顔も知らない僕の推しは深窓の美姫と名高い侯爵令嬢なんですか?
がばがばな設定なので、突っ込みどころが沢山はあるかもしれませんが暖かい目で見て下さい。
(書き始めてから1年以上経ってから、後半の方を書いたので変なところあったらすみません。)
推し。
人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人や、物のこと…らしい。
人でも物でも“推し”を作ると生活が楽しくなるぞって、ちょっと変わった僕の友人が言っていた。その言葉を聞いた時は、推しというものがなんなのか、ぴんとこなかったけど今ならわかる。
何故なら僕には推しがいるから。
推しができて、僕の世界はなんだか少し綺麗になった気がする。愛とか恋とかはよくわからないけど、推しのことは好きだ。
僕とは一生交わることは無い存在だけど、遠くから推させてほしい。
そう、思ってたんだけど。
「エラルド・マーキュシード様、私のお婿様になっていただけませんこと?」
「……は?」
何故か推しに求婚されてる。
◇◇◇◇
世界には魔力と言うものがある。
多くの魔力は鉱石に含まれ、光をつける道具や、自動で水を出す道具などの動力源として利用されている。魔力はどこから発生している力なのか解明されていないが、人が持って生まれることもある。
僕の住むこの国では3割ほどの割合で魔力を持つ人がいる。人が持つ魔力は属性に分けられ、この国では 火 水 土 風 光 闇 の6属性に区分されている。
人がもつ魔力は魔術と言うものを行使できる力となるが、万能ではなくそれぞれが持つ力によって出来ることが変わる。火属性なら、なにもないところから火を出すことが出来たり、水属性なら水を出すことが出来るけど、火属性がなければ火を出すことは出来ないし、水属性がなければ水を出すことは出来ない。
魔力を持つ者は、皆ひとつの属性だけではなく複数の属性を持ち合わせているらしいので、複数の力を行使できる人もいるけれど、属性の割合によって使える力に差が出るようだ。
この国の全国民は10歳になると魔力判定を行う習わしになっていて、そこで魔力を持つのか、もっている場合はどの魔力が主属性なのかなどを判定できる。
その6つの属性の中で“光”の魔力を主属性としてもった14歳~18歳の女性たちで結成されてる聖歌隊というものがある。
この国の王都には遥か昔に聖女様と呼ばれた女性が作ったとされる結界結晶と言う大きな8つの水晶を基盤に魔物や悪意あるものから護る結界が張られているのだが、聖歌隊はその結界を維持すると言う凄い役割を担ってくれている人達だ。歌声に魔力をのせて結界結晶に光の魔力をためて結界を維持しているらしいのだけど、なぜ直接魔力を込めるのではなく歌なのか、光の魔力が結晶の中でどうなるのかは秘匿されているため詳しい原理は知らない。
僕の推しはその聖歌隊の人。
女性であることと14~18歳の年齢ということ以外、身分も、名前も、顔すらも知らないけれどね。
と、言うのも聖歌隊に属す女性たちは顔も名前も明かされない決まりになっていて、聖堂で歌う際も顔にはヴェールを被り、みな一律に同じ衣装を纏っているから、どこのだれだかわからない。
聖歌隊に属している間は、自身が聖歌隊の一員であることをむやみに口外してはならないという決まりもある。もちろん家族や関わりが深く伝えねば支障がでる場合は別だけどね。
王都に住むものからは誰からも尊ばれる役割なのになぜ大々的に公開されないのかと言うと、その昔、美しい顔をしていた聖歌隊の娘が誘拐されたり、聖歌隊同士で地位を争ったり権力者にすり寄って好き勝手したり、王都の結界を破壊もしくは奪おうと企む他国の人間に聖歌隊が害されたり、いろいろとあったからだそうだ。
不要な諍いや危険から遠ざけるため、聖歌隊に属すものは皆身元がわからないように素性が隠され、ヴェールを被る決まりができた。
また、貴族だから平民だからと扱いの差がでないように聖歌隊の中で身分差は無いものとされ、全員に同じ衣装が渡されて、聖歌隊として過ごす間は全員が同じように扱われることになっている。
神殿の人間であっても、魔力判定を行う高位神官以外は聖歌隊の素性は知らないらしい。ちなみに聖歌隊同士であっても素顔をみることや聖歌の練習以外の私的なことを話すことはほぼ無いという噂だ。
そこまで隠すに至るほど、過去には悲惨な事件もあったというのが恐いね。
その余波なのか、光属性以外が主属性であっても、魔術師や冒険者などの魔術によって生計を立てているもの以外は主属性を他人に公言することはほとんど無い。
魔術を使えばどの属性なのかは大まかに特定はできてしまうが、自ら公表してる人以外の属性を詮索するのはマナー違反とされている。
