110 王城生活12 危機感
馬を飛ばして『セオドア採掘場』に戻ったリーフと二人の騎士は、すぐさまユリアンを探した。
「暗くてよく分からないね」
「はい、どこかにおられるかと思いますが」
すでに日が暮れ、セオドア採掘場では一定の距離を置いてテントがいくつも張られ、焚き火の傍では近隣の町村から調達してきたとみられる食料や水の配給が始まっていた。
「今のうちに、二人は服を着替えて? あと、手を洗うかアルコールがあれば消毒して。着ていた服はもったいないけど、廃棄してね」
「そうですね。承知しました」
周囲を見渡し、騎士たちが集まっているテントへと向かった二人は、着替えを済ませ、手はアルコールで消毒した。
「ユリアンは……配給している辺りにいるかな?」
ユリアンの血の匂いがするので間違いは無さそうだけれど、姿が見えない。
「ああ、いました! フードを被っていて分かりにくいですが、配給の手伝いをしているようです」
ユリアンは服を着替え、フードを被り、口と鼻を布で覆い、一見、誰だか分からない普通のお兄さん風の装いになっていた。
「ユリアン! 戻って来たよ」
リーフは騎士の肩からユリアンの肩に飛び移った。
「ああ、おかえり、リーフ!」
「殿下、ただいま戻りました」
「二人とも、お疲れ様。ご苦労だったね」
ユリアンは預けていたリーフの依り代を受け取り、胸のポケットにサッと仕舞った。
「殿下、早急に話さなければならないことがあります」
騎士のその真剣なまなざし、こわばった表情を見て、ユリアンは良くない話だと直感した。
「わかった。ちょっとここを離れよう」
二人の騎士とユリアン、そしてリーフは、配給場所を離れた。
そして、騎士らが話し始める前にリーフが口を開いた。
「ユリアン、農村は全滅だったよ」
「ぜ、全滅!? 本当に!?」
リーフの口から発せられた言葉はあまりに衝撃的で、ユリアンは固まってしまった。
「正確にいえば、動ける人は村から逃げたと思うよ。村には動けなくなった人しかいなかった。そのうち、半数はすでに亡くなっていたよ。人数としては20人くらいかな。その半分の人が亡くなっている、という感じだね」
リーフは淡々と見たままの事実を述べた。
「なんと……リーフ様は全てを確認されていたのですね。私たちは1軒の家に入り、亡くなっている人を確認しました。ひとりはまだ生きておられたのですが……」
「……あの農村は人口300人程度の小さな村だったよね?」
「そう。そこから逃げてきた人が、出稼ぎということで、ここに来たんだと思うよ」
「逃げたけれど、実は感染していた……と」
「そうなるね。300人の村で、取り残されていた20人、280人が逃げたということ。もう、拡大するのは避けられないよね。しかも、今回の風邪は少なくない数の死者が出ている」
「…………」
リーフの言葉に、ユリアンも二人の騎士も、絶句した。
「ぼくから言う事があるとすれば、ユリアンは直ちに王都へ戻ることだよ。騎士たち全員を連れて。ここの指揮はマルティンに任せてね」
「しかし……!」
「このままだと王都が大変なことになるし、ユリアンは王都、王城を守らないといけないよね? それに、ぼくも王城に戻って、確認したいことがあるから」
「確認したいこと?」
「薬草研究棟で作っている薬。それが効くのか確かめたいかな。前に流行った風邪に合う薬を作っていたはずだよ。それが効くなら、大量生産しないとでしょ?」
「大量生産……そうか、そうだよね。効く薬があるなら、早く配布しないと……」
「うん、だから、王都に戻ろう? ここには応援が来るはずだよね?」
「ああ。応援要請については、すでに騎士らを王都に向かわせている。……そうだね……うん、わかった。すぐに王都に戻ろう。農村のことも報告しないと……」
ユリアンは、急ぎ王都に戻ることを決定した。
すでに夜7時を回っていたけれど、すぐに出発すれば明日の朝早くに報告が出来る。
もう時間に余裕はない。
こうしている間にも、どんどん広がっている――。
リーフはテラに聞いたエルダーフラワーで作るという薬を想像していた。
エルダーフラワーは確かに、強い風邪に効くと思う。
それこそ、2カ月前に流行った風邪には最適だろうと考えた。
しかし、今回の風邪はどうだろうか……?
死者まで出ている今まで無かったような風邪に、はたして効くのだろうか?
