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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロングレンジ

作者: カケル

生きるとはどういうことなのかを考えて来た。

「よ、よせッ……」

会社だろうが家庭だろうが関係なく起こる不和、不調和。

「し、しにたくね……あっ」

殺し殺され。

「う、おお……」

戦争、搾取、飢餓。

「くそったれッ……」

お金のために生きているのか、自分のために生きているのか、正義や思想、大義のために生きているのか。ただ生きるために生きているのか。

「このクソ野郎があッ……ごぼッ」

中途半端な繋がり、中途半端な平和、生殺し状態が続くこの不完全な世界。

「この化け物めッ……」

上辺だけの進化。

なんと浅はかで愚か。

「嗚呼、心地よい……」

腹を貫いた拳を引き抜き、その際に臓物も一緒に引きずり出す。

血を吐く男。

血だまりに沈む悪党ども。

「痛いなあ」

身体中に開いた銃創。刀剣による数々の裂傷。

流れ出ていた血液が止まり、塞がっていく。

「死ねなかったな」

部屋の高級なデスクに腰かけて煙草。壁に背を預けるマフィアのボスに目を向ける。

四肢を捻じ曲げられたその姿、だが今なおも鋭い眼光が宿っていた。

「必ず殺してやる」

放たれる殺意。

甚だ満足だ。

「是非そうして欲しいな。俺の夢だ」

煙が天井に上った。割れた窓から風が流れる。

「その覚悟、生かしてやりたいんだが。残念ながら仕事でね。心当たりは?」

そう訊くと、ボスはすぐにハッとした。

そして部下の血の上で顔を真っ赤にして。

「……あいつらあッ」

声を上げた。

「ちとやり過ぎたんだよ。あんたら」

タバコを吸い終わる。

ポケットからジッポライター。

中のオイルをデスクの紙に湿らせ着火。

火が上がり、デスクが徐々に燃え始める。

「繋がりのある証拠は全部消せってことでね。全部失ってもらう」

「てめえッ」

「楽に死ぬか苦しんで死ぬか」

拳銃を拾い上げ、銃口を向ける。

「どっちがいい?」

だが臆することなく俺を睨むボス。

鼻で笑い。

「はっ、ただの犬の分際で」

顎をくいっと動かした。

「……舐めるなよ小僧」

ギロリと向けてくる眼球。

「そうかい」

ボスの腕を無理やくた捻り上げて口元へ。

苦悶の声、だが悲鳴は上げない。

銃口を口内に。指を引き金に導く。

「あとはご自由に」

名残惜しくもメラメラと燃える部屋から出た。

あのまま丸焼きになるのも一興かと思ったが、日本の警察は早いからな。

背後で銃声。

「少しばかり楽しめた」

外に出て駐車場に止めていた車を拝借。その場を後にする。

燃え盛る屋敷がバックミラーに映っていた。

「でも呆気なかったな」

たかが銃やナイフ。

「足りないなあ」

窓を下げ、夜の風にあたりながら車を走らせる。

街を抜け、展望台へと続く山道へ。

到着。

車から降り、デッキの椅子に座って一服。

「綺麗だな」

眼下に広がる七色に輝く街。

クリスマスにはもってこいの鮮やかさと華やかさだった。

冷たい風が身体を撫でる。

「うう~、気持ちいい風だ」

東北の風は冷徹だ。北海道だったら激痛だったろう。

「終わったぞ」

スマホを取り出し依頼主に連絡した。

最近増えた中国マフィア。だがヤクザたちによって抑制はされている。

それでも頭のねじを何本も飛ばした連中は別だ。

そう言う時こその『掃除屋』。

悪くない報酬と死地。

そこそこ満足している。

「ま、あれに比べたらなあ」

昔のことを思い出しながら二本目に手を伸ばした。

突然風が止む。

伸ばした手が止まった。

嫌な風の止まり方だった。

そして――。

「……――ッ」

ドチャアッ――。

身体の中心を何かが貫いて行った。

展望台の休憩場の窓を容易くぶち抜いていく何か。

遠くから聞こえる轟音。

それが何かを理解しつつ、身体が爆散する感触に溺れる。

