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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第二章『旅』終着編

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142 サウス・フォレスト

 

 リーフたち一行を乗せた馬車は、大陸を縦断するノーサンロードを南下し、サウスゲートで進路を西にとると、そのままエルナス森林地帯の南側を横断するメインズロードに入った。


 険しい峠道などは無く、馬への負担が少ない道のりと御者アレクの手堅い運行のおかげで、旅は順調すぎるほど順調だった。



 そうして、一行は予定よりも数日早く、旅の終着点である宿場町サウス・フォレストに、もうすぐ、到着する。


「ねぇ、リーフ。エルナス森林地帯がもう目の前ね!」


 テラは進行方向の右手に広がる、深い緑が幾重にも重なる風景を眺めながら胸を躍らせ、声をあげた。

 ついに目的地に近づいたという感慨が、彼女の胸に湧き上がっていた。


「うん。もう、かなり近くなったね。空気が変わってきた」


 夏の暑い空気に、山側から流れてくる涼やかな気配が混じり始める。

 馬車の開いた窓から入り込むその風が、リーフの長い白銀の髪をそよそよと揺らしていた。



 ノーサンロードを南下していた間も、エルナス森林地帯の尾根は進行方向の右手にずっと見えていた。

 だがメインズロードに入り、サウス・フォレストが近づくにつれて、それは巨大な壁のように視界いっぱいに迫り始めていた。


 エルナス森林地帯、といってもただの森ではない。

 東西約800km、南北約500kmという気の遠くなるほど広大な地域は、切り立った山々が連なり、深い谷や峡谷、渓谷が縦横に走っている。

 その雄大さから、エルナス山脈と呼ぶ方が相応しいかもしれないが、遠い昔からその名で呼ばれてきた一帯だ。


「いよいよ、って感じだな!」


 ファルも馬車の窓枠に張り付くようにして外を眺め、目を輝かせていた。

 この先に、自分たちが作り上げる定住地となる場所がある。

 その事実に、ジワジワと熱いものが身体の奥から込み上げてくるのを、実感せずにはいられなかった。



 ◇ ◇ ◇



 エルナスの巨大な山影が町を飲み込み、西の空がオレンジ色に染まる頃、馬車はサウス・フォレストに入った。


 エルナス森林地帯に隣接する薬草の町、サウス・フォレスト。

 町の名前からも、ここが南の森であることが伺える。

 といっても、町が森の中にあるわけではなく、町の外れに森が接しており、薬草採取が盛んで薬草の町と言われる所以だ。



「ここがサウス・フォレスト……かなり賑わってるわ」

「入り混じった薬草の匂いがすごい……」

「とりあえず宿を探さないとだな」


 テラとリーフ、ファルは口々に独り言を漏らしていた。


 サウス・フォレストはメインズゲートからの最初の宿場町ということで、なかなかの賑わいをみせていた。

 町は薬草の取引が盛んで、薬草採取のための森の入口は数十カ所あまりが整備されており、薬草の行商人が多く訪れる町でもあった。



「すごいのね。あちこちに薬草の卸店があるわ」


 テラは馬車の窓から通り過ぎる町を眺め、目を輝かせた。


「森でそんなに薬草を採ってたら、なくなってしまわないのか?」


 ファルは単純に、薬草の枯渇を心配した。


「たぶん、制限してるんじゃないかな。この町に面している部分だけでも森は十分に広いし、刈り尽くしたりしなければ、毎年一定量が採取できると思うよ」



 そんな話をしていると、馬車が止まり、フィリスが連絡窓から車内に声をかけた。


「アレクが厩舎付きの宿を見つけたって」


「おお、そうか! じゃ、ちょっくら宿主と話してくるよ。二泊だよな!」


 ファルは早速とばかりに馬車を急ぎ降りて、宿に入っていった。

