153 実りと招集
リーフたち一行がこの地に来て、すでに6日目を迎えていた。
その日の朝も、窪地には穏やかな陽が差していた。
テラとファルが作っていた麦畑は四面が耕され、すでに刈り取りを終えている。
畑に設置された竿には、束ねられた黄金色の麦の穂が逆さに吊るされ、天日干しにされていた。
ヤギたちはあの日から毎日この場所を訪れていた。
日を追うごとに滞在時間が延び、どうやらここが気に入っているようだった。
家畜として飼えるようになるまで、あとは時間の問題といったところだ。
こうして少しずつ、この場所での生活が目に見えて変わっていくのが、ようやく“暮らし”という形になり始めたのだと実感させてくれた。
「さあ、今日は果物の木を植えようかしら! ね、リーフ?」
午前中は麦畑と野菜畑に行って昼食も済ませ、午後、テラは果物の木の植栽を提案した。
「そうだね。何を植える?」
「やっぱりリンゴかしら。あと、桃とかブルーベリー。……それから、どうしてもアーモンドを植えてみたくて。いいかな?」
「いいよ? 最初はぼくが育てるから、そのあとはしっかり管理して。テラなら大丈夫。きっとうまくいくから」
テラとファル、そしてリーフたちは、植え付けから収穫までを一気に行う予定で、北西側の区画へと移動した。
◇ ◇ ◇
「かなり広々ね……!」
テラは改めてこの区画を眺め、なかなかの広さに少々戸惑っていた。
麦畑の1面は10メートル四方あったけれど、ここはその10倍。
広さは約100メートル四方ほどあった。
「広いから、この区画の中で種類ごとに分けて植えたら?」
「そうね! リンゴエリアとか、桃エリアとか……」
「なあ、テラ。俺、梨が食いたい」
「えっ?」
いきなりファルに『梨が食いたい』と言われ、テラは一瞬困惑した。
残念ながら、梨は考えていなかった。
「種はある! ほら、持ってきたんだ」
ファルは懐から小ぶりな麻袋を取り出して、勢いよく掲げた。
「ああ、そういうことね! ぜひ植えて! 私も梨は大好きよ」
「で、ここには何を植える予定なんだ?」
「まずリンゴね。それから桃。他にはブルーベリーとオレンジ、アーモンドも植えるわ」
「そういや、アーモンドって言ってたよな。なんでアーモンドなんだ?」
「ファルにもらったアーモンドがすごく美味しかったから。料理にも使ってみたいし、たくさんあると嬉しいなって。それに、たくさん収穫できたら、生活費が稼げるかなって。ファルはどうして梨なの? やっぱり梨が一番好きとか?」
「そうだな。俺が生まれた村は梨が有名だったんだよ」
「へぇ! そうだったのね!」
「家族が梨農家でな。まあ、オヤジの兄弟なんだが。俺の親は行商人だし、年に一度しか田舎に帰らなかったが、なぜかいつも梨の季節でな。俺は梨を楽しみにしてたってわけだ」
「そっか。梨は故郷の味ってことなのね」
「ああ」
「この場所も故郷になるといいよね」
「そうなるさ」
ファルは広々としたまだ見ぬ果樹園を眺め、その向こうに故郷の面影が見えた気がした。
テラとファルが種を植えている間、リーフ、ヘリックス、リモの三人は、セイヨウトネリコを眺めながら静かに言葉を交わしていた。
セイヨウトネリコは益々秋色を深め、色づいた葉は、全体の4分の3ほどまで広がり、落葉した骨ばった枝が目立つほどになっていた。
「更に色づいて落葉も進んでしまって……リーフはまだ呼ばれていないのよね?」
リモは落葉するセイヨウトネリコを眺め、心配するように尋ねた。
「……うん。まだ呼ばれていない……」
「私はね、私たちの到着を待っていたのではと思ったの。それはもちろん、アンリムが予知していたというのが前提なのだけど」
ヘリックスは、自身が推測していたことを打ち明けた。
「というと……?」
リモはヘリックスを見つめ、真剣な面持ちで聞き返した。
「セイヨウトネリコの異変を放置するのは有り得ないからよ」
「確かにね。普通に考えたら、こんな有り得ないことが起こっているのに、誰も何も、というのはさすがにちょっとおかしいわ……いえ、ちょっとじゃなくて、すごくおかしい……」
「それに……」
「それに?」
「リモ、最近、精霊界の家に行ってないわよね?」
