コンビ・ディフェンス・ストア
俺は原見一渓、ギャンブルを主な生業としている、しがないフリーターだ。
早く娘と孫が安心して暮らせるようにしてやりたい。一刻も早く、一山当ててみせるぞ。
「お疲れ様だしぃ~……」
もうすっかり夜になった頃、ようやく凄見沢さんが戻ってきてくれた。なんとなく……これは俺の勘でしかないのだが、なんだか疲れているように見える。彼女の表情から、なんとなくそう思っただけだ。……いや、若い子は体力が無限っていうし、そんなことはないか。きっと俺の気のせいだ。
「おかえり。遅かったね」
「ちょ~っち会話が盛り上がりざわからのお二人大喜びざわからの親御さんに差し出しざわだったもんだし~?」
「見てたよ。お店の前で全員不良座りで談笑していたからね。俺達のシフト、もうすぐで終わりだから。もうちょっと頑張ってくれるかい?」
「うい~っす……」
お客さんがほとんど来ないとはいえ、働いていない分は取り戻してもらいたいものだ。
「いらっしゃいませ」
「しゃっ……せ~~……」
今度のお客さんは三人組。濃い緑色の目出し帽が二人と、虹色の目出し帽が一人。
……ん? 目出し帽!?
「動くな、金を出せ」
「こ、コンビニ強盗……!?」
今日は厄日かもしれない。お祓いに行くお金は無いから、お祈りでもしておこう。
「おい、凄見沢。こっちへ来い」
虹色の目出し帽の犯人が、モップをかけていた凄見沢さんを呼びつけて捕まえてしまった。拳銃を持った犯人に一般ギャルが立ち向かえるはずもなく、銃を額に突き付けられる。
人質……ということか。
「分かりました。お金は出します。なので命だけは……」
「くれぐれも通報ボタンは押すんじゃないぞ原見。警察が来てしまうからな」
「はい」
このコンビニ、カウンターの陰には非常事態用の通報ボタンが設置されている。俺は通報するのを諦め、渋々レジを開けた。
……ん? 待てよ。
このお金……。このお金があれば、競馬を当てなくても二人に美味しいものを食べさせてあげられるんじゃないか?
こんな……こんなに近くにお金があるじゃないか。
こんな奴らに、お金は渡さない。
「いえ、これは俺のお金です!」
「は?」
虹色が間抜けな声を出す。よく聞いたら女性の声だ。凄見沢さんよりも気持ち小さい身長も相まって、なんだか急に華奢に思えてくる。乗り越えれば……勝機はある。
「これはいずれ俺の給料になるお金、つまりこれは俺のお金です! あんたらに渡すものじゃない!」
勇気を振り絞った。
怖い。でも、ここで引いたら男が廃る。
灯代子、うずらちゃん。お父さん、じいちゃん、二人のために頑張るよ。
「ふざけるなよお前」
銃口を少し逸らしたと思った……瞬間に、銃声が鳴り響いた。向かって右の壁を見やると、小さな穴が開いている。
ほ、本物……!?
「殺すぞ」
「すみません許してくださいなんでもします!」
「じゃあ金を出せ」
「そ、それは……」
「口答えするな」
虹色が再び発砲する。今度は脅しなんかじゃない。凄見沢さんの左太ももを撃たれてしまった。
「うぅっ!?」
「あっ、しまっ……。……コホン。気を取り直して……。とにかく金を出せ。じゃないと終わらん」
どうすればいいんですか店長。こんな状況、マニュアルに書いてなかったぞ……。
「ほら、早く。私も暇じゃない」
「はい……」
諦めるしか、ないのか……。
ごめんな……。情けないお父さんじいちゃんでごめんな……!
「……どうぞ」
「ふむ。……ご苦労だったな。訓練は終わりだ」
……え?
「怖がらせてすまなんだ」
スルっと目出し帽を脱いだ虹色。その正体は……可憐な少女だった。
「会うのは初めてだったな。何を隠そう、この私が、ダンズストア空の宮極東店の店長……東希和美だ」
「て、店長!?」
「は、初めまして……。驚きざわからのびっくりざわ……からの痛みざわ」
「いやーすまんすまん。訓練はリアルじゃないと本気でやってくれないと思ってな? 本物を用意したら演技に熱が入って撃ってしまった。見てくれ、本物のトカレフだぞ? ハッハッハ。……ほら、二人ともここに来て日が浅いだろ? この抜き打ち防犯訓練が終わるまでは会わないようにしていたんだ。……これで、二人とも晴れてここの店員だ。よろしくな!」
抜き打ちテストをするなら事前にそう言っておいてほしい。報連相はどうしたんだ。
「え、じゃあこの二人は……?」
当然の疑問を俺は店長にぶつけた。
「ああ彼女らは協力者だ。ちょうど良く目出し帽でこっちへ向かっていたからな。訓練にエッセンスを加えるために同行してもらった」
「その恰好で、ここに歩いてきてたんですか……?」
「ああ! ……にしても凄見沢は良い乳してるなぁ? どうだ次の休日、私の自宅でディナーでも……」
凄見沢さんの苦悶混じりの質問に、店長は嬉々として答える。
どうして?
