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10 旅の準備

 

 リーフとテラ、ふたりの共同生活が始まって14日が経った。

 いつものように午前中は薬草採取に出掛け、午後は主に薬草茶を作ったり、薬草の卸店へ行って薬草や薬草茶を買い取ってもらったり。


 テラはこれまで、週に1~2回ほど薬草の卸店へ足を運んでいたのだけど、旅に出ることを決めてからは、できるだけ多くの薬草を採取して、その日のうちに卸店へ持って行くことにしていた。


 そうして夜は少しずつ旅の準備を進めていたのだけれど。


「何を持って行こうかな。何枚かの着替えと、薬草の本と、裁縫道具。薬草やお茶もいくつか持って行きたいし。水筒も。でも、長い旅だから色々持って行けないか。最小限にしなきゃだめだよね。どうしようかなぁ」


 その様子を見ていたリーフがテラに意味深な感じで話しかけた。


「ぼくが荷物を持ったらどうなるかな」


「あれ? リーフ、物が持てるの?」


 なんとなく、リーフが何か持っているイメージが無かった、というか見たことが無いので、思わず、持てるの? なんて聞いてしまった。

 そもそも小さなリーフにとっては、全てが大きすぎて持てないのだから。

 リーフが大きな荷物を抱える姿を頭の中で思い浮かべたテラは、思わず吹き出しそうになった。


「小さいままでもどんぐりくらいなら持てるし、お皿やカップは触れるでしょ。薬草だって触れるし。ちょっと試してみるね」


 リーフの小さな体が、ぼんやりと柔らかな光をまとい始めた。その光は次第に強くなり、やがてテラと同じ背丈ほどの姿へと変化する。


「この姿でとりあえず本を持ってみて……うん、普通に持てるね」


 リーフは手元にある本を軽々と持ち上げると、得意げにテラの方を見た。


「小さいと持てないけど、この姿なら持てるでしょ。それで、このまま依り代に入ったら……」


 リーフは本を持ってテラと同じ背丈のまま依り代の中に消え、再び現れたのだけど、手には何も持っていなかった。


「あれ? 本は?」


「本は依り代の中に置いてきたよ」


「えっ! そんなことが出来るの? 依り代の中ってどうなってるの?」


 テラは目を見開き、思わずリーフに詰め寄った。


「依り代の中? うーん……なんというか、異空間……かな」


 リーフは楽しそうに首をかしげながら少し考えるような仕草をして答えた。


「異空間!? よ、よく分からないけど、もしかしてリーフに預けておいたらなんでも持って行けるってこと?」


「そうなるよね。テラはどうかな」


 と言いってリーフはふざけた様子でテラの腕を掴んでみた。


「さすがにテラはダメだね。生き物はダメみたい」


「ちょっと、今、私を入れようとしたでしょ」


「あはは、でもよかったね。テラは手荷物だけ持っておけばいいよ」


「それは本当にすっごい助かるよ! もうしばらくそのままの姿でいられる? 何が入れられるか試してみようよ」


 テラは嬉しそうに声を弾ませ、リーフの方に目を輝かせて言った。


「そうだね!」


 ふたりは興奮しながら次々と実験を試していった。

 生き物以外ならリーフが持てるものはすべて依り代の中に収めることができるという事実が分かると、テラは思わず飛び上がりそうなほど喜んだ。


「これなら色んな物が持って行けるね!」


 そんなテラの様子を見ていたリーフは、少し照れながら肩をすくめた。




「ねえリーフ、せっかく大きくなってるし、まだその姿でいられるならだけど、そのままちょっとお散歩しない?」


 テラがリーフを見つめながら提案すると、リーフは首をかしげながら答えた。


「お散歩? どこに行くの?」


「ただ、歩くだけ。星が綺麗だよ」


 いつもは普段の小さな姿。テラの肩に乗ったり、手のひらに乗ったり。

 リーフが大きい姿でテラと一緒に歩くのは初めての事だった。

 すでに夕べの時間も過ぎて家並みの明かりが明々と灯り、夜の通りを静かに照らしていた。


「ねえリーフ。手、繋ごうよ」


 テラがそっと手を差し出すと、リーフは一瞬驚いたように目を見開いた。


「!?  ぼく、手をつなぐの初めて……」


 テラは微笑みながら、リーフの手を優しく握った。


「そうよね。抱きしめられたのが初めてって前に言ってたから、手を繋ぐのもそうかなって」


「うん……」


 リーフは小さくうなずきながら、視線をつないだ手に落とし、テラの手の温かさにじっと感じ入っていた。


 テラの手のひらにはいつも乗っているけど、柔らかな手のひらからテラの体温を感じて、こうして初めて手のひらを合わせて、テラの優しい手のひらに包まれていると、その温かさが気持ち良くてずっとこうしていたいと思えた。


