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103 王城生活05 テラとファルの挑戦

 

 テラとファルは休日を終え、すっかり充電完了して気持ちも新たに、晴れやかな朝を迎えていた。

 今日から、テラとファルはそれぞれ、薬草研究棟、装飾工房に行くことになっている。



「それじゃ、リーフ。行ってくるね」

「リモ、行ってくるよ」


 リーフとリモは二人を見送るために、セオドア宮の玄関ロビーまで来ていた。



「行ってらっしゃい、テラ」

「ええ、行ってらっしゃい。ファラムンド」


 リモがファルにチュッと軽くキスをした。



 リーフとテラは一瞬、エッ! と驚いたけれど、テラはすぐに気付いた。


 これは『行ってらっしゃいのキス』だわ!

 父さんと母さんもしてたもの!



「リ、リーフ! 行ってらっしゃいのキス、する?」


「うん、する!」


 リーフが躊躇することなく、当然のようにテラの唇にチュッと軽く唇を重ねた。



 驚愕したのはファルのほうだった。


「ちょっと待て! いつの間にそんなっ! 気軽に! ひ、人前で! 口にキスするような仲になったんだ!?」


 テラはハッとして急に恥ずかしくなった。

 リーフと恋人になったことは、誰にも言っていなかったと思い出した。


「私は気付いてたわよ?」


「おっ、俺だけ知らなかったのか!?」


「ユリアンは知ってるわね。ヘリックスも知ってるんじゃないかしら。カリスも知ってるみたいだし」


「俺だけ!?」


「それより、行かなくていいの? 」


「あっ! 行かなきゃ! それじゃ、行ってきます!」

「おう、行ってくる!」


 テラとファルは、バタバタと足早に出掛けて行った。



 ユリアンの小宮殿セオドア宮から工房通りまで徒歩で7分ほど。

 直線だと5分ほどで行けそうだけれど、城内の小道を抜け、中央庭園を横断し、他の建物などを横目にくねくねと曲がりくねった道のりを歩き、工房通りへと繋がる石畳を行く。



「それじゃテラ、またな! 俺はここだから」


「ファル、頑張ってね!」


「おう! テラも頑張れよ!」


「ええ、ありがとう!」



 ファルと別れ、テラは期待と少しばかりの不安を胸に、少し先にある薬草研究棟へと急ぐ。

 彼女の鼓動は早まるばかりだった。



 ◇ ◇ ◇



 やばいな……

 こんなに緊張したのはいつぶりだ?



 ファルは記憶を辿るけれど、思い出せない。

 思い出せないほど昔なのか、そもそもこれほど緊張したことが無かったのか、それすらも分からない。


 心臓がドクドクと不規則な音を立てる。

 手にじっとりと汗が滲み、呼吸が浅くなるのを感じた。

 緊張で足が震えるのを必死に堪えつつ、ファルは装飾工房の入り口に立った。


 すると、ちょうど重厚な木製の扉が開き、中から穏やかな声の男が姿を現した。

 男はファルの顔をじっと見つめ、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「やあ、おはよう。君が今日から手伝いに来てくれるという人かな?」


 ファルは慌てて背筋を伸ばし、大声を出しそうになるのを必死に堪えた。


「おはようございます! 私はファラムンド。宜しくお願いします!」


「ああ、そんなに畏まらなくていいよ。むしろ、こっちが気を遣うべきなんだから。ユリアン殿下の推薦だなんて、君はすごいんだね!」


 男の言葉に、ファルは頭を抱えたくなった。

 ユリアンは一体、ここで何を話したんだ?


「ユリアンの推薦……!? ユリアンが大袈裟なんだ……」


「殿下を呼び捨てる仲なのかい!? 益々、君の腕前に興味が湧いたよ!」


「…………あ、いや……困ったな……俺はそんな……」


 ファルが慌てて言葉を濁すと、男は楽しそうに笑った。


「アカンサス工匠会の工房長も推薦してるそうだし、目を掛けてるって聞いてる。そんな謙遜しなくていいじゃないか」


「あの工房長がか? それは、何かの間違いだろう……」


「いいって。とりあえず、中を案内するから、付いて来てよ。ここの工房長から君、ファラムンドを案内するよう言われてるんだ」


「ところで、君は?」


「ああ、ごめんね。うっかりしてたよ。僕はクライド。ここでは図案を描いてるんだ。どうぞよろしく!」


「ああ、こちらこそよろしく! ファルって呼んでくれ」



 工房に入る前から、皮の香ばしい匂いと、金属を叩く澄んだ音が響いていた。

 年季の入った作業台には、使い込まれた道具が整然と並び、どの職人も真剣な表情で作業に没頭していた。


 ファルは図案家職人クライドに連れられ、金属や革などの素材から装飾品や美術品を作る作業場を見て回りながら、工房長が待つ部屋へと案内されたのだった。


 工房の奥へと進むにつれ、ファルの心臓は高鳴った。

 様々な素材が並ぶ作業場から、金槌ややすりの音が響き、彼の胸は未知への期待に満ちていく。



「工房長、ファラムンドさんをお連れしました」


「初めまして、ファラムンドと言います。よろしくお願いします」


「ようこそ。よく来てくれたね。ユリアン殿下から聞いているよ。指輪を手作りしたという図案、持っているかい?」


「はい、持ってきています。お見せするのはちょっと恥ずかしいのですが……」


 ファルは少し躊躇しながら、おずおずとポケットから指輪の図案を取り出した。

 それは、リモへの愛と、不器用ながらも精一杯の想いを込めて描いたものだ。

 それを他人に評価されるのは、くすぐったいような、気恥ずかしいような、複雑な気持ちだった。


「ほう、いいね。二つの指輪を重ねると絵柄が完成するというのが、婚約指輪ならではですごくいいよ。こんな工夫は今まで見たことが無い。で、実際の指輪が、君の指にあるものだね?」


