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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第三章『歪み』

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158 優しい嘘と愛の形

 

「ただいま、テラ」


 リーフは囁くような柔らかな小さな声で、ベッドで眠っているテラにそっと声をかけた。


 時刻はすでに日付が変わっており、いつものテラならぐっすりと眠っている時間だった。

 けれど、テラは色んな事がありすぎて、とても落ち着いて眠れる状況ではなかった。

 ついさっきまでヘリックスとリーフの会話をこっそり聞いていて、リーフが家に入る前に慌てて寝室に駆けこみ、寝たふりをしていた。



 セイヨウトネリコのこと。

 伝承のこと。

 皆既日食のこと。


 リーフが黙っている、隠している。

 私に言えないこと。

 精霊界が崩壊して精霊たちが消滅するとしても

 私には話さないこと。


 私が既に知っているとリーフが気付いたら……。




「いつもありがとう、テラ」


 リーフは寝室のテーブルに置いてある小さな薬瓶に手を伸ばした。

 蓋をカチャッと開け、一滴の血を指に取ってペロリと舐めた。


 リーフの帰りが遅くなり、テラが寝ている日もあるため、最近はこうして血を摂取している。

 これは、血の摂取を毎日欠かさないようにという、テラの細やかな配慮からだった。


 血を舐めると、リーフの口の中に甘いハチミツのような匂いが広がった。




 リーフは毛布をそろりとめくり、するっとベッドに入ると、テラの背中側から首元にそっと左手を差し入れた。


「?」


 腕枕をするために首元に入れた左手は、枕が濡れているのを感じ取っている。

 背中を向けているテラの肩が、わずかに震えていた。



「テラ……? 泣いてるの?」


 テラからの返事はなかった。


 リーフはぴったりとテラの背中に体を寄せて、優しく包み込むように抱きしめた。


「大丈夫?」


 テラの返事はない。


「こっち、向いて?」


「……………」


「じゃあ、ぼくが反対側に移るね?」


 リーフはテラの正面に移動して静かに横たわると、先程と同じようにぎゅうっと抱きしめた。



「……ごめんね……」


 テラが震える小さな声で、謝罪の言葉を声にした。


 これ以上の言葉は、出なかった。

 言葉を発した瞬間、抑え込んでいた感情が溢れ出し、堰を切ったように涙がどっと流れ出た。

 テラはリーフの胸に顔を埋めて、声を押し殺した。



「いいよ?……ぼくはテラがいるだけで幸せ。どうして泣いてるのか、聞いてもいい?」


 テラは頭を振って、ただ、リーフの胸を濡らし続けていた。

 リーフはテラが泣き止むまで、静かにじっと、テラの体を包み込んでいた。



「ぼくは、テラがいない世界なんていらない。愛してる……テラ……」


 リーフは泣き疲れて寝てしまったテラを見つめ、彼女を抱く腕に力を込めた。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、目を腫らしたテラが目覚めると、リーフがとなりで眠っていた。


「リーフ、今日は早起きして出掛けてないのね……」


 久しぶりにリーフがいる朝。

 テラは普通の日常が戻った気がして、嬉しくなった。


 けれど、どうしてもアンリムの言葉が心をかき乱す。

 考えたくなくとも、脳裏にこびりついて、離れない。



 窓の外に目をやると、色付いたセイヨウトネリコが朝日を浴びて金色に輝いて見えた。


「こんなに綺麗なのに……」


 一週間ほど前には全体の4分の3ほどが色付いていたけれど、今もそのまま、状態が保たれていた。




 テラは体を起こし、隣で眠るリーフの寝顔をただ静かに、眺めていた。



「ん……テラ? もうちょっとこっちに来て?」


「おはよう、リーフ。今日はまだ出掛けなくていいの?」


「今日はまだいいよ」


 テラが泣いていた理由は聞いていない。

 そんな彼女を置いて黙って精霊界へ行くなんて選択は、リーフには思い浮かばなかった。


 二人は毛布に包まって抱き合うと、おはようのキスを交わした。

 口づけはそのまま熱を帯び、寝室には甘い匂いが充満していった。



「リーフ、9月末日って何の日か覚えてる?」


「覚えてる。ぼくとテラが出会った日。記念日っていうのかな?」


「覚えてくれてたのね。嬉しい……」


「忘れるはずがないよ。ぼくたちのとても大切な日だから……」


 見つめ合う瞳は溶け合うように熱を帯びて混ざり合う。

 テラは、自分の瞳に映るリーフの愛を、そのすべてを飲み込むように見つめ返した。



 ◇ ◇ ◇



 それからのリーフは、毎朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくるという生活が続き、それがまるで当たり前になったような、そんな一週間を過ごしていた。



