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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第三章『歪み』

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156 白い予言者の囁き

 

 霊力が完全に切れるギリギリまで『癒し』の力を使い、精霊界の自身の家『リーフ・ヴァーダンシア』に戻って霊力を回復させる。


 人間界で眠るよりも速く回復できる"回復施設"としての家の役割を活かし、リーフは一日で三度の『癒し』を実行した。

 これは、昨夜の一度だけでは効果が長く続かなかったため、やむを得ずの決断だった。


「さすがに一日に三度は……キツいけど……」


 テラの元に帰るのは夜遅くになり、いくらリーフとはいえ、一日に三度の『癒し』は、容易ではなかった。



 一日目よりも二日目。

 二日目よりも三日目。

 三日目よりも四日目。


 日を追うごとに、霊力の回復に要する時間が少しずつ増していた。


 しかし、その甲斐あってセイヨウトネリコの落葉が止まったのは確かで、ほんの僅かだけれど緑の葉も増えていた。

 それだけが、救いだった。



「このまま続けると、霊力の回復が遅れに遅れる日がくる。一日で三回分の回復が出来なくなる……それだけは避けたいのに……」


 人間界に帰らなければ、まだ余裕はある。

 けれど、帰らないという選択は、リーフにとって困難なものだった。


「テラが待ってる。数時間でも帰らないと。それにぼくは、テラがいなければ力を使い続けることすら難しくなる……」


 リーフが『もてなし』、与え続ける存在であるなら、テラはリーフを『もてなす』唯一の存在。

 一日に三度も力を使い果たし、それを毎日続けているのだから、その消耗は力だけの問題ではなかった。


 たとえ自身の家にテラを連れて来たとしても、積み重なる消耗を一日で回復できなければ意味がない。


 今はまだよくても、長続きはしない、長期的には失敗しかないのは明白だった。

 けれど、それ以外に出来ることは何も無いのもまた、分かりきっていることだった。



 ◇ ◇ ◇



 リーフが早朝から出掛けるようになって、5日目の朝。

 テラは麦畑に天日干ししてある穂を確認するために、家を出た。



 テラはふと、セイヨウトネリコを見上げた。


「セイヨウトネリコ、色付くのが遅くなったかしら? それに、なんだか少し、緑の葉が増えたような?」


 テラは毎朝、セイヨウトネリコが美しく色付いてゆく姿を楽しみにしていた。


 まさかリーフが『癒し』の力を使い、セイヨウトネリコが落葉するのを懸命に防いでいるなど、想像すらしていないのは言うまでもないことだった。



「それにしても、リーフ……毎晩遅くまで何してるのかな……。すごく疲れてるみたいで、帰ってきたらすぐに寝ちゃうし……朝は早くにいなくなるし、大丈夫なのかな……」



 9月も半ば過ぎて、リーフに相談したいこともあった。

 ゆっくり話す時間が持てたら、出会って一年のお祝いがしたいと、リーフに持ち掛けようと思っていた。



 リーフと出会って、もうすぐ一年が経つわ。

 去年の9月末日に出会ったのよね!

 あの頃のリーフはすごく可愛くて。

 今はとってもカッコよくて……

 優しくて……

 そんなリーフと結婚だなんて!


 きゃ〜!



