100 王城生活02 ふたりの過ごし方
工房見学から帰って来た三人は夕食を済ませ、それぞれの部屋へと戻った。
ファルはリモの待つ部屋に戻ると、ふぅっとため息交じりに話し始めた。
「ただいま、リモ」
「お帰り、ファラムンド。どうだった?」
リモはニコニコと微笑んでいた。
「ああ、決めてきたよ。ユリアンが城内の工房通りに案内してくれてだな。装飾工房ってのがあって、そこで手伝いをすることにしたんだ」
「そう。よかったわね! いつから行くの?」
「明後日からだな。楽しみでもあるし、若干、不安でもあるが……」
「不安なの?」
リモはファルの手にそっと手を添えた。
「そりゃそうだろう? 指輪を作ったことで、なんだかセンスがあるみたいに言われたけど、ほんとか? って思うんだ。今までそんなこと自分で感じたことも無いのに」
「隠れた才能ってことじゃない?」
「俺にそんな才能があるとは思えんのだが……」
ファルはユリアンの言葉に納得しようとしたけれど、どうにもまだ、半信半疑な思いが込み上げてくる。
しかし、リモの輝くような瞳を見て、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
「そんなことないわよ? この指輪、すごく素敵だもの」
「それは、リモのためにと思って作ったからだな」
「それじゃ、これから作るものも、私のためにって考えたらいいんじゃない?」
「それでいいのかね?」
「いいと思うわよ? たぶん、何かを作る時って、誰かが喜ぶ姿を想像してるんじゃないかしら」
「誰かが喜ぶ姿、か。そうだよな」
「ふふ。少しは自信になったかしら?」
自信になったかと言われれば、なったような、なってないような、自分の気持ちがよく分からなかった。
ファルは、なんとなく話題を変えることにした。
「リモはユリアンと一緒に出掛けたりするんだろう?」
「そうね。ユリアンが出掛ける時に誘ってくれるんじゃないかしら。でも毎日視察ってわけじゃないでしょう? たぶん暇な時間が多いと思うから、私はしおりを作ったり、精霊界に戻るのも……」
「精霊界に戻るのか?」
「ファラムンドがいない時間は、何をしたらいいかなって思ったの。精霊界の住処を手入れするのも良いかなって」
「そうか。それじゃ手入れしたら、また精霊界に連れてってくれな」
「ええ、もちろんよ。1カ月後、楽しみにしてて。今日はとりあえず……ベッドに入る?」
「ああ、いいね。明日は一日ゆっくりできるし、二人きりでのんびり過ごしたい気分だ」
ファルはリモを抱き寄せると、口づけを交わした。
事故で死にかかり、リーフと契約し、そして再びリモと対面した今日。
すべてを乗り越えた二人の唇が触れ合った瞬間、言葉では言い表せないほどの安堵と幸福感が、体中を満たしていく。
しかし、ファルは気付いた。
どことなく、いつもと違う、リモの様子に。
「……リモ、もしかして……」
「ごめんなさい、ファラムンド。だって私たち、今、契約していないから……」
契約していない相手には、昂揚感は湧かない。
相手の熱に応えるだけの込み上げるものが無い。
「そうだった!! ああ……そうか、そうだ……」
「だけど、愛してる気持ちは変わらないのよ?」
「わかってる。俺も愛してる。いいんだ。リモがいてくれるだけで、俺は幸せだ」
二人は口づけを交わし、抱き合い、見つめ合い、手を繋ぎ、また唇を重ねる。
微笑み合う二人は、それだけで幸せいっぱいだった。
◇ ◇ ◇
リーフとテラの部屋では、テラは依り代から出してもらった薬草図鑑を手に、予習とばかりに熱心に読みふけっていた。
「薬草研究棟ってどんなところなの?」
「新種の薬草の栽培をしたり、未知の効能を持つ植物の研究を行う施設だって。あと、薬草の成分の抽出方法を実験したりとかね。すごく興味があるから、そこにしたのよ」
「新種の薬草……そうだね。まだ人が見つけていない、まだ知らない薬草はいっぱいあるよね」
「え? えっと……もしかして、リーフは知ってたりする?」
「ぼくは知ってても、人は知らないってのはあると思うよ。ぼくが知らない植物は無いはずだから」
「えええええ……ほんとに? リーフって植物すべてを知ってるの?」
テラは驚きで目を丸くした。
まさか、自分の恋人が植物界の生き字引のような存在だとは、思いもしなかったのだ。
「まあ……そうなんだけど、植物全てに干渉できるから、干渉するってことは、知ってるということかな」
「リーフにも一緒に来てもらいたいかも……なんて」
「せっかく研究しているのに、ぼくが行ったら邪魔にならない?」
「そんなことないよ。分かれば、研究が進むってことでしょう? 進むほうがいいに決まってるもの」
「ぼくはテラと一緒にいられるほうが嬉しいから、もちろん構わないよ!」
「ふふっ。リーフの力が必要になった時はよろしくね」
何気ないおしゃべりをして、薬草図鑑を読みながら、そろそろ寝る時間かな、と思った時。
テラはふと、リーフに聞きたいことがあったのを思い出した。
