98 これからのこと
テラとの契約を自ら解除するという選択をしたリーフは、テラと共にセオドア宮のいつもの部屋に戻ってきた。
朝早くにフィオネール家の邸を出発し、旅に出るはずがファルが事故に遭い、一日中、気が気でなかった。
すでに日付も変わって、いつもなら寝ている時間だ。
疲れや安堵、少しの不安を抱え、リーフとテラはすぐにベッドに入った。
「結婚パーティーでの宿泊が最後になると思ってたのに、またここに戻ってきちゃったね」
「……そうだね。そんなつもりじゃなかったのに……」
「ごめんなさい、リーフ。私の我儘で……再契約まで5カ月もかかるなんて……」
リーフの腕の中で、いつもの寝る時の定位置に収まりつつも、テラの瞳には申し訳なさと不安が同居していた。
「それを知っていたとしても、テラはファルとリモを助けたいって言ったはずだよ。それに……最終的に決断したのはぼくなの。ぼくが、それしかないと思ったから。だから、謝らないで?」
「……でも……私がお願いなんて言ったから……」
「ううん。ぼくのほうこそ、ごめんね。……テラを不安にさせた……」
リーフはテラの抱く腕に少し力を込めた。
「……私、私だけ定住地に行くなんて、考えられなかった……私だけ行っても、嬉しいとか楽しいとか、そんなふうに出来ないって……」
「うん……わかってる。5カ月後、今度こそ、皆で一緒に行こう?」
「ありがとう、リーフ。……でも、5カ月も……どうしようかな。ここでお世話になりっぱなしというのも、なんだか悪いし……」
「それも含めて、明日、ファルが起きたら皆で話し合おうね」
リーフの声色はいつにも増して優しかった。
「うん……あの、リーフ? 契約してなくても……私、リーフと一緒にいていいの?」
テラが不安そうな瞳でリーフを見つめた。
「そんなの、いいに決まってる……ぼくはテラとまた契約するし、ぼくたちは恋人同士だもの」
リーフがにっこりと微笑むので、嬉しくなって、テラは思わず、彼の唇にちゅっと軽くキスをした。
さすがにちょっと照れくさくなり、顔を下に向けた。
「これは何のキス?」
へ?
リーフの思いもよらぬ問いに、テラはパッと顔を上げ、リーフを見た。
なんの……キス?
確かに、前は『仲直りのキス』とか名前つけちゃったけど……。
「ええっと……これは……『おやすみのキス』かな? でも、おまじないのキスと同じ意味になっちゃうね。ははは……」
なぜだか、笑って誤魔化すみたいになってしまった。
「それじゃ、おやすみのキスとおまじないのキス、ふたつキスする?」
「……それじゃ、いつものおまじない、するね。……今日よりもっと幸せな明日が待ってるわ。おやすみなさい、リーフ」
いつものようにおでこにキスをした。
「……おやすみ、テラ」
テラは、失敗した! と思った。
『おやすみのキス』と言ってしまったせいで、リーフがおやすみモードになってしまって、おまじないをする流れになってしまった。
しかも、キスに名前を付けるのが習慣化しそうな気がして、ちょっと後悔した。
「ねぇ、リーフ? 起きてる……?」
「…………」
「もう寝たの?」
血を摂取しなくても寝付くのが早いのね。
……あっ、そっか。
ファルの血を摂取したものね。
だから眠かったのかな……?
そういえば、私と契約した時もすぐに寝てたよね。
リーフはすぐに寝ちゃうんだもの。
でも……
これから5カ月、血は要らないんだよね。
そういえば血を摂取しないと、どうなるのかな?
力は……?
もしかして弱くなっちゃったり!?
明日、聞いてみようかな……
明日……
ファルは元気に目が覚めるかな。
これから……どうするかな。
目を閉じて色々と考えながら、テラはうつらうつらと夢の中に誘われていった。
◇ ◇ ◇
ヘリックスとユリアンの部屋では、二人が遅くまで話をしていた。
「ありがとう、ユリアン。また気を遣ってもらったわね」
「そんなことないよ。だけど、まさか贈った子犬が原因でこんなことになるなんて……」
飛び出した子犬は、誕生日プレゼントとして自身が選んだ子犬だ。
「それを言い出したら、まさか助けたソランが原因でって話になってしまうわ。だから、そういう風に思わないことよ?」
「ごめん……。そうだよね。悪かった」
ユリアンは素直に頭を下げた。
「それより、5カ月もここにいるなら、どうしようかしら。さすがに退屈しちゃうわね」
「そのことについてなんだけど、ちょっと思い付いたことがあるんだ」
「あら、なにかしら?」
ヘリックスは面白そうにユリアンを見つめた。
「各部署の責任者に聞いてみないと分からないけど、テラとファルには城内の施設で何かやってもらえないかと思っててね」
ユリアンは、テラとファルの得意なことを活かすことが出来ればと考えていた。
「例えばどんな?」
「テラには薬草の関連施設、ファルには工房とかどうかなって」
「へぇ! いいじゃない?」
「でも、精霊に動いてもらうわけにはいかないというか……働いてもらうなんて、そんなこと出来ないから……」
精霊が契約する守り人のために力を使うのは当然ではある。
しかし、それは労働とは違う。
精霊には、人間のような働くという概念そのものがなかった。
ヘリックスは、そんなユリアンの考えを読み取り、口を開いた。
「それじゃ、ユリアンがどこかに行く時に私たちの誰かを連れて行く、なんてのはどう?」
「ええっ!? どこかって……視察に行く時にってこと?」
ユリアンは目を丸くした。
ヘリックスは契約する精霊だから分からなくもないけれど、リーフとリモは……。
「そうそう。そしたら私たちも気分転換出来るし、楽しいかもしれないし。もしかしたら、ユリアンの役に立つこともあるかもしれないわよ?」
「それは確かに楽しそうだけど……」
役に立つ、ということは、視察先で力を使ってもらえる?
まさかそんなことが? と、ユリアンは半信半疑だ。
「ね。ファルが起きたら、皆で今後の話し合いをするだろうから、その時にでも聞いてみるといいわ。リーフとリモも賛成するわよ。5カ月も留まるんだから、あちこち出掛けるほうが嬉しいわ。少なくとも私は出掛けたいわね」
ヘリックスはふふんと笑って、お出掛けは当然とばかりに言ってのけた。
「あはは。分かったよ。それじゃ、皆が退屈しないよう、僕もたくさん仕事をしないとだね」
ファルが助かり、ユリアンとヘリックスも和やかな夜を迎えていた。
しかし、いつものように明るく楽し気に振る舞うヘリックスの胸の内には、言い知れぬ不安が広がっていた。
いつも「刻まれた花言葉と精霊のチカラ 〜どんぐり精霊と守り人少女の永遠のものがたり〜」を読んでいただき、ありがとうございます!
次回『99 王城生活01』更新をお楽しみに!