「はい、この指輪です」


「クライド、どうだい?」


「センスもですが、彫るのもなかなか上手いですね。こんな小さな指輪に、すごく綺麗に彫ってある」


 工房長の目は輝き、クライドも感心したように頷いた。

 彼らの職人としての鋭い眼差しが、ファルの図案を隅々まで吟味する。


「うん、ファラムンド、君は図案を描くのと彫るのと、どっちがやりたい?」


「えっと……どちらも興味はありますが、指輪しか作ったことが無いので……」


「うむ、そうだな……。それなら、装飾品がいいか。ペンダントはどうだい? ペンダントの図案を自由に考えてもらって、それを彫るのか、もしくは型から作るのかは図案を見てからってことで」


「わ、わかりました! ペンダント、ぜひ、やらせてください!」


 こうなったら、やるしかない。


 ファルは気後れしそうになる気持ちを抑え、ここで男を見せようと決意するのだった。



 ◇ ◇ ◇



 テラは薬草研究棟の建物の前まで来て立ち止まると、大きく息を吐いた。


「いよいよだわ! 頑張って勉強しなくちゃ!」


 テラは木製の扉を開け、足を踏み入れた。



「おはようございます! 私、ティエラと言います。今日からこちらで勉強させてもらうことになっているのですが、どなたかいませんか」


「ああ、ごめんなさい。出迎えもせずに。ちょっとバタバタとしていてね。よく来てくれたわ! えっと、ティエラさん、でよかったかしらね」


「はい。よかったら愛称のテラで。今日からよろしくお願いします」


「私はエイジー。ここで薬草の効能を研究しているの。どうぞよろしくね。テラは勉強がしたいとの話だったわね。殿下からは薬草の知識もあって、料理にも使っていて、薬草茶も薬も作れると聞いているわ」


「はい、新種の薬草や未知の効能というものにとても興味があって」


「それじゃ、まずはこの棟で栽培している薬草を見てみる?」


「ええ、ぜひ!」


 棟の裏庭には薬草園があり、そこには様々な薬草や木があった。

 その中でも、ケシ、コカノキ、セイヨウシロヤナギ、セイヨウナツユキソウ、ジギタリス、トウシキミは、成分を効果的に抽出する研究が行われていた。


 エイジーは、薬草の葉を触りながら、ふと、テラに尋ねた。


「テラは成分を抽出する方法は知っているかしら?」


「はい。でも、簡単な方法だけですけど。お茶を作るみたいに、水で煮出すとか……熱に強い成分なら、加熱して蒸気にしてから冷やす方法とか……。以前、消毒液を作るときに、そういう方法を試したことがあって」


 テラが少し恥ずかしそうに言うと、エイジーは目を輝かせた。


「ふふ、なるほどね。じゃあ、それ以外は?」


「えっと……あとは、果物からジュースを絞るみたいに、押し潰して液体を取り出したり。固形物を取り除くのに、布や網で漉すこともありますよね。それから、加熱しない方法として、水やアルコール、油に長時間浸しておくやり方も……熱に弱い成分は、この方法がいいって、以前教わったんです」


 テラの言葉を聞きながら、エイジーは感心したように何度もうなずいた。


「素晴らしいわ! その通りよ。ここでも、アルコールの濃度や浸す時間、加熱の有無なんかを細かく調整して、一番効率的な抽出方法を研究しているのよ。テラは、もうすでに研究者ね!」


「あ、ありがとうございます! 私、がんばります!」


「私はね、ずっと信じているのよ。効き目のある成分は、もっともっと凝縮して、精髄として取り出せるはずだって。今あるものをさらに煮詰めて、より澄んだものにできたら、その力は跳ね上がると思うの。そう思わない?」


 エイジーは楽しそうに笑いながら、テラの肩を軽く叩いた。


 エイジーの言葉に、テラの胸は高鳴った。

 自分の知っていたささやかな知識が、こんなにも素晴らしい場所で役に立つかもしれない。

 そう思うと、嬉しさと興奮で胸がいっぱいになった。

 エイジーの情熱的なまなざしは、テラの探究心に火をつけたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「それじゃ、テラ、また明日ね。お疲れ様!」


「はい、お疲れ様でした! また明日もよろしくお願いします!」


 テラは挨拶をして薬草研究棟の玄関ドアを出た。

 振り返って、石造りの建物を見上げる。


「薬草研究棟にしてよかった! 明日から毎日が楽しみだわ! みなさん優しい方ばかりだし」


 テラは薬草研究棟をあとに、工房通りを歩いているとファルの後ろ姿が目に入った。


「ファル!」


「おう、テラ! 今、帰りか?」


「ええ、ファルも帰るところ?」


「ああ。一緒になったな」


「ねぇ、ファルはどうだった?」


「……俺は正直、自分に自信がなかったんだ。でも、みんなが揃いも揃って煽てるから、それに乗っかろうと思うよ。ここまで来て、ようやく覚悟が決まったかな」


「そっか。私も正直なところ不安もあるけど……楽しめたらいいかなって思うの。楽しいと頑張れるものね! ファル、一緒に楽しもう!」


「そうだな。楽しむことにするか! ははは」



 空がオレンジ色に染まり始め、ふたりの笑い合う長い影が石畳に伸びていた。


 5カ月後、季節が夏へと移り変わる頃には、この場所で、彼らがどれだけ成長しているのか、今はまだ誰も知らない。

 静かに、しかし確かに、テラとファルの新しい挑戦が始まろうとしていた。


いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!

次回更新をお楽しみに!

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