145 エルナス森林地帯1
リーフたち一行は、朝もやの中、町はずれまで歩いてやってきていた。
昨日と同じ時間、下見に来てヒイラギを植えた場所だ。
「ここから森に入るけど、朝もやがかかっているから気を付けて。絶対にはぐれないでね」
「ああ、もちろんだ。はぐれてバラバラにならないよう、気を付けよう」
ファルはリーフの言葉に力強く頷いた。
「それじゃ、出発しよう!」
リーフは少し強めに、固い決意を自身に言い聞かせるように、出発の言葉を口にした。
10本植えられたヒイラギの列の唯一の隙間をすり抜け、一人ずつ、森へと進入していく。
そこはもう、濃い朝もやに包まれた静寂の森の中だった。
守り人と精霊しか認識できない特別な入口。
ここからエルナス森林地帯の中心部まで、20日から25日ほどかけて森の中を突き進んでいく。
通った痕跡を消し、後戻りはしない。
道なき道を進んだ先に、辿り着くべき場所があるのだから。
◇ ◇ ◇
ヘリックスを先頭に、リモ、ファル、テラ、リーフという順番で森の中を進み、リーフは最後尾で痕跡を消しながら進んで行った。
森の中をしばらく進んだところで、リーフは最初の目印を植えようと思考を巡らせていた。
付近はまだ方位磁石が効くけれど、周囲は次第に鬱蒼として、苔やシダの植物が目立ってきていた。
足音を立てるたびに周囲の静けさがそれを吸い込み、彼らの呼吸と衣擦れの音だけが、やけに大きく感じられた。
気付けば朝もやはいつの間にか薄れ、森の輪郭が静かに姿を現していた。
見上げれば太く高い樹幹が空を覆い尽くし、木漏れ日は地面にまで届くのがやっとだった。
生い茂る緑が光を濾して、周囲の空気は重く静止しているようだった。
「そろそろ目印を植えたいんだけど、どう植えようかな。並べて植えるか、左右に植えるか……どう思う?」
リーフは目印を植える方法をファルに聞いてみた。
「そうだな。右だけとか、左だけだと、違った方向から見れば行き止まりみたく見えないか? まっすぐ進むなら、左右にヒイラギがあって、真ん中を通れ、みたいな感じがいいんじゃねーかな」
ファルは身振り手振りを交えて、分かりやすい目印の案を出した。
すると、ヘリックスがこれから歩いて行く道の説明を付け加えた。
「この道なき道は、右に曲がったり左に曲がったり、くねくねと森の中を進むわ。まっすぐ直進すればいいわけじゃないのよね」
精霊には進むべき道が見えているのか、初めて来た森林地帯であるにも関わらず、その道程が分かっていた。
「それなら尚更、その曲がる箇所には目印が必要だよな……」
ファルはちょっと考えて、さらに言葉を続けた。
「右に曲がるなら左側に、左に曲がるなら右側に、ヒイラギを数本並べて植えておく。曲がる角度は、並べた角度。円の中心に1本だけ植える。そしたら、どの角度からでも間違えないだろ? どうだ?」
ファルの説明に、皆は頭の中でそれを理解した。
ウンウン、と皆一様に納得の様子で、リーフも大賛成だった。
「うん、いいね! 目印はそれでいいかなと思うけど、テラもいいかな? 分かりにくいってこと、ない?」
リーフはテラに確認のために聞いてみた。
テラだけ、納得したように見えなかったためだ。
「え? 私? 私はいいわよ! 分かりやすいと思う!」
テラはいまいちピンと来ていなかったけど、そんなことは言わない。
「テラが分かりやすいなら……この方法で決まりってことで」
「? どうして私なの?」
「精霊は迷子にならないし、迷子になるとしたら……」
「私が迷子になるって!?」
「そうとは言ってないよ?」
「言ってるよね?」
リーフははっきり言っていないけれど、彼の心配は別に間違ってはいない。
「はいはい、二人とも喧嘩してないで。ほら、リーフ。ヒイラギを植えるんでしょう?」
「あっ、ごめんね、リモ。それじゃ、ここは真っすぐ進むから左右に植えておくから……」
リーフはどこからかヒイラギの種を取り出すと、道なき道の左右に2個ずつ、種を埋めた。
「じゃあさっそく……リーフヴェイル」
リーフの瞳が輝き足元から放出された光は、溶けるように土に吸い込まれた。
芽を出したヒイラギは、瞬く間に2メートルほどにまで成長した。
「さらに……ロングタームヴェイル」
足元から放出した光が土を這い、成長したヒイラギの根元へと吸い込まれると、棘のある葉がキラキラと光を纏い、鬱蒼とした森の中で煌めいて見えた。
