穏やかでゆったりとした時間が流れていた。





 ふたり旅の4日目。

 買い物日和の清々しい朝がフォークスエンドの市場を包み込み、早朝から活気と賑わいがあふれていた。

 市場の一角には、色とりどりの果物が所狭しと並べられている。

 その中を、テラは肩に乗せたリーフと一緒に、キョロキョロと目を輝かせながら歩いていた。


「こんなに美味しそうな果物がいっぱいだなんて、どれを買おうか迷っちゃうわ!」


「依り代に入れておくからどれだけ買っても大丈夫だよ。鮮度はそのままだし、せっかくだから欲しいもの全部買うのはどう?」


 リーフの言葉に、テラは改めてその便利さに感心した。

 何をどれだけ買っても腐らせる心配がないのだから、こんなありがたい仕組みは他にはない。


「欲しいもの全部? さすがにそれはねぇ……。でも、本当にリーフには感謝してもしきれないわね」


 そんな楽しげなやり取りをしていると、元気いっぱいな果物屋の店主が声をかけてきた。


「おっと、かわいいお嬢さん! 今が旬の果物はいかがかい?とってもお得だよ!」


「ええ、どれも美味しそうで。どの果物がおすすめですか?」


「今が旬なのは、梨、柿、いちじく、りんご、桃、それからラ・フランスだね!どれも甘くてジューシーだよ。ほら、この梨を試してみな。とびきり美味しいよ!」


「わあ!ありがとうございます!いただきます!」


 新鮮で瑞々しい旬の梨の美味しさに、テラの顔には自然と笑みが浮かんだ。


「ん~~~! すっごく美味しい! この梨、ぜひ買います!……それと、りんごと桃も4個ずつください!」


 さっそく果物を買ったのはいいのだけれど、梨、りんご、桃をそれぞれ4個ずつ抱えると、早くもテラの両手がいっぱいになってしまった。


「ごめんね、リーフ。市場に来たばかりだけど、早速依り代に入れてもらってもいいかな?」


「もちろんいいよ。けど、目立たない場所を探さなきゃね」


 そうね、とテラは人目を避けられる場所を探した。

 不自然にならない場所はないかと考えたのだけれど、市場周辺では建物が密集していて路地裏以外に良い隠れ場所は見つからない。

 路地裏にフラッと入るのは、誰かに見られたら変に思われるかもしれない──そんな不安を抱きつつも、テラは周囲に目を向けながら路地裏に足を踏み入れた。


「それじゃリーフ、お願いします」


 リーフはテラと同じ背丈に姿を変えると、テラから果物を受け取り、依り代の中へと消える。

 そして果物を置き終えると、再びテラの前に現れた。


「お待たせ。果物、置いてきたよ」


「うん。いつもありがとう、リーフ」


 リーフは元の姿に戻りテラの肩に乗って、ふたりは市場探索を続ける。

 さて、次は何を買おうか──そう考えながら歩いていると、甘くて美味しそうな香りが漂ってきた。

 その香りを辿ると、一軒の可愛らしいお菓子屋さんが目に入った。


「こっちにはスイーツがあるわ! 私、甘いものには目がなくて!」


「テラ、この栗の焼き菓子なんてどう?」


「栗の焼き菓子だなんて! 食べるのがもったいないくらい可愛いわね。私、栗が大好きなの!」


 栗の焼き菓子は、コロンと丸い栗型の型抜きになっていて、コロコロしていてとても可愛らしい焼き菓子だった。


 その時、あっ、と何かを思いついたように、テラは肩に乗ったリーフの方へ顔を向け、小さな声で囁いた。


「私のそばにいるどんぐりさんの方が、もっと可愛くて大好きよ(チュッ)」


「!?!?!?」


「すみません、こちらの栗の焼き菓子、10個ください!」


 一瞬の出来事に、リーフは何が起こったのか理解するまで少し時間がかかった。

 頬にキスをされたと気づいた瞬間、初めての経験に混乱してしまった。



 あれ? キス……口づけ……って、なんだっけ?

 テラがぼくにキスしたのは……

 どちらかというと栗の方が人には向いてると思うけど、もしかしてテラはどんぐりが食べたいのかな……?

