99 王城生活01 新しい日々
翌朝、早くにユリアンの元へ、医務室からの使いが訪れていた。
ファルが目を覚ましたとの知らせだった。
ユリアンは、その一報に安堵の表情を浮かべると、リーフたち皆を呼び、全員で本城内のファルの病室へと急いで向かった。
「ファラムンド!」
「リモ!!」
リモはファルに飛びつくようにして、抱き合った。
「ごめんな、リモ。心配させちまって……」
「ううん。本当によかった……」
「だが、俺は事故に遭ってから、ほとんど意識がなかったと思うんだが……どうして、こうなってる?」
ファルは既にベッドから出て、置いてあった服に着替えていた。
怪我が無いことが不思議だった。
迎えが来るとのことで、椅子に腰掛け、迎えを待っていたところだった。
「それは、リーフの力なの。ファラムンド……あなたは今、リーフと契約してるの。リーフと契約して、怪我が治ったのよ」
「なんだって!? それって、もしかして……!?」
ファルは信じられないというように、リーフに視線を向けた。
「ごめんね、ファル。勝手に契約して。だけど、これしかなかったの」
リーフが困ったように言葉を紡いだ。
ファルはテラに向き直ると、驚きを隠せないように強く問いかけた。
「テラ!? それじゃテラは、今……リーフと契約してないってことか!?」
「そうなるけど、気にしないで。それより私は、ファルとリモと一緒に、定住地に行きたかったの。二人がいなくなったら、幸せな生活なんて出来ないって思ったから」
テラの言葉を補足するようにリーフが言葉を繋ぐ。
「それに、ソランだってね、7歳になったばかりのソランが、一生、責任を感じて悲しみの中で生きていくなんて……。だから……」
「そ、それは、そうだが…………」
ファルは言葉を失った。
テラとリーフの行動が、どれほどの犠牲を伴ったのか、ようやく理解したからだ。
しかし、あれこれ言うより、まずは礼を言わなければと気付き、言葉を続けた。
「いや、俺は……俺は、死にたくなかった。だから、リーフ、テラ。本当にありがとう。恩に着る。どれだけの感謝を述べても足りないくらいだ。本当に、ありがとう」
ファルは深く深く、頭を下げた。
その姿に、誰もが彼の心の底からの感謝を感じ取っていた。
「リモとの契約は1カ月後にできるから。それまではぼくと契約している形になるけど、ぼくと一緒に寝なくていいから、そのへんも気にしないでね」
「え? 俺はリーフと一緒に寝ても構わないぞ?」
ファルは冗談めかして、いつものようにニカッと笑った。
リーフの言葉に乗ったファルの返答に、皆は声を上げて笑うと場の空気が一瞬で和んだ。
「それじゃ、ファルはもう完全に元気になったってことでいいのかな?」
「ああ、ユリアン。リーフとの契約のおかげで、悪いところなんて全く無いな!」
ファルはそう言うと、軽く胸を叩き、体を動かしてみせた。
「じゃ、今からセオドア宮に移動しようか。今後のことを話し合おうってことになってるからね」
◇ ◇ ◇
セオドア宮に移動した一行は、談話室で向かい合っていた。
「ファルにはまだ話してなかったけど、リーフとテラが再契約するのに約5カ月かかるんだ。それに、ファルの事故を誰が見ていたか分からない。ファルが無暗に外に出るのは避けたほうがいい」
まずはユリアンがファルに説明を始めた。
「5カ月!? そんなにかかるのか……!?」
「それで、再契約するまで、王城に留まることになったんだ」
「……俺が事故に遭ったせいで……リーフ、テラ……本当に申し訳ない……」
まさか5カ月も王都に足止めとは思いもよらず、ファルは頭を下げた。
「事故に遭ったのは仕方ないし、5カ月間、これからどうする? って話をしたほうがいいわよね」
ヘリックスは前向きな話をしようと話題の方向性を示した。
「そうね。だからファルは自分を責めたりしないで。誰だって事故に遭うんだし。ね?」