地面に飛び散る俺の身体たち。

「さ、最高じゃん……」

意識が途絶えた。

――――。

そして砕けたはずの心臓を中心に、身体が構築される。

ついでに服も元通り。

「対物ライフル……本気か?」

じろりとその方角を見た。

一キロ先。こっちに狙いを定める人間。

華奢だ。それに髪が長い。

「女にしちゃあ上出来」

身体を逸らす。

弾丸が通過。

少しかすって左腕が吹き飛んだ。

轟音。

「郊外だからってバカスカ撃つなっての」

腕の再生。

そして飛び出す。

一歩で展望台の駐車場を超え、山の中へ。

木々の間をすり抜けるように進み、瞬く間に距離を半分にまで。

避ける。背後の木に大きな穴。

正確に狙いを定める手腕。

「面白くなってきた」

大きく飛ぶ。

空中では避けられない。だが一気に距離を詰められる。

女が銃口を向けた。マズルフラッシュ。

左腕を前に。

銃弾に触れ、軌道を逸らしながら腕を振るう。肉片になるも、身体の勢いはそのまま。女の後ろに着地する頃には治っていた。

伏せたままの女が振り返る。

そんな彼女に接近しようと一歩前に動かし。

――ピンッ。

「ん?」

軽快な音だった。

足元を見ると、糸と手榴弾のピン。

「あ」

豪快な音と共に辺りが爆発に呑まれた。

女は寸でのところで姿は消し、俺は爆風に巻き込まれて身体がまたもバラバラに。

「…………」

身体が修復されると辺りを見渡したが、女の姿は見えない。

「へえ……」

狙撃銃もそのままに忽然と消えた女。光学迷彩でも着込んでいたのか。

「にしても行動が早いな」

相当な手練れだと知る。一切の躊躇もなく、私怨や殺意もなく――今までの悪党連中ではなく、まさしくプロ。雇い主は誰だ。

「ヤクザ連中じゃないだろうなあ」

金を渋っての口封じって、わけでもないだろう。女嫌いの組長がそんなことするわけがない。男色家ってわけでもないが、ホモでもオカマでもない。ただただ女が嫌いってだけ。

「ま、何でもいいか。行き場を失くした実験体連中どもの誰かだろ」

あれほどのパフォーマンスを発揮できるのは俺以外にいない。よほどの改造をされない限りは。

「殺し殺され……俺たちはそう言う存在だ。だから目的がいるんだよなあ」

空を見上げ、身体が火照るのを感じる。

気配を完全に消して俺の背後を取るような奴だ。楽しませてくれるのは間違いない。

下山して、展望台に戻る。

ひとまず態勢を整えないといけない。

街の景色を横目に、だがボンネットを開ける。

「抜かりないよなあ」

エンジンのトルクに反応して爆発する代物。

ご丁寧に燃料パイプに取り付けてくれていた。

「ははっ、こりゃいい」

ピーッと音が鳴り、爆ぜる。

三度目の爆散。

この数分足らずで身体が何度も吹き飛ぶのはいつ以来だ。

身体が元通りになっていくのを感じながら、俺は相手に想いを馳せた。

相手は俺がどんな人間なのかは知っているはずだ。この程度で殺せるなんて思ってはいないだろう。

「死なせてくれたら満点をくれてやる」

寝転がった状態で夜空を見る。満天の星空。

寒空の下に吹く夜風が身体をまた刺激した。

「でも俺は飽き性で気も短くってね。ちまちま、ダラダラされるのは嫌いなんだよ」

とっておきの場所がある。

人目も何も気にせずヤれる場所。

そこに死体やら何やらを埋めることもしょっちゅうだしな。

「今夜中に終わらせるか」

ここからほんの数分だ。ぴょんと飛べば一瞬。

「さてと」

起き上がり、身体をほぐす。

「付いて来れるかな」

飛び上がる。

道を越え、峠を越え、山を越えて。

目的に向かって俺は飛び跳ね続けた。

「そうこなくっちゃな」

背後から付いてくる気配。姿形は見えずとも、意識してしまえばこっちのものだ。

「嘗めんじゃねえぞ」

最後の地面を蹴って、俺はとある場所に着地する。

少し開けた山の中。

月明かりがいい感じに刺し込んでくる開けた場所。

その周辺をぐるっと囲むように、他の土とは少々色の違う土が拡がっている。

