第2話 虚数時空間防衛隊、出動!
『虚数時空間防衛隊』とは、日本の虚数時空間を守るために組織された部隊である。隊長の山崎良平、隊員の坂井陽太、石川美佳の3名からなる。
虚数時空間防衛隊が結成されてから1ヶ月が経とうとしていた。陽太は石川さんと共に、いつものようにトレーニングルームで戦闘の訓練をしていると山崎さんが現れた。
「山崎さん、おはようございます」
「おはよう。2人とも来てくれ。話がある」
山崎さんの深刻そうな表情を見て、陽太と石川さんは緊張した。
「1つは悪いニュースだ。さっき入った情報によると、ついに敵国もタキオンを入手したらしい。これは日本の防衛にとって大きな脅威だ。いつでも出動できる準備を整えておいてくれ」
「はい!」
「もう1つは良いニュースだ。虚数時空間研究室で開発中のタキオンの性質を利用した武器や装備品の一部が完成したらしい。今から一緒に見に行こう」
3人は虚数時空間研究室の藤本博士のもとを訪れた。
「藤本博士、おはようございます。完成したという武器と装備品を見せてもらえますか?」
「おはよう。これらが完成した武器と装備品じゃ」
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(1)虚数センサー : 虚数時空間に侵入した者が近くに居れば反応する。
(2)虚数グラス : 虚数時空間に居る者を特定できる。
(3)虚数銃 : 虚数時空間に居る敵のみを攻撃できる。銃弾が敵に命中すると大規模な虚数電流が流れ敵を感電させる。
(4)虚数ボディスーツ : 虚数時空間での運動機能を著しく向上させる。
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「(1)虚数センサーは今、日本全国に設置中じゃ。しかし、これだけでは誰が虚数時空間に居るのかは分からん。(2)虚数グラスを掛けて見ることで、どの人間が虚数時空間に居るのかが判別できる。対象は半径50メートル以内に居る人間じゃ。(3)虚数銃は、敵を攻撃するための武器じゃ。しかし、日本では虚数時空間に侵入しただけでは犯罪にはならん。よって、この虚数銃には殺傷能力は無く、銃弾を敵に命中させて虚数電流を敵の体に流すことによって感電させ、気絶させるためのものじゃ。(4)虚数ボディスーツは、虚数時空間での運動機能を著しく向上させるものじゃ。これらの武器や装備品は全てタキオンの性質を使って作り出したものじゃ。現実世界で使用してもこれらの効果は得られないので気を付けてくれ」
「すばらしい。ありがとうございます、藤本博士。よし、2人共、これらを使って訓練再開だ」
「はい!」
これらの武器と装備品すべてに虚数単位『i』のデザインが施されていた。
それから1ヶ月後、山崎さん、陽太、石川さんの3人で訓練をしていると、トレーニングルームに警報が鳴り響いた。虚数時空間に何者かが侵入したことを知らせるものだった。
「敵だ!俺は何処のセンサーが反応したのか調べる。お前達2人はすぐに出動の準備をしてくれ!」
「はい!」
山崎さんはモニタールームに行き何処の虚数センサーが反応したのか調べた。陽太と石川さんは虚数ボディスーツを着て、虚数グラスを掛け、虚数銃を装備した。すると山崎さんから虚数グラスの通信機能を使って連絡が来た。
「新宿だ!すぐに新宿に向かってくれ。場所の詳細は追って連絡する」
2人はタキオンを使い虚数時空間に移動すると、新宿に向けて走り出した。虚数ボディスーツの効果により走る速度は車よりも速く、ジャンプ力は10メートル以上を軽々と飛ぶことが出来た。2人は道路を車の隙間を縫って走り、歩道橋を踏み台にして大きくジャンプし、先を急いだ。現実世界の人々には虚数時空間に居る2人の姿は見えず、2人が通り過ぎるのは、ただ風が吹いたようにしか感じられていなかった。
新宿に向かっていると再び山崎さんから連絡が来た。
「最初の反応は新宿駅の中だ。次の反応は区役所付近だ。どうやら敵は東へ向かっているらしい。周辺に着いたらまた連絡する」
山崎さんはモニタールームで2人の現在位置を示す反応と、虚数センサーで反応があった場所を見ながら指示を出した。
「反応があったのはその辺りだ。虚数グラスに反応は無いか?」
