11 秘密
リーフとテラの共同生活が始まってから、気が付けばあっという間に30日が過ぎ去っていた。
季節は初秋から秋真っ只中、秋本番を迎え紅葉が美しく色づき、深まりゆく秋の色は日を追うごとに濃くなっていた。
「リーフのおかげでたくさんの薬草を採取できたし、高く買い取ってもらえたから、予想以上に早く旅の資金が準備できたわ。あとは必要な買い物を済ませたらいつでも出発できるわね! 本当にありがとう」
買い取ってもらった薬草の中で、一番高値だったのはローズヒップだった。
群生地を見つけたおかげで大量に収穫できたのもあるし、とても人気のある品なので高く買い取ってもらえたのが大きかった。
「どういたしまして。それじゃあ、そろそろ挨拶に行くの?」
『十分な旅の資金が準備できたらまずは挨拶に行く』というのはテラが予め決めていたことで、旅の実現への明確な第一歩であり、自身の覚悟でもある。
もちろんこれはリーフを想っての事でもある。
口先だけではなく、夢や希望なだけでもなく、周知することでリーフを安心させたいと思っていた。
「そうね。今日は薬草茶を持って、これまでお世話になった方々に旅立ちの挨拶に行くわね」
周囲の人々に旅に出ることを知らせ、きちんとお別れをするために、テラはフジバカマの花を添えた数種類の薬草茶を用意して、旅立ちの挨拶に伺うことにした。
リーフを肩に乗せテラが最初に挨拶に訪れたのは、旅の資金集めで特にお世話になった薬草の卸店だった。
唯一、旅に出ることを事前に知らせていたご夫妻に対して感謝の気持ちを伝えるためだ。
「テラちゃん、いよいよ旅立ちの日が来るんだね」
薬草の卸店のタリスおじさんが寂しそうに話しかけた。
「はい。タリスおじさんとリアナおばさんには、いつも薬草や薬草茶のことを教えていただいて、たくさん買い取っていただいて、本当にお世話になりました」
「テラちゃんが最近急にたくさんの薬草を毎日持って来るから、どうしたのか尋ねたら、旅に出るって言うじゃないか。ほんとに驚いたよ」
リアナおばさんはテラの旅立ちを早くに知らされ、とても驚いたことを感慨深げに話した。
「テラちゃんが持ってくる薬草はほんとに質が良くて新鮮だから、助かってたんだよ? なぁ? リアナ」
「タリスの言う通りだよ、ほんとに。テラちゃん居なくなったら困ってしまうねぇ。お世辞なんかじゃないよ? ほんとなんだから」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
「寂しくなるけど、いつでも帰ってくるんだよ?」
タリスおじさんが名残惜しそうに、寂しそうに話すと
「ああ。そのときはまた、たくさん薬草持っておいで」
リアナおばさんは半分冗談まじりに、半分は期待を込めて笑顔で話した。
「ふふ、分かりました。こっちに帰ってきたら薬草持ってきますね。今日はご挨拶に薬草茶を持ってきたので、これはぜひ飲んでくださいね! 癒し効果のある薬草茶です」
10年後に村に戻っても会えないと思うテラは、ほんの少し嘘をついた。
村に戻っても薬草を持ってくることは無いし、もう会えない。
でも、3年以内くらいだったら嘘じゃないとも思う。
「おや、フジバカマが添えてあるわ。花選びがさすがテラちゃんだね。お茶もありがたくいただくよ。本当にありがとうね」
「テラちゃん、一人旅は危ないから十分気を付けるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
(フジバカマ、いつ摘んだのかな。気付かなかったな)
3人のやり取りをテラの肩に乗ったまま聞いていたリーフは、フジバカマを贈られて嬉しそうに笑うリアナおばさんの様子を憧憬する眼差しで見つめていた。
次に訪れたのは、テラの母親の幼馴染で、両親が亡くなってからもずっとテラを気にかけてくれていたマーサおばさんの家だった。
「テラちゃんが旅立ってしまうなんて……」
テラから旅に出ると聞いたマーサおばさんは、ショックを隠しきれなかった。
「マーサおばさん、そんなに心配しないでください。またきっと会えますから」
「でも、サウディアへ行くのでしょう?とても遠いわ……もしテラちゃんに何かあったら、私はどうしたらいいか……」
