120 王城生活22 報告とヘリックスの采配
ユリアンはリーフの覚醒を目の当たりにした後、父王との謁見に赴いていた。
「まずは、王都で蔓延している疫病に関してですが、リーフによると、すでに薬液は必要ないとのことです。従って、状況を確認の上、王命は解除でよろしいかと思われます」
「ああ。先程の光。あれだろう? あの全てを癒すかのような柔らかな温かい光は、やはり、リーフ殿だったのだな」
自らと契約するカルバではないことは分かっていた。
カルバは空を統べるが、それは天候を操る力。
ならば、次期精霊王であるリーフしかいないだろうと考えていた。
ユリアンは、父王が発するリーフの呼び名がいつの間にかリーフ『殿』になっていることに気付いたけれど、その点には触れずに話を続けた。
「はい。リーフは精霊王になったのです。私は、この目で、間近で、見てしまいました! 本当に美しく、尊い、まさにこの世のものとは思えない……圧倒的で、それでいて温かな、癒しの光でした」
ユリアンはその瞬間を思い返すと、瞳を輝かせ、興奮したように父王に語った。
「新たな精霊王の誕生、この時代に、この時に……! いや、本当に素晴らしい! 王国史に刻まなければならない出来事だ」
アイリオス王は歴史的な出来事が起こった事実に、たいそう感激している様子だった。
精霊王の代替わりは最長で3,000年、後継が決まれば1,000年でも2,000年でも代替わりするとカルバに聞いていた。
それはカルバ自身も例外ではない。
そして、人が生きている間にその瞬間に立ち会う確率はほぼゼロと言っていい。
「いえ。リーフは、王国史に残すのはやめてほしいと言っておりました」
「あっはっは。リーフ殿は面白いな! 王国史、いや、王族史と言ったほうがよいか。精霊の存在は、世間的には知られていないからな。しかし、後世の王族には記録を残さねばなるまいよ」
「はい。もちろんです。リーフの存在は、私の次の世代にも、さらに次の世代にも伝えるべきものです」
「まあひとまず、疫病の件はこれで無事終わりそうだな。あとは私から指示を出しておくから、ユリアンはゆっくりしておくといい」
アイリオス王は窓の外を眺めていた。
王都の街並みを見下ろし、ふと考える。
精霊の力に支えられてきたこの国、この大陸は、なんと恵まれていることか。
精霊に愛されているこの地は、未来永劫、安泰だと実感せずにはいられない。
そう。精霊がいる限り――。
◇ ◇ ◇
ユリアンがセオドア宮の自室に戻ると、いつものようにヘリックスがニコニコと出迎えてくれた。
「ただいま、ヘリックス。君も戻ってたんだね」
「ええ。リーフはテラと二人きりになりたいでしょうから」
ヘリックスはクスリと笑う。
「はは、確かに」
「ところでユリアン。あなたに聞きたいことがあって。25日は誕生日の舞踏会なんでしょう? カリスは呼んでいるの?」
「もちろん、招待状はひと月前に出してるよ。やり取りしてる手紙にも、ぜひ来てほしいって書いたんだ。ファルの怪我も完治したからって。ただ、返事がまだ……」
カリスからの手紙も、招待状の返信もなく、気付けばここ1カ月ほど、カリスからの音沙汰は無かった。
「そうなのね。カリスは来るつもりなのかしら。それとも、悩んでいる……? どうなのかしら……」
「皆に会いたがっていたから、来てくれると思ってたんだ。だけど、返事がなくて……」
あちこちに視察に行ったり、今回は疫病の件もあり、生誕祝典舞踏会のことを考える暇もなかったのだけれど、気付けば舞踏会まであと2週間余りとなっていた。
「返事が遅れているのは何か理由があるのかもしれないし、私が様子を見に行ってもいいわよ? 王都を発つ前に、もう一度カリスの所の精霊に会っておきたいし」
「やっぱり、リーフとテラが再契約したら、すぐに発つの?」
ユリアンは少し不安げな表情をして、ヘリックスに問いかけた。
「いつ、というのはまだ決めてないわ。だけど、ここに留まるのは二人の再契約までという話だったでしょう?」
「うん……再契約って、具体的に何日なんだろう? ヘリックスは知ってる?」
