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12 吾亦紅

 

 翌日、リーフとテラは野宿用品の購入するために村で一番大きな市場へ出かけ、何を揃えるべきか悩んだテラは、店主に教わりながら買い物を進めていた。


「野宿ではまず、火を起こすために火打石と鋼を使うんだが、火を起こしたことはあるかい?」


「はい、家で毎日やってます!」


 テラは3年間独り暮らしだったため、キッチンやお風呂での火起こしは慣れたもので、火打石と鋼を使っての火起こしはお手の物だった。


「それなら大丈夫だね。これは家で使う物と変わらないよ。野宿なら燃えやすい枯れ草や小枝を集めておくといい。火を起こすときは少し土を掘って、その穴の中で火を起こす。石があれば石で囲むのもいいけど、手頃な石が無い場合もあるから、シャベルは必需品だよ」


「なるほど、石を集めるのは大変かもしれないので、土を掘ったほうがいいですね」


「あとは鍋をかけるための三脚が必要だね。それから、水を汲むためのバケツや柄杓も忘れないように。鍋は熱を通しやすくて耐久性に優れている鉄製が好ましいけど、少し重いよ。大丈夫かい?」


「はい、それほど大きくなくていいので、小ぶりな鍋にします!」


 リーフとテラの二人旅だけれど、リーフは食事を摂らないため食事は一人分。

 家にある2人~3人用の鍋はリーフの依り代に入れて持って行くけれど、一人なら小ぶりな鍋で十分だ。


「食器や調理器具は持っているかい? 持ち運びしやすい大きさと割れにくい材質で、あまり重くないものがいいよ。後片付けもそのほうが楽だからね」


「その場で洗うことを考えると、持ち運びがしやすい重さと大きさと材質……。それなら……一通り買い揃えておこうかな。あと、テントか天幕も必要なのだけど……」


 と話していたところに、リーフがテラに声をかけた。


「テントはぼくが用意しようと思ってるから、天幕にしない?」


「リーフがテントを用意してくれるの? 買うんじゃなくて?」


 精霊の声は店主には聞こえないので、テラは店主に気付かれないように小声でリーフと会話をする。

 これからは外でリーフと会話する場面が増えると思うけど、傍から見れば私の独り言になっちゃうから気を付けないと。

 そんなことを考えながら、声の大きさに気を遣うテラだった。


「うん、ぼくが特製のテントを用意するよ。念のためにテラは天幕を買っておいてくれるといいかな」


「わかったわ。それじゃ、火打石と鋼を2セット、シャベル、三脚、鉄製の小鍋、バケツと柄杓、軽くて小ぶりな食器と調理器具、それに天幕を揃えよう! あと、これから冬になるから防寒用にふかふかの毛布を買っておくわ。これで野宿の準備は完璧!かな? どう思う? 何か忘れてるものないかな」


「油布はどう? 防水になるから。あとは、予備にランタンをもうひとつかな。予備のロープもあったほうがいいかも。コンパスや地図はあるよね。食料と水はもう用意してあるけど追加しておく?」


「油布ね! それと予備のロープ。ランタンも予備が必要よね。コンパスと地図はあるわ。食料は買い足しておきたいかな。今リーフの依り代にすでに入れてあるものって何があったかしら」


「今、依り代には、薬草12把と薬草茶10杯分、薬草の本3冊、風邪の薬草茶、怪我の消毒液、ムクロジの果実たくさん、綺麗な布地5枚、水20リットル、食料5日分、テラの着替え7日分、ランタンが2つ、薪が7日分、2人~3人用の鍋、敷き布団と掛け布団が2セット、クッション4つ、ノコギリやペンチ、金槌などの工具、ナイフやハサミなどの薬草採取の道具が入ってるよ」


「そんなにスラスラと出てくるなんて。よく覚えてるのね」


「もちろん。入れたものはちゃんと覚えてるよ」


 テラはリーフの記憶力に感心しつつ、ちょっぴり得意気に話すリーフの様子に笑みがこぼれる。


「ふふっ、ありがとう、リーフ。それじゃ、買うものも決まったし、これで準備万端ね」


 買うものが決まり、店主さんに商品を出してもらって大量の野宿用品を買い揃えたのだけど、店主さんは持ち帰る方法を心配してくれていた。


「嬢ちゃん、このたくさんの荷物はどうやって運ぶんだい? 荷車か何か持っているのかい?」


「はい、今日は荷車を引いてきているので大丈夫です!」


 もちろんリーフの依り代に入れる予定だけれど、人前で入れるわけにもいかないので一旦はテラが運んで、人目につかない場所を探すか、家まで持ち帰ってから依り代に仕舞う必要があった。


