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114 王城生活16 蔓延と薬液

 

 朝の6時過ぎ。

 開けた窓から早朝の爽やかな風が吹き抜け、カーテンを揺らしていた。


「おはよう、ユリアン。そろそろ起きる?」


「おはよう、ヘリックス……えっ! もう朝なの!? 僕、ずっと寝てた!?」


 ユリアンは朝だという事に驚いて、飛び起きた。



「昨日、夕方ごろ戻ってきて、そのままベッドに倒れたみたいにして寝たわよ?」


「そうだ……薬液! どうなったかな。見に行かないと!」


 慌ててベッドから下りて、顔を洗おうとしたところでヘリックスに呼び止められた。


「ちょっと待って。ちゃんと湯あみして、きちんと整えたほうがいいわ」


「あっ! そうだよね……昨日のままだった……」


 ユリアンは着替えもせずに寝てしまって、ちょっと後悔した。




 ヘリックスはユリアンが部屋を留守にしていた間、ひとりで城内を目立たないよう散歩していた。


 工房通りまで行ってみると、多くの人が忙しなく動いていて、その会話から、だいたいのことは把握していた。

 そして、昨日の二度の王命は、王城内にも貼りだされ、周知されている。



「薬液を作っているのよね? 王都中に配布するのでしょう?」


 支度を済ませたユリアンに、ヘリックスは尋ねた。


「そうなんだ。王都に酷い風邪が流行っていてね。死者もでるほどなんだ。今回の視察、前にヘリックスも同行してくれた採掘場の所だけどね。その近くの小さな村で蔓延していて、大変なことになってた……村が、全滅したみたいに……」


「この国で、そんな疫病が……」


 長い時を生きているヘリックスだけれど、そんなに酷い風邪は記憶に無かった。



「リーフがいてくれて、本当に助かってるよ。今日もリーフにちょっと相談があるから、リーフの部屋に寄るつもりなんだ」


「そう……」


 ヘリックスは、不安が当たったのではないかと更に不安がよぎった。


「? それじゃ、僕は行ってくるね」


「ええ。気を付けて、いってらっしゃい」


 リーフがファルを救った時に感じた、言い知れぬ不安。

 不安の元はこの疫病だったのか。

 ヘリックスは不安の正体が何なのか、未だに分からないでいた。



 ◇ ◇ ◇



 リーフに相談を持ち掛けるべく、ユリアンはリーフとテラの部屋を訪れた。


「朝早くからごめんね。昨日は二人ともありがとう。とても助かったよ。それで、さらに相談で申し訳ないんだけど……リーフにお願いがあって」


「うん。なあに?」


「薬液の配布が済んだ地域へ見回りに行きたくてね。リーフも同行してもらえないかと思って……」


「それは確かに気になるよね。いいよ。いつ行く?」


 ユリアンは少し遠慮がちな様子だったのだけれど、リーフの返答はあっさりとしたものだった。



「あ、ありがとう! 助かるよ! 明日から3日間ほどいいかな?」


「3日間?」


「うん。まず、明日は西側に行きたくてね。薬液は昨夜届いているはずだけど、夜は皆に行き渡っていないと思うんだ。だから、実際に行き渡るのは今日だと思う。そのあと、南側や他の地域にも行けたらと思ってる」


「わかった。3日間、泊まるの?」


「泊まらないよ。毎日帰ってくるから安心してね」


 ユリアンはリーフとテラを交互に見て、ニコニコ笑顔で話した。


「そうだ! リーフに言おうと思って忘れてたわ。泊まる泊まらないって聞いて思い出した! 私、明日、初めて夜勤をすることにしたの。だから、明日は出勤時間が遅くてね。その代わり、夜は研究棟に泊るのよ」


