111 王城生活13 解決策
朝の7時半すぎ。
薬草研究棟に入ると、テラがさっそく案内を始めた。
「こっちよ」
「誰も居ないみたいだね」
ユリアンはきょろきょろと周囲を窺っていた。
「昨日の当番は誰だったかな。まだ朝早いし、仮眠しているのかも」
誰か一人は夜勤でいるはずだけれど、人の気配は特に感じられなかった。
テラは自身が毎日使っている研究部屋へと入っていくと、リーフとユリアンもそれに続いた。
「ここは私が使っている部屋なの。エルダーフラワーの薬液はこの棚に……」
テラは大小の瓶などがずらりと並んだ棚から、ひとつの小瓶を手にした。
「あ、そうだわ、ユリアン。エルダーフラワーの花、ありがとう」
「ああ、依り代に保管するって話だよね? お安い御用だよ」
「ええ。先日、使いの人が来て、たくさん持っていってくれたわ」
そんな会話をしながら、小瓶の蓋を開け、テーブルの上に置いて、ずいっとリーフに差し出した。
「これなの。リーフ、どうかな?」
テラは少しばかりの期待を胸に、リーフを見つめた。
「これが、エルダーフラワーの薬液……。ちょっとだけ、出していい?」
「そうね。小皿に出すわね」
小皿を持ってきて、そこに小瓶から液体が数滴、落とされた。
「ありがとう、テラ。ちょっと確認するね」
リーフはその液体を指の先に付け、じっと見つめていた。
テラとユリアンは、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「すごいね、これ。ここまで凝縮できるなんて。適温で、適度な時間で、頑張ったんだね。テラ?」
「そ、そうなの! リーフに褒められるなんて!」
テラの顔から喜びが溢れんばかりに広がった。
「それで、どうなのかな? あの酷い風邪に効くのか、わかる?」
ユリアンは期待した眼差しでリーフを見つめた。
「このエルダーフラワーの薬はすごいよ。ちょっと前に流行った風邪になら、よく効くと思う。だけど、あの風邪には……効果は薄いかな」
「え……効かないってこと?」
ユリアンは期待した眼差しから一転、絶望したように顔色が変わった。
「効かないってわけじゃないよ。死に至る人は減ると思う」
リーフの説明に、ユリアンの表情が少しばかり緩んだ。
「……死亡者は減らせるのか。それだけでも……!」
「そ、そうね! 亡くなる人が減るなら……!」
「そうなんだけど……」
確かに、死に至る人が減るというのは良い事だけれど、それだけでは――。
リーフの中では、ひとつの植物が浮かんでいた。
「テラ? ここ、薬草園があるよね?」
「ええ、色んな種類の草花、木などが植えられているわ」
「うん。トウシキミ、あるよね? 何本あるかな……ここには5本……かな」
リーフの緑の瞳が輝いて、周囲を探っているようだった。
「トウシキミ? それなら5本あるわ……確かにトウシキミも風邪に効くって」
「ぼくの考えでは、トウシキミがいいと思ってて。これが一番効くと思う」
「でも、どうするの? トウシキミの収穫時期は9月から10月だし……あっ、リーフの力で?」
「うん。そういうこと」
そう言いながら、リーフの瞳は更に輝きを増していた。
すると、リーフは何かに気付いたようで、どこか遠くを見るように視線を宙へ向けた。
「ちょっと待って。……トウシキミ、ここの薬草園じゃなくて、王城の敷地の端にたくさん生えている場所がある」
リーフの言葉に、ユリアンが、ああ! と思い出した。
「あるよ! 端の森だね。王城の敷地はとても広くてね。端のほうに小さな森があるんだ! そこじゃないかな」
「ぼくは、今回の風邪には……トウシキミしかないと思ってる」
ユリアンにとって、リーフの言葉はもはや絶対だった。
それだけ信頼しているし、リーフは『大地を統べる精霊王』になる精霊。
カルバが言っていた、『干渉できるということは、知っているということ』という言葉が脳裏にこだまする。
「わかった! 僕は、どうすればいい? すぐにでも端の森へリーフを連れて行くよ」
「端の森、今、ちょっと探ってみたけど、トウシキミが30本くらいあるね。これを全部成長させるから、すべての木から果実を収穫してほしい」
「それなら人手がいるね。わかった。すぐに手配する!」
「リーフ、私はどうすればいい? 何か、手伝えない?」
「テラには、トウシキミの果実から成分を抽出してもらいたいかな。あまり時間は無いけど、いい?」
「わかった! それじゃ、私は準備して待ってるから」
「そうと決まれば、早く動かないとだね! リーフ、すぐに端の森に行こう!」