「ねぇリーフ。血を毎日摂取しなかったら、どうなるの? 今まで毎日欠かさず摂取していたのは、力を高めるためって言ってたでしょ? それがなくなると、どうなるのかなって……もしかして、力が弱くなったり……」
「そうなんだけど、テラは心配しないでね」
リーフの声はいつも柔らかで温かで優しい。
「そうなんだけどって……やっぱり弱くなったの!?」
「……うん。血を摂取できなければ弱まる、といっても、元の力に戻るだけだよ。血をもらい続けると、1カ月で2倍。5カ月で3倍くらいになってた。それがなくなるだけで、元の力が減るわけじゃないよ?」
「……でもそれって……すごく減ってるよね!?」
「それはそうだけど……ぼくは、生まれた頃はとても弱くて。それから少しずつ成長して、自分で言うのもだけど……テラと出会った頃にはそれなりに強くなってたの。元に戻るだけだから、心配しないで?」
「そう……でも、ちょっと責任を感じるっていうか……私のせいで……」
「力は、使えば使うほど高められるの。ぼくはテラと契約していた5カ月で、血をもらって高めた力を使い、さらに力をつけたよ。ぼくは既に、5カ月前より強くなってる。これは、テラのおかげなの」
「……そっか。それじゃ、ほんとに心配はいらないのね?」
「うん、そうだよ。ありがとう、テラ。心配してくれて」
リーフはニコッと笑うと、テラを抱きかかえた。
そのままスタスタと歩き、ベッドへとテラを運ぶと、そろりと下ろした。
「そろそろ寝るかなと思って」
「ふふっ、ありがとう、リーフ」
いつものように毛布に包まり、リーフの腕の中にすっぽりと納まると、安心感からなのか眠気がおそってくる。
「テラ、今日はもう寝る?」
「うん、寝ようかな。おまじない、するね。……今日よりもっと幸せな明日が待ってるわ、おやすみ、リーフ……」
テラはリーフのおでこに口づけを落とす。
その瞬間、リーフは満足そうな笑みを浮かべ、テラの唇にそっと『おやすみのキス』を返した。
「うん。おやすみ、テラ」
穏やかで優しい、一日が終わろうとしていた。
おやすみのキスから数十分ほどが過ぎた頃。
その時、リーフがぱちりと目を開けた。
「テラ、寝たかな?」
テラはぼんやりとリーフの声を聞いていた。
あれ?
リーフの声?
「テラの寝顔、かわいい」
リーフがテラの頬をツンツンとした。
リーフ、何してるの?!
テラは目を閉じて半分寝ていたような、夢うつつだったけれど、リーフの行動に心が躍り、眠気が一気に吹き飛んでしまった。
けれど、目は開けなかった。
「テラの寝顔……かわいい。朝まで寝顔を眺めようかな。前に朝まで起きて眺めた時以来だよ」
え? 前に朝まで起きて?
いつ!?
「あのあと土砂崩れがあったりして、ソランもいたりして機会も無くなってたし、毎日色々あったし……ほんとに久しぶり」
頬をツンツンしたり、ついには唇までむにむにしたり。
「そうだ!」
え、なに!?
リーフの唇がテラの唇を覆った。
ちょ、寝てると思ってキスしてる!?
なぜ!?
どうして!?
「名前をつけるなら、かわいい寝顔にキス、かな? ちょっと違う? かわいい寝てる唇にキス?」
「……ごめん……リーフ……」
さすがに耐えられなくなったテラは、目を開けて謝った。
「!! 起きてたの!?」
「違うの。うとうとしてたの。そしたらリーフが頬を触ったりするから……」
「……ぼくの秘密の楽しみ……朝まで……」
「ねぇ、リーフ。朝まで起きてたら、いつ寝るの?」
「……依り代で、寝るから……」
「ああっ! 思い出したわ! リーフが依り代で寝てて、なかなか起きてこなかった日!」
「…………」
「……徹夜はあまりよくないよね?」
「テラの寝顔がかわいいから……」
「だけど、夜は寝なきゃだよ?」
「うん……でももう、秘密じゃなくなったから……」
「それは、ごめんね。起きちゃって。だけど、あんなキスすると普通に起きちゃうよ? 目覚めのキスになってたわ」
「目覚めのキス? それ、いいかも! キスしたら起きてくれる、目覚めのキス!」
「起こさないようにキスするなら、気付かれないようにしなきゃ」
「そうだよね……わかった!」
「いや、でも、徹夜はよくないよ? 夜はしっかり寝ないとね?」
「じゃあ、寝るから……もう一度、おやすみのキスする」
軽くおやすみのキスをすると、今度こそリーフはちゃんと寝たようだった。
すやすやと寝ているリーフを横目に、テラは、ハタと気付いた。
あれ?
もしかして、朝になったら目覚めのキスをするつもりだったりする?
それはそれで……嬉しいけど……
ん?
起きなかったら、ずっとキスする?
そのままいい雰囲気になったり、する!?
もしかしてこれは……いい雰囲気になるチャンス!?
そうよね……
初めてのキスのとき、あれは朝だったわ。
夜は寝つくのがすごく早いものね!
もしかしてリーフは、朝のほうがそういう雰囲気になりやすいかも!?
こうしてテラは、密かに朝の目覚めのキスを期待してしまうのだった。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『101 王城生活03 契約がなくても』更新をお楽しみに!