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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第三章『歪み』

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154 歪みの代償

 

 精霊界ヴェルデシアの中心部、セイヨウトネリコの巨木が立つ浮島。

 そこは夏を思わせる場所のはずだった。



「ここは、夏ではないね」


 リーフとヘリックス、リモは、浮島のセイヨウトネリコを見上げた。


 確かにそれが、エルナス森林地帯のセイヨウトネリコと同一であることを、いま改めて確認するかのように見据えていた。



「久しぶりだね。この時を待っていたよ」


 その声にリーフたちが振り返ると、そこにはセイヨウトネリコの精霊フラクシスを筆頭に、数名の精霊が佇んでいた。



「初対面の精霊もいるから、紹介しておくよ。私がセイヨウトネリコの精霊、フラクシス。そして……イチョウの精霊ジオ――彼は現大地を統べる精霊王。オレガノの精霊カルバ、彼女は現空を統べる精霊王だね。そして、最古の精霊のひとりであるアカンサスの精霊カスタスと、白いキンギョソウの精霊アンリムだ。君たちのことは認識しているから、紹介はいらないよ」


 メッセージを送ったアイリスの精霊は、アンリムに目配せをするとスッと消えた。

 役目を終えたため、この場を離れたのだろう。

 アイリスの精霊が消えたのを見届けたフラクシスは、リーフ、ヘリックス、リモを見渡し、うっすらと笑みを浮かべていた。


 リーフは、フラクシスが以前会った時とはどこか違うような、そんな雰囲気を纏っているように感じていた。


「久しぶり、フラクシス。ぼくたちが呼ばれた理由は、これだよね?」


 リーフはセイヨウトネリコに目をやった。


「ああ。待ってたんだ。私が宿るエルナス森林地帯の中心に、君が守り人と共に辿り着く日を、ずっとね」


「守り人と共に? それは……」


 なぜ、守り人と共に、なのか。


 フラクシスとは精霊界の中心で一度会っている。

 なのに、人間界で守り人と共に辿り着くのを待つ意味は……?


 疑問が膨らむとともに、リーフの表情が微かに強張った。



 すると、アンリムがずいっと前に出て、フラクシスに声をかけた。


「ここからは私が話すわ。いいでしょう? 私が予知したせいでもあるのだし」


「それは構わないが、予知したからって君が嫌な役目をしなくてもいいんだよ?」


「いいえ。ここは私が話すわ」


 アンリムはリーフに視線を移し、じっと見つめた。



 予知……?



 リーフはアンリムの言葉に、形容しがたい嫌なざわつきを感じつつも、彼女に向き直った。


「まず、ひとつ言っておくわ。私はリーフに話があるの。それ以外の精霊は、証人として呼んだの。これから話すことを、私の予知を、リーフと二人だけで共有するのではなく、関係のある精霊たちにも知っておいてもらいたい。だから呼んだの。そのことをよく覚えていて欲しいのよ」


 アンリムの言葉が重く響いて、重苦しい静けさが場を包んでいく。


 リーフは名指しされて、困惑するしかなかった。



「それじゃ、リーフ。あなたに話があるのだけど、いいかしら」


「…………」


 アンリムの声は穏やかなのに、リーフはこくりと頷くだけで声が出せなかった。


「リーフ、あなたは精霊界の意志として生まれた、とても特殊な精霊よ。あなたの意志は、精霊界の意志、とも言えるの。あなたに自覚があっても無くても、精霊は皆、あなたの意志は、あなたに"想い"を託した精霊たちの意志だと見做すわ」


「……そう……」


 リーフにしてみれば、そんなことを言われても、という思いだった。


「そんなあなたは、どんぐり精霊であり、成長するために生まれた。『もてなし』続けるあなたは、自身を『もてなす』存在を必要とする。だから、唯一の守り人を選び『永遠の愛と絆』を誓うわ。そうよね? リーフ?」


「そう、だよ」


 アンリムの言葉は、まるでどんぐり精霊の定義を一つずつ確定させていくための、冷徹な確認作業のようだった。



「あなただけに許された、道理を超えた力で守り人を『不老不死』にするのは、成長しなければならないあなたが、絶対的に守り人を必要とするから。その唯一の守り人を失わないための『不老不死』。そして、今こうして成長を遂げて、精霊王になった」