あぁ…話が逸れてしまったけど、僕がそんなどこの誰ともわからない聖歌隊の令嬢を推し始めたのは2年前になる。
雨で底冷えする日、陰鬱な気持ちで王都の大聖堂に座っていた時、鎮魂歌を歌う彼女の声に虜になってしまった。
……この国は、王都は結界によりどこの国よりも安全だけど、王都以外の領地には魔物や飢饉、紛争などのさまざまな問題がある。今代の陛下は貴族だけではなく平民にも分け隔てなく心を砕き立派な政策をされる方だが、国は広いのだ。もちろん昔に比べたらとても良くなったらしい。だけど、魔物は人の言うことを聞いてくれるものではないし敵国はこの国の結界結晶を虎視眈々と狙っている。
3年前、少し大きな戦いがおきた。敵国が辺境を攻めてきたのだ。それだけなら時々ある話で、普段であれば国力が大きい我が国がなんなく撃退して1ヶ月ほどの短期戦で終わる。
ところがその時は運悪く魔物の異常繁殖が起きていた。魔物討伐に多くの人員を裂いている状態で、辺境伯の保有している軍勢のみで勝つことは難しく、王立騎士団の一部人員が応援に駆けつけたことにより敵国を退けることは出来たが、半年を越える戦いとなり、戦力数が不利な戦いであったことから多くの騎士が亡くなった。僕の父も亡くなった1人だった。
僕の家は王都の近くに領地を持つ子爵家だが、父は王立騎士団の小軍団の隊長で、普段は王城の騎士としても勤めつつ、領地経営もこなす忙しい人だった。
父は強かった。だけど、1年前の戦いで仲間を守るため、敵の多くを倒し、死んだ。
寡黙だけど強く優しい父を尊敬していた。父が死ぬなんて思わず、訃報を聞いたときは目の前が真っ暗になった。
母は僕が5歳の頃に病に倒れ亡くなっているため、僕は1人になってしまった。
悲しかった。泣きたかった。
だけど、当主不在となったからといって領地がなくなる訳じゃない。領地に住まう民を困らせないように、領地運営を考えないといけないから、泣いて、臥せっている暇なんてなかった。
はやく父の助けになりたくて幼い頃から領地経営に関して学んでいたことが幸いして、なんとか当主代理として慣れない執務をこなすことができたけど、僕はまだその時13歳で、当主を正式に継げる歳にもなっておらず、子供だと舐めて爵位を乗っ取ろうとする遠縁の親戚に付け入る隙を与えないように、執事や代官の手を借りながら、目が回るような毎日を過ごしていた。
そんな目まぐるしい日々を過ごしながらも半年経ったある日、王城から手紙が届いた。亡くなった騎士達を弔うための葬送の儀を王都の大聖堂行うと。
終戦してから半年も経ってからなのは、全ての遺族に遺品が届くまで待っていたからだろう。
葬送は任意参加であったが、僕は行くことにした。
父が亡くなって領地で葬儀はしたが、慌ただしく過ごす日々にちゃんと父のために祈ることも出来ていなかったから。
その日は僕の14歳の誕生日で、雨だった。
しとしと降る雨が、まるで誰かの涙のようで陰鬱な気持ちだった。大聖堂で、神官が祈り、僕も祈りを捧げる。
祈りが終わり、聖歌隊が鎮魂歌を歌い始めた。
心地よい声、光の魔力が込められた歌。
護りと、癒しの力を持つ歌。
聖歌隊の女性達から奏でられるその美しく柔らかな歌声に心が安らぐような気持ちだった、そんな時、聖歌隊の1人がソロパートを歌いはじめた。
なんて、なんて美しい声だろう。
声そのものもそうだが、そこに込められた魔力なのか、とにかく美しいと感じて、心が震えた。僕は弾かれたように顔を上げ、聖歌隊をみる。ヴェールに覆われて顔は見えない、どんな人が歌ってるかわからない。それでも、その声に強く惹かれた。
その歌声を聴きながら、僕は父が亡くなってから初めて涙を流した。暗い闇の中から救われたような気がした。
葬送が終わり、領地に戻った僕は忙しい日々を過ごしながらも、またあの声が聴きたいと思った。
聖歌隊は公務として2週間に1度大聖堂で結界結晶へ魔力をためるための聖歌を歌っている。歌を捧げる姿は公開されているからそこに行けばまた聴けるかもしれない。聖歌隊は入れ替わりもあるしいつも同じ人達ではないことはわかっていたが、行ってみることにした。
そこに彼女は居た。
聖歌は鎮魂歌と違いソロ歌唱は無い。
だが、数ある声の中であっても彼女の声ははっきりと聴きとれた。
やはり美しい。何て心地良いのだろうか、と。
穏やかな心地で耳を傾けている時、ふと友人が昔言っていた“推し”という言葉を思い出した。
推しと言う言葉を聞いたその時は良くわからなかったけど、人に薦めたいと思うほどに好感を持つものと言うのは彼女の歌声のことを言うんじゃないかと。
そうして彼女は僕の推しとなった。