ユリアンは、薬草研究棟の前で控えていた若い護衛の騎士に、30名ほどを端の森に寄こすこと、さらに麻袋を大量に、それを運ぶための荷車を数台持ってくるよう、指示を出した。
◇ ◇ ◇
リーフとユリアンは、薬草研究棟から急いで王城内の端の森に来ていた。
「トウシキミ、立派な木だね。これだけ立派なら、果実もたくさん採れる」
リーフは高さが10メートルはあるトウシキミの木の前に立ち、幹を触りながら木を見上げた。
今は花が咲いていて、本来なら秋になれば果実が収穫できる。
「果実を収穫して運ぶための手配はしているから、まもなく来ると思うよ。その前に、やっておく?」
ユリアンの問いにリーフは頷いた。
「…………リーフヴェイル」
リーフの足元から光が放出されると、キラキラと土に吸い込まれていった。
すると、この一帯のトウシキミはみるみるうちに、果実を実らせ、成熟させた。
「今出来るだけの最大限の守護を使ったから、効果は確実にあがってるはずだよ」
「あ、ありがとう! リーフ!」
「ううん。うまくいってたらいいけど」
「これで、実を収穫して、そのまま使えばいい? これって乾燥させたものはよく見ると思うんだけど」
トウシキミの果実、いわゆる八角だ。
乾燥させ、調味料としてもよく使われるものだった。
「余ったら保管のために乾燥させたらいいよ。だけど、余るかな?」
「それもそうだね。ひとまず全て収穫だ」
ちょうどそこへ、若い騎士に指示していたとおり、大勢の騎士がやってきた。
「殿下! お待たせしました! 人員30名と、大量の麻袋や荷車などを持ってまいりました!」
騎士たちはどんな用件なのかも知らずに来たため、和やかな雰囲気だった。
おしゃべりをして笑いあっている者もいれば、まだ眠そうにしている者もいた。
「ありがとう。それでは、皆にお願いがあるんだ」
真剣な表情のユリアンの第一声に、騎士たちはぴしっと背筋が伸びた。
ユリアンはすぅっと息を吸い込んで、話し始めた。
「僕は今朝早くに西の採掘場から急ぎ帰城したが、それは、酷い風邪で村が一つ全滅していたからだ。その風邪が、王都で流行り始めている!」
ユリアンの言葉に、騎士たちはざわつき、和やかだった表情は一変した。
「そこで、新たに効く薬を作ることになった。ここにあるトウシキミの果実をすべて採取してほしい。採取したものは、急ぎ、薬草工房に運んで!」
薬草工房とは、薬や軟膏、精油などを製造している場所だ。
「承知いたしました!」
騎士たちは直ちに作業に取り掛かった。
「ユリアン、ぼくはいくつかの果実を持って、テラの所に先に戻りたいんだけど」
「ああ、そうだね。僕も戻るよ。ここは騎士たちに任せるから」
リーフとユリアンは20個ほどの果実を手に、薬草研究棟に戻ることにした。
◇ ◇ ◇
「そんな酷い風邪が……」
未だ信じられないといった様子の騎士が作業しながら話していた。
「そういや、殿下と共に精鋭部隊が行ってたが、全員、朝早くに帰って来たって聞いたよ」
「全員が?」
「行くだけで半日かかるって、行く前に聞いたから、朝早く帰って来たってことは、徹夜で馬を飛ばして帰って来たってことだな」
「そこまでして、急ぐ必要があったってことだよな」
「そりゃ、村がひとつ全滅だなんてな。とにかく、薬は早急に必要だろう」
「ああ、急がないとな。王都で広まったら大変なことになる」
騎士たちの手によって、30本のトウシキミの木から、果実がどっさりと収穫されていった。
その量は、1本の木あたり、45リットルの麻袋がいっぱいになるほどで、30本の木から約1,350リットルの果実が収穫されることになる。
◇ ◇ ◇
その頃、王都の街外れでは、すでにあの酷い風邪、『疫病』が確実に広がり始めていた。
急な高い発熱、倦怠感、関節痛、筋肉痛で起きていられない状態になり、ひとりがこの風邪に罹ると、家族全員に感染する。
同じ職場だったり、何かしらの接触があった人は、ほぼ感染していた。
感染した人との接触から、わずか1日から2日程度で発症するという早さだった。
この状況については、一日が始まり人々が動き出すと、その時間の経過と共に王城に次々と報告があげられていた。
報告は主に、王都の西の地域の施療院からのもので、ユリアンが視察に行っていたセオドア採掘場や、全滅していた村も、西側に位置する。
これが、死者が出ていたあの疫病であることは、もはや疑う余地はなかった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『112 王城生活14 行動』更新をお楽しみに!
※更新は明日です!