129 王城生活31 生誕祝典舞踏会2
演奏が終わると、二人はそのまま、ホールの真ん中で向かい合っていた。
「カリス、ありがとう。来てくれて、僕と踊ってくれて、本当に嬉しい」
「私も、ユリアンと踊りたかったの。ありがとう、私と踊ってくれて」
ユリアンの言葉に、カリスも嬉しそうににっこりと微笑みながら答えた。
その笑顔は、初めて会った日と同じで、あまりに眩しかった。
「ドレス、とても似合ってる」
「ユリアンも正装がとても素敵ね。本物の王子様はやっぱりカッコいいわ」
「指輪も、嵌めてくれてて、とても嬉しいんだ」
「ユリアンもお揃いで嵌めているのね。私も嬉しいわ」
笑顔が眩しくて、快活で元気がよくて、なんだかカッコよくて、そんなカリスに一目惚れした日。
あの時、僕は初めて、心臓が跳ねるような感覚を覚えたんだ。
そして今、目の前で微笑む彼女はあの時と同じで、迷いなど一切ない真っ直ぐな瞳で、僕をその瞳に映している。
ユリアンはその瞳に導かれるように、自然に、心のままの言葉を口にした。
「愛してる、カリス。僕は生涯、君と共にありたい。僕と、結婚してくれますか?」
「はい。私は覚悟を決めて、この場に来ました。愛してるわ、ユリアン」
そう口にしたカリスは、にっこりと眩しく優しい笑みを浮かべていた。
彼女の言葉は、ユリアンの心を大きく揺さぶった。
これほどまでに歓喜に震えることがあるのかと、魂が揺さぶられ、喜びがこみ上げ、胸が熱くなる。
僕はこの嬉しさを抑える術を、
持ち合わせていないんだ。
ユリアンはこの場所が舞踏会場のホールのど真ん中で、皆の視線の中心にいることなど忘れたかのように、カリスを抱き寄せた。
そして、二人はその場で、初めての口づけを交わした。
その瞬間、舞踏会場からは悲鳴のような黄色い歓声が沸き起こった。
カリスの父母はカリスから何一つ聞いておらず、目が点になっていた。
が、お相手はユリアン殿下。
うちの娘に何を、と声が出そうになったけれど、ぐっと呑み込んだ。
段上からその様子をじっくりと眺めていたアイリオス王とアリエラ王妃は、互いに目を合わせると、心から満足したように微笑みを交わしていた。
そのすぐ横には、にんまりと笑うリモの姿があった。
やっぱりユリアンはしおりを使わなかったわね。
まあ、どちらかが使えばと思っていたし、どちらが使っても同じだもの。
カリスが使ってくれて良かったわ。
同じというのは、カリスに対してユリアンが本心を伝えるようにと、『本当の気持ちしか言えない』という加護を付与したものだった。
リモがカリスにしおりを渡したのは、ファルの結婚パーティーの後、フィオネール家に戻った時だった。
その少し前。
カリスと共に高額報酬案件に出向いた際、カリスにも『しおりはいらないか』聞いたのだけど、その時のカリスは遠慮していた。
しかし、結婚パーティーの後に何があったのか、カリスは『特別な加護』を付与したしおりが欲しいと、リモに相談を持ち掛けたのだった。
カリスがリモに依頼した特別な加護は、相手の本心が聞きたいということだった。
カリスからの相談で、ユリアンの曖昧な言葉選びの癖を把握していたリモは、王城に留まることが決まってからは、二人の関係に何かのきっかけがあればと、ずっと考えていた。
そこに降って湧いたのが、ヘリックスから聞いた、舞踏会の招待状と手紙に添えられた誘い文句だった。
それにしても、ユリアンの招待の仕方はまずかったわね。
『ファルの怪我も完治したから、ぜひ来てほしい』 だなんて口実をつけて、大事なことを言わない癖は相変わらずなんだから。
それは相手に負担をかけたくない、という思いやりなのかもしれないけれど、カリスにとっては大問題だった。
ユリアンがカリスに好意を抱いているのは、明白だった。
舞踏会で踊りたい相手はカリスのはずなのに、それを言わずにカリスを誘い、その場でいきなりダンスの相手として手を取るつもりだとしたら。
カリスが返事を躊躇うのも頷けるわ。
17歳の誕生日の舞踏会という場を利用して、なし崩し的に婚約者に据えようとしている、と捉えられてもおかしくないもの。
カリスが最も嫌うであろう、『いかにも王族的』なやり方になるわ。
ユリアンにそんな意図がなくとも、そうなるんだから。
ヘリックスに『その時は次に会う時』という伝言を頼んだのは、このためだった。
この伝言を聞いていたカリスは、誕生会の日程を知ったその日に、しおりを使った。
しおりの加護が発動し、やってきた誕生会の日。
カリスはユリアンと話している時に、加護を実感した。
『これで本当の気持ちが聞ける』