それから、必ず聖歌隊の歌を聴きに2週間に1度大聖堂へ足を運んだ。彼女は居ない時もあったけど、彼女の歌声を聴けた日は身体が軽くなるようだった。ヴェールを被って同じ装いをしていても、彼女のことはすぐ見つけられた。
(2週間に1度休みを作るため頑張ったお陰で執務のスピードは早くなった。)
歌声を聴くうちに彼女のことをどんどん好きになった。顔も名前もなにもわからないのに、歌声以外もその存在が美しいと思うようになった。
この好きと言う気持ちは、婚約したいとか、顔が見たいとか、恋とかそういう感情ではないけれど、彼女を想うと心が弾み毎日を少しだけ楽しくしてくれた。彼女にはただ幸せになってほしいと思った。
2週間に1度、聖歌隊を観に行くことは習慣化して、彼女に出会ってから2年が経った。
そして、今日もいつも通り聖歌隊の歌を聴きに行った。今日は彼女が居る日だったので、その歌声に癒されてきた。
いつもと同じ、いや、何故かいつも以上にとても心地よく感じる歌声だった。
聖歌隊の歌を聴き終わり、いつもなら真っ直ぐ領地に帰えるが、今日は歌声の余韻をまだ感じていたくて寄り道をしたい気分になったので王都を少しまわって、目についたカフェに入った。
裕福な平民向けのようだが、貴族と思われる人も居て落ち着いた綺麗なお店だ。初めは普通に席に通され、注文を行い給仕を待っていると、店員が寄ってきて小声で「失礼いたします。とある貴族の方が貴方にお会いしたいとのことで侍従の方がいらしております。」と声を掛けてきた。
ある貴族……?
王都に在住している友人も居るが、今日僕が王都に来ることは伝えてないし友人なら直接声を掛けてくるだろう。侍従を連れて歩いてるってことはそれなりに裕福な貴族のはずだけど、まったく心当たりがない…。誰だ?
そう思って怪訝な顔をすると、少し離れたところに居た貴族の侍従らしき男性がこちらに近付いてきた。
「突然申し訳ございません。私の主が貴方にお会いしたいとのことで、お声をかけさせていただきました。私はこちらの家の侍従をしているサイラスと申します。」
そう言ってすっと差し出された時計には家紋が刻まれている。
僕は下級貴族だし、全ての貴族の家紋を把握してる訳じゃないんだけど……。
って…待って、これ、ヴァンホード侯爵家の家紋じゃないか!下級貴族であっても、必ず覚える貴族の家紋だぞ……え、なんで?
「これ、こ…」
「お嬢様が貴方にお会いしたいと。」
「おじょうさま…?」
え、どういうことだ?
ヴァンホード侯爵家は侯爵の中でも筆頭で、当主はこの国の宰相を務めている重鎮だ。我が家は子爵家で、そんな高位貴族との繋がりなんて無いぞ。
どこかでなにか無礼なことでもしたか…?
いや、僕は大聖堂で歌を聴く以外で領地からはほとんど出てない。半年ほど前に王城で行われたパーティーには当主代理として参加したけど、ヴァンホード侯爵家なんて僕が話せる人じゃないし会ってないからなにもしてないはずだ。
それにしても、ヴァンホード侯爵家のお嬢様…?
社交界にほぼ出てこないが、その美しさはひと目見ただけで多くの人間を虜にする深層の美姫と噂の令嬢じゃないか…?
ええぇ?
ますます、わからない。
「約束もなく、無作法でございますが…宜しければお嬢様とお会い可能でしょうか?」
「は、はい。」
ワケわからないけど、侯爵令嬢の頼みを断るわけにはいかない。うちみたいな弱小子爵家なんて、ヴァンホード家からしたら吹けば飛ぶような埃みたいなものだろうしね。
席を立ち侍従の後についていく、観葉植物で良く見えなかったが店には奥があるらしい。少し進むと個室の前についた。
コンコンコンと、侍従がドアをノックし「マーキュシード子爵令息をお連れしました。」と告げる。
あれ、僕名乗ったっけ…?
「入ってちょうだい。」
美しい声が響いた。ヴァンホード侯爵令嬢のものだろう。
会ったこともない…、でも、その声は…、まさか、そんな違うだろう。
「…失礼いたします。」
侍従が開けたドアから、恐る恐る部屋に入ると、そこにはとても美しい令嬢が居た。
まるで、妖精かと思うほど透き通った白い肌に、艶やかで滑らかな白金の髪の毛、長い睫に縁取られた瞳はアメジストのようで…深層の美姫と名高いのも頷ける。
「突然お呼び立てして申し訳ないわ。少しお話をさせていただきたくて。」
そう、侯爵令嬢が告げる。
ドア越しじゃない、その声に僕の心臓の鼓動が速くなる。
まさか…、その声は……
「聖歌隊の、君…?」
ぽつり、無意識に僕の口から言葉が漏れた。
聖歌隊の彼女の喋り声は聞いたことがない、魔力も籠ってない…、だけど…彼女だと、あの歌声の持ち主だと思った。
顔も名前も知らない人。だけど、僕が誰よりも美しいと思う人。
そんな、まさか…顔も知らない僕の推しは深窓の美姫と名高い侯爵令嬢なのか…?