マーサおばさんは心配で心配で、オロオロしていた。
「きっと大丈夫です。心配しないでください。そうだ、手紙を書きますから、楽しみに待っていてください」
「本当に? 待っているからね。旅の途中で、元気にしてるって手紙書いてね? 約束よ?」
「はい。必ず書きます!」
「そういえば、あの家はどうするの?」
「家はそのままにしておきます。大切なケヤキの木もあるから」
「そう。それじゃ、また会えるのね?」
「はい! もちろんです! また会えますから!」
家についてはリーフと相談して、数年に一度は手入れをするために戻ると決めていたので、完全な嘘ではなかったけれど、誰にも会わないつもりだったためテラはまた少し嘘をついた。
「あ、そうだわ、サウディアで思い出したわ。サウディア地方へ行くのよね。サウディアにはアウラの兄さんがいたはずよ。アウラから聞いたことない?」
アウラというのはテラの母親の名前で、マーサおばさんはテラの母親の幼馴染。
テラの母親には兄がいて、幼馴染だったマーサおばさんは兄の事を知っていたのだ。
「ええっ! そうなんですか! 私、母から何も聞いたことがなくて。母にお兄さんがいたことも知らなかったんですけど……」
「そうなのね。小さい頃に生き別れたから言わなかったのかもしれないわね。お兄さんはちょっと不思議な子で……誰かに預けられたって聞いたわ」
「不思議な子、ですか?」
「ええ、何か見えるとかなんとか。私も直接お兄さんから聞いたことがあったわ。小さい頃一緒に遊んでたのよ」
何かが見える? それって精霊じゃないかしら。母さんのお兄さんは守り人? と思ったテラは、伯父に会ってみたくなった。
「お兄さんの名前、わかりますか?」
「えっと、うる覚えだけど、確か『ヴェルト』だったかしら」
「ヴェルト……」
「でも、それもずいぶん昔の話だから、今でもサウディアにいるかどうかは分からないわ」
「いえ、大丈夫です。教えてくださってありがとうございます。母のお兄さん、探してみます!」
薬草の卸店のタリスおじさんとリアナおばさん、マーサおばさん、隣人や向かいの老夫婦など、お世話になった人たちへの挨拶回りを終えたテラは、一抹の寂しさを感じたけれど、同時にリーフに聞きたいことが浮かんできた。それは、母の兄についてだった。
「リーフは私の家族の事、知ってる? 例えば、母さんのお兄さん……伯父さんや……ご先祖の人たちのこと」
テラは、もしかしたらリーフはご先祖の人たちのことを知っているんじゃないかと考えた。
リーフは遠い先祖のライルを知っているのだから。
「テラも知ってる通り、ぼくは800年間隠れていて、神殿も隠してしまったから、人と接する機会は全くなくなってしまってた。
ぼくの力は昔はまだ弱くて、神殿からひとりで移動できる範囲も狭かったの。
匂いを感じる範囲も広くなくて、昔は見える範囲まで近づいてもらえなければ認識できなくて。
今は、森の入り口付近までくらいだけど」
「そうなのね。森の入り口まで来たら、匂いが分かるって感じなの?」
「そう。村から森へ入るいつも道でいうと、ぼくが神殿にいるとして、森の入り口まで来てくれたら守り人を認識できるくらいの距離だよ。
でも、逆に言えば、そこまで来てくれない限りぼくには分からない」
「800年の間で、ライルさんの子孫だと分かった守り人は何人かいたの? 伯父さんも守り人だと思うんだけど……」
伯父が『何かが見える』というのは、きっと精霊のことだとテラは考えた。つまり、伯父は守り人なのだろうと。
「昔はライルの子孫だと認識できた守り人が何人かいたよ。
だけど、匂いが全く同じというわけではなくて。
守り人同士で結婚しない限り血が薄まってしまうし。
テラの伯父さんに関しては、恐らくだけど……
30年ほど前に、時々森の街道を行き来していた守り人の男の子のことかもしれない。
ある時から感じなくなって、たぶんその頃に、マーサおばさんが言ってたようにどこかへ行ってしまったんだと思う。
でも、その子がライルの子孫ってのは分からなかったよ」
「そっか。私の母さんは守り人だった?」
「それはないよ。ぼくはテラのことはテラが小さい頃から知ってたの。
両親と森へよく遊びに来ていたでしょ?