テラは自らも怪我で皆に心配をかけた事を思い返す。
「……分かった。もう言わない。ただ、これが最後だ。本当にありがとう、そして、申し訳ない」
ファルはけじめのために、きっちりとお礼と謝罪の言葉を口にした。
「ところで、ソランには一応、手紙を出しておいたほうがいいよね? 大丈夫だから心配しなくていいって。怪我が治っていることは伏せつつ、でいいかな」
「ああ、そうだな。誰に読まれるか分からないから、伏せつつでいいよ。心配しなくていいってことだけ、伝えておいてもらえたら」
「カリスはどうする? カリスはファルが事故に遭ったことも、皆が王城にいることも知らないだろうから、彼女にも手紙を出そうか?」
「うん……そうね。言わないのも変だし、詳細は伏せつつでカリスにも報告だけしておいてもらえると」
「うん、わかったよ。カリスにも手紙を出しておくから、安心して」
そう言うと、ユリアンは任せてとばかりに僅かに胸を張った。
そんなユリアンを見て、テラが申し訳なさそうに語り始めた。
「私ね、ユリアンにはお世話になりっぱなしで、本当に悪いなって思うの。だから、私にも何か出来ることはないかしら。5カ月も滞在させてもらうし……」
「ああ、テラ。それは俺もだ。ユリアンには良くしてもらってばかりだ。何か……俺にも出来ることがあればいいんだが……」
テラとファルの申し出を聞いたユリアンは、二人を見つめながら、ある提案を持ち掛けた。
「テラとファルならそう言うと思ってたんだ。実は僕に考えがあってね。少し待ってもらえるかな。午後には良い話を持って来られると思うよ」
「良い話? どんな話なの?」
「まあ、楽しみにしてて!」
ユリアンは自信たっぷりな笑顔で答えた。
「それと、私たちのことなんだけど。ユリアンと昨夜話して思い付いたのよ。私とリーフとリモは暇を持て余すだろうから、ユリアンの御伴をするのはどうかなと思ったの」
「御伴? ユリアン、どこかに行くの?」
リーフがきょとんとしてユリアンに尋ねた。
「どこかに行くというか、視察に行ったりで出掛けることがあるから、その時に一緒にどうかなって事なんだ」
「ずっと何もしないでいるのは退屈すぎるでしょ。出掛けたら気分転換にもなるし、ユリアンの役に立つかもしれないし、どうかしら」
「そういうことね。私はそれでいいわよ」
リモは納得の笑顔を浮かべ、すぐに賛成した。
「ぼくも賛成でいいよ」
続けてリーフも同意してにっこり。
「ありがとう、みんな。じゃ、テラとファルの件は急ぐから、また後でね。今日はここで、とりあえずゆっくり過ごしてて!」
そう言い残すと、ユリアンは足早に談話室を後にした。
◇ ◇ ◇
昼食の後、しばらく経った頃にユリアンはテラとファルを呼び出した。
「ちょっと出られる? 二人を連れて行きたい場所があってね。歩きながら話そう」
二人は顔を見合わせて、頷いた。
セオドア宮を出て庭園を抜け、本城を横目に石畳の路を三人は歩いていく。
「まず、ファルだけど、ファルには城内の工房で手伝いをお願いしたくてね」
「ええ! 俺が城の工房で!? そんな、無理だろ!」
「ファルは彫るのも上手いし、図案のセンスもある。フィオネール家の工房長も褒めてたよ? 装飾工房、石工工房、木工工房、どれにするかはファルが選んでくれて構わないよ。今から見学に行くから、見て決めてくれたら」
「ええ……俺にセンスがあるなんて、信じられないな……」
ファルは困惑していた。
「そして、テラには、薬草を扱う城内の施設で手伝いをお願いできたらと思っててね」
「すごい! 私、とても興味あるわ!」
「うん。薬草工房、薬草調合室、薬草研究棟があるから、ここも今から見学してもらいたくてね」
「ありがとう、ユリアン! そんな体験をさせてもらえるなんて! すっごく嬉しい!」
戸惑うファルとは対照的に、テラは大喜びだった。