「そうかい。じゃあ荷車に乗せるのを手伝うよ。気を付けて持って帰るんだよ」


「はい、ありがとうございます! あ、そうだ。これからもう少し買い物をするので、荷車をちょっとここに置いておいてもらえますか?」


「ああ、いいよ。もうお代も済んでるから、他の買い物をする間、ここに置いておくといいよ」


「ありがとうございます! 助かります!」


 リーフとテラは食料の買い足しを済ませ、結局家までテラが荷車を運ぶことになってしまったのだけれど、買い物したすべての荷物はリーフの依り代に入れられ、旅の準備は無事、整うこととなった。


 そして、残すはあとひとつ。旅客馬車の予約を残すのみとなり、この予約で旅立ちの日が決まるということになる。





 買い物をした翌日、テラは旅客馬車の予約をするために、村の中心部にある旅客馬車の発着場に来ていた。


「こんにちは、ブライトウッド・トレイルの旅客馬車の予約をしたいんですが、人数はひとりで、予約可能な一番近い日はいつになりますか?」


 ブライトウッド・トレイルは約300キロほどの街道で、終点の町はフォークスエンド。

 北部と南部を繋ぐ大陸縦断道ノーサンロードの分岐点でもあるフォークスエンドを目指して、これから進んで行くことになる。

 まずはブライトウッドから隣町までの定期便の旅客馬車に乗ることになるけれど、それでも約100キロほどの旅程だ。


「いらっしゃい、明後日ならまだいくつか空いているよ」


「でしたら、明後日の予約、ひとりお願いします」


「はいよ。お代は先になるけどいいかな。それと名前を」


「はい、大丈夫です、名前はティエラです」


「出発時刻は朝8時だからね。8時にここを出発するから、遅れないように来ておくんだよ。馬車は待てないから、時間には気を付けて」


「はい、8時ですね、わかりました!」




 ここまですべてが順調に進み、旅客馬車を予約した帰り道。


「とうとう予約したわ。明後日、いよいよこの村を出発するのね」


 旅に出ると言っても、ただ準備しただけでは何も起こらない。でも、旅客馬車を予約し出発の日が決まったことで、テラはこの村を離れるという実感をひしひしと感じていた。


「テラは村を離れるの、寂しくない?」


 リーフに問われ、村の景色を眺めながら、ここで過ごした日々が脳裏をよぎる。


「ちょっと寂しいけど、リーフと旅に出る楽しみのほうが勝ってるかな。リーフこそ、寂しくない? リーフは私よりもずっとずっと長い間、ここにいたわけでしょう? ライルさんとの思い出も……」


「今はテラがいるから、寂しくないよ」


 テラが言い終わる前に、遮るようにリーフは言葉を口にした。


「……そう……?……ねぇ、リーフ。私、星を見に行きたいな。前にふたりで行った丘に」


「ぼくも見に行きたい!」


「それじゃ、今夜見に行こう! 今日は天気がいいから、夜空の星もきっと綺麗に見えるよ」


 この夜、リーフとテラは、手をつないで散歩をしたあの日の夜と同じように、星がよく見える丘へ出掛けた。

 寝転んで見上げた空はまるで、ひっくり返した宝石箱からこぼれ出した宝石のように星々が輝き、雲ひとつない秋の澄み切った夜空を埋め尽くしていた。

 この生まれ育った場所での思い出はそのひとつひとつが大切な宝石。

 星々の輝きに包まれたこの場所は、まるで時が止まったかのように穏やかで、過去と未来が交差する永遠の瞬間が広がっていた。





 いよいよ旅立つ日の朝。

 ふたりの共同生活は34日目になり、リーフが毎日血をもらうことになってから31日目のこの日。


「これで、このブライトウッドとも暫くお別れね」


 玄関の扉に鍵をかけ、ふぅっと息を吐いて、テラは生まれ育った家を見上げながら静かにつぶやいた。


「テラ、ちょっと待っててくれる? 家の範囲全体に守護をかけておくから」


 リーフはテラの肩からふわりと地面に降り、力を使った。


「……ロングタームヴェイル」


 リーフの足元から光の輪が広がり、光は庭全体に広がって土に溶けていく。

 この守護は最大で3年継続するもので、血を毎日もらい続けて30日が経ち、力が倍増して初めて使えるようになった力だ。


「これは安定と継続を目的とした守護なの。狭い範囲だけだから、大切なこの家の範囲だけ。テラから毎日血をもらって、初めて使えるようになった力なの。テラのおかげで使える力だから、一番最初に使うのはこの場所に。これで庭が荒れ放題みたいにはならないと思うよ」


