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121 王城生活23 誕生会計画

 

 リーフとテラ、ヘリックスを乗せた馬車は王城の門をくぐり、一路、フィオネール家の邸へと向かっていた。


 よく晴れ渡った夏の朝の青空は、昨日までの疫病の暗い影を完全に払拭したかのように澄み切っていた。


 馬車が王都の石畳を滑らかに進むにつれて、リーフの力の残滓のように、空気は清らかで、目に映る緑はどこまでも鮮やかだった。



「ねぇ、ヘリックス。カリスには舞踏会に来るよう、勧めたほうがいいのかな?」


「無理強いするつもりは無いわよ? でも、ユリアンは来てほしいと思ってるわね」


「招待状は出したって話だったものね」


「それに、主役のユリアンはダンスをしないといけないでしょう? そして間違いなく、ユリアンが一番最初に声をかける御令嬢が大注目されるわね。婚約者候補として」


「そうなの!?」


「17歳の誕生日の舞踏会は、通常なら婚約者を発表するような場なんですって」


「そっか……ユリアンは主役としてダンスをしなくちゃならない、でも、誰でもいいわけじゃない……。きっと、カリスと踊りたいはずよね」


「カリスが来なければ、ユリアンは他の誰かの手を取るのかしら。その話は噂になるし、カリスの耳にも入るわね」


「それは……」


 テラは眉をひそめ、怪訝な表情を見せた。


「だから、出来れば、誕生日の前に会う機会を作りたいのよ」



 ウーン……

 何か、いい案は……



 しばらく何かを考えていた様子だったテラが、突然、パッと明るい表情に変わり、良いことを思い付いたとばかりに、パンッと手を叩いた。


「そうだわ! カリスの家で手料理の誕生会なんてどうかな! 皆で誕生会をするからってユリアンを呼んで、カリスと一緒に料理をしたら、きっと楽しいと思うのよ」


「いいわね! ちょっと二人きりにして、それで告白してくれたら最高ね。そうでなくても、舞踏会ではカリスと踊りたい、くらいは言ってもらいたいわね」



 そこへ、テラとヘリックスのやり取りを聞いていたリーフが、ふと当たり前の疑問を口にした。


「カリスはユリアンのこと、好きじゃないの?」


 テラとヘリックスはほぼ同時にリーフに目線を移し、それから二人は目を合わせた。


「それは……カリスにはっきり聞いたことないから…………でも、満開にしたスターチスを一緒に見に行ってたし、料理も二人で楽しそうにしてたよね。少なくとも好意的に見てると思うけど……」


 テラはカリスの気持ちに確証が持てなかった。


「手紙のやり取りをしているってユリアンが言ってたわ。ただ、舞踏会の招待状と誘いの手紙の返事が1カ月無い、という状況ね」


「それは、迷っているとか悩んでいるってこと?」


 リーフの問いは、至極真っ当だった。


「……カリスは悩んでいるんじゃないかな。……それなら……今日はカリスには余計なことは言わずに、ユリアンの誕生会をしようって持ち掛けるのはどう?」


「そうね。それがいいわ。私たちだけの誕生会、という形ね?」


「うん。ユリアンの誕生会をしたいということと、場所は……できればカリスのゲストハウスで、料理を手作りして誕生日をお祝いしたいってこと。その相談をしに来たってことで話を進めるわ!」


