124 王城生活26 ユリアンの誕生会1
7月19日、朝から快晴の気持ちのいい青空が広がり、清々しい空気に満ちていた。
ユリアンはかなり早起きをして、これから訪問するフィオネール家へ持って行くものを自らの手で馬車にせっせと積み込んでいた。
「ユリアン、ありがとう。料理の材料まで運んでもらって」
「もう全然、構わないよ! 僕が早く行きたいだけだからね!」
ユリアンは朝食も摂らずに出掛けるため、給仕係にお弁当形式の朝食を持たされていた。
持って行く料理の材料は、テラが作る料理で使うものだ。
そして、忘れるわけにはいかない、カリスへの贈り物。
ユリアンは夕方から予定があるため、遅くとも午後4時にはフィオネール家を出なければならず、それもあっての早い出発だった。
「私は9時には出発するから、カリスによろしくね」
「うん、下ごしらえは先にしておくから、テラはゆっくり来ていいよ」
「ふふっ。それじゃ、出来るだけゆっくり行くわ」
朝の6時半。
ユリアンは馬車に乗り込んで、フィオネール家へと出発した。
フィオネール家の邸までの道のりは約30分ほど。
王都の街並みを駆ける馬車の蹄の音が、まだ静かな早朝の青空に響き渡る。
ユリアンの心臓の鼓動も、その蹄の音に呼応するように高鳴っていた。
「おはよう、カリス。すごく久しぶりだね。元気そうで良かった……」
「おはよう、ユリアン。会うのはお久しぶりね」
ユリアンとカリスが会ったのは、ファルとリモの結婚パーティ以来だった。
けれども、手紙のやり取りは途切れることなく続いていた。
この1カ月はカリスからの返信がなかったものの、それまでの4カ月で20通あまり。
およそ週に一度という頻度で交わされた手紙は、いつしか二人の生活の一部になり、他愛のない日々の出来事、出掛けた際の珍しい見聞、お土産を贈り合うなどして、急速に交流を深めていた。
久しぶりだけれど、そうでもないような、不思議な感覚。
でも会いたかった。
二人の笑顔が、そう言っているようだった。
「早く着てしまったけど、よかったかな? 料理の材料を持って来たんだ」
「ありがとう、材料を運んでくれたのね!」
「テラは9時頃出発するって言ってたから、それまでに下ごしらえを出来るだけやっておこうと思ってね」
テラが作る料理は予め聞いていたし、下ごしらえをどうするのかも、しっかりと聞いてきた。
「ユリアンの誕生会なのに、ユリアンが料理を手伝うなんて何だか変な感じがするんだけど」
「僕がやりたいからね! せっかく機会があるのに、やらない選択はないかなって思うんだ。こんなチャンス、逃すことは出来ないよ」
「ふふっ。そんなに料理したかったの?」
「料理がしたいのもだけど、カリスとだからだよ?」
「あっ……そ、そうなのね……じゃあ、とりあえず運びましょうか!」
ユリアンがはっきりと、『カリスとだから』と言ったのを聞いて、カリスは確信した。
リモからの伝言『その時は次に会った時』はもう始まっていると。
ふたりは手分けして、ゲストハウスのキッチンに材料を運び込んだ。
「カリスが作る料理の材料も、ここに持ってきてるの?」
「ええ、昨日のうちに運んでるわ。私が作るのが3品と、テラが作るのが3品で、合計6品ね。ファルはたくさん食べると思うから、各料理5人分ずつの材料にしたのよ」
「なかなかの量だね! それじゃ、張り切って下ごしらえしないと!」
ユリアンとカリスは、野菜を切るところから始めたのだけれど、カリスの包丁さばきは目を見張るものがあった。
「テラから聞いていたんだけど、カリスは包丁を使うのがすごく上手になったね! すごいよ!」
以前、一緒に料理をしたときは、カリスが切った無残なカブを見てユリアンが交代したことがあった。
おぼつかない手元が怖すぎて、エンドウ豆の鞘から豆を取り出してもらう、という作業に変わってもらったほどだった。
カリスはあれから料理を勉強したそうだ、とテラから聞いていたため、興味深くカリスの手元を見ていたのだけど、その上達ぶりに驚き、同時に感心した。
「ユリアンもテラも料理が出来るのに、私が出来ないのはちょっとね……。だから、練習したし、料理も勉強したの」
「そう。なんだか嬉しいな。僕と一緒に料理をする事を考えてくれたの?」
料理の勉強をしているという話は、手紙のやり取りの中でも聞いていない事だった。
もしかして僕をビックリさせようと? なんて思ってしまった。
思ったことが口から出てしまって、言うつもりは無かったのに、なぜか言ってしまった自分に困惑し、少し焦った。