「これで目印は完成だよ。まっすぐに進む場所では、こんな感じで左右にね」
「このヒイラギ、種はフィリスにもらったのか?」
ふいに、ファルがリーフに訊ねた。
「うん、昨日ね。種はいっぱいもってるからって。フィリスの力も付与してもらったから、普通の人がここまで来たとしても、引き返すんじゃないかな」
「へぇ! そりゃいいな。目印がバレるなんて心配もいらないわけだ」
「そういうこと。フィリスに会えてほんとよかった。種もいっぱい貰えて、すごく助かった。フィリスには大感謝だよ」
リーフは成長させたヒイラギを満足そうに眺めながら、フィリスとの出会いに感謝した。
目印を植えたら、それまで歩いてきた痕跡を綺麗に元通りにし、ひたすらに前進して行く。
フィリスにもらったヒイラギを目印に植えながら、リーフたちは森の中の道なき道をさらに進み続けた。
そうして辺りが薄暗くなった頃、テラとファルはランタンに火を灯した。
「時間はまだ4時を回ったくらいだけど、森は暗くなるのが早いから。早めに、この辺りにテントを作ろうと思うんだけど」
リーフは周囲を見渡して、テントが作れそうな木々の隙間に目をやった。
ランタンを手に持って歩くのは避けたい意図もあった。
「そうだな。今日は朝4時半に出てきたのもあるが、森では夜は早く寝て、朝早くから動くほうがいいだろう?」
旅慣れして野宿経験も豊富なファルは、森での生活パターンを提案した。
「うん。ランタンを持って歩かなくていい、そんな時間帯で動けたら」
「そうよね。ねぇ、リーフ? 火を起こしたら目立っちゃうかな。遠くから見て、煙が立ち上ってるとか」
テラは、森から煙が立ち上る風景を頭の中で想像していた。
山火事だなんて思われたりしないかと心配したのだ。
「それは大丈夫じゃないかな。かなり進んできたし、入り組んでる。町からはもう見えないよ」
リーフはテラを安心させるように、にっこりと笑った。
一日目。
リーフたちは森の中の道なき道を、10キロほど進んでいた。
エルナス森林地帯の南側で唯一、中心部まで徒歩で辿り着けるというこの道なき道は、入り組んだ谷間を縫うように続いており、勾配はそれほど無いのだけれど、草木が密集して、決して歩きやすい道ではなかった。
「それじゃ、この辺りにテントを作るね」
リーフは木々の間隔が比較的広くなっている場所に、緑のテントをふたつ作った。
緑のテントは、旅を始めた最初の頃に蔦や蔓を使って作ったもので、現代日本でいうところの『かまくら』のような形をした、リーフのお手製テントだ。
大きさは立つこと寝ることが可能で、ゆったりした広さで作ってある。
「わあ! リーフの緑のテント、久しぶりね!」
「ほんと久しぶりだ! ありがとな、リーフ!」
火を起こして食事を済ませ、テラとファルはそれぞれのテントに入り、森での一日目が静かに終わろうとしていた。
リーフとテラのテントでは、二人がいつものように身を寄せ合い、眠る前の穏やかな時間を過ごしていた。
ランタンの火を消すと、真っ暗な闇の中で草木が風で揺れる音しか聞こえない、二人だけの空間が広がっているようだった。
「星が見えなくて、ちょっと残念ね」
以前、緑のテントで野宿をした際に、星が覗くようテントの天井に穴を開けたことがあった。
けれど、ここでは生い茂る木々で星は見えない。
リーフの力で邪魔な木々を操作することも可能だけれど、星が見たいだけでそこまではしないのが、リーフなりの節義だったりする。
「そうだ! ぼくたちの家、窓の傍にベッドを置かない? 手を繋いで星を見ながら眠れるように」
「中心部って星が見えるの? そこだけ森が開けているのかな?」
「うん。セイヨウトネリコの周囲はかなり大きく開けていて、清らかな湧き水が流れていて、とても美しい場所……」
「ふふっ。そっか。……きっと、とても綺麗な場所なのね……」
テラはリーフの腕の中で満天の星を想像しながら、歩き疲れていたのか、いつの間にかすやすやと眠りについていた。
リーフはテラの温もりを全身で感じながら、安らぐ気持ちを覚えていた。
「今日よりも幸せな明日が待ってるよ。おやすみ、テラ。愛してる」
リーフはおまじないのキスとおやすみのキスをして、テラの寝顔を瞳に映しながら、ゆっくりと目を閉じた。
深く静かな森の闇が、二人をそっと優しく包み込んでいた。