「舞踏会の前に二人で会う時間を作って。あとは、ユリアンとカリス、本人たち次第ね」


 テラとヘリックスはカリスへのアプローチを決めると、ぐっと握りこぶしを合わせた。



 ◇ ◇ ◇



 フィオネール家の邸に到着すると、カリスが満面の笑みで出迎えた。



「テラ! 久しぶりね!」

「カリス! 会いたかったわ!」


 二人は抱き合って再会を喜んでいた。


「リーフとヘリックスもいらっしゃい。急な手紙でびっくりしたけど、また会えて嬉しいわ! というか……リーフ、よね?」


「あ! そうだった。ぼく、見た目が変わったから」


「なんだか派手になったのね? だけど、益々美しくなったわ! 正装している王族みたいよ! ねぇ、テラ?」


 リーフの白銀の長い髪は肩越しに揺れ、上質なパステルグリーンの装飾が施された上着は、確かに以前の普段着な服とは別物だった。


「あ、う、うん……リーフ、成長して変わったそうなの」


「ふふっ。それより、立ち話もなんだから……そうね。ゲストハウスに行く? 談話室にでもと思ったけど、堅苦しいし、ゲストハウスなら寛いでもらえるわよね」


 カリスを先頭に、テラとリーフ、ヘリックスはゲストハウスに移動することになった。


 7月のフィオネール家の庭園は生い茂る緑に囲まれて、清らかな水が絶え間なく流れる水路は日を照らし、水面がキラキラと輝いていた。



「そうだわ。リモからカリスに伝言を預かっていたのよ」


 ヘリックスは出掛ける前にリモにばったりと出会い、ユリアンと話したこと、フィオネール家へ行くという話をしたところ、カリスに伝言をと頼まれていた。


「リモから? 何かしら?」


「よく分からないけど、『その時は次に会う時』って。伝えたら分かるからって言ってたわ」


「あっ……ありがとう、ヘリックス。その時は次に会う時……そっか……」


 カリスは何かを思い悩むように俯き、顎に手を当てて、じっと考え事をしているようだった。



 ヘリックスはリーフのほうを振り返って、声をかけた。


「私、カスタスの所に行くけど、リーフも来ない?」


「カスタスに会いに?……うん……わかった。ぼくも行くよ」


 カスタスには定住地の件で協力してもらう約束になっているけれど、ファルの怪我で王城に留まって、もうすぐ5カ月となる。

 そこでヘリックスは、王都を離れる前にもう一度カスタスに会おうと思っていたのだった。


 ヘリックスはちらりとテラのほうを見てウインクをすると、リーフと共にフィオネール家の敷地内にあるアカンサス畑に向かった。



 ウインクを受け取り、誕生会の件は任されたのだと理解したテラは、リーフとヘリックスを見送って、カリスに話しかけた。


「ねぇ、カスタスって?」


 カスタスの名前は、テラは初耳だった。


「カスタスはパパが契約している精霊なの。白いアカンサスの精霊で、敷地内のアカンサス畑にいるのよ」


「白いアカンサス……ああ! 分かったわ。花言葉は『芸術』『技巧』『美術』『建築』だもの。フィオネール家はアカンサス工匠会を経営しているものね。まさに、ぴったりだわ!」


「さすがね、テラは。花言葉もよく知ってるのね」


「ええ。花言葉は薬草の効果効能にも関係しているから、覚えてるの。カリスがこの家を継いだら、カスタスと契約をするの?」


「……そうね。私は家業を継ぎたいし、そうなれば私がカスタスと契約することになるわ」


「そうなんだね。カリス、がんばってね。応援してる!」


「ありがとう、テラ」



 応援してると言ったものの、テラはちょっと疑問に思った。



 ユリアンと結婚すると、カリスは家業を継げるのかな?

 もしかして、無理だったりする?

 でもユリアンがいいって言えば、いいのかな?

 うーん?

 でもカリスには頑張ってもらいたいし

 ユリアンとも……

 どうなんだろ?

 うーん……。



 テラがブツブツと一人の世界に浸っていると、カリスがテラに問いかけた。


「ねぇ、テラ? ファルは元気になったの? ユリアンから聞いてたのよ。王都を発つ日、馬車に撥ねられて大怪我したって。それで、治療のために王城に留まることになったって。お見舞いに行きたかったんだけど、ユリアンに断られてたの」


 この話題はカリスがどうしても聞きたかったことで、ユリアンに聞いても埒が明かないので、テラに直接聞いてみることにしたのだ。


「ええ、ファルはもう元気になったわ。風邪が流行ったりもしていたから、外に出ないほうがいいってことでね。ファルに感染すると良くないからって。だから、私も王城の外に出るのは、本当に久しぶりなの」