テラは匂いですぐわかったの。
テラの両親は守り人ではなかった。
両親のどちらかがライルの子孫、たぶん母親側かなと思うけど、すでに血が薄まっていて守り人ではなかった。
テラはたまたま血が濃く出てしまったんだね。
テラの匂いを感じた時、正直、とても驚いたよ。
ライルが再生したのかと思うほどに」
「そうなんだね……。伯父さんは、その、血が濃く出たということなのかな。ライルさんの子孫でも血の匂いが違ったりするの?」
「それは普通にあるよ。同じ血筋でも血の匂いは人によって違うから。
守り人同士で結婚すれば、血は薄まらないけど複雑になるね。
でも血が薄まるよりはいいから、守り人を絶やさないためには守り人同士で結婚したほうがいいと言われてるよ。
血が薄まってしまうと、守り人として生まれる可能性が低くなってしまうから。
だから、テラが守り人として生まれたのは、本当に驚きというか、しかもライルと同じ匂いだなんて、ぼくは奇跡だと思ってるの」
「そういうことなのね……。伯父さん、見つかるかな……?」
「今のぼくは昔より力が強くなっているし、テラから毎日血をもらっていてさらに強くなれるから、匂いを認識する範囲もちょっと広くなる。
近くに感じたら、テラに教えることは出来るよ。
それに伯父さんが守り人なら精霊と契約しているかもしれないよね」
「そうよね。守り人なら一生懸命探そうとしなくても、旅をしていれば接点があるかもしれないね。
精霊と契約している可能性もあるし……。
そういえば伯父さんって何歳くらいだろう?
マーサおばさんに聞いておけばよかったわ。
母さんが私を21歳のときに産んだから、伯父さんは少なくとも37歳以上だろうけど……」
「うん、ぼくの記憶の中の守り人の男の子も小さな子だったから、30年前くらいだとしても、年齢的にも合ってると思う。
たぶんあの頃、馬車で森の街道をよく行き来してた子。
テラは知らなかったと思うけど、この村の近くにいる精霊ってぼくだけなの。
ぼくは800年、一度も姿を現してないから、他の土地で精霊を見たか、旅の守り人の精霊を見たんだと思うよ」
「そっか。どうして伯父さん、遠くに預けられたんだろうね。守り人だからかな」
「そうかもしれないね。守り人には守り人の情報網があるって聞くし、特に王都ではその情報網がすごく発達しているそうだから。サウディアは王都に近いし、それも関係があるかもしれない」
「そんなのがあるんだ……。私は何も知らなかったのね」
「それは仕方ないよ。テラの母さんが何も言わなかったのは、自身が守り人ではないからってのもあるかもしれないし、テラの母さんも知らなかったのかも」
「そうよね。今ここで色々考えても分からないし、とりあえず伯父さんのことは、リーフにお願いするってことでいいかな? 匂いが分かれば教えてくれる?」
「もちろんだよ。それが一番確実だもの」
「ごめんね、リーフには色々とお願いしてしまって」
「全然。守り人は匂いで分かるし、それは普通の事だから気にしないで」
テラの母に兄がいて、しかも守り人かもしれず、幼いころに遠くに預けられてそのままだなんてテラには衝撃的だったけれど、身近な親族が守り人かもしれないというのは親近感が沸いて嬉しくも感じていた。
テラはふと、神殿が現れた日のことをリーフに聞いてみた。
「ねぇ、リーフ。リーフは私があの日、神殿へ続くあの小道を進んで行ったとき、分かってた?」
「うん、分かってた。テラが近づいてくるのが分かって、どうしようって。やっと会えるって神殿を顕現させたの」
「それで私の足元にどんぐりを落としたのね。拾わなかったら、どうしてたの?」
「拾ってくれなくてもその場で顕現してたよ。そのつもりだったもの。拾ってくれて、持って帰ってくれたから。これで神殿を離れて、テラの傍にいられるってすごく嬉しかったの」
「そっか。私もリーフが傍に居てくれて嬉しいよ。神殿でリーフが突然現れたら、私、走って逃げてたかも。なんてね! どんぐり、拾ってよかったわ」
そう言ってテラはクスクスと笑い、朗らかな笑みを浮かべた。
『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回もお楽しみに!