「たぶん、再契約はユリアンの誕生日の前ね。23日頃じゃないかしら。だけど、リモは舞踏会にゲストとして行くって言っていたし、それを取り止めてまで出発を急ぐ理由も無いわ」
「そっか。僕の誕生日までは、いてくれるんだね」
「ええ、もちろんよ」
ヘリックスはいつものように、優雅ににっこりと笑みを浮かべていた。
「でも、カリス、どうしたのかな……まさか、僕の嘘がバレたとか!? それで、怒ってるなんてことは……」
そんな想像をしただけで、ユリアンの表情が一気に曇った。
「もしバレたとして、カリスはそんな風に無視したりはしないんじゃないかしら。怒るにしても、ちゃんと話を聞いてくれるのがカリスじゃないの?」
「そうだよね……。カリスはそうはしない。僕の話を聞いてくれるし、理解しようとしてくれる……」
ヘリックスの言葉に気を取り直したけれど、それで不安が解消されたわけではない。
「とりあえず私がカリスの所へ行って、どうしてるのか見てくるわ」
王都を発つ前に、ユリアンとカリスの関係がなんとか進展できないものかとヘリックスは考えていた。
王都を離れれば、今後、ユリアンと会うことはほぼ無い。
ユリアンの恋の手助けが出来るのは今しか無いのだ。
◇ ◇ ◇
夕飯時、ヘリックスはリーフの部屋を訪ねた。
テラやファル、ユリアンは食堂に行っている時間だ。
「近いうちにカリスの家に行きたいのだけど、リーフも来てくれない? もし可能ならテラも一緒がいいのよね。体はもういいのかしら?」
テラはカリスの友人だ。
カリスに会って事情を尋ねるのはテラが最適だろうとヘリックスは考えていた。
「テラは元気になったよ。さっそく夕飯を食べに行ってる。テラは明日お休みだから、明日なら……あっ、やっぱりだめ。明日はテラと買い物デートだから!」
「買い物デート? 何を買いに行くのかしら」
「ぼくの……寝間着」
「寝間着? ふふっ」
ヘリックスはリーフの服を見て、なるほどねと思わず笑いが声に出た。
「笑ったよね……!?」
リーフは少しムスッとして、じとっとした視線でヘリックスを見た。
「あら。私、買い物の邪魔はしないわよ? だけど、テラもカリスが気になると思うし、ユリアンも気にしてたから、ちょっとカリスに会えたらと思って」
「……テラが戻ったら聞いてみるよ」
リーフはちょっぴり残念な気持ちになりつつも、ユリアンの誕生日のこともあるため、渋々といった様子だったけれど、テラに相談することにした。
「ところでリーフ。あなた、精霊王になったから、一度、精霊界へ行かないといけないわ」
「……やっぱりそうだよね」
リーフの表情に、僅かに緊張が走った。
「ジオと、それからカルバも呼んで、正式に代替わりをすることになるの。もちろん私も立ち会うわ」
「場所は中心部?」
「そうなるわね。皆が集まることが出来る場所、となれば、精霊界の中心部。セイヨウトネリコね」
ヘリックスはリーフを見つめながら、説明を続けた。
「ただ、いつ、というのは特に決まりがあるわけじゃないの。代替わりするための会合になるから、いつにするかはリーフが決めて構わないわ。リーフが正式にジオの後を継ぐと、宣言するだけよ」
ヘリックスはリーフを見据え、優雅に微笑んでいる。
「……ジオの後を継ぐ。そうなるとジオはどうなるのかな」
リーフは考え込むように視線を落とした。
「精霊王の力を失うわね。元々のイチョウの精霊として、イヴィと仲良く暮らすんじゃないかしら?」
「ジオとイヴィも来てくれるかな。定住地に……」
「きっと、来てくれるわ」
「もし、宣言しなかったらどうなるのかな」
「ええ? それは……」
ヘリックスは目を丸くして、少し考えた。
宣言しない、というのは有り得るのかと。
「本来なら、正式に宣言をして、初めて精霊王の力を手に入れるのだけど、リーフは生まれながら羽を持っていて、次期精霊王だったわ。そして、成長によって精霊王になった。そのあなたが宣言しない、となると……大地の精霊王が二人、になるわね。ただし、ジオは残り100年弱で期限を迎えるから、自動的に精霊王でなくなるだけ……かしら」
「100年弱、それくらいなら、わざわざ力を失わなくても……そのままのほうが良かったりしない?」