「まぁ」
彼女の声にハッ!と意識が浮上する。
聖歌隊に属している間は、自身が聖歌隊の一員であることを口外してはならないという決まりがあるのに、聖歌隊の一員であることを確かめるかのような言葉を漏らしてしまったことを謝罪しようと彼女を見る。
「も、申し訳ありません!」
「ふふ。私、アナベル・ヴァンホードと申しますわ。非公式の場ですし、略式の挨拶で失礼します。私のことはアナベルと呼んでいただいて構いませんわ。」
「えっ、あ、私はエラルド・マーキュシードと申します。」
突然の自己紹介にあわあわしつつ、自身の名前を告げる。
「突然呼び出して吃驚されたでしょう?」
そりゃもう吃驚したよ。したけど、そんなことは言えないから曖昧に微笑む。
「いえ、…その、どのようなご用で…?」
「まぁ、お座りになって。」
僕が座ると、どこかに控えていた店員がケーキや紅茶などのティーセットを準備してサッと下がっていった。
ヴァンホード侯爵令嬢は優雅に紅茶を飲み、すっとこちらを見る。
「本題の前に、聞きたいことがありますの。」
「聞きたいこと…ですか?」
「えぇ、そうですわ。まず、……エラルド様とお呼びしてもよろしくて?」
「あっ、はい、もちろんです。」
「それで、エラルド様は、聖歌隊が好きなのかしら?」
聖歌隊が好きか…?
「聖歌隊は尊い役割ですので尊敬はしております。」
「そうなのね、では歌が好きなの?」
「…?歌は、そうですね。歌を聴くのは心地よいです。」
「貴方は毎回欠かさず聖歌隊を観に行ってたでしょう?それはどうして?」
何で知ってるんだ?
侯爵令嬢が本当に聖歌隊の彼女だとしても僕なんかを認識してるなんてことはないと思うが、彼女なのだろうか…。
彼女だとして、まさか僕を認識していた?いや、僕の他にも平民も貴族も多くの人が観に行くのにそんな訳はないよね。
まぁ、なんにせよ僕が聖歌隊を観に行っていた理由を隠す必要は無い。もし本人だとしたらなんか恥ずかしいけど…。
「それは…、聖歌隊のある方の歌声を聴きに行っておりました。」
「ある方?お一人を目当てに行かれてたということかしら。聖歌隊は皆、同じ装いでヴェールをしてますわ。いつだれが居るのかわからないし、見分けなんてつかないのではないのではなくて?」
「それは…わかるのです。あっ、もちろんどの公務に居るか事前にわかるという訳ではありませんが、聖歌隊の方々が出てきたときに…、その方がそこに居ると、その声がその存在があまりに美しく…わかるのです。僕はその方を観るために、歌声を聴くために毎回足を運んでおります。」
「……顔も名前も何もわからないのに?貴族か平民かもわからないですし、もしかしたらその方は物凄く性格が悪かったり、美しいといわれる容貌ではないかもしれませんのに、それはいいのかしら?」
「はい。僕はその方がどんな方なのかは知りません。平民でも貴族でもいいですし、容姿にこだわりもありません。どんな方であっても、僕はその方を“推し”ているのです。」
「おし…?」
「はい。推しとは人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人や物のことだと、友人に教えられたのです。その方の歌声をはとても素晴らしく、希望の光のように柔らかく美しく、その歌声をもたらす存在自体が僕にとって、かけがえのないものです。できることなら彼女の歌声を多くの人に知ってほしいと思っています。僕が独り占めをしたいというような恋や愛ではないですが、とても好きだと思うのです。だから推し、です。」
「な、なるほど…?」
僕は、目の前の侯爵令嬢が推しかもしれないと言うことを忘れて、推しは素晴らしいんだ!と言うのを伝えるべく力説する。
わかったとばかりに頷く侯爵令嬢の顔が少し赤い気がするが気のせいかな……?
「…その、聖歌隊の方は2年前に行われた王立騎士団の葬送の儀で鎮魂歌のソリストだったりするかしら?」
「そうです!私はその鎮魂歌での歌声を聴いたときに…救われたような気がしたのです。また聴きたくて、あれから毎回、その方の歌声を聴くために聖堂へ足を運んでおりました。」
「そう、なのね。…先ほど、ここに入ってきた時、聖歌隊の君と仰っていたけれど、それは、私が貴方の言う“おし”?だと思ったということでいいのかしら?」
そう質問されて、言葉につまる。
推しだと思う。話せば話すほど、その声は彼女だと僕のカンが訴えてくる。だが、聖歌隊の方々を詮索することはマナー違反だ。どう回答するべきなのだろう…。
「それは…、ヴァンホード侯爵令嬢の声を聞いた時…無意識に言葉がでてしまい…。聖歌隊の方が話す声など聞いたことはないのですが、その美しい声は…私の推す聖歌隊の方だと。ですが、本当に無意識でして…けして聖歌隊の方々のことを詮索するつもりなど無いのです。」
「………。アナベル、ですわ。」
「え?」
「ヴァンホード侯爵令嬢じゃなく、アナベルですわ。」
「あ、え、…アナベル様…?」
「はい。私は聖歌隊でしたわ。2年前鎮魂歌のソリストを務めました。貴方の“おし”ってことですわね。」
やはりアナベル様が…僕の推し…。顔も知らなかった僕の推しは深窓の美姫と名高い侯爵令嬢だったのか…。
歌声だけじゃなくて姿まで美しいとか凄い。もちろん、どんな顔でもどんな身分でも推しであることに変わりはないが…。
というか推しの素顔を見て話してるとかどういう状況なんだろう…?
