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刻まれた花言葉と精霊のチカラ ―精霊と守り人少女の永遠の物語―  作者: Tomi
第二章『旅』終着編

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137 フィリスとリーフ

 

 つい先ほどまでザーザーと降り続いていた雨は、気付けばシトシトとした小雨に変わっていた。

 湿った空気には土と青々とした緑の匂いが混じり合い、アレクの鼻腔をくすぐっていた。


「雨、止んだのかな。明日は晴れるといいけど」


 アレクは耳を澄ませ、小さくなった雨音を聞いていた。


 揺らめくランタンの明かりが、手元の地図を照らしている。

 アレクは地図を見ながら、明日の予定を考えていた。

 急な野宿で次の宿までの予定が狂ったため、ペース配分を調整する必要があった。



「リーフだけど、フィリス、いる?」


 寝所の外からリーフの声が聞こえ、フィリスと話すために来たのだと分かった。


「来たわ。ちょっとリーフと話してくるわね」


「うん、行ってらっしゃい」


 フィリスは寝所を出て行った。



 ◇ ◇ ◇



 リーフはフィリスと共に、自分が作った屋根の端のほうに移動した。

 目の前は真っ暗闇の森が広がり、ピチョンピチョンと雨のしずくが落ちる音だけが静かに森の中に響いていた。


「フィリス、ありがとう。ぼくと話す時間を作ってくれて」


「ううん。気にしないで」


「早速だけど、エルナス森林地帯に向かっているって話なんだけど……」


 リーフは、エルナス森林地帯に向かっている理由、目的、計画をフィリスに説明した。



「定住地……長い時間を生きる守り人と精霊が暮らす村……」



 そんな大変な計画をやろうとしているなんて。



 フィリスはリーフをじっと見つめた。

 正直、彼女にとっては関係のない話だった。

 守り人と長い時間を過ごさない精霊には、どうでもいい事だった。



 けれど、これが守り人と生涯を共にする精霊たちの願い――。

 あの子も守り人を不老にしていたっけ。



 フィリスはふと、昔の知り合いのローズマリーの精霊を思い出していた。



 あの子がいたら、やっぱり同じように思うのかしら。



 しばらくの沈黙のあと、フィリスが言葉を紡いだ。



「……いいわ。エルナス森林地帯の入口、そこにヒイラギを植える。ただ、私の力は、葉が丸くなる頃には弱まるの。そうなると、植え替える必要があるわ」


 リーフはその沈黙に固唾を飲んでいたけれど、フィリスの了承の言葉を聞いて、わずかに身を乗り出した。


「もちろんぼくも手伝うよ。ヒイラギは長寿な樹木だけど、可能な限り棘のある期間が続くように」


「……それなら……頻繁に植え替える必要は無さそうね。いいんじゃないかしら」


「あ、ありがとう! すごく嬉しいよ! それで、フィリスにはイーストゲートから先も一緒に来てもらいたくて……!」


「一緒に……? 確かにそうなるわよね。でもそれは……」


 フィリスは植える事を承諾したけれど、一緒にとなると少しの迷いが出た。



「そのことについてだけど、アレクはこのあと、仕事が決まっていたりするの?」


「いえ、まだ決まっていなかったはずよ」


「よかった! ぼくたち、イーストゲートから先も馬車を借りて、アレクに御者として一緒に来てもらえたらと思っていて。もちろん、アレクには契約料を支払う。どうかな?」


「そういうことなら、アレクは仕事をもらえるわけだし、何の問題もないと思うわ」


「それじゃ、アレクにはフィリスから話してもらえる? ぼくからも話すつもりだけど、まずはフィリスから伝えてもらえると有り難いよ」


「ええ、了解よ」


 フィリスはリーフの提案を引き受け、満足げに微笑んでいた。

 ただ単純に、アレクに仕事が舞い込んだのが嬉しかったのだ。




 リーフは知らないでしょうけど、あなたはアレクの養父の恩人なのよ。



 養父は先の疫病で重症化し、危ういところだった。

 しかし突然、治ってしまった。