「ありがとう、リーフ。ここには思い出がいっぱい詰まってる。でも、また帰って来られるわ。3年以内くらいだったら戻っても大丈夫だと思うし。ね。さあ、行こう!」


「うん、行こう。ぼくたちの旅の始まりだね!」


「あ、その前に。リーフ、これをあなたに」


 テラは妙に膨らんでいたバッグの中から小さな花束を取り出し、リーフに渡した。

 リーフが持ちやすいよう長さは短くカットされていて、茎の部分には若草のような爽やかな緑色の小さなリボンが結ばれていた。


「え、ぼくに?」


「そうよ。リーフに。吾亦紅の花束、かわいいでしょう?」


「あ、ありがとう! すごくうれしい……吾亦紅……花言葉……!……だ、大事にするから! ずっと!」


 言葉に詰まりつつも、手のひらに乗るリーフの背丈と同じくらいの花束をぎゅっと抱える姿は、とても愛らしかった。


「ふふ、では、出発しますか」


 こうしてリーフとテラは、テラの生まれ育った家を後にし、アルダス大陸はエルディン王国南部、サウディア地方へ向かう旅に出発した。

 リーフは生まれて初めて贈られた、テラが贈ってくれた吾亦紅の花束を、大切な宝物を扱うように依り代の中にそっと仕舞った。


いつも『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます!

このエピソードで「ブライトウッド編」は終わりになります。

次回からは「ノーサンロード編」が始まります。

「ノーサンロード編」では、旅を進めながら新たな出会いや発見があるかも…!?


吾亦紅の花言葉は、ぜひ検索してみてくださいね!

基本的に、花言葉は日本語で検索して出てくるものを使っています。花言葉の意味を調べてみると、物語がさらに面白くなるかも!?


**************

【公開設定1】


◎花言葉

物語に登場する精霊は、花言葉に由来する性質を持っている。

登場する守り人も誕生花に由来する性質を持っている。


◎どんぐり精霊リーフ

どんぐりの花言葉は「永遠の愛」と「もてなし」。どんぐりの象徴を集約した言葉。

どんぐりは動物たちの食料となり命をつなげ、また、運ばれた場所で芽吹き長い年月をかけて大木に成長する。林を作り森を作り、綺麗な空気を生み、豊かな水を湛え、自然を育み共生する。自然界のバランスを保ち、自然のサイクルの一端を担う。

リーフの「永遠の愛」は人の愛情とは異なり、もっと大局的で自然を守護する永遠の愛。


神殿に住むリーフは神殿の横のオークの木に宿る精霊で、どんぐりを依り代にして顕現する。

見た目は小さく幼いが年齢は約900歳。どんぐり帽子に白銀の髪、緑色の瞳。緑色の膝丈のケープ姿。手のひらに乗るほどの小さな精霊。

精霊界の意思によって生まれた特殊な精霊であり、成長を遂げるはずだった。

約800年前、守護の力が消失した際に守り人を死なせてしまい、悲しんで人間界から隠れていたが、必要な時は力を使って陰から自然を守り、800年を過ごしてきた。セイクリッドの森はリーフの力のおかげで、とても豊かな森になっている。

立派な羽を持って生まれたが、自分には似合わないと思っていていつも隠している。リーフの心の成長がこの物語の核になる。


◎ティエラ(テラ)

テラの誕生日は、12月29日。誕生花はオドントグロッサム

花言葉は「特別な存在」。


セイクリッドの森の近くの村に住む15歳の女の子。空の青の瞳、淡い金の長い髪を三つ編みにしている。

両親を3年前に亡くし、以来ひとりで薬草採取をして生計を立てている。仕事柄薬草に詳しく、花言葉もよく知っている。採取した薬草は薬草茶にしたり料理にも使っていて健康に気を使っている。

リーフ曰く、テラは守り人の末裔であり、テラの血の匂いはリーフの最初の守り人と同じ匂いで、リーフにとってはとても懐かしくもあり、悲しい過去を思い出す匂いでもあり、大好きな匂いでもある。

名前はティエラ。愛称はテラ。名前は「大地」を意味する。

気立ての良い優しい素朴な雰囲気の少女。リーフを”もてなす”唯一の存在。


他にも色々とあるのですが……ひとまず、ということで。


今後とも『どんぐり精霊』をどうぞよろしくお願いいたします!


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