あれ…というかアナベル様、聖歌隊って……聖歌隊であることを公言してはいけないのでは?!
「アナベル様!聖歌隊であることは公言してはいけないのではっ?!だれにもいいませんが!」
焦る僕を見てクスッと笑いながらアナベル様は
「そう焦らないで。私、聖歌隊でしたわと言ったのよ。本日が最後でしたの。」
と告げる。
…最後…?
あ、なるほど。
聖歌隊は14~18歳までの女性しかいない。18歳未満でなくてはならないと定められてるのだ。
なぜ18歳までなのか、その理由も結界結晶の原理と同様に秘匿されている情報なので詳細はわからないけれど、18歳以上は聖歌に魔力を籠めても、結界結晶になんの影響を及ぼすこともできない。だから18歳になる前に引退となる決まりだ。
そして、過去に聖歌隊に居たことを公言してはいけないと言う決まりはない。大々的に公表するようなことはしないが、聞かれたら答えることはある。
つまり、そう言うことだ。
アナベル様の誕生日は存じ上げないが、次の誕生日で18歳になるため本日の公務をもって引退だったのだろう。
聖歌隊は素性を隠しているので、誰がいつ引退するのかわからない。4年やる場合も1年でやめる場合もあるという。だからいつ歌声が聴けなくなっても仕方ないことだと思っていたが、まさか今日が僕の推しの最後の公務だったのか……。
聴きに行けて良かった。良かったけど……
「そうかぁ…もう聴けないのか……。」
ぽそっと口から溢れでた言葉。
自分でびっくりするくらい落ち込んでる声だった。
そんな僕を見て、アナベル様は嬉しそうに微笑む。
「ふふ、エラルド様は私の歌声を好いてくださってるのね。とても嬉しいわ。」
うわっ、微笑み美しい。
あまりの美しさに目が潰れるかと思った。
「さて、そろそろ本題に入ろうと思うのだけど、いいかしら?」
あ、そうか。
ここに呼ばれた目的を聞いてない。僕が誰を目当てに聖堂に行ってたかを聞くためだけに呼んだんじゃないだろうしね。
「はい、なんでしょうか。」
「エラルド・マーキュシード様、私のお婿様になっていただけませんこと?」
………
…………
……………
「……は?」
間抜けな声がでた。
え、何て言った?
「ですから、私のお婿様になっていただけませんこと?」
……………?
えぇ…?えー…?えええーーー?!!!
推しに求婚されてる?
え、何故?何故か推しに求婚されてる?
「お、お、おおおむこですか?」
「えぇ、私、一人娘なので侯爵家を継ぐ予定ですの。だから、私がマーキュシード子爵家へ輿入れするのではなく、エラルド様に我が侯爵家のお婿に来てほしいと思っておりますわ。ヴァンホード侯爵家の当主は私になりますから、お婿に来ていただいてもマーキュシード子爵家の当主としての執務に大きく負担はかからないかと思いますの。」
輿入れ?お婿?
いや、その前に僕と?婚姻前提?
「へぁ?!」
なんで求婚されてるのかわからず動揺して変な声がでた。
アナベル様と僕に接点はない。
侯爵家と子爵家で家格も違うし、家同士の繋がりもないので茶会や舞踏会で会ったこともない。
この1年間僕が一方的に推しとして崇めてたけど、今日の今まで推しがアナベル様だったなんて知らなかった訳だし。意味わからない。
今、この場でこそアナベル様と名前呼びを許されてるが、公の場では名前呼びすら不可能だ。
この短い時間で見初められたのか?
玉の輿と言うやつ?あ、あれは平民の女性とか男爵家の令嬢が家格の高い人に見初められることを言うんだっけ?では、逆の玉の輿って言うのかな?