 なんてひとりで勝手に盛り上がっていると、背後から静かに声がかけられた。



「こんにちは。リーフの守り人さん」



 テラが驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、白いキンギョソウの精霊、アンリムだった。


「あなたは? 私のことを知ってるの?」


「ええ。もちろん知ってるわ。私は白いキンギョソウの精霊、アンリム。よろしくね?」


「白い、キンギョソウの精霊……アンリム……。白いキンギョソウ……」


 テラは花言葉を思い出した。

 白いキンギョソウは、『清純な心』『予知』『予言』などで、キンギョソウそのものには『おしゃべり』『おせっかい』という花言葉がある。



「私、あなたにお話があって、出てきたのよ」


 セイヨウトネリコの傍の池のほとりには、多年草のキンギョソウが生い茂る一帯があった。

 白いキンギョソウの精霊は、この場所に宿っていた。



「私にお話……?」


「あなたは精霊界の伝承は知っている?」


「……知らない、かな。聞いたことはないと思うわ。精霊界には伝承があるの?」


「そう。リーフは話さなかったのね。まあ、そうだろうと思っていたけど、精霊界の伝承、聞いてもらえるかしら」


「え、ええと……どんな伝承なの?」


 相手は精霊。

 テラは無下には出来ないと思い、話を聞くことにした。



「遠い昔の話なのだけど、かつて、セイヨウトネリコが枯れかけたことがあったわ」


「セイヨウトネリコが枯れる? 落葉樹だから、葉は落ちるわよね?」


 テラは目の前のセイヨウトネリコに目を移し、応えた。


「精霊界の中心部にあるセイヨウトネリコは、精霊の力で枯れないの」


「そうなのね。フラクシスの力ね?」


 テラはセイヨウトネリコの精霊には会ったことは無いけれど、名前は記憶していた。



「そう。その枯れかけたセイヨウトネリコを癒すには、膨大な力が必要だったの。何しろ、セイヨウトネリコは精霊界の根幹であり、全てを支えている木だから」


「……精霊界の中心部ということなら……何となくわかるわ。枯れると、大変なことになるのかしら……」


 テラは引き込まれるようにアンリムの話を聞いていた。



「そうして、ある一人の精霊が膨大な力を得て、セイヨウトネリコを癒したの」


「セイヨウトネリコを救ったのね?」


「ええ。その精霊は膨大な力を得るために、人神になったの」


「人神!?」


 聞いたこともない存在の名前に、テラは驚きが隠せなかった。



「人神になれば、精霊は力を増幅させる。精霊は霊体だけれど、肉体を持つことで力を増幅できるの」


「精霊が肉体を持つ!? それで力が……」


「肉体と言っても、どんな肉体でもいいわけじゃないのよ。普通の人間の肉体は、精霊のエネルギーに耐えられない。耐えられるのは、死なない肉体だけなの」


「死なない、肉体……!?」


 テラはその言葉を聞いて、ビクッと体が動いた。

 一瞬にして、全身が凍りついたように強張った。



「そう。例えばあなた。不老不死でしょう?」


「…………!」


 テラは目を見開き、心底驚いたような表情で、アンリムを見た。



「精霊に肉体を差し出し、肉体は精霊が宿る器になる。霊核が肉体に馴染み、人の精神が消滅したとき、人神が完成するわ」


「肉体を差し出す、器……? しょ、消滅……!?」


 恐怖で自分の顔が引きつるのが分かる。

 この精霊は私に何が言いたいのか――


 テラは息が止まるような苦しさを感じた。



「ええ。精霊の依り代を呑み込むことで、人は器となるわ」


「な、なぜ、それを私に話すの……?」


 テラは震える声でアンリムに問いかけた。



「今、セイヨウトネリコが枯れかけているわ」


 アンリムは目の前の樹を見上げ、声を落として深刻そうな面持ちで話した。


「このセイヨウトネリコも、本当は枯れないということなの?」


「ええ。この落葉は、秋だからじゃないのよ。本来なら、このセイヨウトネリコも枯れない。精霊界の中心部にあるセイヨウトネリコと同一の樹なの。この樹は、一年中緑の葉に覆われているはずだったわ。今は、歪みのために枯れかけているけど」


「ゆ、歪み……」



「枯れ始めたのは2月下旬頃だったわ。あなたに思い当たることは無いかしら」


「…………私!?」


 いきなりの指摘に、テラは仰天した。


「リーフの契約は、ただ一人の守り人を選び、永遠を誓うの。守り人を絶対に必要とするリーフだけに許された、道理を超えた力よ。だけれど……リーフは道理を超えた力を使い、道理に背いたわ」


「!!」


「気付いたかしら?」


「まさか……まさか、私がリーフにお願いしたから……っ!? 私が、ファルを助けてって言ったから……っ!?  リーフが、ファルと契約したからだって言うのっ!?」


「ええ。その通りよ」


「っ……!!」


 アンリムの声はどこまでも穏やかだった。

 そのことが、テラにとってさらに恐怖を感じさせた。


 しかし、それ以上に、自分の責任、置かれている立場、状況があまりに絶望的であることに、彼女は言葉を失うしかなかった。

 体の芯からガタガタと湧き上がる震えに、テラは今にも足元から崩れ落ちそうで、その場に真っ直ぐ立っていることさえ、もうままならなかった。


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