138 二度目のイーストゲート
8月5日。
リーフたち一行は、イーストゲートに到着した。
当初の予定では、ここでアレクの仕事は終わりのはずだったけれど、この先も御者として契約を継続し、14日間の予定で共に旅することが決定していた。
そして、明後日はファルの誕生日。
イーストゲートには2泊して、明日は一日中買い物で歩き回る予定だ。
そのため、誕生日を祝うなら今日がいいだろうとテラは考えていた。
王城での最後の食卓でお祝いは済ませていたけれど、テラは夕飯を少しばかり奮発しようと密かに思いを巡らせていた。
「とうとう着いたわね、イーストゲート!」
「久しぶりだな。この町でユリアンとカリスに出会って、王都に行って……色んなことがあったからな」
「ふふっ。なんだかずいぶんと昔のような、つい最近のような、変な気分だわ」
「ははっ。本当にな。とりあえずユリアンが用意した最後の宿に向かうか」
ユリアンが用意してくれたイーストゲートまでの宿。
これが最後の宿となる。
「宿に行って……時間がまだ早いし、私は公伝館に行こうかな。ファルも行く?」
「ああ。俺も公伝館に行きたいから、一緒に行こう。アレクの契約料を先に支払ったほうがいいだろう?」
「そうね。契約料を払った後はどうする? 夕食は宿でも摂れるけど、ファルの誕生日、明後日でしょう? 何か美味しいものを食べに行きたいなって思ってるんだけど」
「俺の誕生日はもう祝ってもらってるが?」
「いいじゃない? せっかくイーストゲートに来たし、ほら、前にイーストゲートで食べた、あれ! えっと、香ばしいタレの!」
「ああ、あれか! 焼きとり!」
「そうそう! あれ、もう一度食べたいなって」
「いいね。夕食はあの店に行くか」
「ええ! アレクも誘って行こう!」
宿に移動した一行は、一旦部屋で落ち着いて、テラとファルは公伝館へ行くことにした。
公伝館は現代でいうところの郵便局のようなもので、テラもファルも、王城で働いていた5カ月間の給料を、公伝館に預けてもらっていた。
公伝館に着くと二人は手続きをし、まず、いくら預けられているのかを確認した。
「えっ!! うそ!? なんでこんな金額が……!?」
テラの預金は、小さな家が建てられるほどの額になっていた。
375万ŞĿほどの預金のうち、国王からの特別報酬分が300万ŞĿあった。
そしてファルのほうも同様で、275万ŞĿほどの預金になっていた。
「ええええ……すごい額なんだが……なんだこれ!?」
ファルが考案したペンダントの売れ行きが半端なく、第二弾も発売され飛ぶように売れている。
そのため、その売り上げの一部がファルに入っていたのだ。
「なんだか、急に金持ちになったぞ……」
「どうしよう……こんなにたくさん……怖いんだけど」
二人はひとまず、アレクに渡す契約料の分と、当面の生活費やイーストゲートでの買い物用に、それぞれ必要額を手にした。
「と、とりあえず急いで宿に戻ろう!」
「そうだな。何があるか分からないからな」
あまりに慣れない額のお金を財布に入れて急いで宿に戻った二人は、そのままアレクの部屋に赴いた。
もちろん、契約料を支払うためだ。
テラの財布から5万ŞĿ、ファルの財布からも5万ŞĿが出され、合わせて10万ŞĿを封筒に入れた。
「アレク? いる?」
扉をノックすると、中からアレクの声がした。
ガチャリと扉が開かれ、彼が顔を出した。
「テラさん、あ、ファルさんも。もう夕食ですか?」
「いえ、契約料を支払いに来たの。今、いいかしら?」
「それはありがとうございます! わざわざ足を運んでいただいてすみません」
アレクはテラとファルを部屋へと招き入れ、テーブルを挟んで椅子に腰かけた。
「それじゃ改めて……こちらが契約料です。もし、期間が長くなった場合は追加で支払いますね。宿と食事は行き当たりばったりになるから、都度、私たちと同じ宿と食事ということで、こちらで一緒に支払いをします。これから14日間、よろしくお願いします」
テラは畏まって、お金が入った封筒をテーブルの上にススっと差し出した。
「ご丁寧にありがとうございます。金額を確認させていただきます」
アレクは封筒の中身を出すと、一枚二枚と枚数を数えた。
「10万ŞĿ、確かに、受け取りました」
アレクは深々と頭を下げた。
「よっしゃ! これで14日間の馬車が確保できた! 貸切だし、ほんと助かるよ」
「いえ。こちらこそ、こんなに払っていただいて、本当にありがとうございます」
「それじゃ、夕食を食べに行く時間になったら、迎えに来るわね」
「食べに行くのですか? 宿での食事かと思っていたのですが?」
「あっ! ごめんなさい。明後日はファルの誕生日だから外で食べようって話してたの。アレクも一緒にいいかしら?」
「そうでしたか! ファルさん、お誕生日おめでとうございます! 是非、ご一緒させてください」
「では、またあとでね、アレク。30分後くらいに迎えに来るわ」
テラとファルはアレクの部屋を出て、すぐ横の自分たちの部屋に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
「ただいま、リーフ」
「おかえり、テラ」
二人は『おかえりのキス』をして、相変わらずのラブラブぶりだった。
「今日はこれから、外にご飯を食べに行くことになったの。ファルの誕生日が近いし、前に食べた焼きとりをもう一度食べたくて!」