いやいやいや。ない。それは無い。
我が家の領地はそれなりに発展はしているものの赤字はないというくらいで、特別栄えてるわけでもないし、侯爵家と縁付いて、我が家に利益はあっても侯爵家にそって益はない。たぶん損もないけど。
残念ながら顔が特別格好いいわけでもない。母様に似た顔は男前だった父様とは程遠くやや女顔だし、身長は平均よりやや大きいけど、筋肉は中々つきにくいからムキムキって訳でもないし…好かれる要素がわからない。
そろそも好かれてる訳じゃないかもしれない。
あぁ…そうだ。好かれてるから求婚なんて、そんな夢だ。夢。相手は深窓の美姫だぞ。
貴族の婚姻は子供だけで決められるものじゃない。
もしかしたら、うちの領地に僕が知らない資産価値があって、侯爵閣下からなにか言われたのかも?
僕がここに来たのは偶然だったけど、なんか、侯爵家の力?で僕の行動を見てたとか?
いや、それはあり得ないか。
万が一、うちの領地に資産価値があったとして、アナベル様の生家であるヴァンホード侯爵家は、侯爵家の中でも筆頭、取引しないかとでも声がかかれば一も二もなく頷く。わざわざ婿になんて、エサが大きすぎる。ヴァンホード侯爵家側に弱小子爵家を婿に迎えるメリットはない。強いて言えば、家格の低い僕を迎え入れることによって権力の一極集中を避けてますよっていう政治的バランスのアピール?
それにしたって、伯爵令息とか、同格の侯爵令息の次男とかを婿に迎えるでも良いはずだ…。
「お婿に来るのは嫌かしら?」
あれこれ考えを巡らせているとアナベル様が声をかけてくる。
「エラルド様がどうしても嫌ならお父様をどうにか説得して私が輿入れして、跡継ぎは生まれた子にするでもよいのだけど、説得が難しいかもしれないわね。」
え、え、え!?子?輿入れ?子爵家に?
アナベル様の言葉にますます混乱する僕。
「お嬢様、口を挟むことをお許しください。」
そこに気配を殺して立っていたアナベル様の侍従が声をかける。
「よろしくてよ。なぁに?」
「まずマーキュシード子爵令息はお嬢様との婚姻自体を了承しておりません。マーキュシード子爵令息が婿入りされるか、お嬢様が輿入れするか以前の話で混乱しておられます。順を追ってお嬢様の考えを1から説明されるべきかと。」
アナベル様にそう告げる侍従の人!ありがとう!!
そうしてほしい!どうか説明を!!
「あら、あらあらあら…それはそうね。私ったら先走ってしまったわ。」
そう言いながらほんのり頬が赤くなるアナベル様…恥ずかしがってるんだろうか、美しいに可愛いが加わりあまりにも眩しすぎる…。
「申し訳ないわ、エラルド様。急なお話で混乱させたわね。」
「いえっ!ですが…まず何故婚姻の話が出てるのかお伺いさせていただければ。」
「そうね…どう話そうかしら?」
首をかすかに傾けるアナベル様。
美貌も然ることながら、所作の一つ一つがとても優雅で美しいなぁ……。
「まず、私にはいま婚約者が居りませんの。」
「はい。」
高位貴族は大体15歳までには婚約者がいるから珍しくはあるが、全員がそうと言う訳ではないのでおかしなことではない。
「私は侯爵家に生まれ、それを誇りに思っているわ。だけど、家のために政略結婚をするのは嫌でしたの。それで、13歳の誕生日にお父様からプレゼントで何がほしいか聞かれた時に我儘だと分かっていたけど今後誕生日プレゼントはなくていいから政略結婚は嫌だって直訴したの。ふふふ、その時の私は貴族の娘としては失格だったかもしれないわ。でも、幸いお父様もお母様も私の考えに理解を示してくださり私の婚約者は私の意向を最大限考慮して時をみて決めることになりました。」
貴族足るもの政略結婚なんて当たり前という社会で、当主が理解を示してくれるなんて珍しいことだ。ましてや侯爵家で宰相の任までうける大貴族なのに。
男爵家や子爵家だったら恋愛結婚も比較的多いが、高位貴族に比べたらと言う話であって、自由恋愛は貴族全体でみたら稀なことだ。
政略とまではいかなくとも、何かしらの思惑が絡んでくる。貴族は柵が多いのだ。
「お父様は私に釣書が来た時は私に直接見せてくださったし、社交界で出会った方で良い方が居たら言うようにと言ってくださってたのだけれど、私なかなか決められなくて…。もちろん何人か婚約者候補まで名前が上がった方は居りましたのよ?だけれど、皆さんお会いして分かるのは侯爵家という後ろ楯を欲していることと、侯爵令嬢という私の立場を見ているということだけ。あと私の顔ね。婚約者を決めるのはお父様だとみんな思ってるから、自分のアピールを私経由でお父様にしようとするだけ。私自身…私が何を思ってどう考えてるかなんて、きっと彼の方達にとってはどうでも良かったのだと思いますわ。」
たしかに侯爵家という地位は魅力的だ。
爵位の余剰がなければいずれ平民になってしまうかもしれない次男や三男からしたら涎が出るほどのお宝に見えるだろう。
