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08 旅の目的

 

 翌日、いつもどおりふたりで薬草採取に出かけたけれど、どちらも気になることがあって、ふたりとも何となくソワソワとして落ち着かない様子で、お互い話しかけるタイミングを見計らっていた。


「ねえ、リーフ」「ねえ、テラ」


「あ、リーフ先にどうぞ」


 呼びかけが被ってしまったので、テラはリーフに譲ることにして、肩に乗っていたリーフを手のひらに乗せ、テラの体の前でリーフと向かい合った。


「あ、うん。ごめんね。……あの、昨日、抱きしめてくれたでしょ」


 リーフはちょっぴり言いにくそうに下を向いてテラに話し始めた。


「そうだね」


 テラはニコッと柔らかな笑みを浮かべ、リーフの顔を覗き込んだ。

 どんな顔してるのかな? と思って。


「ぼく『ぎゅっ』とされたの初めてで……!」


 パッと顔をあげたリーフの瞳がキラッと輝いて、なんだかとても嬉しそうに見えた。


「そうよね。小さいとできないもの。ごめんね、ビックリさせて。なんだか抱きしめたくなったから、成長してみて! なんてお願いしちゃった」


 数日前、ローズヒップを採取しに行った時にリーフが5歳児くらいの背丈に変化していたので、もしかしたらと思ってお願いしたのだけど、もちろん5歳児くらいでも抱きしめる事は出来るけれど、さすがに小さすぎるかなと思い、私と同じくらいの背丈でとお願いしたのだ。


「それで、あの、昨日の姿になったら……また、してくれる?」


 リーフにとって昨夜の抱擁体験は衝撃だったけれど、それがとても温かくて気持ちよく感じたリーフは少し照れくさそうに、期待を込めた眼差しでテラに問いかけた。


「もちろんだよ。抱きしめてほしい時はいつでも昨日の姿になってね。これからはリーフをたくさん抱きしめるよ」


「ほんとに? うれしい……ありがとう、テラ」


 満面の笑みでテラがたくさん抱きしめると言ってくれて、リーフはとても嬉しくて、エメラルドの瞳はより一層、煌めきを増していた。


 力を使っている時も瞳がキラキラしているけど、嬉しい時もキラキラするのね、とテラはリーフの瞳の変化に注目していた。

 これはけっこう分かりやすい変化ね! これでまたひとつリーフの事を知れたわ、と満足げだった。


 そして、この日から、リーフの日課に『時々の抱擁』が加わることになった。



 リーフは色々すごいけれど、人に対しての経験は小さな子どもと変わらないみたい。

 800年も籠っていたし、前の守り人はライルさん、男の人だものね。

 お父さんって感じだったのかな。

 それともお兄さん?


 ここは私が、テラ()()()()として、リーフに色々と経験してもらわなくちゃ! とある種の責任感みたいなものを感じていた。



「それじゃ、私のほうもいい?」


「うん、テラはなあに?」


 テラは少し遠くを見つめながら、静かに言葉を紡いだ。


「私って年を取らないでしょう? そしたら、ここにずっとは居られないと思って」


 不老不死になったことで、テラは老いない自分を不審に思われる日が来ることを心配していた。


「3年。ライルとは3年でこの村を離れようって約束してたの」


「そうなんだ……3年……。でも3年くらいが限度だよね。それ以上だと怪しまれそう……リーフもそう思わない?」


 リーフは小さくうなずきながら、少し間を置いてテラを見上げ、訊ねた。


「……テラは、この村を離れたくない?」


「ううん、大丈夫。ねえ、一緒に旅をしよっか。そういうのもアリかなって、昨日の夜から考えてたの」


 テラはリーフの問いに一瞬表情を曇らせたけれど、前のめりになって真剣な目でリーフをじっと見つめ、旅に出ることを提案した。


「ぼくと永遠に旅する?」


 リーフが冗談っぽく言うので、テラは笑みを浮かべつつ、首を少しかしげながら答えた。


「永遠の旅かぁ。でも、100年くらい経てばここに戻ってきてもいいし。ただね、もしもだけど、定住できる場所があればね……それがいいとは思うけど……難しそうよね? 年を取らない人がいて、誰にも怪しまれない場所なんて……」


「それじゃあ、定住の地を探す旅ってのはどうかな! どこかにあるかもしれないし、ぼくはあると思うんだけど」


 リーフの言葉に少し考え込んだあと、テラは小さく頷いて微笑んだ。


「リーフはあるって思ってるのね。……そっか。定住の地を探す旅……それもいいわね。目的は必要だもの!」


 定住できる場所を見つけるのは難しそうだと思ったけれど、リーフはあると思っているようだし、リーフがそう思うのなら本当にあるのかもしれないわね、とテラは微笑みながらリーフの提案に賛同した。


 こうしてふたりは『定住の地を探す』という目的をもって旅に出ることを決めたのだけれど。





 その日の夜、テラはひとつの提案をリーフに持ちかけた。


「ねぇ、リーフ。この本に載ってたんだけど、この辺りでは珍しい薬草があってね。南のほうにしか無いらしいの。私、すごく気になって!」


 薬草の本を胸に抱えたテラは、ワクワクした様子で身を乗り出してリーフに話しかけた。


「なんて薬草なの?」


「ムーンピーチ・フラワーっていうの。効能はとても癒される効果があって、お茶にするととても香りがよくって、すっごく美味しいって!」


「聞いたことあるよ! 確か、ずーっと南の方……ブライトウッドからだとかなり遠いね」


 リーフは少し考えてから、ああ! と思い出したように答えた。

 精霊は『忘れる』ことがなく、知ったこと、覚えたことをずっと記憶していて、リーフの知識は主に『過去に誰かが話していた』ことだったりする。


「でもいいじゃない? 時間はたっぷりあるもの。定住地を探すって言っても、どこへ行けば? って思うし、まずは、南のサウディア地方を目指すってどう?」


 テラは瞳を輝かせながら、ムーンピーチ・フラワー探しを提案した。


「いいと思うよ。南国サウディア、アルダス大陸縦断の旅だね!」


「うん、これで決まりね! アルダス大陸縦断の旅!北部では見られない南部の薬草ムーンピーチ・フラワー! すっごく楽しみよ!」


 テラが盛り上がっていたところで、リーフはテラに問いかけた。


「ねぇ、テラ。ここで3年過ごしてから旅に出る?」


「ううん。旅に出るって決めたんだもの。そうね……1か月、1か月後を目途に出発しよっか。冬が来る前に、ね」


 決めたらすぐに動くタイプのテラにとって、3年間もじっとしているのは性に合わなかった。

 幸いなのか不幸なのか、テラには両親もなく独りきりで、テラ自身の決断で何事も進めることができる。


「旅の準備、ぼくも手伝うよ」


「うん、ありがとうリーフ。明日からがんばらなくっちゃ!」


 こうしてふたりは、南部サウディア地方への旅に向けて、1か月後の出発を目標に準備を始めることとなった。


 テラが住む北部ノルデン地方のブライトウッドから南部サウディア地方までの距離は、現代日本でいうと札幌から那覇までに匹敵する約2,200km。


 その夜、リーフは静かにライルとの果たせなかった約束を思い返していた。


『どんぐり精霊』を読んでいただき、ありがとうございます!

楽しんで読んでいただけると幸いです!

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