 テラはファルと共に、麦を脱穀し製粉する作業に精を出していた。

 天日干しされた麦のうち乾燥したものから脱穀して、ゴミなどを取り除く。

 そうして最後は石臼を使って粉にしていく、という作業だ。



「けっこうな量になったんじゃないのか?」


 ファルは石臼をゴリゴリと回しながら、テラに声をかけた。


「そうね。これだけあれば、数日分のパンが焼けるかな」


「テラの酵母のほうはどうだ?」


「酵母はたぶん、いい感じよ!」


 テラが作った酵母は元気に育ち、シュワシュワと音をたてて泡立ち、少し酸っぱい香りが漂っていた。



 パンを焼くための石窯は、テラの家とヘリックスの家だけに設置されており、ファルの家には無いものだった。


 これはカスタスの配慮で、最初は料理好きなテラの家の裏に石窯を設置していたのだけれど、ヘリックスの家が村の集会所のようになりそうだということで、新たに共同石窯を設置したという経緯があった。



 9月がもうすぐ終わる頃、テラは自分の家の裏にある石窯で初めてのパンを焼いた。

 初めての製粉、そして、初めての麦から作った酵母。

 これに塩と水を混ぜてコネて、生地を作った。

 香ばしいパンの匂いが、ふんわりとテラの家を包んでいた。



 ◇ ◇ ◇



 9月末日の朝。


 この日、リーフは事前にヘリックスと相談していた通りに、皆既日食が終わるまで家に留まることにしていた。

 もちろん何も起こらないことが前提だけれど、皆既日食が終わればいつも通りにセイヨウトネリコを癒すために、精霊界へ向かう予定だ。



「テラ、今日はどこにも行かないで、家にいてくれる?」


「ええ、もちろん、いいけど……どうしたの?」


 テラは、リーフとヘリックスの会話をこっそりと聞いていたことを内緒にしていたため、知らないふりをしていた。


「えっと……今日は皆既日食があるから」


「皆既日食……?」


 リーフがあっさりと口にしたので、テラは少しばかり拍子抜けした気分だった。


「皆既日食の数分間、精霊の力が弱まってしまうから」


「そうなんだ……そういえば精霊界は日が沈まない、夜が無いのよね。日が隠れてしまうことと何か関係があるのかな?」


 テラの疑問は今思いついたわけではなく、皆既日食の話を聞いたときから思っていたことだった。


「関係があるかは分からないけど……確かに精霊界は日が沈まないね」


 なんとなく、沈黙が流れた。



「もうひとつ、聞いてもいい?」


「うん。なんでもどうぞ?」


「セイヨウトネリコの根元にある不思議な穴と、精霊界の家を繋げるって言ってたけど……それは?」


「それは……実は、まだで……」


 リーフは少々焦ってしまった。

 繋げると約束したのに、その約束を守っていなかった。


「ファルもまだ開通させてないって言ってたの。もうちょっと待ってってリモが言ってたらしくて」


「……そっか……ファルも……」


 リーフの気まずそうな表情とは裏腹に、テラには予想がついていた。

 セイヨウトネリコが枯れかけているため、その樹を使っての出入りを避けているのだろうと。



 言ってくれればいいのに、リモもリーフも隠してる。

 精霊界が崩壊したら精霊たちも消えるのに

 それは言いたくないってこと……。



 テラはそんなリーフを見てにっこりと微笑むと、話題を変えた。


「ねぇ、リーフ。一年前の今日、私たちが出会った日だね」


 テラはリーフの手を握り、彼の緑の瞳をじっと見つめた。


「うん。テラがどんぐりを拾ってくれた日。ぼくが、森を離れてテラのそばに……行くことが出来た日……」


 リーフもテラの空の青の瞳をじっと見つめ、距離を縮めた。


「ありがとう、リーフ。私の前に現れてくれて」


「ありがとう、テラ。どんぐりを拾ってくれて」


 手を繋いでおでこをくっつけ合い、二人は照れたように微笑み合った。




 その時、ふっと辺りが暗くなった。

 皆既日食が始まったのだ。


「……始まった」


 リーフはガラス窓の傍に立ち、セイヨウトネリコを見据えた。



 何も起きない。

 このまま何も……。



 そうして皆既日食が始まって2分ほどが経った時――



 突然、ピシッと空気を切り裂くような破裂音が響いた。



 リーフはガラス窓に張り付くようにして、セイヨウトネリコを凝視した。


「そんなっ! どうして!!」


 樹の先端から中ほどまで、幹が大きく裂けているのが見えた。


 リーフは慌てて外へ飛び出すと、煌めく両翼を現し、そのまま目前のセイヨウトネリコへと向かった。


 テラもリーフを追って、外に飛び出した。

 彼女の手には、飾り棚に置かれていたはずのリーフの依り代が、ぎゅっと握られていた。


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