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123 王城生活25 寝間着のボタン

 

 リーフの部屋は――壁は白い漆喰で塗られ、磨かれた木の床には、夏物の織りラグが敷かれている。

 窓にはシンプルな麻色のカーテン。

 木目が美しい質の良い天蓋付きのダブルベッド。

 部屋の空気はどこか澄み渡り、二人にとっての安らぎの空間になっていた。


 リーフもすっかりお気に入りのこの部屋で、約5カ月目にして初めての試みが行われようとしていた。



「今日はどの寝間着にしようかな。リーフはどの色がいい?」


 寝間着は色違いで3種購入し、淡い水色、生成り、白がある。

 柄は蔓草模様で、模様には所々にハート型の葉があり、ちょっぴり可愛らしい。


「どの色でもいいよ。テラが着たい色で」


「そうね。じゃあ……今日は水色にしようかな」


 テラは二枚の水色の前開きのシャツをベッドの上に並べた。



「ボタンは今、留めてある状態だから、外してみる? 着ている状態で外すのとはちょっと違うと思うけど」


「うん、ちょっとやってみる」


 リーフは恐る恐る、ボタンに両手を伸ばし、指でボタンをつまんでみた。

 そもそも人の服はろくに触ったこともないし、どんな構造になっているのかなんて考えたことも無かった。



「これ、ボタンをどうするの?」


「ボタンを傾けるんだよ? ボタンの下の布をちょっと引っ張るの。そしたら、穴が少し見えるでしょう?」


「ああ! わかった! 穴に通すんだね」


「そうそう! 簡単でしょ?」



 リーフはスイスイっとボタンを外していった。


「できた! 完璧だね!」


「それじゃ、今度はこのシャツを着てみてね」


「着る……」


「うん。着てみてね。サイズは大丈夫だと思うよ?」



 リーフは上着を消して、上半身は何も身に着けていない状態になった。


「ねえ、テラ。ぼく、自分で服を着たこと無い……」


「え? ファルの結婚パーティーの時、服、着てたよね? あれはどうやって着たの?」


 ファルの結婚パーティーの時、リーフは深いグリーンのジャケットに、グレーと黒のストライプパンツ、白のワイシャツにシルバーのベスト、という出で立ちだった。

 とても似合っていて、すっごくカッコ良かったのをハッキリと覚えている。



「あれは、侍女さんたちが着せてくれた……」


 ちなみに脱ぐときは侍女がいなかったので、小さくなって脱いでいた。


「あっ! そっか! 侍女さんたち……そうだよね。着替えを手伝うために来ていたんだし……あれ? もしかして、リーフってその時、全部消したの?」


「そうだよ? 全部消さないと着れないし」


「そ、そそそ、そうだよね……当たり前だよね……そっか、そっか……」


 テラはつい、想像してしまった。

 リーフが何ひとつ纏っていない姿になって、侍女たちに服を着せられる様子を。


 なんてことなの!!


