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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第二章『旅』終着編

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147 中心部で見たもの

 

 野宿疲れを天然温泉で癒し、目一杯に温かいお湯の風呂を満喫した翌朝。

 一行は再び、元気いっぱいに出発した。

 なお、リーフは温泉には入っていないけれど、たくさん寝て、元気である。


 エルナス森林地帯の中心部が近づくにつれ、森は更に深くなり、人の手に触れられたことの無いありのままの自然が、果てしなく続いているように感じられた。


 断崖の渓谷、深い谷底、視界を遮る濃い霧。

 けもの道ですらない道なき道を、一行はひたすら前進を続けた。



 そうして数日が過ぎた、少し涼しく感じられた日の午後。


「今日の野宿が最後になるわ。明日、夕方までには到着できそうよ」


 ずっと先頭を歩いてきたヘリックスが、顔を輝かせて宣言をした。


 これまで歩いてきたペースや、目的地までの残りの距離感から弾き出したもので、『あと1週間くらい』と言っていた温泉に入った日から6日目。

 もちろん、何も無ければ、という前提付きだけれど。



「いよいよ明日到着するのね!」


 テラは思わず両手を合わせて、ファルの顔を見た。


「やっとここまで来たか! さすがに長かったな!」


 ファルは心底疲れたような表情を浮かべつつも、その表情の中には達成感が滲んでいた。



 ◇ ◇ ◇



「ずっと同じような森の景色ばかりで、どこをどう来たのか全然分からないわ……」


 立ち止まり、振り返ると、テラは改めてこの森の困難さを実感する。


 エルナス森林地帯の地図など存在しないし、方位磁石は効かない。

 空を見上げても、鬱蒼と茂る木々ばかりで方向感覚は完全に麻痺していた。


「リーフが痕跡を消してるのもあるが、目印が無ければ一人で森の外に抜けるのは不可能だな! ははっ」


 ファルは笑い飛ばしながらも、来た道を戻ることすら困難なこの森を、振り返ってじっと眺めていた。



「とりあえず今日のテントを作るよ。最後の野宿だから、大きなテントにして皆で一緒に過ごさない?」


「そりゃいい! リーフ、特大テントを頼むよ!」


 リーフがしゅるしゅるっと蔦や蔓を操作して特大のテントをあっという間に作り終えると、テラが火を起こし、一行は焚火を囲んで座った。



 夜はこれまでの思い出話に花を咲かせ、明日からの村づくりで盛り上がった。

 ここに来るまでに、色んなことがあった。

 たくさんの積み重ねてきた思い出が脳裏に蘇る。


 テラは、この旅を通じて自分たちがどれほど変わったかを噛みしめていた。



 ◇ ◇ ◇



 朝は早くから起きて、いよいよ到着するという緊張感か、あるいは喜びなのか、ファルもテラも落ち着かない様子だった。


「なんだかあまり寝付けなくてな」


「私もあまり眠れなかったわ。到着するって思うと、なんだかもう嬉しくて!」


 荷物を片付け、出発の準備をしながら、二人は逸る気持ちを抑えきれないように、笑顔が絶えない。



「さあ、最後の一日、今日も頑張ろう!」

「よしっ! 頑張ろうぜ!」


 二人はいつ頃からか、互いに頑張ろうと声を掛け合うようになっていた。

 精霊は歩くことで疲れたりしないため、頑張る必要があるのは守り人だけだったためだ。

 と言っても、不老の体は肉体的な疲労物質を留めないため、どちらかというと精神の消耗を支え合う、という意味合いの方が強かった。

 不老でも、長い道のりは色んな意味で疲れるのだ。



 こうして一行は最後の野宿地を出発し、いつものようにヘリックス先頭で森の中を進み続ける。


「今日は最後の日だけど、この先、勾配がキツくなるわ。山登りみたいになるけど、大丈夫かしら」


「大丈夫だ! 中心部は山頂なのか?」


 ファルは少し身構えた。