 それは、リーフが精霊王に覚醒した際の癒しの光のおかげだった。


 その時フィリスは、精霊王の力が働いたのだとアレクに説明したけれど、それがリーフで、精霊王が誕生したとまでは話していなかった。

 そこまで知る必要は無いと思っていたし、今も、リーフが精霊王だとは教えていない。



 このことは言わなくてもいいわよね。

 アレクに話せば、契約料がなくたって是非って言いそうだもの。

 でも、仕事の依頼だというなら、そのほうがアレクは嬉しいはずなのよ。




 ◇ ◇ ◇



 フィリスはリーフと別れると、アレクの待つ寝所に戻り、さっそくアレクに仕事の話を持ちかけることにした。



「ただいま、アレク。リーフと話してきたわ」


「お帰り、フィリス。リーフさんとどんな話をしたの?」


 アレクは地図を広げていた手をとめ、興味深げにフィリスを見つめた。


「リーフたちはエルナス森林地帯に行くって言っていたでしょう? それで、イーストゲートから先も、アレクを御者として雇いたいんですって」


「ええっ! ほんとに?」


 フィリスの言葉に、アレクの声が弾んだ。


「このあと仕事が決まっているのか聞かれたの。それで、決まっていないはずって話したら是非にって」


「嬉しいな! いっぱい稼げるかな。どのあたりまでだろう?」


 アレクはさっそく、広げていた地図に指を滑らせた。


「森林地帯への入口の一番近くの町までね。日数としては……たぶん、12日から14日ほどみていればいいと思うわ」


「一番近くの町……この地図でいうと、ノーサンロードからメインズロードに入って……その先のどこかの町? 入口というのが僕には分からないんだけど……」


「メインズロードに入って、最初の宿泊地になる町ね。サウスフォレスト。ここが入口に一番近いんじゃないかしら」


 フィリスは地図上の一点を指差した。


「あの、入口にヒイラギをって話してたのは?」


「ええ、その件も了承したわ」


「リーフさんたち、エルナス森林地帯に何をしに行くんだろう? あんな誰も行かないような危険な森なのに」


 アレクは地図に広がる森林地帯に目をやり、首をかしげた。


「人は誰も行かないかもしれないけど、精霊にとっては特別な場所なのよ」


 フィリスは『特別な場所』と説明し、長い時間を生きる守り人と精霊が定住するために行く、とは言わなかった。

 精霊との契約で不老になる守り人もいる、という現実をアレクは知らない。

 知る必要も無いだろうと考えたからだった。



「……僕はまだ精霊のことをよく分かっていないけど……フィリスにとっても、そこは特別な場所?」


「ええ。特別な場所ね。それは間違いないわ」


「そっか。その特別な場所に、テラさんもファルさんも一緒に行く、ということなんだね。……危険じゃないのかな」


「精霊はエルナス森林地帯でも迷わないから、精霊と一緒に居る限り問題ないわ」


 フィリスはアレクを安心させるように、優しく微笑んだ。


「それもそうか。……精霊ってすごいよね」


「そうかしら?」


「そうだよ。僕はフィリスと出会えて、契約して、よかったと思ってるんだ。馬車も馬も借金してまで手に入れたけど、良いお客さんが増えた。王族や貴族が顧客になったのは、たぶん、僕が守り人だって分かったから。それだけで王都では価値があるって知った。全てはフィリスのおかげなんだ」


 アレクは改めて、フィリスに礼を言った。


「そういえば、リーフがアレクに直接話したいって言っていたわ」


「今後のこと?」


「ええ。イーストゲートから先の契約の話をしたいんじゃないかしら」


「うん、わかった。14日間程度の貸切ってことになるよね。見積もりとしては……」


 アレクは指を折りながら、慎重に見積もり額を計算した。


「……7万ŞĿ(シルヴァ)ってところかな」


「あら、もっと高くてもいいんじゃないの?」


「そんなわけにはいかないよ。ただの駅馬なら、一日5,000ŞĿでも高いんだから。ただイーストゲートより先は駅馬制が無いし、駅馬の宿も整備されていないから、行き当たりばったりになる。貸切だし、リスクを含めての一日5,000ŞĿだよ」


