ひとえにギャルですから。
俺は原見一渓、コンビニエンスストアで働いているただのフリーターだ。
「お、おかえり……」
お店を任されて数十分、空がオレンジ色になってきた頃にようやく戻ってきた凄見沢さんは……擦り傷と絆創膏だらけだった。
「だ、大丈夫かい……? 凄い傷だけど……」
「うっす。極めみざわからのシメみざわからの、警察に突き出しざわっつーことで。本気で顔面ぶん殴ってくるとか……まぢ強敵だったし、あのお客さん」
壮絶な闘いだったことがうかがえる。
「とりあえず、着替えた方がいいんじゃないかな……」
「っす。ちょっち予備の制服に着替えてくるんで、もう少しヨロ」
「いってらっしゃい……」
事情が事情なだけに仕方がないんだけど、品出し以外で全然働いてないなこの子……。
……あ、そういえば凄見沢さん、今日からここに来たわけだけど着替えの場所わかるかな……。
「そうだ凄見沢さん。着替えの場所なんだけど……」
咄嗟に、そして不用意に、俺は休憩室の扉を開けてしまった。
「えっ」
「あっ……」
女の子の、着替えの空間。
それは、家族ですら侵すことのできない、不可侵領域。
俺は……ついそこに踏み入ってしまった。
今日ほど、ロッカーの扉が右開きであってくれたことに感謝した日はない。
最高の位置取りで目隠しとして機能してくれた。
ある夏の夕方。俺の頬を冷や汗が伝う。
冷や汗が一際冷たく感じるのは過ちを犯した恥ずかしさで顔が熱くなったことによるものか、はたまた彼女がかけているヘアアイロンの熱気によるものか。
◇
「本当にすまなかった!」
「だいじょぶだいじょぶ。誰にでもあることっしょ」
ニカっと少年のような眩しい笑顔でそう言われてしまうと、もう何も言うことはできない。
「んじゃ~そろそろ仕事にっと……ん、しゃっしゃっせー」
「いらっしゃいまs……」
「んでよー、舐めたこと言ってっから半グレを下からキックよぉ!」
「流石ですわ先輩! 素早いタマ潰しに惚れますわ~!」
今度のお客さんは二人組、学ランに……モヒカン!? そんな男子高校生と、あれは……なんだ? 凄く長い着物を着た女子高生みたいな……。灯代子が働いている学校の子かなぁ……?
「まあ見てろって。……おい店員!」
「な、何か?」
威圧的だ……。生活のために働いているとはいえ、正直逃げ出したい。なんで今日は店長がいないんだ……。毎日働いてくれ店長……!
……あれ、俺って店長に会ったことないな。コネだから面接とかしてないし……。どんな人なんだろうか。
「オレのアモーレにプレゼントしたいんだ。ここにある『プニプニプリン』のくじ、全部やらせろや」
「きゃー! 最高に羽振りがいいですわー! リチコ、惚れ直しちゃいますわ~!」
「こ、困りますお客様。全部だなんてそんな……」
「あんだぁ!? オレに恥かかせるってかぁ!?」
「お客様は神様ですわ! お客様の希望に応えるのが店員の務めですのよ!」
「で、でも……」
「口から!」
「胃カメラ!」
「突っ込んで!」
「奥歯ガタガタ言わせますわよ!」
「言わせっ……。……そういうことだ! 覚悟しやがr」
「覚悟しやがれですの!」
怖いなぁ、怖いなぁ……。
「言っとっけど、オレの親マジでやべーから。医療カメラ作らせたら日本一だかんな!」
「『医療機器の藪井』はご存じでして? 生かすも殺すも……こちら次第でしてよ? 先輩、店員なんかに遠慮は要りませんわ。ドーンとおっしゃってくださいまし!」
「ヤベェかんな!」
通報、するか……? でも、もしも報復が来たら……。助けてくれ店長……!
俺は、まだ見ぬ店長にヘルプを求めることしかできなかった。
「いや~、まぢイカした十二単っすね!」
じゅうにひと……えっ、なんだ、それは……。
いつの間にか二人の背後を取っていた凄見沢さんが、女子高生の肩にぽんと軽く手を置いてニコニコ笑顔で話しかける。
「アナタ、この魅力が分かりますの!?」
「モチのロン! 教科書で何度も見かけたっすから。それに……あの『藪井社』の息子さんっすか! 学生時代、健康診断でよくお世話になったしぃ、まさにシンパシー!」
「おお! シンパシー!」
「よかったら、店の前でお話でも!」
「ふん、仕方ねえな。オレの武勇伝を……」
「先輩のカッコいいトコロ、いっぱい聞かせてあげますわー!」
そう言うが早いか、二人組は両側から凄見沢さんの肩を抱いて連れ出してしまった。
連れ出される隙にこちらへ送られたウインクには、凄見沢さんからの「店番シクヨロ」のメッセージが込められているようだった。
ギャルのコミュ力って、凄いんだな……。俺には真似できない。