「手を繋いで歩くのって楽しいでしょう?」


「うん……」



 ふたりは星が良く見える丘にやってきて、草むらに寝転がり、手を繋いだまま澄み切った秋の夜空の眺めていた。

 雲一つない星空は天然のプラネタリウムのようで、それはそれは美しい光景だった。


「星が綺麗だね。満天の星! 星の欠片が降って来そう……あっ! 流れ星!」


「えっ!? 流れ星?」


「ああ、消えちゃった。……ねぇ、リーフは知ってる? 流れ星に願い事をすると願いが叶うんだって」


「そうなの? テラは願い事があるの?」


「そうねぇ。それは秘密、かな」


 実はテラには、リーフには言っていない秘密の願い事がひとつだけあった。


「願いごと、ぼくにお願いして?」


「ええ、もちろん。その時はよろしくね」


「ぼくはテラのお願いならなんだって叶えるから……」


「ふふっ、ありがとう。リーフとの旅、楽しみだよ。こうしてまた二人で星を見ようね。いい?」


「うん! 必ず! また!」


 テラと過ごしているとぼくが知らないことばかりで、テラは色んなことを教えてくれる。

 テラはとても優しくて温かくて柔らかくて。


 リーフは手を繋ぐと安らぐ感覚がして、気持ちが落ち着く気がした。

 手を繋いだことはリーフにとって言葉にならないくらい感動的で、忘れられない思い出の夜になった。





 翌日、いつものように薬草採取に出掛けたふたりは、採取した薬草をリーフの依り代に仕舞って持って帰ることにした。

 これまではテラが手に持って帰っていたのだけれど、リーフの依り代に入れて運べると分かったのだから、これからはテラが持つ必要もないし、量が多くなっても問題ないというのはすごく大きい。


「ありがとう、リーフ! ほんと、大助かりよ! たくさん採取してもこれ以上持てないってことがなくなったんだもの」


 採取した薬草を手に取りながら、テラはニコニコと微笑んだ。


「どういたしまして。ところで……なんだけど。昨日の夜、依り代に入れておいた薬草がね」


「どうしたの? なにかあったの?」


 テラは首をかしげて、リーフを覗き込んだ。

 リーフが手を顎に当てる仕草を見せながら、少し考えるような間を置く。


「たぶん、依り代に入れておくと、そのままみたい。時が止まるっていうのかな。昨夜入れておいた薬草、昨日と同じままかなって」


「え、そうなの!? 依り代に入れておくと、時が止まる?」


「入れた時の状態をよく覚えてなかったけど、たぶん、そう。今依り代に入れた薬草、そのまま置いておいて、夜、確認してみない?」


「そうね! もし、元気なままだったら、ほんとにすごいことよ!」





 そうして、待ちに待った夜。


「テラ、そろそろ薬草見てみる?」


「ええ、依り代から出してみて!」


「ちょっと待っててね」


 リーフは依り代に消えて、大きな姿になって朝採取した薬草をいくつか手に持って現れると、ご機嫌な笑みを浮かべてテラに差し出した。


「はい、テラ。見てみて」


 テラはそっと手を伸ばし、薬草を慎重に眺めた。


「すっごい! 朝、採取したままね! ちっとも萎れた感じが無いわ!」


 その緑は鮮やかなままで、朝の新鮮さを保っている。

 テラは感嘆の声を上げながら目を輝かせた。


「うん、時が止まったみたいにそのまま! 昨日入れておいた薬草も元気なままだよ」


 リーフも満足そうにうなずきながら、さらに説明を加えた。


「ほんとにビックリよ。こんなことってあるのね」


 テラは驚きと喜びを込めて、手を胸元に置きながらつぶやくように言った。


「ぼくも今まで気付かなかった。依り代にこんな使い方があるなんて、最高の発見になったよ。テラのおかげ!」


「私はリーフのおかげで毎日が楽しいわ! 旅の準備も順調にいきそうだし、益々旅が楽しみになったわ。せっかくだし、あれこれ買いに行きたいな。薬草もたくさん採取して旅の資金を稼がないとね! そうだ、前に行ったローズヒップもまた採りに行きたいな」


「そうだね! ローズヒップもたくさん収穫できるよ」


 リーフの言葉にテラがにっこりと頷く。


 リーフとテラは収穫した薬草を整理しながら、旅の準備を進める日々の中で小さな喜びを積み重ねていた。

 家の中の温かい灯りが、静かな夜に優しく包まれている。

 ふたりの旅はまだ始まっていないけれど、気持ちはすでにその未来の一歩を踏み出している。


いつも『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます!

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