そしてアナベル様の美貌をひと目見て、あまりの美しさに虜になるのも分かるし、自分の長所を当主にアピールするのは間違ってはいない。アナベル様自身を見ていないと感じさせてしまう態度は大変失礼だと思うが。
「私も貴族ですもの、自身や自身の家に理があるものを得ようとする気持ちは分かるわ。だけど、私の気持ちを一切鑑みずに"侯爵家の立場"のみを得ようとする方とはやっていけないと思いましたわ。
社交界のパーティーには13歳のデビュタント以降、何度か行ったのだけれど寄ってくるのは女性も男性も権力を求める方ばかり。私自身を見ようとする方はほとんど居ないから疲れてしまって、嫌になって社交活動は控えるように……。」
権力を求めた人がすり寄ってくるなんて体験は高位貴族なら皆しているだろうし、そういう人は躱して時には上手く使えればいいけど友人や人生を共に歩む伴侶ですらそういう方なのは悲しいからできるだけそうではない方と出会いたかったのだけど難しいと言って微笑むアナベル様は少し寂しげに見えてなぜだか僕まで切ない気分になる。
「そうだったんですね…。社交にあまり顔を出されないためお身体が弱いのではという噂を聞いておりましたが、お身体の調子が良くない訳ではなかったようで良かったです。」
「社交活動を控えるのに、体調が優れないとお断りすることも多かったからできてしまった噂ですわね。身体が弱くなかなか社交活動ができない深窓の令嬢ですとか深窓の美姫ですとか、あまりにめ大業な渾名を頂いてしまって恥ずかしい気もしますが。」
「大業だなんて、アナベル様はご尊顔も美しいですが、所作も話し方も凛として美しいので、美姫と言われるのも当然のことかと思います。」
「えっ」
「えっ?」
僕、なにか不味いこと言った?
「いえ、…殿方からは顔が美しいと褒められることや家のことを賛辞いただくことはあっても、私自身の所作や話し方を誉めてくださる方はあまり居なかったもので少し驚いたの。そんな真っ直ぐ言われると…その……嬉しく思いますわ。ありがとうございます。」
少しの間話しただけの僕でも、アナベル様の所作や話し方はとても美しいと思うんだから社交界で着飾った姿は神々しいほどだろう。
「んんっ…、それで、私は社交活動は控えていたけれど、婚約者のことは考えなきゃいけない問題だから悩んでいましたの。そろそろ17歳になるんだもの、これ以上は引き伸ばせない。お父様もお母様もいいと言ってくれるでしょうけど、17歳になっても婚約者を作らなければ、私になにか瑕疵があるのだと思われるでしょう。別にそれはいいのだけれど、跡取りである私に変な噂がつき纏えばヴァンホード侯爵家に迷惑がかかるわ。」
アナベル様は家に迷惑がかかる可能性があることに対して憂いているようだが、自分に瑕疵があるかもと思われることはなにも厭わないようだ。
迷惑がかかると言ったアナベル様からは家が、家族が好きなのだと言うのが伝わってくる。
高位貴族になればなるほど柵は増えるだろうし、貴族は政略結婚が多いから子を道具としてみたり夫婦間でも互いに愛人をつくったりと殺伐とした家庭も結構あると聞くが、ヴァンホード侯爵家は当てはまらないようだ。
「アナベル様はご家族のことが大事なのですね。」
「ええ、お父様のこともお母様のことも、とても愛していますわ。もちろん我が家に仕えてくれる使用人も領民のことも大切よ。………皆が大切なのに、家を発展させるために有効な手段である政略結婚が嫌だ、なんて自分でも矛盾してると思うけれど。」
「そうでしょうか?」
「そうでしょう?だって、家に利がある婚約を結べたら、きっと我が家はますます発展し、両親も使用人も領民も、皆が幸せですわ。皆が幸せになれるなら、それが一番良いことよ。」
「でも、もしも望まない婚姻を結ぶのであれば、その『皆』のなかにアナベル様は入っていないですね…それは寂しい。」
「……そうね。私もそう思いますわ。だから結局、政略結婚ではなく私の意向を汲んでもらうことはこの歳まで変えませんでしたわ。恵まれたことに、我が家の地位は今のところ盤石ですから私が急いで政略結婚しなくても問題ありませんし。
もちろん政略結婚だったとしても向き合えばきちんと愛情を育むことはできるでしょうから、私が婚約を結んでもいい、結びたいと思うような方と出会わなければ、お父様に我が家に利がある縁談を見繕ってもらいそれを受けるつもりでしたの。
…私は社交活動を控えてましたから友人も多くなくて出会いもないですし…自らが望んだ婚約者を見つけるだなんて、もう無理でしょうと、ほぼほぼ諦めておりましたわ。」
そう言ったアナベル様は、ふぅとひと息ついて、僕の目を見る。
「そんな時、エラルド様のことを見つけましたの。」
「僕を、ですか?」
「えぇ…といっても、見つけたという言い方は適切ではないわね。エラルド様に私を見つけてもらったと言うのが正しいかもしれませんわ。」
僕がアナベル様を見つけたってどういうことだ…?
