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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第三章『歪み』

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157 必然の足音

 

 言葉を失っているテラに、アンリムは静かに説明を始めた。


「守り人を不老不死にするのは、リーフだけの力なの。リーフのための力とも言えるわね。守り人を必要とする彼が、永遠に守り人を失わないために許された力。リーフの契約は、守り人に永遠を誓うはずよ?」


「…………リーフは……永遠の愛と、絆を誓うって…………確かに、そう言ってた……」


 テラはリーフが言っていた『誓い』を、今改めて、思い返した。



「そして彼は、精霊王になるために精霊界の意思として生まれたの。そんな彼が道理に背いた。彼が与える影響は、計り知れないということね」


「それが、歪みを生んだ、と……」


「私が話すことはこれだけよ。あなたに何をしてほしいとか、そんなことは言わないわ」


 アンリムは静かに淡々と、話したいことだけを告げたのだった。



「……あの、遠い昔、人神になったという精霊は?」


「彼はアマランサスの精霊だったわ。けれど、今はもういないの」


「アマランサス……」


 アマランサスの花言葉を思い出したテラは、咄嗟に疑問を投げかけた。


「どうして……どうしてアマランサスはもういないの?」


「それは私が人に話すことではないわ。彼のためにも、誰のためにも。ごめんなさいね。私が話せることは、伝承と今起こっている事実だけなの」


 そう話すと、アンリムは柔らかな笑みを浮かべた。



「セイヨウトネリコが枯れてしまったら、どうなるの……?」


「精霊界は崩壊するわね」


「精霊界が崩壊したら……」


「精霊も消滅するわ」


 アンリムの言葉に、長く重い沈黙が流れた。



「…………ありがとう、私に、教えてくれて……」


 テラは振り絞るように、か細い声で礼を口にした。

 礼など言う必要はないのだろうけど、恐らくこんな話はリーフからも、誰からも、聞くことはないと思った。


「リーフを責めないでね。あなたに話さない、話せない理由は分かるわよね?」


「…………っ」


「彼が精霊王になれたのは、あなたを愛したから。愛を知ったからなの。契約など無くても、人を愛することが出来ると知った。……もしかすると、これは必然だったのかもしれないわね。契約を解除したことも、契約が無い状態でも愛に気付き、精霊王になれたことも。そして、契約が原因で歪みが生まれたことも」


「必然……? リーフがどれだけ悲しむか、どれだけ苦しむか、今、どれだけ苦しんでいるか、それが必然だと言うの!?」


 アンリムの言葉に、テラは思わず強い口調で言い返してしまった。


「少なくとも、リーフの最初の守り人が失われたことも、必然だったと私は思っているわ」


「予知していたの? あなたは白いキンギョソウだもの……」


「私が何を予知していたかは、あなたには教えられないけれど、リーフが誕生する前に、彼の未来をちょっとだけ見たのは確かよ」


「そう……だから、必然だなんて言えるのね…………」


 しばし黙り込んだテラが、ふいにアンリムに訊ねた。



「予知は、外れないの?」


「外れないわ。それでも私は、リーフに幸せになってもらいたいのよ? ずっとずっと、そう願ってきたの。リーフは今日も精霊界で力を使い、セイヨウトネリコを必死に癒しているのよ」


 テラは、激しく動揺し戸惑っていた。

 目の前のセイヨウトネリコは、秋のはじまりで落葉しているのではない。

 歪みのせいで枯れかけている。

 その歪みは、私がファルを助けてほしいと願ったせいで生まれた。



 予知は、外れない。


 私は……私は、どうしたらいいの――。



 ◇ ◇ ◇



 テラはアンリムと別れ、麦畑に向かっていた。

 トボトボと歩きながら、リーフが泣いていた数日前のことを思い出していた。



『テラを……離したくない……』

『どこにも行かないで……傍にいて……』



 だからリーフは、泣いていたのね……



 リーフは私には言わないだろう。

 精霊王になったとき、リーフは何と言っていたか。

 リーフは世界を引き換えにしても、私を人神の器にしようだなんて思わない。

 すべてを失っても、自らが消滅しても、私を器になんてきっと言わない。

 ……でも、精霊界が崩壊すれば、リーフが……精霊たちが消えてしまう。



 テラの目に涙が浮かんで、溢れだす。

 ポトリポトリと雫が落ちて、地面を濡らした。


 セイヨウトネリコの色付きが遅くなったと感じたのも、緑の葉が増えたように感じたのも、リーフが力を使っているためだと知った。


 疲れて帰ってきてすぐに寝てしまうのは、そのせいだと気付いた。



 私、何も知らなかった。

 知らなくて、セイヨウトネリコが秋らしく色付いていくのを楽しみにしてた。



 テラは振り返って、セイヨウトネリコを見上げた。


 改めて見ると、樹の周りにキラキラとした光の粒子が舞っているように見えた。


「リーフ……っ」


 テラは顔をくしゃくしゃにして、その場にしゃがみ込み、声を押し殺して号泣した。



 ◇ ◇ ◇



 ひとりで泣いた後、テラは麦畑へと足を向けた。

 天日干しにしていた麦の穂は、すっかり乾燥しているようだった。


 ちょうどそこに、ヘリックスとリモ、そしてファルがやって来た。


「おお、テラが来てた! 遅かったから、先に野菜畑のほうに行ってたよ」


「ごめんね、ファル……遅くなってしまって」


「いや、構わないが……何かあったのか?」


「何も無いよ。ありがと、ファル」


 テラは笑っていたけれど、無理をして笑っているのは明らかだった。

 目を腫らして、ひどく泣いたであろうことが見て取れた。


「ああ……でも、何かあるなら、話してくれな。何でも聞くぞ?」


「うん……ほんとにありがとう。大丈夫だよ」


 ヘリックスとリモはテラの様子に驚いたけれど、泣いた原因がまさか伝承の話と、歪みについて知ったせいだとは思ってもいなかった。

 リーフは『テラには絶対に言わない』と言っていたし、自分たちも口外はしていない。



 ヘリックスはテラの後ろ姿をそっと見つめ、考えていた。



 テラが泣いていたこと、

 リーフに教えたほうがいいのかしら……?