 そのまましばらく待っていると、宿から出てきたファルが馬車に向けてオーケーサインを掲げた。


「リーフ、泊まれるみたいよ」


「すぐに宿が見つかってよかったね、テラ」


 二泊の予定で厩舎付きの宿を確保し、メインズロードは初めての道だったアレクも、何事もなく目的地に到着できてホッと胸を撫で下ろした。



 ◇ ◇ ◇



 宿で夕飯を済ませ、ファルの部屋にリーフとテラ、そしてフィリスが集まっていた。


 リモとヘリックスはファルと同室なので、アレク以外は集合しているのだけれど、アレクは宿に着いたことで御者としての仕事はすでに完了しており、あとはフィリスのヒイラギを植えてもらうという約束が残っているだけだ。



「明日は森の入口を下見に行って、どうするか決めるか。リーフはどうしたい?」


 ファルがリーフの意見を尋ねた。


「ぼくは、人目に付かなければいいよ。ヒイラギは下見の時に植えたいし」


「ふむ。そうだな。人目に付かない時間か……」


 さて、いつだったら人目に付かないか。

 森は薬草採取が盛んで、いつでも人が出入りしているらしいことは、夕食時に宿主情報として聞いていた。



「人目に付かないといえば、私たちが森に入る時もそうよね? 明後日、宿を一度出て夜まで待つ。そして、夜になったら森に入る、って感じ?」


 テラは人目に付かないと聞いて、当然のように『夜』と思った。


「夜になる前に森に入ったほうがいいんじゃないか?」


「え、どうして? 夜のほうがよくない?」


「夜はランタンを手にしてて、逆に目立たないか?」


 ファルの言葉に、テラはハッとした。


「そっか……確かに、灯りは目立つね……」


 暗がりで灯されるランタンの光は、暗闇の中では『ここにいます』と告げているようなものだろう。



「早めに森に入って、森の奥でランタンを使うくらいのほうが目立たないだろ?」


「そうね。じゃあ……早朝に宿を出発するのは?」


「うむ。まだ薄暗いうちに宿を出て、明るくなる頃に森に入る、か」


 誰もが寝静まっている、ひっそりとした時間帯。

 人目に付かないという条件に、ぴったりと合うのは確かだ。



「ええ。それくらいの時間だったら誰もいなさそうじゃない?」


「……ああ。それなら昼間のうちにかなり歩いて進めるしな」


「そしたら、明日の朝、同じ時間にここを出て下見に行かない? 下見は本番と同じ時間がいいでしょ?」


「俺は構わないが……」


 ファルはちらりとフィリスに視線を移した。

 テラとファルの相談話をリーフたちは黙って聞いていたけれど、フィリスはどうだろう? と思うのは当然の懸念だった。


「え、私? 私も構わないわよ? 早起きは嫌いじゃないわ。それに、私が行かないとヒイラギを植えられないでしょ?」


「ありがとう、フィリス。でも、なんだかごめんなさい。迷惑じゃない?」


「迷惑じゃないわ。契約は明後日までだもの」


 契約というのは御者アレクとの契約期間なのだけど、フィリスにしてみれば、まだ契約期間だから合わせる、ということなのだろう。


「アレクはどうするかな。一緒に来るかしら?」


「ふふっ。アレクは寝かせておくわ」


 そう話すと、フィリスはにっこりと微笑んでいた。



「それじゃ、明日の朝……夜が明ける前なら、四時半くらいでいいかな?」


「ああ。歩いて行くだろ? どれくらい時間がかかるかも確認しつつだ」


「わかったわ。明日、四時半に玄関ロビーに集合ってことで決まりね」



 まだ夜の帳が町を包み、人々の寝息が建物の隙間から漏れ聞こえてくるような午前四時半。

 アレク以外の一行は、宿の床板を鳴らさないよう足音を殺し、物音ひとつ立てずにこっそりと宿を後にした。


 熱気の引いた、朝もやと湿り気を帯びた早朝の空気の中、一行は徒歩で町はずれ、あの『巨大な壁』へと足を向けたのだった。


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