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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第二章『旅』終着編

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141 誓いの抱擁

 

「さあ、これからノーサンロードね。ようやくだわ」


 テラは宿の前で感慨深げに馬車を眺めていた。

 そういえば以前は馬車が苦手だったな、と思ったけれど、貸切というのは周囲を気にせずに乗れるのもあって、馬車が苦ではなくなっていた。



「元々はノーサンロードを南下して、サウディアへ行くはずだったからな」


「ふふっ。王都に寄る予定なんて無かったのにね」


「でも、王都に寄って、よかったよな」


「それはもちろんよ! 王都に寄ったからこそ、たくさんの出会いがあったし、色んな経験が出来たんだもの」


 王都での日々を思い出すと、本当に色んなことがありすぎて、濃密な時間だったと実感する。

 それはファルも同様で、そのことでどうしても寄っておきたい場所があった。



「なぁ、この町を出る前に、最後にちょっと寄りたい場所があるんだが」


「いいわよ? どこに寄るの?」


「親友の墓に寄りたくてな」


 前にイーストゲートで立ち寄った時は、リモと二人だけで訪れた墓。

 けれど、今回は皆に一緒に来てもらおうと決心していた。


「親友のお墓がイーストゲートにあるのね。もちろんよ」


 御者アレクに墓地に寄るよう頼み、一行はファルの親友が眠る墓に赴いた。



 ◇ ◇ ◇



「ここなんだ」


 親友の墓はこじんまりとしていて、墓石の周りにはローズマリーが植えられていた。

 今は花の時期ではないけれど、青々とした緑が夏の日差しを浴びて元気に生い茂っていた。


「ローズマリーがたくさん植えられているのね」


「ああ。親友はローズマリーの精霊と契約していたからな」


「ローズマリーの精霊……」


 テラはローズマリーの花言葉を思い出していた。



「不老だったんだ。あいつが死んで、ローズマリーの精霊も消えた。だからここは、二人の墓なんだ」


「!!」


 ファルの告白を聞いて、テラはぞわっと背筋が凍り付くような感覚がした。

 もしかしたら、ファルとリモがそうなっていたかもしれない。

 その回避したはずの未来が、否が応でも頭に浮かんだ。



「俺はこれから、定住地を作る。作ったら迎えに来るから、待っててくれな」


 ファルは墓石に手を伸ばすと、そっと、優しく撫でた。

 リモはファルに寄り添い、彼の腕をギュッと強く握りしめていた。


「ファル。必ず、迎えに来ないとね」


「ああ、もちろんだ」


 テラの言葉に、ファルは強い意志を込めて答えた。



「大丈夫。必ず出来るよ」


 リーフの緑色の瞳がキラリと輝いたと思ったら、足元から光が放射状に広がり、ローズマリーの根元の土に溶けていった。


「いつまでも枯れないように。ずっと傍にいられるように。ファルが迎えに来るまでね」


「ありがとうな、リーフ。俺の時も、なんてな!」


「ファル、そういうこと、リモの前で言わないであげて。私、怒るわよ?」


 テラに怒られ、ハッとしてリモに目を向けると、彼女の淡いピンクの瞳が潤んで、今にも涙の雫が零れ落ちそうになっていた。


「ああっ、ごめんな、リモ。泣かないでくれ。悪かった。許してくれ」


 ファルはリモを強く抱きしめて、必死に謝った。


 しかし、『俺の時も』と言ったのは嘘でも冗談でもなく、心からの本音だった。

 いずれこうなる運命だから、せめて……とリーフに願うファルの気持ちが、リモには痛いほどに分かっていた。



 ◇ ◇ ◇



 8月7日、ファルの誕生日。

 リーフたち一行は、アレクの馬車でイーストゲートを発った。


 大陸を縦断するノーサンロードを南下し、メインズロードとの分岐点になっている町、サウスゲートを目指す。

 ここからの道は右手にエルナス森林地帯の山々が連なり、街道沿いは農村が多く、丘陵地帯には麦や野菜などの畑がどこまでも続いているかのように、連なっていた。


「この付近は畑が多いのね。ずっと遠くまで続いているみたい」


「街道の一帯はそんな感じだな。この丘陵地帯は大陸の中でも最大規模らしいからな。ヴィーテ広陵、ここで採れた麦や野菜は大陸中に出荷されるんだと」


 テラは馬車の窓から延々と続く緑の丘陵地帯『ヴィーテ広陵』を眺めていた。



 ――なんだか王都にいたのが嘘みたいね。



 のどかな風景を眺めながら、墓参りの余韻が彼女の心の中に渦巻く中、ポロリと言葉を口に出した。


「……ユリアンとカリス、どうしてるかしら。カリスには……やっぱり言わなくてよかったのかな……」


「カリスは気付いてるわよ? ファルのこともね」


 テラの静かなつぶやきに、ヘリックスが応えた。


「え? そうなの!? いつから知ってたの!?」


「俺のこともバレてるのか?」


「そりゃそうよ。王城での最後の食事の日よ。あの夜、ユリアンとカリスが部屋に戻って、ユリアンは問い詰められてたわね。ファルが変なことを言ったから」


 ヘリックスはあの夜、早々に依り代に入って寝たはずだったけれど、実際には依り代の中で聞き耳を立てて、ユリアンとカリスの会話を聞いていたのだった。



「俺のせいか……そうだよな……カリスなら気付いてもおかしくない」


 ファルは自分が口を滑らせたことを思い出していた。


「ファルの発言にかなり疑念を抱いていたのね。そしてカリスはユリアンに問い詰めた。ユリアンは隠そうとしていたけど、こちらから会いに行かなければ、二度と会えないって言っちゃったのよ。それで、『ファルは年を取らないのね』って言われて、否定できなかったの」