「王都を出発する前……7月だったかしら。それ以来、行ってないわ」
「私、サウス・フォレストにいた時に、一度家に戻ったの。浮島の季節が変わってたと思うわ。その時ははっきりとは分からなかったけど、少し寒く感じたのよ」
「!? そんな、そんなことがあるの? ヘリックスの家は春でしょう?」
リモは驚いて目を見開いた。
「ヴェルデシア、リーフ・ヴァーダンシアへ!」
リーフはヘリックスの話を聞いた途端、精霊界の家へと即座に転移した。
「あっ、ちょっと、リーフ!!」
「私もちょっと見てくるわ! ヴェルデシア、リモ・エテルニタスへ」
「もう! 二人とも行っちゃったわ」
ヘリックスは一人残され、二人が戻ってくるのを待つことにした。
テラとファルがいる場所で、何も言わずに皆が揃って消えてしまうのは避けたかったためだ。
だいたい、リーフもリモも、
自分が契約する守り人を置いて
何も言わずに精霊界へ行ってしまうなんて
いくら驚いたからって、ほんとダメね。
そうして待つこと約5分ほど。
リーフとリモが、ほぼ同時に、この場所に現れた。
「ぼくの浮島は秋のままだった。特に変わりはなかったんだけど……」
「私の所は……花が、枯れていたわ……」
「スターチスが枯れていたの!?」
ヘリックスはリモの報告に驚き、思わず身を乗り出した。
リモの浮島はスターチスの花畑が広がっており、いつでも満開のはずだった。
「……私の浮島は初夏よ。いつも満開のスターチスが咲き誇っているのに……。ただ、枯れていると言ってもスターチスだから、まるで……ドライフラワーのようだったわ」
リモの説明に、重い沈黙が流れた。
「リモ……とにかく、ちゃんとここに戻って来られてよかったわ。戻る時、何も異変は無かったの?」
「力が弱まっているとは感じなかったわ。ただ、季節が狂っていた。今のところは……それだけ」
季節が狂っている――
だからセイヨウトネリコは落葉している?
どうして……?
リーフとヘリックス、リモは、セイヨウトネリコを凝視した。
丁度その時、テラとファルが種を植えて、リーフたちの所に戻ってきた。
「ただいま、リーフ。果物の種とアーモンド、植えてきたわ!」
ハッとして振り返ったリーフは、何事も無かったように平静を装った。
「おかえり、テラ。それじゃ、もう一気に成長させようかな」
リーフはちょっとおどけたように柔らかな笑みを浮かべると、テラの背後に広がる区画に目を向けた。
「リーフ・ヴェイル」
リーフの瞳が強く光を帯びると、足元から放射状に光が放たれた。
その光は土に溶けるように吸い込まれると、種を植えた場所からむくむくと芽が出て、木が育ち、花を咲かせ、あっという間に瑞々しい果実を実らせた。
見事な果樹園の出来上がりだ。
「あとは収穫して、木はそのままで。これからも季節ごとにまた花を咲かせ、実をつけるよ」
「ありがとう、リーフ!」
「さすがだな、リーフ! なぁ、テラ? まずはアーモンドを見に行かないか? 気になるだろ?」
「ファルは梨じゃなくていいの?」
「梨はあとでいいさ。まずはアーモンドだ」
「ふふっ、それじゃアーモンドを見に行こう!」
テラとファルは、アーモンドを植えた場所へと一直線に走って行った。
その時。
リーフの胸の奥で、何かが微かに震えた。
風でも、音でもない。
外からの刺激ではない。
……来た。
次の瞬間、世界の音がすっと遠のいた。
霊核の奥底に、アイリスの精霊の声が触れた。
『ヴェルデシアに来て』
それは、避けられない未来を告げるような、静かな声だった。
リモとヘリックスに視線を向けると、ふたりも同時に、その声を受け取っていたようで、真剣な眼差しでこくりと頷いた。
リーフはふわりと宙に浮くと、テラの元へと飛んだ。
わずかな距離だけれど、精霊は走るより飛ぶほうが早い。
「テラ、ごめんね。リモとヘリックスも一緒に、ちょっとここを離れるから、二人は先に家に戻ってて。ファルもごめんね」
「え? うん。わかったわ」
「あ? ああ、わかった」
リーフがヘリックスとリモの元へ戻ると、三人は互いに目を合わせ、言葉を口にした。
「ヴェルデシアへ」
精霊界ヴェルデシアの中心部。
セイヨウトネリコの巨木がそびえ立つ浮島へ、三人は転移した。