本当の気持ちを、ユリアンの本当の言葉を聞いたカリスは、想像した以上に悩むことになったのだけれど、自分の意思でしおりを使い、彼の言葉を聞き出した以上、受け止める以外の選択肢は、カリスにはなかった。
そもそも、しおりを使用した本人は、『相手に振られる』『嫌いになる』以外で自ら恋を諦めることは出来ないのだから。
◇ ◇ ◇
カリスの父は、アイリオス王に別室に呼ばれ、久しぶりに対面していた。
二人は幼馴染で、現在はビジネスでの付き合いが主だけれど、お互い、気の置けない友人だった。
「やあ、久しぶりだね。イアン。前に会ったのは去年の暮れ頃だったか」
イアン・フィオネール。カリスの父の名だ。
「アイリオス、久しぶりだな……って。いや、どういうことなんだ!? 私は全く聞いていなかったんだが」
聞いていないというよりも、イアンは仕事でほとんど家におらず、カリスとゆっくり話をする機会も無いのが実情だ。
「私も知らなかったんだ。まさか、ユリアンの想い人がカリス嬢だったとはね」
アイリオス王は何やら嬉しそうに頬が緩みっぱなしだった。
「あの時の茶会か? 君がどうしてもと言うから、カリスを行かせたが……」
「それなんだが、先程、ユリアンから聞いた話だと、出会ったのはイーストゲートだそうだよ。何でも共通の友人の誕生日パーティーで知り合ったそうだ」
「茶会に出たからじゃないのか」
茶会に出たせいだ、と思ったけれど、それは思い違いのようだった。
けれど、イアンはどうにも納得がいかなかった。
「茶会は関係無いようだよ。知り合った時にはカリス嬢もユリアンも素性を言っていなかったそうだからね。素性を知らずに知り合った結果なら、結ばれるべくして結ばれたと」
「そうか……カリスには幼い頃から、王族にはって言っていたのに……だから茶会にも一切参加したことも無かったというのに」
アイリオス王が嬉しそうな様子なのが、ますます気に入らなかった。
「それはどういう意味だ!?」
「そういう意味だよ。王族は大変だろう? それに、カリスがギルドを継ぐなら、王族という立場は邪魔になるかもしれないと思ってな」
「それについても、ユリアンに確かめたよ。ユリアンはカリス嬢に『夢を諦めなくていい』と言ったそうだ」
「ほう、君の息子にしては、出来た息子じゃないか」
「いちいち失礼だな、君は」
「はははっ。可愛い娘を君に盗られるんだ。いいじゃないか」
アイリオス王が、カリスをユリアンに、と思っているのは知っていた。
頭を下げてまで茶会に参加させてくれと頼むのだから、とんだ親バカだと思っていた。
いくら茶会に参加したところで、上手くいくとは限らないのに、と。
「別に私が盗るわけではないだろう? 文句はユリアンに言ってくれ」
「まあ、いいさ。カリスが幸せだというなら、それをわざわざ邪魔なんてしないよ。あの子だって、あの場であんなドレスを着てダンスをしたんだ。相応の覚悟を決めての事だろう」
イアンはカリスの覚悟を当然、分かっていた。
だからこそ、何も知らなかったのが悔しくもあり、目の前の幼馴染に八つ当たりしたくもなった。
「そのことだが、これは内密に願いたいのだが、私の後を継ぐのはユリアンだ。これはすでに決定している。ユリアンはカリス嬢にこの話をしたうえで、返事を待っていたそうだよ」
「なんと! 次期国王はユリアンと。カリスは私たちに相談もせず、一人で覚悟を決めたのか……よっぽど、ユリアンに惚れ……げふげふ」
「あっはっは。済まないね。我が息子がカリス嬢を搔っ攫ってしまって。いや、ほんとによく出来た息子だよ」
アイリオス王は、カリスが幼い頃から知っていた。
快活で聡明、優しく、見目も麗しい幼馴染の娘は、ユリアンにぴったりだと思っていた。
しかし、彼女は茶会に何度招待しても全く参加しない、隠れた存在だった。
去年の暮れ、幼馴染と会った際に、どうしても、一回だけでいいからと頭を下げた。
そうして、ようやく参加してくれたのが1月半ばの茶会だった。
あの時、ユリアンもカリス嬢も、
茶会出席のためにイーストゲートから急遽、王都に戻っていた。
しかし、そのイーストゲートで既に知り合っていたというのだから、
運命とは分からないものだ――。
今後のふたりは――
王族の慣例に習うならば、1年後、ユリアンの18歳の誕生日に結婚することとなる。
書類上の手続きとしては、相手の年齢によっては婚姻を待つ必要があるけれど、カリスはユリアンの1つ歳上。
よって書類上も問題なく、ユリアンの18歳の誕生日がそのまま結婚披露舞踏会となるだろう。
いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『130 王城生活32 最後の食卓』更新をお楽しみに!