「あの濃いタレの匂いの?」
「そうそう! 懐かしいでしょ」
「ユリアンと出会ったお店だね」
「リーフも来てみる?」
「そうだね。前も依り代に入っていたし、じゃ、ぼくは依り代に入って行こうかな」
「ふふっ。ありがと、リーフ。一緒で嬉しいよ」
この旅の間はほとんど食事には同行していなかったので、久しぶりの、依り代に入ってのお出掛けだ。
◇ ◇ ◇
イーストゲートはさすが大陸で2番目の町だけあって、夜になっても活気に溢れていた。
至る所に食事処があり、どの店も旅人や商人らしき人らで賑わっている。
テラとファルとアレクの三人は、人ごみをかき分けながら、一路、焼きとり店へと向かっていた。
「今夜は焼きとりのお店に行くんだけど、アレクは知っているかしら」
「焼きとりですか? もしや、鳥皮が有名なお店でしょうか」
「たぶんその店ね! タレの匂いがとても美味しそうに漂っててね」
「鳥皮がお勧めらしいが、豚バラも人気だってな」
「ははっ。わかりました。知ってます、そのお店。とても美味しいですよね!」
「アレクも知ってるのね! ほんと美味しくて、また食べたいなって思ってたのよ」
「俺の誕生日とか関係ないだろ?」
「ええっ! 誕生日だからよ?」
「いいや。テラはただ食べたいだけだな。ははは」
「失礼しちゃうわ、って言いたいところだけど……まあでも、いいじゃない? 美味しいんだから!」
なんやかんやとおしゃべりをしつつ、焼きとり店に到着した三人は、さっそく店に入った。
幸いなことに、ちょうど隅の三席が空いており、すぐに座ることが出来た。
「ファルの誕生祝いでもあるから、たくさん注文するわ! アレクも遠慮なく食べてね」
「はい、ありがとうございます」
「とりあえず全種3本ずつ注文して、あとはそれぞれ好きな物を追加で注文するか」
「それでいいわ。あと飲み物は……私は果実水にするけど、二人はお酒を飲んでもいいわよ?」
二人に酒を勧めつつも、私はお酒は飲まないわよと心に決めていたテラだった。
「俺はぶどう酒にするか。やっぱこれだろ? アレクはどうする?」
「僕は果実水でお願いします」
「酒は飲まないのか? 遠慮しなくていいぞ?」
「いえ、僕はお酒はどうも苦手でして。成人した時に飲んでみたのですけど、どうも……」
アレクは少し恥ずかしそうに、頭を掻いた。
「そういやアレクは何歳なんだ?」
「僕は誕生日が来たら24歳になります」
「へぇ、24歳か。誕生日はいつなんだ?」
「誕生日は11月30日なんです」
「そうか。もうちょい先だな」
そんな話をしていると、いきなりヘリックスが現れた。
ヘリックスの依り代はファルが持っており、胸のポケットに入れていた。
リーフが依り代に入って一緒に行くということで、ヘリックスとリモも同じように依り代に入って同行していたのだった。
「えっ、ヘリックス、どうしたんだ? こんなところで急に……!」
ファルは咄嗟に周囲をキョロキョロと確認した。
ヘリックスが現れたことに気付いた人は、幸い誰もいないようだった。
「アレク、その誕生日、間違っているんじゃないかしら」
「え、僕の誕生日が間違ってる? そ、それは……どうしてですか?」
「守り人なのに、誕生花の性質が見られないもの。きっと、何かしらの事情で誕生日が間違えられてしまったのね。ちょっと手を貸してもらえる?」
アレクは驚きつつも、ヘリックスに手を差し出した。
ヘリックスはアレクの手を握ると、赤紫色の大きな瞳を輝かせ、若返りの力の応用でアレクの生命の時間を読み取り、生まれた時まで遡った。
「……わかったわ。年齢は23歳なのは間違いないし、誕生日が来たら24歳だけれど、本当の誕生日は11月8日ね。誕生花はヒイラギよ」
「11月8日、誕生花は……ヒイラギ!?」
「ええ、間違いないわ。ふふっ。誕生花がヒイラギだなんてね。まさにって感じだけれど、契約した精霊もヒイラギだもの。これは運命かしらね」
そう言ってヘリックスは優雅に微笑むと、再び依り代にささっと戻ってしまった。
「へぇぇ……。11月8日生まれで、誕生花もヒイラギなのか。守り人は誕生花の性質を持つっていうからな。しかも、フィリスと同じなんてな!」
「すごいわ! 運命だなんて! きっと、同じ性質で惹かれ合ったのね」
「惹かれ合ったなんて、そ、そんな……」
アレクはテラの言葉に少しばかり恥ずかしくなって、顔が火照った。
「それにしても、誕生日が間違えられているなんて、そんなことがあるんだな」
「それは、十分にあると思います……」
アレクは孤児院育ちで、8つの頃から養父に育てられていた。
「そうなのか。でも、良かったんじゃないか? 間違っていたとしてもこうして分かったんだし、ちょっと違っただけだ。何より、ヒイラギだもんな! フィリスとの縁が結び付けられたんだ。契約は必然だったわけだ」
「そう、ですね。契約は必然……縁があった、と」
アレクは、フィリスと契約して良いことばかりで、とても有難いと思っていたけれど、そもそもどうして僕と契約をしたのかと不思議に思っていた。
血の匂いがどうの……と言っていたのはフィリスから聞いたことがあったけれど、よく分からなかった。
けれど、最初から縁が結ばれていて、契約は必然だったとするなら、なんとなく分かる気がした。
それはアレクが日々、守り人として、精霊であるフィリスを知れば知るほどに感じていることだった。