「お前も骨になってみるか?」

ガサリと草を踏んでやって来る例の女。

その両手にはナイフが一本ずつ。刃が黒く、それでいて血溝に沿って赤黒い線が走っている。

そして――。

「……ッ!?」

何のタイムラグもなく、女が接近してきた。

瞬間的に距離を詰めた女の手際。一切無駄のない動きで刃を振るってきた。

そのあまりにも美しい刃筋の動きに、俺は惚れ惚れするほど見入った。あの刃で身体が引き裂かれたらどれほどの至福なのだろうと。

「お前……」

だが俺は避けた。避けてしまった――否、避けざるを得なかった。

「ん、知ってた、の……?」

弱々しい声だった。何処か朧気で、今にも消えてしまいそうな声だった。

だからだろう――。

女は驚く素振りもなく、追撃することなく首を傾げた。

横にコテンと傾けるだけの動作。

あの美貌だ。何も知らない男がそれを目にすればキュンと来ること間違いなしだ。俺ですら、同業者であることを忘れて火遊びをしたくなるほどだ。

だが今はそれどころではない。そんなことを考えている暇ではない。

――んで避けてんだよ、俺はッ。

刃を避けた事実に。

俺は驚きを隠せなかった。

あの不気味なオーラを発するナイフ。

明らかにヤバいと思わせるナイフ。

そう――俺は。

死にたかったはずの俺は。

そのナイフを躱してしまったのだ。

――命を惜しがったのだ。

「なんだそれは……」

夜に同化した、赤い殺意を漲らせる二本のナイフを見る。

そして彼女は、何てことはない動きでそれらを見る。美しい所作だった。

ふむ、隙はできた。視線を完全に外している。

今動けば刹那で彼女を葬ることができるだろう。

距離にして三、四メートルほど。簡単なことだ。

拳を握り、振りかざし、振るうだけ。

簡単なことだ。

だが何故だ、動かない――動けないでいる。

「……なんだっけ、これ」

そう言う彼女。思い出すように手を顎に当てた。

その洗練された動き。『隙』なんて一切はらんでいない。

飛び掛かれば即座に対応される。それほどの技量を感じられた。

背後から気配を消して忍び寄ったとしても、不意打ちで罠を発動したとしても――。

「確か……、不死殺し……だったと思う?」

いや……俺に訊かれても困る。

そんなキョトンとした顔で言われても、初見なんだから知るわけがないだろ。

だがそのナイフからにじみ出てくる恐ろしい気配。

不死殺し。

アンデッドや魔王を殺すための、聖なる剣や武器にはまるで見えない。

その刃から溢れ出る禍々しい気配は、まさしく俺を殺すためだけに作られた武器。

それにしか見えないのは気のせいだろうか。

――…………用済みになったときは殺すつもりだったな。

「何処で手に入れた」

「どこだっけ……研究所の、地下から出るとき……確かのあの部屋に、機械の残骸に埋もれてて、役立ちそうだと思ったから持ってきたような……」

「……知らずに持ってきたのか?」

「? だってカッコいい、でしょ? 武器にはそれぞれの役割があって、個性があって、特性があって、神秘があって――」

「……要するに、それで俺を殺すってことだろ」

「そう……何でか解らないけど、あなたにはこれが一番有効だと、そう思ったから……?」

頬を染めてナイフを抱きしめる彼女。

「カッコいいでしょ? この子たち、すごくワイルドで、豪胆で、暴れん坊なの……でも、私が使うのをお願いしたら、『いいぞ』って聞いてくれる優しい一面もあるの」

しまいにはキスまでする始末。

ああいうのを何ていうんだろう。

そう……これはあれだ。宇宙人ってやつだ。

変人で、奇人だとも。

つまり――俺が言うのもなんだが、変態で不思議ちゃんってことだ。

「ふーん」

とりあえず相槌を打つ。

武器に対してここまでぞっこんする奴は初めて見る――いや、もしかしたら研究所で見たことがあるかもしれない。

あそこは何だかんだと『壊れた』奴らの集まりだ。実験された奴の末路も大体こんな感じに仕上がる。俺が『死』や『痛み』にぞっこんするように。こいつは『武器』にぞっこんするタイプだ。

