表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/137

133 御者と精霊

 

 イーストロードは、王都エルドリアとイーストゲートを結ぶ全長約500キロの街道。

 リーフたち一行は、今回、ユリアンが用意した貸切の駅馬車で、イーストゲートまで約10日間ほどの馬車旅をする。



「王都へ向かったときは寒い歩き旅だったけど……」


 テラは馬車の窓から見える風景を眺め、ふとつぶやいた。


「ああ、すっかり夏になったよな」


 テラの独り言のようなつぶやきに、彼女の正面に座っていたファルが、しみじみと応えた。


「……懐かしいね。あれからもう、半年近くが経ったのね」



 半年ほど前、徒歩でのんびりと眺めていた冬枯れの山々の風景は、今は生い茂る夏の緑に変わっていた。

 その景色が、馬車の速度とともに、あっという間に過去へと流れ去っていくように感じられた。



 遠くに王都の街並みを一望出来る峠に差し掛かると、御者が馬車を停めた。


「ここからの眺めが最後になりますので。いつもは雲がかかったり、霞んだりしているのですが、今日のようにくっきりと、はっきりと見えるのは珍しいです。とても美しい、良い眺めです」


 テラとファルは、静かに窓の外を見つめた。


 約半年間滞在した王都が、遠く、手の届かない場所にある。

 彼らにとってかけがえのない半年間が、その街並みの中に凝縮されているようだった。



 ◇ ◇ ◇



 リーフたち一行を乗せた駅馬車は、夕方、最初の宿泊地に到着した。

 駅馬制が敷かれているイーストロードでは、駅馬の厨舎が整った宿泊地が街道に点在しており、ユリアンが用意してくれた宿も、この駅馬の宿だ。


「御者さん、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」


 テラはにこやかに御者に声をかけた。


「はい、ご丁寧にありがとうございます」


 腰が低く、人当たりの良さそうな御者は、テラに軽く頭を下げた。



 この貸切の駅馬車は、豪奢ではないけれど他の一般の車体ともどこか違う、高品質な素材が使用されたきちんと造られている堅牢な車体だった。

 さすがユリアンが手配するだけある、といった感じだ。


 御者が車輪回りや車体をチェックしている様子を見ながら、テラはなんとなく、この御者が気になって、再び声をかけた。


「御者さんは同じ宿に泊まるのですか?」


「はい、殿下から私の分も一緒に手配してあると伺っております」


 ユリアンはイーストゲートまでの宿も、御者の分まで全て押さえているという徹底ぶりだった。


「さすが、ユリアンね」


「そりゃあそうだろう。イーストゲートまで貸切だからな。途中で御者の宿が無いなんてことになったら大変だ」


 ファルの指摘は正にそうで、そのあたりもユリアンに抜かりはなかった。


「なんだかユリアンに申し訳ない……」


「しかも、全部支払い済みだからな……ユリアンには本当に世話になりっぱなしだよな」


 テラとファルは顔を見合わせると、大きなため息が出た。


 テラの凝固剤やファルの装飾品が生み出す利益は莫大であり、彼らにかかった費用は王族側にとって取るに足らないどころか、むしろ大いに潤っていた。

 王都が彼らのおかげで利益を得ていることなど、二人は一切意識してはいなかった。



 ふいに、テラは思い立ったように、御者に声をかけた。


「もしよかったら、御者さんも一緒に夕食、食べませんか? イーストゲートまで、まだまだ旅は続きますし、これからもお世話になりますから」


「そりゃいいな! 10日間も一緒に旅をするんだ。ぜひ一緒にお願いするよ」


「よろしいのですか? ありがとうございます。よろしくお願いします」


 御者はテラとファルの誘いに快く応じ、ペコリと頭を下げた。



 それぞれ一旦宿の部屋に荷物を置いて、宿の食堂に午後7時、改めて集合することになった。


 宿の部屋はリーフとテラ、ファルとリモとヘリックスに分かれた。

 御者はもちろん一人部屋ということになる。



 ◇ ◇ ◇



 部屋に入ると、リーフが話す機会を待っていたかのように、テラに声をかけた。


「テラは気付いてる? あの御者さんが守り人で、精霊と契約してるって」


「えっ? 精霊がいるの? リーフたちが見えているようだったから、守り人だなとは思ったけど……」


 テラは、馬車に乗る時も、馬車を下りてからも、御者の視線がファルや自身だけでなく、リーフたちにも向けられていることに気付いていた。

 そのため、御者は守り人だろうとは思っていた。



「精霊の気配がするから。あの御者さんは依り代を持ってるのかなって」


 精霊が依り代に入っていても、意識すれば気配はなんとなく感じられる。

 逆に言えば、意識していなかったり、精霊が意図して気配を消していれば、全く分からない。


 しかし、御者の精霊は意図的に気配を漂わせている、と言えるほど、彼の周りには精霊の気配が満ち満ちていた。



「そっか。その精霊さんはあまり外には出たくないのかしら」


「あっ、もしかしたら……ヒイラギかも」


「ヒイラギ? ヒイラギの精霊さん?」


「うん、恐らく、そうじゃないかな」


「ヒイラギの花言葉は……『用心深さ』『あなたを守る』『先見の明』『歓迎』などがあるわね! なるほど……! 御者さんに聞いてみようかな。どうだろう? 聞いてもいいと思う?」


