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104 王城生活06 三月下旬 風邪の流行

 

 テラとファルが工房通りに通い始めて、1カ月が経った3月の下旬。

 リーフとヘリックスはユリアンに同行して、視察先に向かう馬車に揺られていた。



「ヘリックスはいつも通り、誕生日がはっきりしない子がいたら、誕生日を特定するってことで宜しくね」


「ええ、いつも通りね」


 この1カ月間で、ユリアンが孤児院へ足を運ぶのはこれで4度目だった。

 ほぼ週一のペースで孤児院視察が行われ、ヘリックスは必ず同行しており、リーフやリモが一緒に行くこともあった。

 それぞれの依り代は、その都度、ユリアンが大切に預かっている。



「今日は何箇所か行くの?」


 リーフがユリアンに尋ねた。


「一カ所だけだよ。今日はちょっと遠い場所だからね。それに、食料や衣類だけじゃなくて、新しい寝具や筆記用具も運んでいて荷が多いから、ゆっくりと向かおうと思って」



 今日は王都の外れの農村地帯にある孤児院への視察だ。


 3月下旬の風は、まだ少しひんやりとしているけれど、遠くの山を彩る山桜は、春がもうすぐそこまで来ていることを告げていた。



 ◇ ◇ ◇



 リーフとヘリックスがユリアンの視察に同行していた頃、ファルとリモは再契約の日を迎えていた。



「リモと契約するのは、これで三度目だな」


「そうね。最初はファラムンドが一目ぼれした! 契約してくれって言ってくれて」


「ははは。それは今でも変わらないぞ? 俺は毎日、リモに一目ぼれしてるよ」


 ファルは、そっとリモの手を取ると、愛おしそうにリモの淡いピンクの瞳を見つめた。


「……そんなこと言って」


 リモは少し照れたように、はにかんだ。


「二度目のときは長かったな。あの頃は、本当に別れたと思ってたよ。近くにいるなんて思ってもなかった。リモはずっと依り代の中にいたのか?」


 二度目の契約をするまで50年の歳月を費やした、あの寂しく孤独だった日々を思い返す。


「ずっと依り代にいたわ。ファラムンドの声は時々聞いてたの。時間が経って、出にくくなって、どうしようと思ってたの。そしたらちょうど、ヘリックスが宿る場所が近くなってきたから……」