「…………そのとおりだけど……」


 この問答にどんな意味があるのか、リーフは困惑していた。



「セイヨウトネリコの葉が落ち始めたのは、2月末頃だったわ」


「……!!」


 リーフの表情が、困惑から戦慄へと一変した。



「リーフ、分かったかしら。どうしてセイヨウトネリコが枯れ始めたのか」


「……ぼくが、テラとの契約を解除して……ファルの命を救うためだけに、ファルと契約した、から……?」


 その場にいるジオもカルバも、カスタスも、驚いたように目を見開いていた。


 リモは、この場に呼ばれた意味をやっと理解した。


 ここに集う精霊たちの中で、予知の内容を知っているのはアンリムを除けばフラクシスのみだった。

 もちろん、セイヨウトネリコを枯らしている真の原因など、他の誰も知り得なかったのだ。



「ええ。その通りよ。だけど、その時はそれほど急には進まなかったわ。急速に進み始めたのは、7月末頃からだったわね」


「ぼくが、テラと再契約……した……から……」


「セイヨウトネリコの異変は、歪みなの。道理を超えた力で、道理に背いた。そのために歪みが生まれたの」


「じゃあぼくは、テラと契約解除……すればいいの……?」


 リーフは震える声で尋ねた。


「再契約はすぐに解除出来ないはずよ? それに、再びそんなことをしたら、セイヨウトネリコは一気に落葉して枯れ果ててしまうわ。契約解除も、再契約をするのも、簡単ではなかったはず。再契約の解除にはもっと時間がかかる。あなたは、ただ一人の唯一の守り人に『永遠の愛と絆』を誓うはずなのに、間違った使い方をしたのよ」


 アンリムはリーフが打ちひしがれる様子を見て、補足するように続けた。


「再契約したことで、その前の解除と他の守り人との契約が偽りだったと認めたようなものね。だけど、歪みは2月末に発生していたのだから、加速したかしなかったか、それだけの違いよ。あなたは守り人を必要とするのだし、再契約したこと自体が悪いわけではないわ」


 アンリムの補足は何の救いにもならなかった。



「……歪みは……セイヨウトネリコが枯れ果てたら……」


「精霊界は力を失い、崩壊し、消滅するわね。私たちも」


「!!」



「精霊界の伝承は知っているかしら」


 アンリムの言葉に、ジオ、カルバ、カスタスは呆然となって言葉も出ない。


「伝承?…………ま、まさか……!!」


 リーフは記憶を辿り、伝承というものを思い出した。


「知ってるわよね。精霊界の伝承は遠い古い記憶として霊核の深いところに沈んでいるのだから。思い出したわね?」


「……そんなこと、ぼくが、出来るわけがないっっっ!!」


 リーフが生まれて初めて、怒鳴りつけるように声を荒げた。


 言えるはずがない。

 絶対に言うわけがない。


 どうにかしないと……

 ぼくが、どうにかしないと!!



 これまで大切に温めてきたものが、全てが、音を立てて崩れてしまう。

 大切なものが自分の手からこぼれ落ちてしまう。



「それは……アンリムが予知したということなの……?」


 この震える声の主は、リモだった。


「そう。1,000年前に予知していたわ。どんぐり精霊が、人神の姿でセイヨウトネリコを癒す姿。見たのはそれだけよ」



 だけれど、私は思うのよね。

 もしかしたら、世界は許していなかったのかもしれないと。

 道理を超えた力など、最初から許してはいなかった。

 だから……



 アンリムは、精霊界が願い託した想いが、そもそもの過ちだったと考えていた。

 精霊界の意志が、道理を超えた力を欲したことが、すべての始まりだったのではないかと。



 精霊たちは知っていた。

 アンリムの予知は外れない。


『予知していた』


 どうしようもないほどの苦しさと深い悲しみと絶望で、リーフの霊核はどす黒い色に染められていくような感覚に陥っていた。



 リーフを案じ、心配したジオやカルバ、カスタスにも声をかけられたけれど、彼にはもはや、何も聞こえてはいなかった。

 正確には聞こえてはいても、それらの言葉はただリーフの体を通過していくだけだった。


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