そんな調子で会話を弾ませつつ、三人がやって来た場所は、エルディン・パレスの敷地の一角にある『工房通り』。
石工、木工、薬草などさまざまな専門分野の工房や施設が立ち並ぶエリアだ。
「わぁ! 色んな工房がずらりと並んでるわ!」
「工房通りって言うんだ。それじゃ、ぐるっと回って見学しよう!」
三人は、装飾工房、石工工房、木工工房、薬草工房、薬草調合室、薬草研究棟などを見学をしていった。
さすがに奥の奥までは見られないけれど、大まかには理解できた。
装飾工房は、石や木だけでなく、金属や革など、様々な素材を扱って、城内の装飾品や美術品を作る工房。
石工工房は、城内の石造りの装飾や彫刻、建物の修復を専門に行う工房。
木工工房は、家具や内装、木製の装飾品を専門に作る工房。
ファルはどれも気になったのだけれど、装飾工房が一番合うような気がした。
指輪づくりが思いのほか楽しかったし、また機会があれば作りたいとも思っていた。
「ユリアン、俺、装飾工房が合うかなと思うんだが、どう思うよ?」
「いいんじゃないかな! 指輪もすごく綺麗に出来上がってたし、ファルに合うと思うよ? フィオネール家の工房長が褒めてたってファルの紹介をしたら、どの工房もぜひ来てほしいって言ってたんだ。装飾工房の工房長も喜ぶよ」
「ええ! そんなふうに俺の紹介をしたのか!? 勘弁してくれ……褒めてたって、あれはお世辞だろう?」
「お世辞なんかじゃないよ。フィオネール家の工房長はそんな世辞をいう人じゃないよ。あの人はとても有名なんだ。何しろ、大陸一の技術を誇るアカンサス工匠会の工房の工房長だよ?」
「そ、そうなんだ……」
「そんな人に褒められたんだ。ファルはもっと自信を持っていいんだから」
「そうなのか……」
ファルはまだ半信半疑だけれど、頑張って納得することにした。
「テラのほうはどうかな? どこか決めた?」
薬草工房は、城内に自生するオレガノをはじめ、様々な薬草を調合し、薬や軟膏、精油などを製造している場所。
薬草調合室は、ハーブティーや調味料など、食用の加工品を作る場所。王家印のオレガノハーブティーや、特別な調味料を調合している。
薬草研究棟は、新種の薬草の栽培や、未知の効能を持つ植物の研究を行う施設。
「そうね。どの場所もすごく興味があったんだけど……薬草研究棟かな。誕生日にもらった薬草図鑑は全て目を通したの。新種の薬草、未知の効能にはすごく興味があるんだけど」
「テラのことは、薬草の知識がすごくて、料理にも使って、薬まで作れる、精霊の力をそのまま薬草に生かせる人だって紹介したんだ。どの施設も、ぜひ来てほしいって言ってたよ。薬草研究棟、良いと思うよ!」
「いや、ちょっと買いかぶり過ぎな気がするけど……知識はリーフに教わったこともたくさんあるし」
「だからいいんだよ。精霊に教わった知識だなんて、貴重だよ?」
「そっか。私、薬草研究棟で勉強したい。薬草研究棟に決めたわ」
「うん、それじゃ二人ともこれで決まりだね。いつからにするかなって思ったんだけど、昨日の今日じゃ、二人とも大変だろうから明後日からってどう? 気持ちの切り替えも必要だと思うし、明日は一日休養してさ」
「そうだな。旅をするはずが、だもんな。切り替えなきゃだし、気持ちを落ち着けるためにも、明日はゆっくりさせてもらうか」
「そうね。そして明後日からがんばらないと! 楽しみだわ!」
ファルの事故という思いがけない出来事が、彼らの行く手を阻むかと思われた。
しかし、それは彼らにとって、それぞれの才能と向き合い、5カ月というわずかな期間だけれど、新たな可能性を見つけるための、思わぬ転機となった。
5カ月後、再び始まる旅に向けて、彼らの新しい日々が静かに幕を開ける――。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『100 王城生活02』更新をお楽しみに!