「聞くのは構わないと思うよ。精霊が姿を現すかは分からないけど」


「そうね。夕食の場で、聞けそうだったら聞いてみようかな」


 テラは新たな精霊との出会いに、とても興味が湧いた。



 ◇ ◇ ◇



 一方、御者の部屋では――


「フィリス? ちょっと出て来てくれる?」


 御者は契約する精霊、フィリスに呼びかけた。

 手に持つ黒紫色の実は、依り代だ。


「アレク、今日はお疲れさま。これから客人と一緒に夕飯だなんて、珍しいのね」


 姿を現したのは、ヒイラギの精霊フィリス。

 白を基調とした優雅な雰囲気の服に深い緑のリボンや黒紫色の髪飾り、銀の髪と深緑の瞳の美しい女性の精霊だった。

 アレクというのは御者の呼び名だ。


「ユリアン殿下の友人たちだからね。知り合いになってて、悪いことは無いでしょ?」


「そうね。今回の仕事は大当たりかしら」


「今回も、だよ。僕を指名してくれる貴族や王族の顧客も増えたし、良いお客さんばかりだよ?」


「それはもちろんだけど」


 フィリスは、契約する守り人を厄除けの力で守る精霊だった。



「フィリスのおかげで、僕は本当に助かってるよ」


 彼女のおかげで顧客に恵まれていると感じていたアレクは、にっこりと微笑んで、彼女の手を取った。


「でも、まだまだだわ。たくさん稼がないといけないもの」


「君がそんな風に思わなくていいのに、フィリスは優しいね。それじゃ、そろそろ行こうかな。客人を待たせたら悪いからね」


 フィリスは再び依り代に戻ると、アレクは依り代を小さな麻の袋に入れて、ポケットにそっと仕舞った。



 ◇ ◇ ◇



 午後7時、食堂には他の宿泊客も集まり、宿が繁盛している様子が伺えた。


「久しぶりの宿での食事ね」


「ああ、そうだな。なんだか懐かしい気さえするよ。ははは」


 テラとファルが少し早く来て話していたところに、御者が顔を出した。


「こんばんわ。今日はご一緒させていただきます」


 にこやかに微笑む御者は、ペコリと頭を下げた。


「こんばんわ。来てくれてありがとうございます」


「よし、それじゃ、座ろうぜ!」


 三人は隅の空いているテーブル席をとり、向かい合った。



「まずは自己紹介よね? 私はティエラ。皆テラって呼ぶから、そう呼んでもらえると」


「俺はファラムンド。ファルと呼んでくれ」


「僕はアレクセイと申します。皆アレクと呼びますが、御者さんでもアレクでも、どちらでも構いません」


「アレク、普通に話してもらって構わないが……年も近いように見えるし、そんなに畏まらなくていいんだが」


 アレクはパッと見た感じ、20代前半から半ばくらいに見えた。

 淡い栗色の髪に濃い茶の瞳をした、一見、気の弱そうな印象の優しそうな青年だ。


「そうですか。でも、お二人は僕のお客様ですから」


「今は仕事じゃないし、もっと楽に話してもらっていいんだが……まあでも、それでアレクが仕事がやりにくくなるってなら仕方ないか」


「でも、せっかく守り人同士だし、気軽に話せたら嬉しいなって思うんだけど」


 テラは少し声を落として話すと、アレクの反応を確かめるように、ちらりと視線を向けた。


「! 僕が守り人だと気付いていたのですね」


 アレクは一瞬、驚いたように目を見開きつつも、すぐに平静を取り戻して静かに応えた。


「ええ、それはもちろん!」


 テラはにっこりと微笑んだ。



「え? 俺は気付いてなかったんだが!?」


「ファルは気付いてなかったのね。アレクは契約もしてるってリーフが言ってたわ」


「ええ!?」


 ファルは思わずキョロキョロした。

 精霊がどこかにいるのかと思った。



「……そこまで知られているのでしたら……しょうがないですね。つい、隠してしまうというか、線を引いてしまうというか……」


 アレクは参ったな、といった感じで首を傾げ、頭を掻いていた。



「あの、聞いてもいいかしら。もしかしてだけど、ヒイラギ?」


 テラはさらに声を落として、少し前のめりになって、訊ねた。


「そうですが、なぜわかったのですか?」


 アレクも同様に少し前のめりになって、小声で話した。


「リーフがヒイラギかもって言ってたの。私、ヒイラギの花言葉、知ってるわ。あ、リーフは私が契約しているのよ」


「ヒイラギの花言葉って何だ?」


 ファルが花言葉に興味を持ったようで、テラに尋ねた。


「ヒイラギの花言葉は『用心深さ』『あなたを守る』『先見の明』『歓迎』などがあるわね」


「ああ、なるほどなぁ!」


 ファルは顎に手を置いて、納得したようにウンウンと頷いていた。



「ははっ。わかりました。本当によくご存じなのですね。花言葉まで知っているなんて」


「私は薬草にちょっと詳しくて。花言葉もその繋がりで覚えてるの」


「俺は薬草も花言葉もさっぱりだがな! ははは」


「それって笑うところなの?」


「笑うところだろ?」


 テラとファルはアレクに目をやった。


「え? そ、そうですね。では、笑うところだと言っておきます」


「ほらな! 笑うところなんだよ。ははは」


「まあ、いいわ。それより、早く注文しよう! お腹が空いちゃった!」


「そうだ、アレク! お勧めがあれば教えてくれ!」


「えっと、この宿では鳥の蒸し焼きがお勧めです。香草の香りがたまりません」


「よっしゃ! それを三人前だな! あとはスープとチーズの盛り合わせ、パンでも頼むか」


 アレクは、ファルとテラの賑やかなやり取りを目にして、緊張が緩むのを感じていた。

 初めて会う客との夕食は予想外に楽しいものになり、今回の旅路は面白くなりそうだな、と僅かな期待を抱くのだった。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『134 それぞれの話し合い』更新をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