「ありません。2人で手分けして探してみます」
2人で探していると陽太の虚数グラスに反応があった。
「山崎さん、敵を特定しました。映像をそちらのモニターに映します。他にも敵が居るかもしれない。石川さんは辺りの捜索を続けてください」
「分かった」
モニターに敵の様子が映し出された。キャップを被り、上は黒のジャンパー、下はジーンズとラフな格好だった。
「坂井、バレないように尾行しろ。敵も虚数時空間に居るからお前達の姿が見えることを忘れるな」
敵は路地に入った。
「石川、おそらく敵は1人だ。他に反応が無い。坂井の応援に行け」
「はい」
陽太と石川さんは敵に悟られないように20メートルほど距離を取り尾行していた。すると突然、敵が振り返り拳銃を陽太の方に向け、撃った。陽太と石川さんは道の両脇へ、横に回転しながら飛んで銃弾を避けた。銃弾は陽太の残像を貫いた。陽太は空中で回転しながら虚数銃を抜き、撃った。銃弾は敵に命中し、バチっという大きな音と共に虚数電流が流れた。
「うぁっ…」
敵は少し苦しんだ後で気絶した。
「敵を気絶させました!」
「よし。今から俺もそちらへ向かう。銃とそいつが持っているタキオンを奪って、動かないように拘束しておけ」
「はい」
それから少しして山崎さんが現れた。
「良くやった。これからこいつを警察に連れていく。おそらく敵国のスパイだろう。しかし、今の日本の法律ではこいつらは銃刀法違反とパスポート偽造くらいでしか逮捕できない。そして強制送還だろうな。またすぐ日本に来るかもしれない。だが、日本には我々のような虚数時空間を守る存在が居ると分からせただけでも国防としての意味があるだろう」
そして、敵を警察へ連れて行こうとした時、3人の掛けている虚数グラスに再び反応があった。そして、すぐに銃声が聞こえた。
バン!
「うっ…」
「坂井!大丈夫か!」
「キャアー!」
陽太は脚を撃たれ、その場に倒れこんだ。
「ううぅっ…」
そして虚数グラスの反応が再び消えた。
「クソ!他にも敵が居たか!ここは危険だ。離れよう。石川、坂井を背負って病院へ急いでくれ。俺が周りを見ておく」
気絶させた敵は残して、石川さんは陽太を背負い、山崎さんが周囲を警戒しながら病院へ急いだ。
陽太は虚数ボディスーツの効果で重症にはならなかったものの全治1ヶ月のケガだった。その間は訓練も出動も休むことになった。
「山崎さん、すみません。俺の不注意で。しかも虚数グラスを現場に落として来てしまいました」
「いや、俺が敵は1人だと決めつけてしまった。すまなかった。虚数グラスは探しに行ったんだが見付からなかった。おそらく敵に取られたんだろう。同じ物を作られると厄介だな…」
それから2週間後の深夜のことだった。3人はそれぞれ自宅で寝ていると、突然、3人の虚数グラスに、虚数センサーが反応を示したという通知が入った。3人は急いで研究センターに集まった。
「坂井、お前はまだケガが治ってないだろ。俺と石川で出動する。お前はモニタールームから状況を教えてくれ」
「はい!」
山崎さんと石川さんは虚数センサーに反応があった秋葉原駅へ向かった。
「山崎さん、敵は新宿方面へ向かっています」
陽太からの報告を聞いて、2人は秋葉原から新宿方面へ向かった。すると、2人の虚数グラスが敵を捉えた。そして、山崎さんは敵に虚数銃を撃った。しかし、敵はその銃弾をかわした。
「何!かわされた!敵もボディスーツを着てるのか?」
その後も、2人は新宿方面へ向かって敵を追いながら虚数銃を何発も撃ったが全てかわされた。そして、2人が新宿区役所に差し掛かった辺りで、新宿駅周辺で複数の虚数センサーが反応した。
「しまった!これは敵の罠だ!山崎さん敵を追うのを止めてください。敵が10人以上で待ち構えています」
「何!」
2人は敵を追うのを止めた。しかし、陽太は2人の後方に設置された虚数センサーにも複数の反応があることに気付いた。
「山崎さん、後ろにも敵が10人以上居ます!囲まれてます!逃げてください!」
「駄目だ!敵は虚数グラスを掛けている。逃げても見付かる!」
「タキオンで現実世界に戻ってください!そして何処かのビルに隠れてください!そうすれば敵は山崎さん達を探し出せないはずです!」
2人は言われた通りタキオンを使い現実世界に戻ると近くの雑居ビルに逃げ込んだ。しかし、ビルに入るところを敵の1人に見られていた。