「そうなの? 帰ってくるのは明後日のいつ?」


「明後日の朝、かな。誰かが出勤したら、交代して帰ってくるわ」


「テラは夜勤もするんだね?」


 ユリアンは少し驚いたようにテラに問いかけた。


「みんな、持ち回りでしてるの。私だけやってなかったから。だから悪いなってずっと思ってたの。ふふっ。これが初の夜勤よ! ちょっと楽しみかも!」


 テラは嬉しそうに笑って、研究棟へ通うことが本当に楽しそうだった。



 ◇ ◇ ◇



 明日からの3日間、リーフと共に町の様子を見に行くことが決まり、ユリアンは薬草工房に立ち寄っていた。

 進捗を確認しておきたかったのが一番の理由だけれど、昨日から任せ切りになってしまって申し訳なく思っていたのもあった。



「工房長、お疲れ様です。どうですか? 何か困っていることはないですか?」


「殿下、お疲れ様です。トウシキミは足りていますし、アルコールも十分です。ただ、やはり人手不足でして、他の工房から手伝いに来てもらっております」


 石工工房、木工工房、装飾工房は働き手に男性が多いうえに、今の状況で急ぐ作業も無く、手伝いを頼むのにうってつけだった。



「それはよかった。もし人手が足りないのでしたら、騎士を何人か寄こそうと思ったのですが」


「いえ、職人たちが手伝ってくれておりますので」


 工房を見渡すと、よく知っている顔があった。


「あ! ファル!」


「よう! ユリアン!」


 ファルはちょうど手が離せないようで、ユリアンを確認するも、ニカッと笑うだけで、話が出来そうな感じではなかった。

 ユリアンはちょっぴり残念に思いつつも、頑張っているファルの姿にほっこりした気持ちになった。



「今は第四弾の薬液を作っています。原液は40リットルとのことでしたが、あと16リットル、夕方までには完了です」


「それはよかったです。遅くとも明日中には、北や東の地域にも配布出来そうですね」


 ユリアンは予定していた原液40リットル生産完了の見通しに、ホッと胸を撫で下ろした。



「はい。いま生産しているのは予防用のみで、重症用の薬は既に第一弾、第二弾で予定の全量を生産済みです。ただ、既に王都全域に急ぎ輸送されておりますため、ここには在庫が無く……」


「在庫が無いのは仕方ないですね。城内では皆に予防用を服用するよう通達しています。幸い、現時点で感染の報告はありません。重症用は、必要な人に届ける責務がありますから」


「はい。城内に居住している使用人、侍女や給仕、料理人、庭師、その他職人らになりますが、それぞれ組み分けして、予防用の薬液を取りに来てもらっております」


「ちなみに、工房長。あなたもすでに服用済みでしょうか?」


「もちろんです。第二弾で生産した薬液を、城内配布用に一部確保いたしました。そして、ここで働いている者すべて、服用済みです」


 その言葉にユリアンは安堵して、にこやかに微笑んだ。

 城内での感染報告が無いのは本当に幸いだと思うばかりだった。



 ◇ ◇ ◇



 出勤途中のテラが工房通りへ続く石畳の小道を歩いていると、何やら困ったように右往左往している一人の女性に遭遇した。


 よくよく見てみると、台車に乗せてあったであろう木箱が石畳の上に転がっていて、バラバラと小瓶が散らばっていた。


 テラは思わず駆け寄って、声をかけた。


「大丈夫ですか?」


「すみません……うっかり転んで、台車をひっくり返してしまって……」


 この若い女性は、その服装から侍女だと分かった。

 小瓶は薬瓶のようで、数は30個ほど。

 おそらく風邪の薬液で、どこかの宮殿の侍女たちへの配給だろうと思われた。


「私、拾いますね! 怪我はないですか?」


「はい、怪我はありません。ありがとう、ございます……」


 侍女はどこか元気がなく、目もうつろで瞳が潤んでいた。

 テラは、小瓶を落としてしまったことがよほどショックだったのだろう、と少し不憫に思った。

 すると、女性がポツリと小さな声でつぶやいた。


「じつは、ひとつ割れてしまって……」


 女性は手の中にある割れた小瓶をテラに見せた。


「ああ、割れてしまってますね……これって、人数分なんですよね?」


「はい……人数を申請して、その数だけ受け取ったので……」


 テラは、自分の分の薬液の小瓶がポケットに入れたままだったのを思い出すと、一瞬迷いつつも、その迷いを振り払うように小瓶を取り出した。


「あの、これ、どうぞ」


「ええ!? いいのですか? これは、あなたの分では?」


「私の分ですが、私は薬草研究棟におりますので、また手に入ると思いますから」


「そ、そうですか……。本当にいいのですか?」


「ええ。どうぞ」


 テラは女性の手を取り、小瓶を手のひらに乗せると、手を包むようにしてぎゅっと握った。


「あ、ありがとうございます! 助かります!」


 散らばった小瓶をすべて拾い木箱に戻すと、侍女はお礼を言いながら石畳の小道をどこかの宮殿へと向かっていった。



「私の分、なくなっちゃったけど……研究棟にまだあったよね……」


 昨日、帰る時はまだたくさんの薬液があったのを、テラは確認済みだった。

 しかし、テラが出勤してみると、あったはずの場所に薬液は無かった。


「おはよう、エイジー。当番、お疲れさま。あの薬液ってまだあるかしら?」


「あら、おはよう、テラ。あの薬液ってあれのことよね? あの残りは昨夜、薬草工房に持って行ったのよ。工房の方に頼まれてね」


 一番最初に、リーフと共に作った試薬は原液が80mlあり、8リットルに希釈した薬液は160人分の予防用になった。

 そのため、研究棟15人分を確保した残りは、薬草工房に持ち込まれたのだった。


「そ、そう……」


「どうかしたの?」


「ううん。まだあるのかなって思っただけなの。あったら、ちょっと調べたいかなって」


「確かに、精霊の力が使われている薬って、ちょっと気になるものね! でも今は研究には使えないわね」


「ですよね……」


 テラは背筋が寒くなるのを感じ、やってしまった、と思った。

 薬草工房に理由を話せば一人分くらい貰えるのでは、とも思ったけれど、それもちょっと心苦しいと思った。


 幸い、城内での感染報告は聞いていない。

 周りの人たちは皆、薬液を飲んでいる。

 城内にいる限りは大丈夫。

 そう強く自分に言い聞かせ、テラは納得することにした。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回『115 王城生活17 城内での感染』更新をお楽しみに!

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