リーフはいくつかの薬草を思い浮かべ、考えをまとめるべく、思考を巡らせていた。
◇ ◇ ◇
夜の闇を裂くように馬車を走らせ、朝靄の中、静まり返る王都の街並みを駆け抜けた。
ユリアンたち一行は早朝、朝の6時、王城に辿り着いた。
ユリアンはセオドア宮に戻ると、リーフを部屋に送り届け、自身も速攻で風呂と着替えを済ませた。
急を要しているけれど、採掘場から戻ったままの、汚染されているかもしれない格好で城内をうろつくわけにはいかない。
それでもまだ朝早く、父王には申し訳ないが緊急なので仕方がない。
朝7時前。ユリアンは父王に謁見した。
昨日の夕方、採掘場を出発した騎士二人が深夜に第一報を届けていたため、叩き起こされた父王は大筋は把握していた。
採掘場への応援要請については、朝のうちに出発するとのことだった。
けれど、ユリアンがもたらした新情報、『農村全滅』に父王は愕然とした。
「その風邪は、すでに王都に入ってきているのではないのか?」
「はい。おそらく……いえ、間違いなく」
「人が密集している王都で、広まるのは早いだろう。しかし、城内には何としても入れないよう、細心の注意をしなければな。王城が疫病に侵されては国が傾いてしまう」
「はい。人の出入りを制限し、消毒などを徹底させます」
「薬草研究棟で作っている新薬というのは?」
ユリアンがもたらした情報は悪い話だけではなかった。
「これについては、リーフが確認するとのことです。効くようであれば、大量生産をと」
「わかった。大量生産するとなれば、必要な素材などもあるだろう。国として最大限の援助をすると伝えてくれ」
「はい、承知いたしました」
謁見を済ませたユリアンは、その足で薬草研究棟に向かうことにした。
◇ ◇ ◇
一方その頃、リーフは部屋に戻り、ベッドで寝ているテラの隣にするっと入って、寝ようとしていた。
「あれ? リーフ、おはよう。こんな時間に帰ってきたの?」
「うん、ちょっと色々あって、帰って来た。寝てないから、眠くて……」
「そう? じゃ、ゆっくり眠ってね?」
テラはリーフのおでこにちゅっと軽くキスをして微笑んだ。
そのまま目を閉じて、スーッと寝てしまいそうになったリーフだったけれど、パチっと目を開けた。
そう。
今はのんびりと寝ている場合ではないのだ。
「でも、ゆっくりはしていられないと思う……」
「そうなの? 何かあったの?」
テラが不思議そうにリーフに訊ねた。
「風邪がまた流行ってて、とても酷い風邪で、村がひとつ全滅してた」
「ええっ!? 村が全滅?!」
リーフの言葉はあまりにも衝撃的で、テラは飛び起きた。
「人口300人ほどの小さい村でね。20人が動けなくなってて、そのうちの半数が亡くなってたよ。生きてた人たちも、間もなく亡くなる。看病をする人は誰もいないから、衰弱するだけ。動ける人は皆、村から逃げたみたいでね。だから王都も危ないよ」
「300人のうち、20人が亡くなるってこと!? そんな酷い風邪、聞いたこと無いわ!」
300人中20人の死亡率は約6パーセント。
この風邪の正体は、現代の知識でいうところの『非常に高い致死率をもつ病原性の強いインフルエンザ』だった。
「エルダ―フラワーで作った薬、ある?」
「え、あ、あるわよ。研究棟にあるわ。だけど、たくさんは無いし、それが効くのか……」
「うん、それを早く確かめようと思って、急いで戻って来たの」
「リーフは効くかどうかわかるの?」
「亡くなった人、まだ生きていた人、外で倒れていた人たちを見たから、何が効きそうかは分かるかな。エルダ―フラワーで作ったという薬、ちょっと見てみたい」
「それじゃ、いますぐ、研究棟に行こう! 寝てる場合じゃないよね!?」
「そう言うと思ったから、ゆっくりはしていられないかなって」
「ごめんね、リーフ。あとで寝て?」
「そうする……でも、こんな朝早くに研究棟は開いてるの?」
正直にいうと、リーフは研究棟が開くまで眠れると思っていた。
「24時間、開いてるのよ? 誰かひとりは夜勤で残ってるの。私は今まで残ってなかったんだけど、もう慣れてきたし、そろそろ残ってもいいかなって」
「……そうなんだ」
テラは急いで支度をして、薬草研究棟へ向かった。
今日は初めて、リーフを連れての早朝出勤だ。
「そういえば、守り人って私以外にいるのかしら」
「まあ、行けばわかるかな」
「そうね。リーフが見えるなら守り人だものね」
そんな会話をしながら研究棟に向かっていると、工房通りの正面からユリアンと護衛の若い騎士が歩いてくるのが見えた。
「ユリアン! おかえりなさい。リーフから聞いたのよ」
「ただいま、テラ。リーフから話を聞いているなら説明はいらないよね。ここで作ったという薬、どんなだろうと思って僕も来たんだ」
「私たちもそれを確認するために来たところよ」
ユリアンも合流し、リーフは初めて薬草研究棟に足を踏み入れたのだった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『111 王城生活13 解決策』更新をお楽しみに!




