131 王城生活33 最後の夜
王城での最後の夕食もおわり、いつもよりかなり遅い、そろそろ日付が変わる頃、皆はそれぞれの部屋へと戻っていった。
ユリアンは今夜初めて、自身の部屋にカリスを泊めることになった。
「ユリアン。私、依り代に入って寝るから、私の事は気にしなくていいわよ? それじゃ、おやすみなさい」
「ちょ、ちょっと、ヘリックス!」
ヘリックスはにっこりと微笑んで、そそくさと依り代の中に消えた。
「あれ? ヘリックスは?」
カリスはいつの間にかベッドに腰かけ、眠そうにしていた。
「ヘリックスはいつも依り代で寝てるんだ。もう寝るからって依り代に……」
「そう。ヘリックスとおしゃべりしたかったんだけどな……」
そう言いながら、カリスは目を閉じて、体をゆらゆらと揺らしていた。
「……ここ……素敵なお部屋ね」
カリスは腰かけたまま、ベッドにパタリと体を預けた。
ユリアンの部屋は、派手な装飾が無く、どこか気品を漂わせたシンプルな作りになっていた。
磨き上げられた白い大理石の床に、白を基調とした壁としっかりとした木の梁。
壁の一面には巨大なアルダス大陸の地図がかけられている。
ほのかに紙とインク、そして微かなハーブの香りが漂い、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「あの、カリス? 大丈夫? 飲み過ぎた?」
ユリアンはカリスに近寄ると、彼女の顔を覗き込むようにして、ベッドに手をついた。
「うーん……ユリアン……」
「わっ!」
ユリアンはカリスに抱きつかれて、体勢を崩してベッドに倒れてしまった。
それでもなお、カリスの腕はユリアンを離すことなく、しっかりと彼の頭を抱えていた。
「ちょ、ちょっと、カリス。かなり酔ってるよね? 平気?」
突然の抱擁に、ユリアンは心臓が跳ねるように高鳴った。
「ユリアン。私に隠してること、あるでしょ……」
突然の問いかけに、ユリアンは別の意味でドキッとした。
「え、え……ないよ?」
咄嗟に否定したけれど、心臓がドクドクと強く脈打っているのが自分でも分かるほどに、感じられた。
「うそ。隠してることあるもの。ファルのこととか、テラのこととか……誰も、話してくれない……」
カリスがグスグスッと泣き出して、ユリアンはとても驚き、当惑してしまった。
まさかカリスに泣かれてしまうなんて、思ってもいなかった。
ユリアンはカリスの腕をほどいて、今度は逆に彼女を抱きしめる体勢に変えると、慰めるように頭を撫でた。
「カリス、ごめんね。泣かないで。ほんとに、ごめんね」
「どうして謝るの? やっぱり隠してることがあるから……私だけ、いつも、何も知らないのよ」
カリスの涙は止まらなかった。
「テラと……テラとファルと……約束したんだ……会いに行くって」
ユリアンは彼女の涙に観念したように、秘密の一部を口にした。
これ以上、カリスを悲しませたくなかったから。
「……どこに行くの」
「それは……」
「……私には言えないのね」
「ち、違うんだ。そうじゃなくてっ」
ユリアンは喉まで出かかっている秘密を、なんとか堪えるのに必死だった。
「何が違うの」
「会いに行くときに、もし君が一緒なら、その時に話すから……」
「どうして、もし、なの?」
「たっ、旅を……一緒に……」
「旅に行こうって話してくれた時は、婚約してなかったわ。告白もされてなかった。今は婚約してる。1年後には結婚する。もし、じゃなくて、必ず、一緒に行くわ!」
カリスは一歩も引かなかった。
「カリス。せめて、彼らが発ってからじゃないと。今、知ってしまうと、明日、カリスは普通に接することが出来ない、かも……しれないし……」
「……そんなことない!」
ユリアンはカリスに問い詰められると、秘密を保持する自信がなかった。
だから5カ月間、カリスに会わないように、城にも見舞いに来ないようにと断り続けていたというのに。
「……参ったな。テラが言ってたんだ。カリスにはまだ知られたくないって……だけど、もし、会いに来てくれるなら、その時は僕から話していいって……」
「テラはもう、王都には来ないの?」
「来るかもしれないけど、知り合いには会わないよ。テラもファルも、王城には絶対に寄らないし、フィオネール家にも寄らない。……だから、こちらから会いに行くって約束したんだ……」
「そう……こちらから会いに行かない限り、二度と、会えないのね」
「……そう、だね」
「……私、わかっちゃったわ。ファルは年を取らないんでしょう? そしてたぶん……ファルはいっぱい生きているんだわ。テラも同じような感じでしょう? テラが怪我をして治ってたのはハッキリと見たもの」
「っ!!」
ユリアンの顔が青ざめた。
核心部分は言っていないのに、バレてしまった。
しかし、それは誕生日の話の流れからも予想出来たことだった。
「そんな驚いた顔して、当たっちゃったのね?」
「カリス……僕からはまだ言えない……」
テラに関しては完全にはバレてはいない。
テラが『年を取らない』『怪我が治る』だけではないということを知られたわけではない。
これだけは、まだ言えない――。
「わかったわ……ありがとう、ユリアン」
「ごめんね、カリス。……僕は全然だめだ。好きな人を泣かせるし、本当に……テラとファルが、どうかこの先も、孤独じゃない幸せな日々をと思っているのに、何も出来ない……会いに行くくらいしか……」
「ユリアン……ユリアンはとても優しいから」
二人はお互いを慰めるように抱き合い、酔いもあってか、いつしかそのまま眠りについていた。
◇ ◇ ◇
リーフは、酔ってしまったテラを連れて部屋に戻ると、彼女を抱きかかえ、ベッドにそろりと下した。
「テラ、遅いからもう寝るよね? 着替えられる?」
「リーフも……ちゃんと着替えてねー……」
酔っているテラの言葉どおりに、リーフはささっと自分の着替えを済ませると、テラの服に手をかけた。
「テラ? 着替えできる? 手伝おうか?」
「うーん……自分でできるよー」
ゴソゴソと服を脱ごうとしているのだけど、酔ってしまっていてどうにもならない。
リーフは仕方ないと、シャツをひっぱって脱がせた。
「寝間着、着せるよ?」
テラの体を起こして揃いのシャツを着せて、ボタンも全部留めてあげた。
「はい。これでいいかな」
テラの体をそっと寝かせると、リーフはなんだかすっかり疲れてしまった。
これまでテラの体が重いなんて感じたことはなかったのだけど、脱力状態の人は重い、と初めて気付いた日になった。
テラは気持ちよさそうに、ぐっすりと寝てしまっている。
「今日より幸せな明日が待ってるよ。おやすみ、テラ」
リーフはテラのおでこに、おまじないのキスを落とした。
王城での最後の夜。
せっかくの、お気に入りの部屋での最後の夜。
テラの寝顔を見ながらちょっぴり寂しさを覚えつつ、リーフも静かに眠りにつくのだった。
いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『132 王城生活34 別れ』更新をお楽しみに!