身体をくねくねさせやがって――なまじ体のラインがはっきりくっきりで肉付きもいいせいで、たとえ不思議ちゃんであってもエロスを感じる。

とはいえ、俺はむしろその身体の柔軟性から来る破壊力に惹かれているんだがな。あのしなやかな筋肉から発せられる刹那の信号、その運動量――普通に考えて、俺の移動に付いて来られた機能性と器用さには驚かされている。

木々の間をすり抜けるように移動したあれ。

歩法。

羽をもイメージさせるその身軽さ。

それでいて瞬間移動を彷彿とさせる爆発力。

たった一本の枝を足場にしてどうやって――数十メートル、数百メートルも移動するエネルギーを生み出せるんだか。

「しかもセンスもある」

殺し相手に最も適した武器を選別するそのセンス。

何処まで俺のことを調べてどこまで対策したのか定かではないが、あの対物ライフルと言いトラップの数々と言い――。

いや、まさか――。

「あ、そうだった……」

唐突に何かを思い出し、胸の谷間から何かを取り出す女。

――小型のスイッチ。

その場から離れようとしたが時すでに遅し。。

足元から、ピッ、という小さな音がした。

昼だったら一般人には聞き取れていないほどの音量。

土に隠れた何かが赤く点灯し、目の前が――目の下の足元が――カッ、と明るく爆ぜた。

爆音。

そして意識の消失。

――――。

どんな工夫を凝らしたのかは知らないが、上方向のみの衝撃が俺の身体を全て貫いた。

「ほら、隙……」

急接近してくる女。心臓から修復される俺。

剥き出しの心臓。

人体にとっては五本の指に入る弱点中の弱点。

そこに向かって突き出される黒い刃。

「……」

他の全ての細胞の修正を放棄し、腕だけを再生。

利き腕でない左手を犠牲にして、心臓への一撃を防いだ。

激痛――そして快楽。

脳細胞でその信号を、刺激を味わっているのではなく、身体一つ一つに備わった感覚で直にその『痛み』を味わっているのだ。

身体が爆散した死に比べたら屁でもないものだが、それでも『痛み』は『痛み』だ。

快くその身に受け止めた。

「……ッ」

もう片方のナイフが俺の腕を斬り落とす。

身体の再生を即座に完了。

無理したせいで、内臓の位置があべこべで狂っている。心臓の場所に大腸が、肺に膀胱が、肝臓に肺が、小腸に膵臓が――だが問題はない。

眼球と脳、両手両足が正常な位置にあれば十分動ける。

動けるだけで完璧ではない。

今は備えることが最善なのだ。

だが――。

「……っち」

切り落とされた左腕が、肘から先の左腕が再生しない。

傷は止まって出血は免れているが、問題は再生しないということ。

そう、『元に戻らない』ということ。

「不死殺し、は伊達じゃないな」

「? 言ったでしょ? 不死殺しだって?」

ナイフに突き刺さった俺の左腕。

指で潰した虫でも捨てるようにナイフを振るった。

「……俺の腕一本で豪邸を建てられるぞ? 持って帰って売ったらどうだ?」

「なら、心臓が欲しい……刺し殺した相手の、心臓を剥製にするのが趣味なの」

「はっ、悪趣味だな」

「友達にも、そう言われた」

「友達?」