 テラの顔がほんのりと赤く染まった。



「ん? テラ?」


「いや、あのっ、じゃあ、シャツを着る方法を教えないとだね! 私がやってみるから、見ててね!」



 テラは気を取り直して、シャツの片腕を通すと、さらに片方の手を通して、という普通のシャツを着るようにして、リーフにシャツの着方を見てもらった。



「うん、わかったと思う! 片方ずつ、腕を通すんだね」


 リーフはさっそく、見た通りに真似をしたのだけれど、どうにも不器用なようで、結果的にテラが後ろに回って手伝った。

 おそらく侍女たちも、こうやって手伝ったのだと思う。



「はい、これで着れたわね。で、次はボタンを留めるのよ」


 がんばって、という気持ちで、ポンとリーフの肩のあたりを優しく叩いた。


「ボタン、ボタン……さっき外したのと同じ要領だよね」


 リーフはフンフンと何やら鼻歌まじりにボタンを留めていたのだけれど、残念ながら開始位置からズレていた。



「リーフ、ボタンを留める位置がずれてるね。右と左の位置が違うよ?」


「えっ? あ、ずれてる……外さないと……」


 外そうとしていたのだけれど、どうにも時間がかかっていた。



「……外れないの?」


「外れない……」


「見せてみて?」


 はだけているリーフの胸元に顔を寄せて、よくよく見てみると、ボタンホール部分に残ったほつれにボタンが引っかかって、外れなかったようだった。


「引っ掛かってるから、これはもう切っちゃおうね。ちょっと待ってて」


 裁縫道具から小さなハサミを取り出し、引っ掛かっている部分をきれいにカットした。



「はい。これで大丈夫だよ」


 テラはなんとなく、そのままリーフのシャツのボタンを全て留めてあげた。


 リーフが侍女たちに全身着せてもらったのだと思うと、テラは無意識に、手が動いた。

 決して、侍女たちに張り合うわけじゃない、と自分に言い聞かせた。



「ありがと、テラ。全部留めてくれて。テラはまだ着ないの?」


「私? 着るけど……」


 さすがにリーフの前で着替えようとは思っていないし、いつもリーフに見えないところで着替えているのだけど、気付いていないのだろうか? と思ったりした。


「ぼくがボタン留めてあげるよ!」


「え? いいよ……ちょっと待ってて。私、着替えてくるから!」


 テラは寝間着のシャツを持って、リーフから見えない場所へ移動して、ささっと着替えを済ませた。



「お待たせ。ほら、お揃い!」


 ふたりお揃いの淡い水色のシャツが、なんだか少し照れくさい。

 いつもは服の下に入れている揃いのペンダントもあって、これでお揃いがふたつになった。



「お揃いだね! それじゃ、ベッドに入ろう?」


 リーフはいつものようにテラを抱きかかえ、ベッドに二人で横になると、腕枕からの抱き寄せで、テラをすっぽりと腕の中に収めた。


「シャツが柔らかな感触で、いい感じ」


 柔らかな肌触りのシャツにふんわりと包まれているようで、思わず顔を埋めてしまいたくなる。

 ふふっと笑みがこぼれ、幸せが溢れてくる気がした。



「ねぇ、テラ? テラのシャツのボタン、外してもいい?」


「!? どうしてそうなるの?」


 リーフの意味不明な申し出に、テラが混乱したのは言うまでもなかった。

 その言い方が甘い囁きなどではなく、本当に普通の、いつもの調子なのだから、リーフの考えがテラにはさっぱり分からなかった。



「さっき、留めてあげるって言ったら、いいよって。今は留めてあるから、外して、留めようかなって」


「いいよって、しなくていいよって意味だったんだけど……」


「そうなの? ぼくも留めてあげたかったのに……」


「……そう言われても……」


 テラはちょっと考えた。

 そして、パッと閃いた。


 テラは自身の寝間着のボタンの上から3つ目までをひとつずつずらして、留め直した。


「ねぇ、リーフ。ここ、ズレてるから留め直してもらえるかな?」


「わかった! ぼくがきちんと留めてあげる。ぼくはもう、出来るからね」


 ボタンの扱いにはすでに慣れたようで、スイスイっときれいに留めてくれた。


「ありがと、リーフ」


「うん、ボタンはもうこれで完璧! どんなボタンでも間違えないよ」


 ボタンの留め外しは難なくこなせる! ということでリーフは自信満々、ご満悦のようだった。

 あくまでボタンの練習しか考えていない、そんなリーフに、テラは無意識に頬が緩んだ。



「そうだ、テラ? 契約してないから、成長してるよね?」


「え!!!!!!」


 リーフの突然の問いかけにテラはかなり驚いたけれど、同時に胸が躍るような気持ちになった。


「髪も伸びているし、ちょっと大きくなった?」


「ど、どこが!?」


 リーフってば、気付いてくれたの? と思った。

 ボタンの事しか考えていないと思ったら、ちゃんと意識してる!? なんて思った。

 こんな無関心なリーフでも気付いてくれたのね、とちょっぴり嬉しくなった。



「うーん、全体? 太った、かな?」





「……太ってないわ!!」


 さっきまでの甘々な雰囲気は一変してしまった。

 リーフの不用意な一言は、思いがけずにテラの機嫌を損ねる結果となってしまった。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『124 王城生活26 ユリアンの誕生会1』更新をお楽しみに!

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