 真剣な眼差しで、アレクは妥当と思われる金額を言い切った。


「ユリアン殿下は10日間で10万ŞĿ支払ってくれたわね。駅馬制があっての一日一万ŞĿよ。それとは別に食事付の宿代も払っているんだから、さすが王族だわ」


「それはもう、王族様様だよ。田舎で御者の仕事してたら、一ヶ月で7万から10万ŞĿ稼げたら良いほうなんだから」


 アレクはため息交じりに田舎での御者の現実を語りつつも、さらに続けた。


「でもこれは、殿下の大切な友人たちをちゃんとイーストゲートまで送ってほしいという期待、願いでもあるんだ。責任重大なんだよ」


 ユリアンが通常よりも倍以上の代金を支払っている理由。

 そのことをアレクはしっかりと認識していた。



 ◇ ◇ ◇



 同じ頃、リーフはテラが待つ寝所に戻り、フィルスとの話し合いについて彼女に説明をしていた。


「イーストゲートから先も、アレクには一緒に来てもらえそうだったよ。今後の予定はまだ決まってないらしいから」


「それは良かったわね! 何日間くらいアレクにお願いする感じかしら」


 テラは喜びの表情を浮かべた。


「王都イーストゲート間より、ちょっと距離があるからね」


「距離……それなら……2週間くらい?」


 テラは地図を取り出し、地図上に指を滑らせた。


「うん、たぶんそれくらいかな。12日から14日、遅くても15日はかからないと思う」


「それじゃ2週間ってことで……宿はその都度決めるとして。アレクにはいくら払ったらいいかな。もちろんファルにも相談しないといけないけど……」


 テラは腕を組んで、地図を眺めながら考えていた。


「ぼくはお金は分からないから……ファルに聞いてみて、ファルが分からなかったら、アレクに直接聞いてみる?」


 リーフは正直に困った顔をした。

 御者の相場など分かるはずもなかった。


「そうね! とりあえず、ファルのとこに行って聞いてみる!」


「あ、今から行く?」


「早いほうがいいでしょ? ヘリックスもリモもいるし、みんなで話したほうがいいものね!」



 テラはリーフの手を引くように勢いよく外を出ると、ファルの寝所の入口前で声をかけた。


「ファル、ちょっといいかな? まだ起きてる?」


「ああ、テラか。いいぞ、入って」


「ごめんね、ちょっと相談があって」


 テラはファルの寝所に入ると、リーフと共にファルの対面に座った。

 ランタン一つでぼんやりと浮かび上がるファルの顔が、なんだか怪しげに見えて、テラは思わず笑いそうになったのは秘密だ。



「相談って、リモが言ってた話か?」


「うん、さっきフィリスと話してきた。それで、入口にヒイラギを植えるのは承諾してもらったよ」


「そう、よかったわ。これで入口が安全になるわね。ありがとう、リーフ!」


 リモは安心したように微笑んで頷くと、リーフの労をねぎらった。



「それで、イーストゲートから先、アレクには御者として一緒に来てもらおうと思って。フィリスに来てもらうためには、それが一番でしょう?」


「ああ。フィリスが来るなら、アレクだって来ることになるからな。御者として来てもらうのがいいさ」


「そこで相談なんだけど、エルナス森林地帯に近い町まで2週間くらいかかるそうなの。アレクにいくら払えばいいと思う?」


「そうだな……駅馬ってそもそもいくらなんだっけか……。少なくとも、駅馬制が敷かれていないイーストゲートから先は駅馬の宿も無いことを考えると、ちょいと高めに設定して当然だろうが……」


 ファルは顎に手を当てて考え込んだ。



「宿については、どこに泊るのか、野宿になるのかも分からないから、その都度こちらで払うってことでいいわよね?」


「そうだな。アレクの宿代、飯代、あと厩舎か。毎日かかる費用は、その時々で払うって感じになるだろうな」


「それで、14日間、アレクにはいくら払えばいいのかって話なんだけど」


「そうだな……。一日当たり、5,000ŞĿくらいか?」


「え? 御者さんって一日5,000ŞĿくらいなの? もうちょっと高いのかと思ってたけど……」


 テラは思っていたよりも案外安いな、と少しばかり驚いていた。



「いや、たぶん……駅馬だったら一日3,000ŞĿくらいだろう。御者として王立駅務院に登録して、馬と馬車が借り物だったら、の話だが」


 王家の手で駅馬制が敷かれているイーストロードは、王家がかなりのお金を負担していて、馬と馬車の維持費は王家が全て賄っているため、御者は体一つで仕事に就くことが出来た。


 御者を指名することも可能で、顧客のいる御者は指名されることで指名料が上乗せされる仕組みになっていた。



「そうなんだ……なるほど……」


「だけど、アレクの馬車は一般の駅馬車よりも立派な造りだし、自前じゃないか? そしたら、維持費が自前ってことになるから、ちょい高めに設定しないと厳しいはずだ」


「それで5,000ŞĿってこと?」


 テラは一日5,000ŞĿは人件費のみと思っていた上に、案外安いと感じたのだから、馬車代も含めての5,000ŞĿと理解して、彼女の顔色はいまいちだった。


「基本3,000ŞĿに、指名料500ŞĿ、維持費500ŞĿ、駅馬制が無い街道ってことで1,000ŞĿ、合計で一日当たり5,000ŞĿ、だな」


 ファルは極めて妥当な金額の詳細を述べた。



「分かりやすいけど……そっか……。でも、もうちょっと上乗せしてもいいんじゃないかな。急なお願いだし、私の感覚としては、7,000ŞĿくらいかなって思ってたの」


「……ふむ」


 ファルはテラの表情から気持ちを読み取るように、じっと見つめると、言葉を続けた。


「5,000ŞĿなら14日間で70,000ŞĿだが、7,000ŞĿだと98,000ŞĿだ。そしたら、14日間で10万ŞĿでどうだ? キリがいいし、俺とテラで半分ずつ出したらいいんじゃないか?」


 ファルはいつものようにニカッと笑っていた。


「そうね! それがいいわ! イーストゲートで公伝館に寄って、あと、買い物もたくさんしたいな」


 テラは5カ月分の給料が手つかずで残っていること、さらに特別報酬をもらったことで、当面のお金の心配は必要ないくらいの余裕はある、と踏んでいた。

 もちろんそれは間違ってはいないし、のちに驚愕することになるのだけど、それはイーストゲートに着いてのお楽しみだ。


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