 リーフとテラが喧嘩するとも思えないし

 こんなに目を腫らしたテラは

 今まで一度も見たこと無いし……



 ヘリックスは、竿に逆さに干されている麦をせっせと回収するテラを見つめながら、問いかけた。


「ねぇ、テラ? リーフは今はいないのよね? 何時ごろ帰ってくるかしら?」


 テラは手を止めて少し慌てたように顔をゴシゴシと拭いて、振り返った。


「あっ、私が泣いていたことはリーフには言わないで。心配させたくないの……」


「わかったわ。リーフには言わないから……」


 先に言わないでくれと頼まれ少々困惑しつつも、ヘリックスは話を続けた。


「……私、リーフにちょっと聞きたい事があってね」


「えっ、ああ、そうなのね。ははは……たぶんリーフは夜遅くに帰ってくるわ。用事があるんだったら、家で待つことにする? リーフ、あまりこっちにいないから、なかなか会えないものね」


「そうね。それじゃ、今夜ちょっとお邪魔させてもらうわ。ありがとう、テラ」


 ヘリックスはテラを安心させるように、優しく微笑んだ。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜。ヘリックスは約束通り、テラとリーフの家を訪ねていた。

 というより、玄関先でリーフが帰ってくるのを静かに待っていた。



「ヘリックス? そんなところで待ってないで、中に入って待ってていいのよ?」


「大した用じゃないし、会ってちょっと話したらすぐに帰るから、ここでいいわ。テラはゆっくりお風呂に入ったり、食事をしたり、色々あるでしょう? 私には構わずに、いつも通りに過ごしてね」


 ヘリックスはリーフと二人で話したいと思っていた。

 テラに聞かれたくないわけではないけれど、テラが余計な心配をする可能性を考えてのことだった。



 そうしてしばらく待っていると、リーフが家の前に姿を現した。


 家の中に直接現れることもできたはずだけれど、今のリーフには、わずかな距離を歩いて気持ちを整える時間が必要だったのかもしれない。


 精霊が人間界に戻る際、依り代の近くであれば、その範囲内で出現位置を調整できる。

 今の彼は、玄関先で待つヘリックスの前に静かに降り立つことを選んだ。



「おかえり、リーフ。待ってたのよ」


「ヘリックス、なんだか久しぶりだね。こんな遅くにどうしたの?」


 ヘリックスと顔を合わせたのは、6日前、精霊界から戻った時以来だった。



「久しぶりなのは、リーフが毎日ずっと精霊界にいるからでしょう? 私とリモは、農作業を手伝っているもの」


「そうだよね。ごめんね……ぼくの分まで手伝ってくれて……。ありがとう、ヘリックス」


 申し訳なさに目を伏せるリーフに、ヘリックスは本題を切り出した。



「それより、リーフに話しておこうと思って来たんだけど……もうすぐ皆既日食があるわ。リーフは気付いていたわよね?」


「うん、気付いてたよ。でも、今のぼくは全く問題ない。800年前のようにはならない。断言できるよ」


 リーフは800年前の出来事を思い返していた。

 けれど、800年前の自分と今の自分が、全く違うことに疑いの余地はない。


「それはもちろんよ。800年前のあなたとは比べようもないほど、強くなったものね。だけど……」


「何か、気になること?」


「セイヨウトネリコ。もしかすると、何か影響があるんじゃないかと思ったの。セイヨウトネリコは今、あなたの力で現状維持……わずかに、少しずつ緑が増えている。でも、皆既日食の影響がないとは言えないわ……」


 不吉な予感に、リーフも表情を曇らせた。



「確かに、何も無いとは言い切れないね……」


 精霊界は日が沈まない。

 人間界で日が完全に隠れるわずか数分の間、精霊の力は削られる。

 通常なら多少削られても問題ないけれど、『歪み』のために何らかの影響があってもおかしくはない。



「皆既日食の日、その日だけは……日食が終わるまでは力を使わないほうがいいんじゃないかしら。力の温存というか……」


「うん……わかった。皆既日食は9月末日。その日は日食が終わって何も無いのを確認してからにする。それでどう?」


「ええ。それなら安心ね。良かったわ、リーフと話せて。ごめんなさい、時間を取らせてしまって」


「ぼくもヘリックスと話せてよかったよ、ありがとう」




 テラは玄関の傍で、二人の会話をこっそりと聞いていた。



 ……皆既日食?

 セイヨウトネリコに影響……?


 皆既日食は精霊の力に影響があるのかしら。

 800年前といえば……

 ライルさんが亡くなったのも800年前よね。

 リーフは、『一時的に守護が効かなくなって』と言ってたわ。

 自分が弱かったからだと……。


『今のぼくは全く問題ない』

『800年前のようにはならない』

『強くなった……』


 もしかして、ライルさんが亡くなったのって……皆既日食のせい……?



 テラは、リーフの最初の守り人が亡くなった原因に気付いた。

 

 皆既日食は9月末日。

 テラとリーフが出会ってちょうど一年の記念日。

 リーフが800年間、独りで耐え続けてきた悔恨の正体。


 その痛みが自分のことのようにテラの胸を刺し、祝福されるべき一周年という光の中に、拭い去れない不安の影を落とすのだった。


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