143 特別な入口
早朝、静かに、でもゾロゾロと、森へと向かう一行の姿があった。
しかしながら、普通の人に精霊は見えないのを考えれば、リーフ、リモ、ヘリックス、フィリスは見えておらず、テラとファルの二人が、何やら町はずれに向かっている、という図になる。
もしかしたら恋人同士が早朝、人目を避けて森へ、なんて構図に見えなくもない。
「リーフ? 中心部へ行くにはどの辺りがいいかしら」
ヘリックスがリーフに問いかけた。
「ここは薬草採取のための小径がいくつも整備されているけど……どの道も全然違うのは有難いかな」
リーフは何かを探るように緑の瞳を輝かせ、森に向けた視線を巡らせていた。
「うん、この辺り……」
「そうね。ここ10メートルくらいの範囲かしら?」
ヘリックスがリーフが指摘した場所を確認するように、赤紫の瞳を煌めかせ凝視している。
「どうしようかな。フィリス? ここにヒイラギを植えたら、目立ったりする?」
「それは大丈夫よ。ヒイラギそのものに意識が向かないの。違和感すら覚えないから、今まで無かったのに、なんて思わないわ」
「すごいな! 違和感もないなんてな!」
当たり前のように話すフィリスの説明に、ファルは目を丸くして感嘆の声をあげた。
「認識もされないから、ここに新たに薬草採取用の道を作ろう、なんて話も出ないはずよ」
「すごいのね、フィリス! ヒイラギは完璧なのね!」
テラもフィリスの説明に感激して、飛び跳ねるほどに大喜びだ。
「実際に入口としてはどうなる感じ? 人が一人、通れるくらいの入口になればと思うんだけど」
リーフは自分がイメージする入口を口にした。
「10メートル、ずらっとヒイラギを隙間なく植えて、入口にする一部だけ間隔を空けておくわ。よほど間隔が離れていない限り、大丈夫よ。家の門柱みたいなものね」
「わかった。じゃ、さっそく植えてみる? ぼくの力で成長させるから、種からでも」
「それは助かるわ。じゃあ種を植えるから、とりあえず1本、成長させてくれるかしら。私の力は種に込めているから、そのまま成長させてみてくれる? どんなふうになるのか見てみたいわ」
フィリスはどこからか種を取り出して、そっと、土に埋めた。
リーフは埋められた種の位置を確認すると、フィリスを見てにこやかに微笑み、頷いた。
「まずは、リーフヴェイル」
リーフの瞳がキラキラと輝くと足元から光が放出され、フィリスが埋めた種のある土の一点の部分に光が溶けるように吸い込まれた。
すると、みるみるうちに芽が出てぐんぐんと木が伸び、あっという間に2メートルほどにまで成長した立派なヒイラギの木が、そこに誕生した。
「続けて、ロングタームヴェイル」
再びリーフの瞳が輝くと、足元から放出した光が土を這い、成長したヒイラギの根元へと吸い込まれて行った。
「これでどうかな。いい感じになってる?」
「いいわね! すごくいいわ! これなら500年くらいは棘がある葉を維持できそうよ」
リーフの力で成長したヒイラギに、フィリスも大満足の様子だった。
「なるほど。ヒイラギは木が高くなると棘が減るけれど、今の状態のまま維持する、若い木のまま保つ、ということなのね」
リモは心底感心した様子でヒイラギの葉に手を伸ばしつつも触れずに、上から下までじっくりと眺めていた。
「リーフ、いつの間に500年も!?」
いつもは精霊たちの会話にあまり口を挟まないのだけれど、テラは思わず疑問を口にした。
テラの認識では、リーフの力の持続は長くて3年だった。
リーフがそう言っていた、と記憶している。
「ぼくの力だけじゃ500年はさすがに無理。フィリスの力も込められているし、ヒイラギだから可能だったのかな。ヒイラギは元々樹齢が長い木でもあるから」
「そっか。リーフの力は、自然の力を極限まで高めるから……」
テラはリーフの説明に何となく納得するのだった。
「それじゃ、種を蒔いていくから、お願いね。リーフ」
フィリスは合計で10個の種を1メートル間隔で蒔き、リーフはその力で2メートルほどに成長させていった。
真ん中だけ間隔を1.5メートルにして、左右に5本の木と少しの隙間があるという形になった。
「隙間は分かりにくいけど、これくらいでいいと思うわ。人が一人、ギリギリ通れるくらいね」
「うん、これで入口は完成だね」
薄暗いうちに宿を出てきたけれど、すでに日が昇り、朝6時くらいになっていた。