 前にぼくに大好きって言ってたけど……テラはどんぐりが好きだったのかな。

 でもどんぐりは売ってないし……。


 

 テラは、リーフの前で『栗が大好き』と言ってしまったのでフォローしたつもりだったけれど、それが本当にフォローになったのかは半信半疑だった。

 一方でリーフは、テラの行動に戸惑いながらも、どんぐりのことを考えていた。

 ふたりはお互いにちぐはぐな思いを抱えていたようだった。





 それからふたりは市場をさらに歩き、ナッツ屋に立ち寄った。

 ナッツは栄養が豊富で、旅人にとっては欠かせない大切な栄養補助食だ。

 テラがナッツ屋の前で立ち止まって買い物をしていると、どこからか突然現れた一匹のリスが素早く駆け寄り、テラの肩にひょいと飛び乗ってきた。


「わっ! リス!?」


 驚くテラを気にすることなく、リスはそのままリーフの横にちょこんと座り、小さな体をすり寄せるような仕草を見せていた。


「あはは、リスが肩に乗ってくるなんて、あんた、リスに好かれてるね!」


 ナッツ屋の店主にからかわれながら、テラはナッツの代金を支払って急いでカバンの中にナッツの袋を仕舞った。


 リスはリーフに向けて短く甲高い声を出しているのだけど、テラにはその内容は分からない。

 ただ、リスがリーフに完全に懐いている様子が伝わってくる。


「テラ、肩だと狭くて落ちそうだから、手のひらに乗っていい? それと、あっちの街路樹の下のところまで移動できる?」


「うん、わかった」


 ナッツ屋の前を離れ、街路樹の下に移動しながら、テラが肩の近くに手のひらを持って行くと、リーフがふわりとテラの手のひらに乗り移り、同時にリスも手のひらに飛び乗ってきた。


「このリス、リーフに懐いているのね。知ってるリスなの?」


「ううん。たぶんぼくの守護を受けたいんじゃないかな」


「リーフの『もてなし』を受けたくて寄ってきたのね。でも、リーフってこういうとき何かしてあげるの?」


 リーフは少し考えて首を傾げた。


「こんなことはあまりないんだけど。ぼくが旅に出るのは初めてだし、森の外で力を使うこともほとんどなかったから」


 と言いながら穏やかな笑みを浮かべてリスの体をじっと見ていたリーフの表情が、ふと真剣なものに変わる。


「このリス、足に怪我をしているみたい。歩けないほどじゃないけど、きっとそれでぼくを見つけて助けを求めてきたんだと思う」


 テラはその言葉にハッとして、リスの小さな体をよく見た。

 確かに足の一部が赤く腫れているようだった。

 リーフは優しくリスに触れ、緑色の瞳が強く輝いた瞬間、小さな光がリスの足を包み込むように広がった。


「これで大丈夫だよ」


 リスはリーフをじっと見つめると、小さく「キュッ」と声を上げて、再びリーフの横にすり寄る。その無邪気な仕草にテラは微笑みながら呟いた。


「ほんとにすごいわ。動物たちにとって、リーフはかけがえのない存在なのね」


 さきほどのナッツ屋で胡桃やヘーゼルナッツの小袋を買っていたテラは、手のひらにちょこんと座るリスに目を向けた。そして、小さな手で受け取れそうなひと欠片の胡桃をカバンから取り出し、そっと差し出した。


「はい、どうぞ」


 リスは胡桃を摘んでいるテラの指先をじっと見た後、器用な小さな手で胡桃を掴み、ぱくりと口に頬張った。

 その仕草があまりにも可愛らしく、テラは思わず微笑む。


「美味しい?」


 リスはテラを見上げて、一度小さく「キュッ」と声を上げると、テラの手のひらから軽やかに飛び降りた。

 そして、しっぽをふわりと揺らしながら一度振り返り、その黒い瞳はリーフに向けてお礼を言っているように見えた。


「元気でね、またね」


 テラが静かに言うと、リスはその声に応えるかのように勢いよく元気に駆けていった。


「リーフは怪我を治すことが出来るのね。驚いちゃった。それに、動物にはリーフが見えるのね」


「うん。怪我を治すには直接触れる必要があるけど、動物は精霊が見えるからね」


 これまで森で薬草を見つけてもらったり、薬草の効能を上げてもらったりしたけれど、まさか怪我を治すなんて。

 リーフの力のことはあまり聞いたことが無かったけど、リーフって本当にすごいのね、とテラは感心しきりだった。


 この日市場では、果物、栗の焼き菓子、チーズ、ナッツ類、干し肉、パンなどの食料と防寒用の衣類を購入したけれど、もちろんすべてリーフの依り代の中に保管する。


 日が傾き始めたころ、フォークスエンドの市場を満喫したふたりは宿へと戻り、ふたりの初めての市場巡りは、とても穏やかに時間が流れ楽しいひとときになったのだった。


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