119 王城生活21 愛の重さ
「きゃああああああ!!」
目を開けたテラは、とてつもなく驚いた。
まだ目を閉じていた時の感覚では、リーフの腕の中にいるのだと思っていた。
いつものように、リーフの腕の中で目を覚ましたのだと思った。
そして、目を開けたら、目の前に『男性』の身体があった。
叫び声を上げたのと同時に、反射的にその腕の中からバッと後ろに離れた。
だ、誰っ!?!?
テラは飛び起きるようにして後退りした。
そして、ベッドで寝ている、長髪の若い男の顔を凝視した。
んん????
リーフ!?
髪がかなり長くなっているけれど、顔の造形美はどう見てもリーフだった。
いや、でも……
あれ?
そういえば、私、
薬草園で倒れて
すごい熱で……
それに、ここ、私たちの部屋だし……
周囲を見渡すと、紛れもなく、見慣れた部屋だった。
窓の外は空がうっすらとオレンジ色に染まり、今が夕方であることを告げていた。
テラの叫び声で目を覚ましたリーフは、そのままウーンと伸びをして、彼女に声をかけた。
「テラ、起きた? 体はどう?」
「リ、リーフよね!? どうなってるの!?」
「うん? あ、そっか。テラ、意識がなかったから……」
リーフがベッドの上でむくっと体を起こした。
「ちょ、ちょっと待って! リーフ、どうして裸なの!? 服は!?」
テラは、リーフが服を消している姿を見たのは、実はこれが初めてだった。
「うん、色々と説明をしないと……」
リーフがベッドから出ようとして、ベッドの端に足を下ろし、立ち上がった。
その時、リネンの掛け布が、ハラリと落ちた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
「? どうしたの?」
両手で顔を隠しつつも、指の隙間からチラリと見ると、下半身は見たことのない上質そうな白いズボンを履いていた。
リーフが消していたのは、上半身の服だけだった。
「もうっ! 紛らわしいのよ…………そ、それより! 何がどうなってるの!?」
リーフの髪が長いのも、上半身が裸なのも全く意味が分からず、テラは目を白黒させていた。
「うん。説明するから、落ち着いて、聞いてね?」
テラはベッドに腰かけ、大きく頷いて、深呼吸をした。
リーフはテラの前でしゃがみ込むと、彼女を見つめて、話し始めた。
「テラは、薬草園ですごい高熱で倒れたでしょ? それは覚えてる?」
「……覚えてるわ。薬草園で倒れたの。雨が降っていて、そのまま……」
テラは首を傾げて、自分の記憶を遡る。
「そう。倒れたのは昨日の夕方なの。テラは雨の中で倒れて、一晩中、誰にも気付かれなかった。そして、今日、発見された時には肺炎になってた。重症化してたの」
「やっぱり私、重症化してたのね……それで、重症用の薬液を飲ませてくれたのね?」
「ううん。……重症用の薬液の在庫は城内には無くて。ユリアンが探すよう手配して、それから……」
リーフは、どう言おうかと少し迷った。
けれど、言葉を続けた。
「テラ、本当に危なくて、もうだめかもって……」
「……でも、私、生きてるわ……」
テラは温もりを確かめるように、自分で自身の手を握った。
「ぼくが治したの。前にファルが怪我した時ね、あんなふうに重篤な状態だと、ぼくの力では無理だった。今回も。……だけど、新たな力が覚醒したの」
「か、覚醒?」
リーフはスッと立ち上がると、消していた上半身の服を再生成し、そして、精霊王の煌めく両翼を現した。
「ええっ!!!! リーフ……その姿は……!?」
テラはリーフを見上げ、目を見張った。
「これが、ぼくの本来のあるべき姿なの。この姿に成長するために生まれたぼくは、大地を統べる精霊王になるために、成長しなければならなかった。覚醒したんだ。テラのおかげで。そして、力を使って、治したの」
「大地を統べる、精霊王……リーフ、精霊王だったのね……」
美しい大きな両翼に、少しばかり派手目な衣装は、まさに精霊王らしかった。
「隠しててごめんね。ぼくが次期精霊王だってことは、あまり言いたくなくて……力は無いのに、羽だけ立派で……ライルを失ってから、羽も似合わないからずっと隠してて……」
リーフは視線を落として、申し訳なさそうに俯いていた。
ライルのことは知っている。
リーフが800年間、隠れることになった出来事。
そしてそれは、羽を隠すきっかけになったと。
リーフの言葉に、テラはようやく全てに納得した。
ライルのことはもう吹っ切れたのかと思っていたけれど、全く吹っ切れていなかったということ。
精霊王になる事でしか吹っ切れなかったということを。
「そっか。……リーフ、羽を見せられるようになったってことだよね?」
「……そう、なのかな」
ベッドに腰かけていたテラは立ち上がると、リーフの顔を覗き込んだ。
「そうだよ。……私に見せてくれたもの。……それに、リーフ、前に言ってたよね。『ぼくにもっと力があれば』って。リーフはたぶん、このことを言ってたのね。精霊王になればってことだったんだなって、今、分かったわ」