「ユリアン……カリスに嘘は付けないだろうしな」

「それで私のことも分かっちゃったのね」


「テラに関しては、怪我をしても治るって言ってたわ。これについては、怪我が治った所を見られていたから仕方ないわね。ファルと同じようにテラも年を取らないと気付いたようだったけど、死なないことはまだ知らないわ。その点だけは、ユリアンも隠し通していたわよ」


「そう……。でも、二人は婚約したし、結婚するはずよね。そして、一緒に会いに来てくれる。その時にユリアンから聞かされることになるわ」


「どうしてカリスには内緒にしておきたかったんだ?」


 ファルはふと疑問に思い、テラに尋ねた。

 その理由を、単純に知りたいと思った。



「そもそもユリアンに話したのだって想定外だったし……ユリアンはヘリックスと契約しているのもあるし……。ファル以外、これまで誰にも話したことが無かったのよ? 誰もが受け止めてくれるとは思ってないもの……」


「まあ、それもそうだな」


 ファルはテラを見つめながら、相槌を打った。


「ファルが言ってたでしょ? 不老不死は聞いたことがないって。私、ファルに言われるまで、どれほど稀なのかなんて考えたことも無かったの。でも、簡単に言うべきじゃないと思ったし、不死だなんて気味が悪いと思われても仕方ないというか……出来る事なら、言わないほうがいいと思ってて……」


 テラは横に座るリーフにちらりと視線を移すと、リーフと目が合った。

 リーフの瞳がエメラルドのようにキラリと光り、不安げに揺れていた。

 テラはリーフの右手をきゅっと握ると、話を続けた。


「それで、ユリアンが遊びに来る時に、もしカリスが一緒ならその時は話してもいいってユリアンに言ったんだけど……」


 テラは一瞬迷って、さらに言葉を重ねた。


「ユリアンね、私が不老不死だって知って、泣いてくれたの。私のこと受け入れてくれて、理解してくれて、泣いてくれた。嬉しかったよ。もう嘘をつかなくていいって思えた…………でも、ユリアンには悪いことをしたとも思ったの。……ユリアンは優しいから、きっと、私やファルのことを思って、心を痛めてる。私やファルの孤独の一部を、ユリアンに背負わせちゃったのよ」


 テラは言葉を紡ぎながら、気付けば涙が頬を伝っていた。

 その涙を拭うことなく、テラは言葉を続けた。


「私、カリスにはそんな思いをして、泣いてほしくない。だから、私、後悔というか……ユリアンに、カリスに話していいって言ったこと、間違ってたんじゃないかって……もう会わないほうがいいんじゃないかって……もう私の事なんか忘れたほうが幸せなんじゃないかって……っ! ユリアンにも言わなきゃよかっ……っ」


 ポタポタと涙の雫が落ちて、リーフと繋いだ手の甲を濡らしていた。



「テラ……そんなふうに思ってたの……」


 リーフの目からも涙が零れ落ちると、それに気付いたテラが、そっとリーフの涙を拭った。


「リーフは悪くない……私が望んでここにいるの。ごめんね、リーフを泣かせちゃったね」


 テラ自身も泣いているのに、リーフを泣かせたと謝るテラに、リーフは強く、誓いの言葉を口にした。


「テラ。ぼく、必ず定住地を作るから。テラが帰る場所、絶対に作るから」


 リーフはテラの肩に左腕を回しグッと抱き寄せると、テラも右手をリーフの背に回し、互いに強く抱き合った。


「ありがとう、リーフ……」



 そんな二人のやり取りに、ファルは静かに、自分に言い聞かせるように話した。


「俺もリモも、本気だからな。定住地、皆で作ろうな」


 ファルとリモも、テラとリーフの涙に打たれ、定住地への想いを新たにしていた。

 ヘリックスは、そんな彼らの平穏がいつまでも続くようにと願わずにはいられなかった。



「ちょっといいかしら。アレクがそろそろ休憩って」


 御者台に座っているフィリスが、連絡窓を開けて声をかけた。


「了解。ちょうどよかった。少し息抜きしないとな!」


 ファルが場を和ませるように、明るく言葉を返した。



 フィリスは今日からアレクと一緒に御者台に座り、アレクの隣で時間を過ごしている。

 アレクが心配だというから仕方なくだったけれど、たまにはこうして風に当たるのも悪くないわね、と案外今の状況を気に入っていた。



 そして、馬車の中の会話は、フィリスにはしっかりと聞こえていた。

 フィリスは、ちらりとアレクに視線を向けてみた。

 いつも通りで、なにか動揺したりなどは感じられない。

 アレクには聞こえていなかったみたいねと、どこか安堵する気持ちを覚えていた。


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