リーフはヘリックスの顔色を窺いながら、さらに続けた。
「ジオは待ってると言っていたけど、力は無いよりあった方がいいに決まってる。いずれ時が来て、力を失うにしても、その時までそのままでもよくないかな」
ヘリックスはリーフの考えに同意できない様子で、首を横に振った。
「も、もちろん、ぼくが精霊王としての役目を果たす。今回のように。だけど、そのことと、ジオが力を失うことは、別の話だと思う」
リーフはヘリックスの目を真っ直ぐに見つめて、言いたい事を言い切った。
「リーフは分かってる? 今回の疫病、当然ジオは気付いていたはずよ。けれど、彼は動かなかったわ。もちろん、リーフが動いているせいもあったかもしれない。どちらにせよ、ジオは動かなかったわ」
ヘリックスはリーフをじっと見つめつつ、口調を強めて続けた。
「精霊王は、王都とその周辺程度の疫病では動かないということなの。大陸の半分ほどに広がるまでは静観するでしょうね」
「ぼくの今回の力の使い方は、精霊王として間違っていたってこと?」
リーフは少し不満げに、そして少し腑に落ちない様子で、ヘリックスに問い返した。
「間違ってはいないわ。テラのこともあったし、精霊王に覚醒するきっかけにもなったのだから。でも、いつもいつも、今回のような調子で力を使っていたら、人の為にもならないわ。精霊王として役目を果たすのは当然だとしても、使いどころを見誤っては、あなたが擦り切れるだけだと言っているの」
「ヘリックスの言いたいことは分かったよ。人の為にならないというのも分かるよ。だけど、出来ることがあるのに放置はしたくないし、早く収まるならそのほうがいい。放置して無駄に犠牲者が増えてしまうよりは……」
リーフは表面上は理解できても、感情的に受け入れられない様子だった。
「それでも、人の為を思うなら、力を使いすぎないことよ。まあでも、リーフは『もてなし』という本質があるから難しいのかもしれないわね。だからこそ、言ってるのよ。少しは自重するくらいで丁度いいんじゃないかしら」
ヘリックスは穏やかな瞳で、優しく諭すように話した。
それは、リーフの本質を知っているからこその言葉だった。
「……分かったよ……」
リーフもそんなヘリックスの言葉に、静かに頷くのだった。
ちょうどそこに、夕食を終えたテラが部屋に戻って来た。
「ただいま、リーフ。あら、ヘリックス、いらっしゃい」
「おかえり、テラ。ヘリックスが明日、カリスの家に行かないかって」
「明日? 明日は……でも、どうして急にカリスの所へ?」
テラは首を傾げた。
明日はリーフと買い物デートの約束をしている。
「テラは知らなかったわね。25日がユリアンの誕生日で、王城では舞踏会があるの。カリスには招待状を出したけど、返事がないってユリアンが言ってたわ。誕生日だし、カリスにはユリアンに会ってもらえたらと思うのだけど」
「そういうことね! 明日、カリスに会って返事をもらいたいってこと?」
テラは状況を理解し、前のめりになった。
「できれば誕生日の前に、二人が会う機会を作りたいのよ。ユリアンへの誕生日プレゼント。品物よりもカリスに会えるほうがいいんじゃないかって皆で話してたの」
「いいわね! 私も賛成よ。明日はリーフとお買い物に行く予定だったけど……」
テラはリーフに視線を送った。
「あら。買い物には行ってちょうだい。ついでにカリスの家へ寄ればいいわ」
「そうね。じゃ、どうしようかな……。馬車を用意してもらったり出来るのかな」
「馬車はユリアンにお願いしておくわ。明日行くって早馬で手紙をカリスに届けてもらいましょう!」
「ありがとう、ヘリックス! それじゃ明日、朝食後に出掛けよう! これで決まりね!」
テラは両手を叩いて、明るく笑っていた。
その陰で、リーフが少ししょんぼりしていたのだけど、ヘリックスは見なかったことにした。
いつも『刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜』を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『121 王城生活23 誕生会計画』更新をお楽しみに!