 半分は作り話なのだけど、風邪が流行っていたのも、テラが王城の外に出るのが久しぶりなのも嘘ではない。


「そう。ファルのために、しっかり管理していたのね。それを聞いて安心したわ! どうしてそんなに頑なに拒否……断られるのかしらって思ってたの。それならそうと言ってくれればいいのに、ユリアン、ちゃんと言わないから……」


「ごめんね、カリス……」


 テラは噓をついていることを申し訳なく思った。

 カリスにも、負担を掛けているユリアンにも。



「テラが謝ることじゃないわ。いいのよ。ファルが元気だって聞けたし、こうしてテラが会いに来てくれたし。ありがとう、会いに来てくれて。私、嬉しいのよ? なんだか私、置いてきぼりになってるような気がしてたから……」


「ほんとに、ごめんね……」


「ううん。それで、今日は何か話があって来たのよね?」


 カリスはテラから視線を外さず、テラの顔を覗き込むようにして尋ねた。

 テラが何か悩みを持っているのではないか、と察したからだ。



「そうなの。カリスに相談があって」


「相談? どんな話かしら」


「もうすぐユリアンの誕生日だから、私たちだけでお祝いをしたくて。ユリアンには普通の誕生会をプレゼントしたいの。カリスはどうかなと思って」


 テラは、自分の考えた計画がカリスに受け入れられるか、少し緊張しながらカリスの反応を待った。


「普通の誕生会!?……そうね。それ、すごくいいわね!」


 カリスの目がキラキラと輝き、テラのアイデアを心から気に入った様子だった。



「でしょう!? 料理を作って、手作りの料理で皆で誕生会できたらって思ったの。もしよかったら、ゲストハウスを使わせてもらえないかなって……どうかな?」


「もちろん、いいわよ! テラ、私、あれから手料理を勉強したの! 前より上達しているはずよ」


「そうなのね! それはすっごく楽しみだわ!」


 テラはカリスの手を取り、ブンブンと振って舞い上がるように喜んでいた。



「具体的な日にちはいつ頃がいいかしら? ユリアンの都合もあるわよね?」


「そうね。25日の誕生日より前がいいと思ってるの。誕生日の前、1週間以内くらいでユリアンに都合を聞いてみるわ。カリスの都合はどうかな?」


「……せっかくだから、ユリアンに合わせようと思うけど……19日か20日だったら、今のところ予定は何も無いわ」


「わかったわ。それも含めてユリアンに聞いてみるわね。日にちが分かったらすぐに手紙を出すわ!」


「あとは……料理はどんなものを用意しようかしら? ユリアンは何が食べたいと思う? 好みが分からないのよね……」


 カリスはユリアン好みの料理を用意したいと思ったのだけど、何が好みなのか知らないことに気が付いた。


「普通の家庭料理みたいなものでいいと思うけど……誕生会っぽいもの?」


「うーん……そうね。うちの料理人にも聞いてみようかしら」


「私も料理を考えておくわね。ユリアンにも食べたいものを聞いてみるわ!」


「料理を作るのは、当日の朝からってことでいいのかしら?」


「ええ、そのつもりよ。誕生会の当日は朝から料理を作って、お昼に誕生会を始めて、夕方まで皆でゆっくりおしゃべりして。ユリアンが楽しく過ごせたらいいかなって思ってるの」


 テラは身振り手振りを交えながら、楽しそうに誕生会のイメージを語った。


「その日はゲストハウスに泊ってもらってもいいわよ?」


「それもいいわね! なんだかすごく楽しみになってきたわ」


「ユリアンの誕生会という名目で、ただ食事会を楽しみたいだけみたいな?」


「ふふふっ。そうかも?」


「あはは。テラったら。でも、私もすっごく楽しみよ!」


 テラとカリスの話し合いで、ゲストハウスでの手作り料理の誕生会が決定し、あとはユリアンの都合を聞いて日程を決めるだけとなった。


 テラたちの思惑通りに事が運んだのだけれど、カリスもリモの伝言を受け取り、『その時』が来るのを緊張の中で思い描いていた。


いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『122 王城生活24 妄想と贈り物』更新をお楽しみに!

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