「山頂ではないわね。登って、下るのよ。中心部は窪地になってるの。周囲は壁のような山がぐるりと連なっているわ」


 ヘリックスは地形を説明した。

 今でいうところの外輪山に近いものだけれど、窪地の中央に山は無い。


「壁のような山、っていうと、火口の跡みたいな?」


「そうね、テラ。窪地はまあまあ広くて、その中心部にセイヨウトネリコが枝を大きく広げて立っているの」


「わぁ! なんだか想像しちゃったわ!」


「まあでも、私は伝え聞いただけで、見たことは無いのだけど」


 ヘリックスはクスクスと優雅に微笑んでいた。


 彼女の話し方はまるで昔誰かに聞いたかのような話しぶりだったけれど、大地を感じ取れるリーフが出発前に教えたことだった。


「ぼくとリモは、セイヨウトネリコの樹がある場所には行ったけど、精霊界から直接行っただけだからね。周囲までは見ていなかったし、今日は楽しみだよ」


 リーフは期待を込めて微笑んだ。


 まだ見ぬ景色を想像し、逸る気持ちを抑えながら一行は歩き続けた。



 ◇ ◇ ◇



「けっこうな登り坂ね……」


「ここまで、登り坂らしい登り坂はあまり無かったもんな。最後にこんな試練があるとは……」


 ここまで急な勾配の山道は無かったけれど、なだらかに中心部へ続く唯一の道なき道は、毎日少しずつ標高を上げていた。


「でも、登りつめた先に、あるのよね!」


 勾配のキツい森の中を、ひたすら前だけを見て、登り続けた。



 そうして休憩を挟みながら、数時間――。


 目の前に見えるその視線の先に、木立の隙間から明るい日差しが差し込み、その向こうが開けているのが分かった。


 二人の表情から、疲れが吹き飛んだ。


 尾根になった頂上に、もうすぐ辿り着く。



「あと少し!」


「ああ、もうすぐだ!」


 あと数歩。



「着いた!!!!」


 尾根のてっぺんに辿り着いたテラとファルは、その雄大な景色に息を呑んだ。


 壁のように連なる山は窪地を取り囲むようにぐるりと円を描き、山を下る斜面は窪地との境あたりまで木々が生い茂っていた。


 窪地にはこじんまりとした森がいくつか見え、なだらかな起伏を併せ持つ平原のようだった。


「すごい! 窪地の真ん中にそびえ立つあの樹が、セイヨウトネリコね! とても大きな樹だわ!」


「いやぁ、これはすごい! こんな景色、見たこと無い!」



 想像もつかないほどの樹齢であろう巨木が、とてつもない存在感を放ち、そびえ立つ姿。

 その根元あたりにある池の水面が日の光を反射し、キラキラと輝いていた。


 リーフとリモ、ヘリックスは、セイヨウトネリコを遠くに眺め、沈黙していた。


 景色が美しすぎて言葉が出ないのではない。

 彼らの表情は、徐々に驚愕に変わっていた。



「山の秋は早いから色付き始めているのね! ね、リーフ?」


 テラはリーフたちの異変に気づかないまま、興奮したように無邪気に話しかけた。



 セイヨウトネリコは、秋の始まりを告げるように樹の上半分ほどが色付いて、突端の枝は寒々しい姿を見せていた。


 落葉樹は秋になれば落葉するのが普通であり、冬は枯れ木のように見えるだろう。


 けれど、このセイヨウトネリコは落葉しないはずだった。

 精霊界の中心部の浮島はいつも夏であり、セイヨウトネリコは青々とした緑に覆われ、枯れることがない。


 その樹と同一であるこの樹も、落葉しないのだ。



「どうかした? リーフ?」


 リーフの返事がなかったので、テラは振り返って彼を見た。


「ううん、なんでもない……」


 リーフはかすかに声を震わせながら、テラから視線を逸らした。



 ……何が起こってる!?



 リーフ、リモ、ヘリックスは互いに顔を見合わせ、皆、信じられないといった表情を浮かべると、視線をセイヨウトネリコに戻した。


 三人はただじっと、枯れ始めているセイヨウトネリコを見据えていた。


 精霊界の中心であるはずのこの樹が、枯れかけている。

 それは、彼ら精霊にとって、精霊界の力の源が静かに病み、蝕まれていることを意味していた。


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