「そう、友達……あの子は眼、あの子は胃を集めてたけどね」

「はっ、似たもん同士だな」

「他には、あれ、爆発は芸術だって言ってた――」

「べらべらしゃべり過ぎだッ」

粉砕された地面に転がった石ころ。

それを思い切り蹴り飛ばす。

音速を越えた速度で飛翔し、そのたった数メートルを刹那に切り裂いた。

「そう言えば、あなたもこうしてたよね」

それを指で逸らす女。

滑らかで、優雅で、美しい動きだった。

線が屈折して彼女の背後の木々をぶち抜いていく。

彼女の指には擦り傷があるだけ。

ナイフが震えているように見えた。

「大丈夫大丈夫。ちょっと擦れただけだから」

そう言ってナイフを撫でる女。

「この子たち、怒ったら怖いんだ……ダメだよ、気を悪くさせちゃあ」

「……」

斬られた腕の斬り口を撫でる――再生が遅いだけで消えたわけではない。

時間を掛ければいずれは元に戻るだろう。だがいつかまで掛かるかは解らない。

こんなこと初めての経験だ。

斬られても切られても抉られても断たれても潰されても――何事もなかったかのように戻る、直る。

なのに今回ばかりは戻らない、治らない。

正直言って恐怖だ。

「……」

――心臓を破壊されてはダメだ。

脳でも喉でも肺でも何でもいいが、心臓だけはダメだ。

供給を断たれてはならない、循環の出発点を壊されてはならない。

あのナイフで心臓を抉られてしまえば、それこそ死だ。

「あれ……?」

これまで恋焦がれる少女の様みたく、本心から死を望んでいたはずなのに。

いざ本物の【死】というものが目の前に近づいてくると、まさかのこの体たらく。

身をもって理解した。自覚した。

俺が欲しかったのは、【死】じゃない――【生】だ。

「どうしたの……? 黙っちゃって」

首を傾げる女。

身体にピッタリと張り付いたボディスーツが目に入る。

嗚呼、ほんとに厭らしい筋肉をしている――。

「……お前に見惚れてるんだよ」

「何を言ってるの? ……吊り橋効果?」

顎に手を当てる女。

やはりその仕草は美しく、その筋肉の動きに俺の目が泳ぐ。

「お前の目的は俺を殺すことだよな?」

繊細さに欠ける俺では、脳筋風情でしかない俺では、超器用貧乏であるこの女に勝てる道理はない。

やろうと思えば殺せる――それは言い訳だ。

そう、命乞いだ。

――何だか惜しい。欲しくなった。

こいつは俺を殺せる。俺を追い詰めてくれる。いつでも死なせてくれるし、いつでも殺してくれる。その事実が俺にはとても魅力的だった。魅了されていた。

けれど今死ぬのは嫌だ。今じゃない、決してこの時ではない。

【死】を自覚したからこそ、その唯一を味わうために――俺は何度も疑似的な『死』を体験し続け、最後の最後に【死】を迎えてみたい。

この曖昧で甘ったるい空気感を放つ、まるで殺伐としていない、お遊びのような空気感を纏う女に、俺は殺されたい。

そんな願望が――そんな欲望が湧いたのだ。

あの研究所では他の実験体に負けなしだった。だが彼女のことは知らない。おそらく最後の最後に連れて来られた人間で、俺が研究所を壊すころに完成した奴で、俺が対峙する前に研究所を壊したから彼女を知らなかったのだろう。

