13 旅立ち
リーフとテラは、予約していた町と町の間を運行する定期便の旅客馬車に乗るために、村の中心部にある発着場に到着した。朝の7時30分。時間もばっちりだ。
ここからブライトウッド村を出発し、ブライトウッド・トレイルを進み、フォークスエンドへと向かい、フォークスエンドからは北部と南部をつなぐ大陸縦断街道ノーサンロード、そして、南部サウディア地方へと進路をとる。
ブライトウッド・トレイルは約300キロほどの街道で、途中で2泊しながら、まずは、ノーサンロードの分岐点の町フォークスエンドを目指すことになる。
「発着場は村の中心あたりだったよね」
「ええ、そうね。どうしたの?」
リーフはテラの肩からふわりと降りて、地面に立った。どうやらリーフは力を使うみたいだ。
「……ルートヴェイル」
リーフの緑色の瞳がエメラルドのようにキラキラと輝き、足元から光の波が現れ放射状に音もなく広がっていくと、その光は地面に静かに溶けていった。
毎日血をもらい始めて1カ月が経ち、リーフの基礎力は2倍になり、影響範囲はリーフを中心に半径4キロほどになっているはずで、それを確認したかったのもある。
面積50平方キロメートルの影響力は、人口2,000人ほどの村全体をほぼ覆いつくせる広さだ。
「思い出がいっぱいある大切な場所だから、可能な限り広範囲に守護をかけておきたくて。そして、テラ。この旅の間、ぼくが君を守るから」
「ありがとう、リーフ。リーフとふたり旅だけど、傍から見れば、私、ひとり旅だもんね」
精霊は守り人にしか見えず、声も聞こえない。テラにとってはふたり旅でも、普通の人にはテラのひとり旅にしか見えない。
「そうだよ。テラを危ない目には合わせないから。ぼくが守るよ」
「ふふ、頼もしいのね。リーフが居るから私は何の心配もしてないよ」
テラはニコニコと微笑みながら、リーフへの信頼の言葉を口にした。
「でも、テラはぼくの力のことをあまり聞かないね」
「そうねぇ。リーフが力を使ってるとき、感情的なとき?目が光るでしょ。毎日の薬草採取のときだって光ってるもの。血を飲んだ後も、大きくなった時も、泣いてた時も、さっきも。リーフがなにかしらの力を使ってるんだな、とは思ってたよ。だけど、聞いていいのかわかんなくて」
「聞いていいのに。テラには教えるよ?」
「わかったわ。今度からは聞くことにするね」
これは聞いてほしいってことかしら? リーフったら、かわいいのね! と、テラは頬が緩むのだけど、確かにひとつ、確かめたいことがあった。ただ、もう少し様子を見てから聞いてみようと思っていた。
ふたりにとって、初めての旅客馬車。
旅客馬車は中型の8人乗りで、テラを含めて5人が乗り合わせるようで、すでに発着場にはおそらく見送りの人たちも含めて10人以上の人たちがワイワイと集まっていた。
いよいよ、ムーンピーチ・フラワーと定住地と、母親のお兄さんを探す、南部サウディア地方への約2,200キロの長い旅が始まる。
その第一歩、旅客馬車に1日揺られ、まずは100km先の町を目指す。
テラは少しドキドキしながら小声でリーフに話しかけた。
「旅客馬車は初めてなのよ。天気もいいし、なんだかワクワクしちゃう」
「ぼくも初めて! 色んな人が乗るんだね」
「そうね。みんな荷物が重そうよ。リーフに感謝だわ」
テラの旅の荷物はすべてリーフの依り代に仕舞っており、テラが持っているのは手荷物だけ。これから数か月の長い旅をする旅人にはとても見えない身軽さだった。
「8時になったので出発します」
旅客馬車の御者が出発の声をかけた。
「いよいよね!」
旅客馬車が出発し、見送りの人々が手を振って別れを惜しむ姿があった。テラには見送りがないけれど、過ぎ去っていく町並みを感慨深げに眺めていると、丘の上に手を振る人影が見えた。よくよく見てみると、マーサおばさんとロイスおじさんだった。
「マーサおばさん!! ロイスおじさん!」
遠くて声は聞こえないけれど、大きく手を振って何か叫んでいる。テラも馬車から身を乗り出して大きく手を振った。
「マーサおばさん!! ロイスおじさん!お元気で!!」
テラの目に涙が浮かんできた。旅に出ると決めたときも、出発の挨拶をしたときも泣いたりしなかったのに、今頃になって涙が出てきた。テラはここにきてようやく実感した。自分は不老不死で、これから色んな人と出会ってどれだけ仲良くなったとしても、わずか数年で永遠に別れなければならないという現実を。