「ああ。まあでも、良かったよ。俺はリモだけを愛してる。他には何もいらないんだ」


 ファルは握ったリモの手を自身の口元に持っていくと、そのまま熱い唇を落とした。


「私も……ファラムンド、あなただけを愛してるわ。子どもがいればなんて、もう考えない。だから、これからもよろしくね」


 リモの瞳は、ファルへの深い愛で満たされていた。


「これからも、ずっと……リモ、君だけを永遠に愛してる」


 リモの契約方法は唾液の交換。

 ファルとリモは口づけを交わし、三度目の契約を果たした。

 二人の唇が重なり合い、二つの存在が再び一つになる。

 その瞬間、ファルはリモの確かな存在を全身で感じていた。



 ◇ ◇ ◇



 馬車は、柔らかな日差しが降り注ぐ広大な田園風景を抜け、農村へと入っていく。

 馬車の窓を開けると、新芽が顔を出したばかりの淡い緑の畑が風に揺れ、その間を抜けて土の匂いがふわりと漂ってきた。



 人口1,000人ほどの農村にある唯一の孤児院に王都からの馬車列が到着すると、優しげな初老の院長が出迎えた。



「ユリアン殿下、お久しぶりです。ようこそおいでくださいました」


「こんにちは。院長、お久しぶりです。今日はまた、食料や衣類や寝具などを持ってまいりました。あと、勉強道具もあるので、皆で使ってもらえたら」


「ありがとうございます。皆、よろこびます」



 馬車の到着に気付いた子どもたちが、建物からワイワイと10人ほどが出てきた。

 この孤児院には、成人していない子供たちが13人暮らしている。


「殿下! いらっしゃい!」

「ユリアン殿下! 今日は何を持ってきてくれたの?」

「一緒に遊ぼう! 殿下!」


「皆、元気にしてたかな?」


「元気だよ!」

「僕は風邪をひいたよ……」

「最近、風邪がちょっと流行ってるよね」


「風邪が流行ってるの? それは大変だね」


「風邪が酷くて寝てる子もいるよ」


「そっか。皆も風邪引かないようにね。僕は院長先生とお話があるから、またあとでね」


 ユリアンは子どもたちを気遣うようにそう言うと、優しい笑顔を向けた。



 ユリアンはリーフとヘリックスを連れだって、院長に案内され建物に入っていった。

 ちなみに、院長は守り人ではないため精霊は見えていない。


 風邪で寝込んでいる子たちの病室代わりになっている部屋をちらりと覗き、院長室へと向かう。


「寝込んでいる子たちは症状が辛そうですね」


「ええ。熱が高いのもありますが、体の節々が痛いようでして」



 それを聞いていたリーフは、するっと依り代に入ると『リコリスルート・カモミールティー』を持って現れた。

 これは旅に出る前に、テラが作った薬草茶だった。




 院長室に入ると、院長がユリアンに話しかけた。


「ご連絡をいただいていた資料は揃えてありますので、少しばかりお掛けになってお待ちください」


 子どもたちの個人情報の資料は、資料室で厳重に管理してある。

 これはどの孤児院でも同様の扱いをするよう徹底してあった。

 院長が資料を取りに部屋を出ていくと、静かになった空間で、リーフはユリアンに声をかけた。



「ねぇ、ユリアン、ちょっといい? 今、話せる?」


「ああ、いいよ。リーフ」


「風邪に効く薬草茶を出したから、子どもたちに飲んでもらえないかなと思って」


「ほんとに? ありがとう、リーフ! 院長が戻ったら話してみるよ」


「うん、よろしくね」



 リーフとの話がちょうど途切れたところで、院長が資料を抱えて戻って来た。


「お待たせしました。こちらが子どもたち全員分の資料です」


「ありがとうございます。手間をかけさせましたね」


 ユリアンはそう言いながら、手にした薬草茶をテーブル上に差し出すと、言葉を続けた。


「さっそく、目を通させてもらいます。それから、風邪によく効く薬草茶があるので、ぜひ子供たちに」


「なんと! 殿下、ありがとうございます。ではすぐに煎れましょう」


 手伝いで来ている中年女性が薬草茶を預かり、薬草茶は寝込んでいる子どもたちに飲ませることになった。


「殿下はこちらでお待ちください。私はお茶を飲ませるのを手伝ってまいりますので」


 院長はそう言うと、手伝いの女性と共に急ぎ足で部屋を出て行った。

 続けて、リーフがユリアンに声をかけた。


「感染るとよくないから、ユリアンはここにいて。ぼく、子供たちを見てくるよ。どれくらい効果があるのか気になるし」


「ああ、ありがとう、リーフ。僕は資料を見てるから」


 ユリアンは13人分の資料を手に取り、一人ずつしっかりと目を通す。

 特に、誕生日の記載に特記事項があるかどうか。

 ソランのように誕生日が不明な場合は、その旨を記載し、仮の誕生日を書くことになっている。


「資料を見た限り、ここには誕生日が分からない子はいないみたいだよ」


「よかったわね。そういうのは無いのが一番よ」


 ヘリックスはにっこりと優雅に微笑んでいた。



 ◇ ◇ ◇



 リーフは院長室から病室へと移動し、静かに待っていた。

 やがて、院長と手伝いの女性が、甘い香りを漂わせるポットを持って入ってきた。

 その香りが湯気と共に病室に広がり、張り詰めた空気を和らげる。


 そして、1人ずつ薬草茶を飲ませていく様子を、リーフはじっと眺めていた。


 ひとくち、ふたくち……。

 マーサおばさんは『ふたくち飲んだだけ』で咳が止まったと言っていたけれど……これは……


 効いていないわけではないし、間違いなく効いている。

 苦しそうにしていた子どもたちの呼吸が次第に落ち着き、顔色に生気が戻っていく。

 リーフが力を使い、意識を集中して観察すると、確かに体内の炎症が治まっていくのが見て取れた。


 ただ、リーフが想像したよりも、子どもたちの風邪には効果が出るのが遅く感じられた。


 これは一般的な風邪ではない?

 もっと強い……

 この薬草茶じゃなくて、もっと別の……



「おお! これは素晴らしい! 殿下に頂いた薬草茶はとんでもなくよく効く!」


 院長が驚いた声を上げた。


「すごいですね、院長! こんなに効く薬草茶は見たことが無いですよ!」


 中年女性も院長の言葉に同意した。


 確かに、普通の薬草茶と比べると、その効果は一目瞭然だった。

 口にしてすぐに効果が感じられる薬草茶など存在しないのだから。

 しかし、リーフにとっては満足のいくものではなかった。



 リーフは早々に院長室に戻ると、ユリアンに正直に話した。


「流行っている風邪、普通の風邪じゃないみたい。薬草茶、想像より効果が現れたのが遅かった……効くのは効いたけど……」


「そうなんだね。だけど、効いたのなら良かったよ」


 結果としては効いたとのことで、ユリアンは安心したように微笑んでいた。


「でも……やっぱり……」


 リーフは別の薬草を考えていた。


「確かに、普通の風邪じゃないってのは引っ掛かるね。帰ったら他にも報告が上がってないか確認するから」


「うん、そうして。他の町はどうなのか……強い風邪は広まるのも早いから」



 そこへ、院長が慌てたように院長室に入って来た。

 院長の表情は、驚きと感動に満ちているようだった。


「殿下、あの薬草茶はすごいのですね! 子どもたちは皆、熱も下がり咳も治まりました。こんな即効性のある薬草茶は初めてですよ!」


 院長が興奮した面持ちで、ユリアンの手を取った。

 しかし、ユリアンはそっと手を引き、静かに答えた。


「それは良かったです。ちょうど、王城で新しく作った薬草茶を持っていたもので。ただ、この薬草茶はまだ販売しておりません。どうか、ご内密にお願いします」


「そういうことでしたら、承知いたしました! しかし、本当に素晴らしい。この薬草茶が販売されると、大変なことになりますね。薬草茶に対する思い込みが覆されます!」


「確かにそうなるでしょう。しかし、効きすぎるのも考え物です。薬に頼ってばかりになりますから」


「そうなりますと……この薬草茶は効果を薄めて販売される、と?」


「そこまでは考えていませんが、ひとまず内緒ということで、よろしく頼みますね」


「はい。もちろんですとも!」


 この後、院の子どもたちと少しの遊ぶ時間を設けて、ユリアンたち一行は孤児院を後にした。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新をお楽しみに!

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