気付けば、どこからか人の話し声が聞こえてきて、どうやら早朝の薬草採取が始まるようだった。
「薬草採取の人ら、もう来たみたいだぞ」
「早朝しか咲いていない花もあるから……」
ファルとテラは、通り過ぎる薬草採取の作業員らを、何事も無く見送った。
フィリスを信用していないわけではないけれど、本当に気付かれないのかと緊張して、内心ドキドキしていた。
「すごいわね。ヒイラギが10本も新たに植えられているのに、誰も気付かなかったわよ」
「全く見向きもしなかったな。すげぇわ、ヒイラギ!」
「もうこれ、本当に完璧よね! 明日はここから森へ入るのよ!」
「今、ちょうど6時くらいだろ? 人が来る時間も分かったし、この時間に下見に来て良かったな!」
テラとファルはヒイラギの力を目の当たりにし、興奮が収まらない様子だった。
リーフたちも作業員らがヒイラギに気付かずに通り過ぎていくのを、じっと見守っていた。
その横で、フィリスが得意げにニコニコとしていたのは言うまでも無かった。
◇ ◇ ◇
下見とヒイラギの植樹も無事に済んだことで、宿に戻ったリーフたち一行は、今日一日は『最後の外の町』を満喫しようと、それぞれ自由に過ごすことになった。
リーフとテラは、薬草の町を存分に楽しもうと市場へ出掛け、ファルとリモも町の散策に繰り出した。
ヘリックスは依り代の中の荷物整理のため、ファルの部屋に依り代を置いたままにしてもらっている。
彼女はどういうわけか荷物が多く、依り代の中がごちゃごちゃとしていた。
片付けが苦手なヘリックスの荷物が増える理由は、そのほとんどが『契約した守り人からお礼の品を貰う』からなのだけれど、ユリアンも例に漏れず、ヘリックスに様々な品を贈っていた。
「ほんと、どうして私が契約した守り人は、色んな物をくれるかしらね」
ヘリックスもよく分からないのだけれど『譲渡』という花言葉が、契約した守り人にも効いてしまっているのかしら、と思うことにしていた。
ユリアンから貰ったものは、食器、カトラリーセット、寝具、ドレスなどを含めた衣類、宝石などの装飾品、香料などのあらゆる品物の他に、多額のお金も受け取っていた。
「いくらなんでも、ユリアンは私に物を与えすぎじゃないかしら。おかげで早く二人をくっつけないとって焦っちゃったわ。まあでも、リモのおかげもあって婚約できたし、契約満了までそんなにかからないわね」
ヘリックスとの契約が満了となれば、ユリアンの腕に刻まれたヘリックスの紋は跡形もなく消え、その紋はヘリックスに戻ってくる。
「紋が戻ってきたら一度会いに行きたいけど……無理かしらね」
そんなことを思いつつ、どっさりとした荷物を眺めた。
すぐに使わないものは精霊界の家に保管しておこう、と思ったのだけれど、考えてみれば使わない物ばかりだ。
「そうね。テラとファルにあげたらいいわよね。あ……もしかしたら、そのつもりで私に?」
食器やカトラリー、寝具などはテラとファルに渡せばすぐに解決する。
ドレスなんかは精霊界の家に置いておこうかしら、と、ヘリックスは精霊界へと荷物を持って行くことにした。
「ヴェルデシア・ヘリックス・キルクルスへ」
数カ月ぶりの精霊界の家に戻ったヘリックスは、少しの違和感を感じた。
精霊界の家はひとつひとつが浮島になっていて、リーフの家も、リモの家も、それぞれが一つの浮島だ。
そして、リーフの家であるリーフ・ヴァーダンシアはどんぐりが成る秋であり、リモの家であるリモ・エテルニタスは花が咲き乱れる初夏だった。
ヘリックスの家は新芽に入れ替わるポカポカした春のはずで、寒いわけがなかった。
「え? ちょっと、寒い……?」
ヘリックスは違和感を感じつつも、磨かれた石造りの家に入ると、無造作に荷物を置いた。
家の中は特に変わりなく、違和感は感じられない。
ヘリックスは首筋を撫でた。
「やっぱり、気のせい? 暑い夏の人間界から来たから、ちょっと寒く感じたのかしら」
再び家の外に出て、空を見上げた。
精霊界の空はどこまでも青く広がり、雲の間に大小の島が浮かんでいる。
沈むことのない日の光は精霊界を照らして、その景色は何ら変わりないように見えた。
「浮島の季節が変わるなんて、そんなのあり得ないわよね」
ヘリックスは首を傾げながらも、ひとり納得するように精霊界を後にした。