何にせよ、今の状況は面白くない――あのナイフでこの死地を、気分を乱されるのは不愉快だ。

勿体ない……。

勿体ない……。

非常に勿体ないッ。

「……うん。可哀そうだけど、研究所の生き残りであるあなたを殺すこと……あの胸糞悪い実験に関わる人間を全員殺すの――そして私も死ぬの」

――俺はもう死ぬかもしれない。

だがやはり、今ではない。

「面白くない」

「……え?」

女がついにキョトンとする。

「俺は殺しが好きだ、殺されるのが好きだ、痛みが好きだ、『死』ぬのが好きだ――だから今【死】ぬのは面白くない」

「……あなたみたいな害悪は今【死】ぬべき……」

「善良なカタギに手を出すほど腐ってはいない」

「信用できない。私の『武器』たちの糧になって……?」

「それはできない。まだまだこの世は腐ってばかりだ。だからお前の主になりたい」

「主?」

「ああ。俺は『掃除屋』だ。お前が俺に依頼するなら、邪魔な害悪、もとい害虫をひねり潰してやってもいいし、研究所の実験体や、研究員を探し出して殺してやるのもいい」

「必要ない……直接手を下してこそだもの」

「俺の心臓をやる。何度もだ」

「一つで十分……」

「この国じゃあ、観賞用、保存用等の使い方があるそうだ」

「……下らない」

そう言ってナイフを構える彼女。

「そうだな……」

――肘から少しずつ肉が戻り始めているのを見た。これなら三日くらいで完治するだろう。

「じゃあこうしよう」

そう言って、俺はスラックスの下から小さなナイフを取り出した。

警戒する素振りはない――だが気にしないというわけでもない女。

「無駄なあがき――」

「はっ、刺し傷の無い綺麗な心臓をやるって言ってんだ」

「……」

内蔵の位置をわざわざ修正してから開始した。

嬉々としてナイフを胸に突き刺す。

片手だけの作業ではまさに骨が折れるが、その切れ味が若干カバーしている。その鋭さがまた激痛と快楽が脳を揺らした。

侍が切腹するのってこんな感じかなあ、と、自身で初の開胸をしながら感慨深くしみじみそう思った。

骨や肺を突き破り切り裂いていく感覚を身に帯びながら、俺は笑った。

心臓周りの筋肉や血管をゆッッッッッッくりと引き裂いていき、大量の血が流れ出るのを、途轍もない激痛と快感を継続的に体感しながら――身体に留まる心臓を、ナイフを捨てて、引き抜いた。

――ッ。意識が飛びそうになったのを気合で乗り越え、膝をつき何とか身体を支えながら、身体が元に戻っていくのを感じとりながら。

「……綺麗……ね……」

俺の手からサッと奪い取った心臓を眺める。

うっとりしていた。恍惚としていた。

残忍で残酷、だがそこにいるのは純粋無垢な少女のよう。

目の前の光景はグロに塗れているが。

「……気持ち悪い」

俺を見て、彼女はそう言った。

「……何故私を見て笑ってるの? 口裂け女みたい」

「え? あ?」

顔を引きつらせて俺を見る彼女――甚だ心外だ。

俺の笑顔は好青年――その自負はあるのだから。

「……で、ご感想は?」

「……ここまで綺麗なのは初めて……」

サッと血抜きする彼女。

「完璧な状態にしたいけど、今回は無理ね……うん、そうね……なんだか他の臓器も欲しくなっちゃった、それに脊髄とか脳とか……皮膚とか……」

その手の心臓は手放さず、俺の身体を舐める様に見た。

ぞわりと背筋に走る感覚。

ゾッとするような、ゾクッとするような――。

「……また、連絡する」

そう言って、彼女は楽しみを見出したような顔で、姿を消した。

「はははっ」

笑った。

「はははははっ」

笑った。

嗚呼。

何だか急に楽しくなってきた。

「…………あはははははははははははっ!」

この痺れ。

この高揚感。

この快感。

そして。

『また連絡する』――……。


……――ああああああ~~~~~~!。


「さいっこう♡」


両手を広げ、空を見上げた。

開けた空から降り注ぐ月明かり――。

俺を癒すように、開胸された身体に光を刺し込んでいく。


「次の仕事だ」


しばらくして胸の傷が癒えると、俺は立ち上がった。

女が消えてどれくらいの時間が経ったのか定かでない。

それほど俺はこの感覚に浸っていた。

たったの一夜の出来事。

これほどの濃密な時間と空間、感覚。

久方ぶりに味わう。

研究所を最後にぶっ壊した以来の快感だ。


――思い出す。

日々繰り返される実験の数々。拷問の数々。戦闘の数々。

殺し殺されの日常――ただの日常。

だからこそ。

俺は居心地の良かった、居心地が悪くなったその場所を、全部ぶっこわした。


単純で飽き性なんだ。

俺は。


「楽しみだなあ」


笑いが止まらない。

笑いが収まらない。


俺は今――。

【生】を実感している。


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