ここにいる誰か……おそらく俺が……ぽつりとそう吐きこぼした。
「そりゃあお前達、強盗するために……。…………まさか、本物の、ゴートー……?」
さっきまで虹色の顔だった店長が、みるみるうちに真っ青な顔を浮かべて……そのまま気絶した。
「店長!?」
「てん、ちょう……」
カウンター越しで行動が限られている俺。
太ももを負傷した凄見沢さん。
勝手に気絶した店長。
そんなこちらサイドに対して、相手は包丁とハンマーで武装した二人組。……目出し帽に気を取られていて気付かなかったが、よく見ると二人組は学校指定のジャージを着ている。このデザインは、確か星花の……!?
『お金を渡してください。そのお金は、私達を幸せにします』
『セイカに栄光あれ』
二人組は喋らず、合成音声でを使ってこちらへコンタクトを取ってきた。
「ハラミー……、助けを……呼びに……!」
片膝をついていた凄見沢さんが、ゆっくりと立ち上がる。そして……おもむろに制服のボタンを一つずつ外していく。心なしか、二人組はなんだか照れているように見えた。
三つほどボタンを外すと、凄見沢さんの豊かな胸部……店長お墨付きの胸が顔をのぞかせる。服と肌の隙間に突っ込んだ手が引き抜いたのは……夕方に使っていたコードレスヘアアイロンだった。
「自分のネイルが割れたら……お客様のせいだし?」
『それはとても美しいです』
『私は女神を発見しました』
手負いのはずなのに、毅然とした態度で立ち向かう凄見沢さん。……にしてもなんだあの弾力は……。渓子のものよりも断然……。
い……いけないいけない!
俺は、生きる! 生きなきゃいけないんだ!
「っ! 分かった!」
なんて幸運なんだ! 戦わずしてこの場から逃げ出す口実ができた!
素早く通報ボタンを押して、休憩室の先にある裏口へ向かおうとした、その時。
「パパー!」
知っている声だ。何よりも大切な声。
「灯代子、うずらちゃん!?」
まさか、もう退勤時間か!?
最悪のタイミングで迎えに来てくれてしまった。うずらちゃんが、必死に灯代子を外へ連れ戻そうとしている。
『あなた達は人質です』
『あなた達の存在は、私達を有利な状況に立たせます』
「ダメだーーーーーー!」
カウンター越しの俺の腕。何も掴めない俺の腕。虚空を掻くだけの俺の腕。
俺は……娘と孫すら……守れないのか……!?
「……それ以上おかあに近づくのは、ダメ、です」
うずらちゃんのその一言で、空気はその流れを狂わせた。
世界は、スローモーションへとその速度を変えた。
その世界の支配者たるうずらちゃん。店の入り口に陳列されていたスポーツ新聞を丸め、ありえないほどに跳び上がり……横一文字に新聞紙の刀を包丁女めがけて薙いだ。よろめき、背中を向けた刹那をうずらちゃんは見逃さなかった。くじの景品が並べられた商品棚をまるでアスレチックのように駆け上がり、ふらついた後頭部に追い打ちの飛び両足蹴り。その勢いが衰えることはなく……包丁女は、カウンターに載っていたホットスナックのオーブン棚に頭から突っ込んだ。顔を焼かれながら気を失ったらしい包丁女は……するりと、左手の包丁を取り落とした。チキン、フランクフルト、それに焼き鳥。せっかく温めたのにグチャグチャになってしまってもったいないなぁと思いつつも、やっぱり結論はコレになる。
小学生って、身軽なんだなぁ……。
「えいっ」
『私は強烈な痛みを感じました。強烈。強烈』
この機を逃すまいと、凄見沢さんがヘアアイロンでハンマー女を殴り伏していた。
ヘアアイロンって、鈍器だったのか……。
「……星花の子が、こんなことをするなんて……」
「う~ん……あ、違うみがある」
俺の言葉に、倒れたハンマー女のジャージをまさぐっていた凄見沢さんが否定する。
「それって……社員証かい?」
「うっす。天寿のライバル企業の工作員みたいだしぃ? 星花生のカッコで暴れて評判落そうって感じ?」
「伊ヶ崎社長ってこんなことされるような人なのか……」
「いやいや。まあ、有名企業の社長ともなれば、どんなに聖人だろうとも多かれ少なかれ恨み嫉みは買うモンすよ」
「そういうものなのか?」
「そういうモンす。……まァ~とりあえず。……強盗と店長を警察に突き出すっしょ?」
「あと、病院にも行かないとね」
「その優しさ、ありがたみざわからのサンキュざわ」
……お店、汚くなってしまったなぁ。これは厳重注意か、最悪クビか。
俺の夜明けは、まだ遠そうだ。
ちなみに、時系列は第6弾の直後あたりです。