テラは優しい笑みを浮かべ、リーフの手を取ると、言葉を続けた。
「精霊王に覚醒して、私を助けてくれた。『ぼくにもっと力があれば』を実現したのね」
テラの手は温かで、リーフはその温もりを愛おしく感じた。
「……羽、触っても、いい?」
「うん。いいよ。触って?」
リーフはテラを引き寄せると、彼女の体を包み込むようにして、羽を丸めた。
テラの手のひらが羽にそっと触れ、優しい指先が羽の上を滑る。
「ふふっ。羽、というより翼ね。とっても綺麗。リーフにとてもよく似合ってるよ。ありがとう、リーフ。私、またリーフに命をもらったのね」
「テラはぼくの唯一で、この世界でただ一人の、ぼくの守り人で……ぼくにはテラしかいないの。この世界にテラがいなくなるなら、こんな世界、いらないんだ……」
「ありがとう、リーフ。それほどまでに私を想ってくれて」
「ぼく、愛してるってよく分からなかったけど、やっと分かったの」
リーフはテラの背中に腕を回し、優しく抱きしめた。
テラもそれに応えるように、リーフの背に腕を回してぎゅっとした。
それは、失いかけた命を再び腕の中に取り戻した安堵と、愛を伝えられる喜びに満ちて、溢れる幸福感に浸る二つの存在を一つに溶かし合うかのような、愛しい瞬間だった。
「テラ、愛してる」
「私も……」
リーフのきらめく緑色の瞳は吸い込まれそうなほど純粋で、見つめ合う二人は自然に互いの唇に目を移し、静かに口づけを分かち合った。
テラはリーフに『愛してる』を返そうと思ったけれど、その言葉を口にすることが出来なかった。
リーフが好きで好きで、何の迷いもなく、大好きだと言える。
けれど、自分は『愛』が分かっていない、と思った。
でも、心からの『愛してる』を、リーフに返したい――。
リーフの『愛』の重さを実感したからこそ、口先だけじゃない、本物の心からの愛をリーフに。
その愛を口にするには、テラにはもう少し、時間が必要だった。
テラは抱きしめ合った時に感じた、ちょっとした違和感を口にした。
「リーフ、少し背が高くなった?」
「ちょっとだけ、高くなったかな」
リーフの背は精霊王になって5センチほど伸びていた。
「それに、服がなんだかすごいけど、装飾がいっぱいだから、寝る時に消してたの?」
「うん。このままベッドに入ると、テラが怪我するかもしれないし、邪魔だなって……」
「この上着の下? 中? には何も着てないの?」
「上着の下とか中? そんなふうに重ねているわけじゃないというか……勝手に生成されてるから……」
「それじゃ、寝る時だけシャツを生成するとかは出来る?」
「よく分からないけど、意識してこの服を生成してるわけじゃないの。たぶん霊核にそういう情報が最初から入ってるのかな。消して、次に生成する時も、ただ生成って念じるだけ。どんな形にしたいとか、何を生成したいとか、そんなふうに思ってるわけじゃなくて」
「へぇ! そうなんだ! 面白いのね! 精霊王の姿はこれ! みたいな感じなのね」
テラはクスクスと笑いながら、ふと思い付いた。
「それなら、寝る時だけ、私が寝間着を着るように、リーフもシャツを着てくれないかな? さすがに裸ってのはちょっと……」
「わかった! ぼく、テラが嫌がることはしないから」
「いや、あの、嫌ってわけじゃないよ? でも、服は着ていた方がいいかなって」
服と聞いて、リーフは思い出した。
服ならある、と。
「そういえば、ぼくの服、あったよね? 前にここに泊った時にもらった……」
「あぁ。侍女さんたちから貰った、あれ?」
「うん、そう。何着かあったかなって。依り代に入れたままになってたから、せっかくだし」
「でも……リーフが着る服は私が選びたいかな……しかも寝る時に、他の女性が贈ってくれた服は……やっぱり……」
テラの表情が曇ったのを見て、リーフはハッとした。
これは『テラが嫌がること』だ。
「ごめんね……そういうの、わかってなくて……」
「ううん。いいの。寝る時はやっぱり寝間着がいいと思うから、明日にでも買いに行こう? 私、今日が夜勤明けでしょう? 明日はお休みのだもの。買い物デートしよう!」
「買い物デート!? デート!? 公園デートじゃなくて?」
テラは、リーフが『公園デートは恋人同士がするもの』とずいぶん前に言っていたのを思い出した。
あの頃は、リーフと恋人同士になるなんて、思ってもいなかった。
テラは無意識に、顔がほころんだ。
「それじゃ、買い物デートと公園デート……じゃなくて、城内で庭園デートしよう!」
「うん! 明日がすっごく楽しみ!」
こうしてリーフは初めての寝間着を手に入れることとなり、テラはこの機会に自分のぶんも揃いで新調しようと、密かに企むのだった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
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