「べ、別に、ユリアンと料理したいからってわけじゃ……でも、ユリアンが言っていたように、恋人と一緒に料理をするというのは、すごくいいなって……私も思ったから……」
「そうだよね。でも、ほんと、いいよね。こうやって一緒に料理ができたら……君と……」
「…………」
ユリアンがグイグイ来るのは自分のせいだろう、と分かっていた。
しかし、カリスはとてつもなく恥ずかしくなって、いたたまれない気分になっていた。
「カリスは朝食は食べたの?」
「いえ、食べる時間がなかったから、まだなんだけど……今日はもういいかなって」
「ちょっと待ってね」
ユリアンは野菜を切っていた手を休め、給仕係に渡されていた弁当箱を取り出し、蓋を開けた。
中身はサンドイッチだった。
「ほら、サンドイッチ持って来たんだ。給仕に渡されてね」
「すごく美味しそうね。さすが、王城の朝食って感じだわ!」
ユリアンはにっこりと微笑んで、サンドイッチを一切れ、手に取った。
「はい、どうぞ」
カリスの目の前、というより顔の前にサンドイッチが差し出された。
「え、ちょっと待って。今、手が……」
「僕の手からそのまま食べていいよ? どうぞ?」
ユリアンは優しく微笑んでいたけれど、絶対に譲らないという、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「ええ……」
カリスは戸惑いつつも、チラリとユリアンを見て、観念したようにゴクリと唾を呑み込んだ。
パクッ。
「美味しい?」
「お、おいしい……」
モグモグしながら返事をすると、ユリアンの手が伸びてきて、口元を指でふき取った。
その指をペロリと舐めると、ウンウンと満足そうに頷いていた。
「ま、また!」
カリスは、自分の顔がボッと一気に火照ったのを感じた。
前にも同じことをされたカリスは、これがやりたいだけだったのでは!? と思ったけれど、ソースを口元に付けてしまった自分の至らなさにガッカリするしかなかった。
「ごめんね。カリスが可愛いから」
ユリアンは首を傾げて優しく微笑んでいた。
「もう……」
これがユリアンの愛情表現だと思うと、カリスは怒る気にもなれなかった。
けれど、ユリアンに告白されてはいない。
誕生日の舞踏会の誘いも『ファルの怪我も完治したからぜひ』なんて誘う口実みたいなセリフだった。
ファルとリモの結婚パーティーの時には、『僕は君と共にありたいと思ってる。これからも、ずっと』と、まるでプロポーズのような言葉を言ってくれたと思ったら、『ぜひ! 一緒に旅を』なんて意味の分からないことを言っていた。
以前一緒に料理をした時には、『僕は恋人が出来たら、こうやって一緒に料理をしたりして、楽しく過ごしたいんだ。料理は好きだし、僕の得意な料理も食べてもらいたい』なんて言いながら、優しい眼差しで見つめられたことを思い返す。
正直にいうと、ユリアンに好意を寄せられていることは分かっていた。
最初は『王族なんて』と思っていたけれど、話してみると話しやすいし、偉そうな雰囲気は全く無いし、料理が出来て、恋人と料理を作りたいなんて言う。
そんな王族らしからぬ等身大のユリアンに、次第に惹かれる自分がいた。
けれど、誕生日の舞踏会の招待状とお誘いの手紙は納得するのが難しかった。
どう返事を書こうかと躊躇うしかなかった。
17歳の誕生日の舞踏会でダンスを踊れば、どのような意味を持つのかくらいは知っている。
ただの友達、なんて言ったところで、だ。
仮にファーストダンスでなく、2番手、3番手だったり、ましてや踊らないのだとすると、それもいかがかと思う。
ダンスの相手が他にいるのに、思わせ振りなこれまでの行動や言動は、どういうつもりなのかと問い詰めたくなる。
手紙のやり取りは何だったのか、と言いたくなる。
ファーストダンスを踊りたいのであれば、変な言い訳や誘う口実などじゃなく、はっきりと踊りたいと誘ってもらいたかった。
そうでなければ、覚悟しようにも出来ないというのに。
カリスは、舞踏会に参加するならばファーストダンス以外は考えられなかった。
なあなあで済ませて、既成事実で埋められた仕方のない選択をしたみたいな、そんななし崩し的な曖昧なものに流されたくはなかった。
いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『125 王城生活27 ユリアンの誕生会2』更新をお楽しみに!