敵は23人いた。そして、その雑居ビルを取り囲んだ。敵は全員、虚数ボディスーツを着用し、虚数グラスを掛け、そして実弾入りの拳銃を装備していた。2人が探し出されるのは時間の問題だった。2人は10階建ての雑居ビルの最上階の一室に隠れていた。
「クソ!こんなに早く戦力を整えて攻めてくるとは…。隊長の俺の責任だ。石川、お前はここに隠れていろ。俺はここを出て敵を誘き寄せる。その隙にお前だけ逃げろ」
石川さんは殺されるという恐怖と、山崎さんを置いて逃げるという申し訳なさとから、返事をすることが出来なかった。
すると、陽太は意を決して2人に話した。
「山崎さん、石川さん、そこを動かないでください。俺が助けに行きます」
「坂井、無理だ…。敵の数が多過ぎる…。それにお前はケガをしてるんだぞ。お前まで死ぬぞ!」
陽太はモニタールームを出て出動の準備を始めた。そして陽太がボディスーツを着ようとすると藤本博士が現れた。
「これを着ろ。最新のボディスーツじゃ。今までの2倍以上の機能向上が見込める。力を溜めると10倍以上にもなるじゃろう。その代わり体への負担も大きい。今のお前の体力では反動で体がボロボロになるかもしれん。しかし、もう、これを使うしか方法はないじゃろう」
そう言って新しいボディスーツを手渡した。
「2人を、そして、日本の虚数時空間を頼む!」
「はい!」
陽太は最新の虚数ボディスーツを着用し、虚数グラス、虚数銃を装備して2人の救出に全速力で向かった。
敵は雑居ビルの周囲を10人で取り囲み、13人で雑居ビルの中に入り、1階からしらみつぶしに2人を探していった。そして、敵が最上階に上がろうとした時、敵の虚数グラスに陽太の反応が現れた。
ビルの周囲にいた敵は陽太の存在に気付くと一斉に発砲を始めた。陽太にはその銃弾がスローモーションに見えた。最新の虚数ボディスーツの効果で動体視力も向上しているのだった。陽太は敵の全ての銃弾をかわした。敵は陽太の動きを目で追うことができなかった。そして、敵を1人ずつ虚数銃を使って倒していった。
外に居た10人を倒すとビルの中から更に10人の敵が現れた。それも陽太は苦にせず、1人ずつ倒していった。あと3人、陽太がそう思っていると、敵の1人が叫んだ。
「そこまでだ!」
ひときわ大きな体格のその男は、敵のリーダーだった。左手で石川さんの髪の毛を鷲掴みにし、右手には拳銃を持ち、石川さんの頭に銃口を突き付けていた。石川さんは涙を流して震えていた。その敵の後ろには血だらけの山崎さんがうつ伏せに倒れていた。
「動くと撃つぞ」
他の敵2人が陽太に近付いてきた。
「よくも仲間をやってくれたな」
陽太は敵2人に殴られ始めた。そんな中でも、陽太は敵を倒す方法を考えながら、力を溜めていた。すると、山崎さんが最後の力を振り絞って敵のリーダーに向かっていった。
「うおおおおおおおおお!」
驚いた敵のリーダーは振り返り、銃を山崎さんの方に向け、撃った。今だ!陽太は敵2人を振り払うと、全速力で敵のリーダーのもとまで走った。そして敵の腹に、渾身の力を込めたボディアッパーを突き刺した。怒りの拳を、敵のみぞ落ちに、めり込ませた。
「ううぅっ…」
敵は膝から崩れ落ち失神した。陽太は瞬時に振り返ると残る2人の敵も拳で倒した。倒したことを確認すると陽太はすぐに山崎さんの所へ駆け寄った。
「山崎さん、大丈夫ですか?」
「俺のことは良い。それより敵を早く拘束しろ。逃がすと、また攻めて来るぞ」
「来たらまた倒せばいい。それより山崎さんの方が心配です。石川さん山崎さんを背負って病院まで走れますか?俺が周囲を見ます」
そして、3人は病院へ向かった。
山崎さんは命には別条は無いものの全治2ヶ月の重症だった。陽太も能力以上の虚数ボディスーツを使った副作用で全身の筋肉を酷く痛めており、全治2ヶ月の重症だった。2人は入院し、同じ病室で寝ていた。そして、天井を見詰めながら話した。
「もっと隊員を増やさないとな」
「そうですね」
「俺達しか虚数時空間を守れないからな…」
「そうですね…」
外は青空で穏やかな暖かい空間が広がっていた。そして、平和な日常の時間が流れていた。
日本の虚数時空間は俺が守る。陽太は決意を新たにした。
(第2話 終わり)