「テラ、大丈夫?」
肩に乗っていたリーフがテラの耳元で優しく声をかけた。
「うん、ちょっと泣けちゃったけど平気」
「ごめんね……テラ……」
テラが泣いたのはぼくのせい、ぼくがテラを泣かせた。ぼくが不老不死にしたから留まることが出来なくなった。分かっていたのにぼくはまた守り人を欲して、自分のために守り人を苦しめる。守り人を守護するのだって自分のためなのに。雁字搦めの霊核が再びきつく絞められる気がした。
定期便の旅客馬車は約100キロの道のりを途中で休憩を挟みながら約8時間かけて進み、すっかり肌寒くなった夕暮れの頃、隣町に到着した。
約100キロの道のりを8時間ほどでというのは、けっこうゆっくりめではある。
しかし、テラにとって初めての旅客馬車は、慣れないせいかとても疲れてしまった。不老の体のおかげで痛い箇所などはないのだけれど、到着した頃にはすっかりクタクタだった。
翌日の旅客馬車の予約を済ませたふたりは、この町で記念すべき1泊目の宿を探すことにし、夕暮れの町を歩きながら、テラはいつものようにリーフに話しかけた。
「ねぇリーフ、この町に美味しいお茶屋さんあるかな?」
「あっちの通りのほうから、テラの好きそうなハーブの匂いがするよ」
そのとき、すぐそばを歩いていた少年が、すれ違いざまに不思議そうな表情でテラをじっと見ていたので、テラはあっ! と慌てて笑顔で応える。
「独り言です……ははは……」
「気をつけてね、テラ。独り言が増えると、みんな驚いちゃうよ」
クスクスと笑うリーフを横目にテラは小さな声で囁いた。
「気をつけるわ……」
しばらく歩いて大きな通りの角を曲がると、こじんまりとした宿を見つけた。宿の看板には「リリィロッジ」と書かれ、窓からは温かな光が漏れている。宿のすぐ横には食堂もあり、焼いたお肉の美味しそうな匂いが漂っていた。
「宿、あったわね。早く見つかってよかった。すぐ横に食堂もあるわ」
「うん、よかった。あとは部屋が空いてるかだね」
「そうね。それと、薬草を買い取るお店がないか宿主さんに聞いてみよう」
ふたりが宿に入ると優しそうな宿主が迎えてくれ、部屋は空いてるとのことで、ここに泊ることに決めた。
「この町に薬草を買い取るお店はありますか?」
「この通りをまっすぐ行ったところに薬屋がありますよ。新鮮な薬草ならきっと高く買い取ってくれると思いますよ」
宿主がにこやかな笑顔で薬屋を教えてくれた。
「ありがとうございます。近くに薬屋さんがあるんですね。明日行ってみます」
テラはお礼を言い、リーフと一緒に2階の部屋へ向かった。部屋に入り、ふたりきりになってようやくホッと一息つく。
「馬車での移動ってすごく大変なのね。あちこち痛いとかは無いけど、なんだかとても疲れた……」
「お疲れさま。ここ、温泉があるみたいだし、入ってくる?」
「え。温泉あるの? うれしい! あ、お部屋にもあるのかしら」
テラは興味津々で探索気分になって部屋の中を一通り確認した。
「家族湯っていうのかな。小さな湯舟があったよ! リーフも入る?」
「え! ぼくはお風呂に入らなくても清潔は保たれているし、今までだって入ってなかったでしょ」
「でもせっかくの温泉だよ?」
「いや、あの……服脱げないから……」
「え! リーフの服って脱げないの!?」
リーフの服は脱げない。まさかの衝撃の事実だった。
「こ、この服は精霊の力で生成されてて……服だけど服じゃないっていうか……ケープもケープじゃないっていうか……脱ぎ着するようなものじゃないの(消せるけどね……)」
「へ、へぇぇ……そうなのね……じゃあ、そのまま入る?」
「え! さすがにそれは……」
「そうね、さすがにその服みたいなものを着たままじゃ、入りにくいよね 」
「ごめんね……」
こうしてテラは、ちょっと寂しいなぁと思いつつも、ひとりで温泉に入り、ゆっくりと旅の疲れを癒すのだった。
いつも『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます。
この回から、ノーサンロード編が始まります。
新しい出会いもあります!
楽しんで読んでいただけると嬉しいです。