よくわからなくて頭に?を浮かべながら、アナベル様をみると、かすかに微笑まれる。
「エラルド様は聖歌を聴きに何度も大聖堂にいらしてたでしょう?何度も、何度も。その度に、目があっているような気がしましたの。何故か私をみてるような気が。」
「それは…」
実際みてた。とてもみてた…。
視線を感じてただなんて!
しかも、さっき居たらわかるとか存在が美しいとか熱弁してしまった手前恥ずかしくてなんか居たたまれない………!
「最初は、聖歌隊の中に侯爵令嬢たる私が居ることがバレて敵対派閥の方に隙を狙われてるのかと考えました。
騎士の方が在中してるとはいえ、我が家に直接攻撃を仕掛けるより守る対象が多く居る大聖堂の方が私個人を襲撃しやすいですもの。後継者が居なくなれば、ヴァンホード侯爵家といえども多少ダメージが与えられるでしょうから。」
ぶ、物騒!!
まぁ、そういう事態が起きる可能性は弱小貴族の僕でも想像できるから、貴族って怖いよな…!!
「でも、すぐに違うと気づきましたわ。だって、聖歌を聴いてるエラルド様はとても幸せそうでしたから。」
「幸せそう…ですか?」
「えぇ。聖歌は守りの歌。その歌を聴きにくる方は、平和を、皆の幸せを願う方も多くいらっしゃいますわ。平民でも、貴族でも心根の優しい方。エラルド様はとても優しい顔で聖歌を聴いて、幸せそうに微笑んでるところを何度も見かけましたので、そういう類いの方なのだと思いましたわ。」
幸せそうかぁ。
「もちろん平和になれば良いとは思っていますが、推しの…アナベル様の声を聴いて幸せだっただけで、僕はそんな高尚な人間ではありません。」
「ふふっ…良いように捉えたままにしておけばよろしいのに。……エラルド様が悪い人間ではないと、私は判断しました、ですが、私をみていることが多いことから少しの疑いでも無くさなくてはいけませんので、エラルド様のことを調べさせましたの。」
なるほど、だから侍従の方が僕の家名をあらかじめを知ってたのか。
「勝手に疑って勝手に調べるだなんて身勝手ですけれど、悪く思わないでほしいわ。」
「侯爵家に害をなす存在かもしれないって思ったら調べるのは当たり前だと思いますので、気にしていません。」
「ありがとう。それで、私はエラルド様のことを知りましたの。……お父様が亡くなったこと、13歳の幼さで当主代理を勤め始めたこと、身勝手な親戚から家をまもっていること、領民のことを思っていること。領民から慕われ、とても優秀だということ。…私のことをみている理由はわかりませんでしたから、それは単に聖歌隊をみているだけで、たまたま私の方を向くことが多かったと結論付けましたわ。」
なんか、過分に評価されている気がする!
僕は、ただ一生懸命だっただけで全然できてない…。騎士も領主も努めてた父様には到底及ばないし、みんなに助けてもらってなんとかやってるだけで能力なんて無い。
そう伝えるとアナベル様はおかしそうに笑って僕に言う。
「助けてもらえるのも能力ですわよ。そもそも、エラルド様が優秀でなければ、正式な当主になれない13歳の子供など、当主代理に認められることはありません。貴方の能力は素晴らしいの。もっと誇ればよいのです。」
そう…か?
推しが言うんだから、そうなのかも。
「…私は政略結婚ではなく、ともに歩める人と婚姻を結びたいと思っているの。ただ私のそばに付き従うだけの人や私を侯爵家の付属物としてみるような人じゃなくて、2人で前を向いて歩める人と。
エラルド様なら……幼い頃から父のためにと学び、父亡きあとに領地を懸命に支える貴方なら…共に歩めるんじゃないかと思いましたの。調書でも、貴方はとても領民の方から好かれていて、誰かをアクセサリーとしてみるような人ではなく、権力に媚びる人でもはないと思いましたので。
ただ、私と貴方、個人としても家としても接点が無いものだから、縁を繋ぐことは無理かもしれないと思っていましたわ。我が家から縁組みを申し入れれば、貴方は受けるしかないでしょう…。そんな強制は嫌でしたの。だけど、今日…貴方がこの店に来た。…実はここのお店は私が経営しているの。もちろん公表はしていないけれどね。」
「えっ!」
まさかの経営者…!
この店は茶菓子も美味しく、とても良い店だとは思うけど、侯爵令嬢が懇意にするような格式高い店ではない。(けして安っぽいという意味ではなく、ターゲットとする顧客が高位貴族ではないという話だ。)
それなのに、侯爵令嬢であるアナベル様が滞在してるわけだ。
「私の店に、私が居るときにエラルド様がいらっしゃった。これは、神様がくださった機会なのだと思ったわ。エラルド様と、お話をする機会だと。それで不躾にも約束もなく呼び出したの。最初はお話をして友人になっていただいて、別の機会に婿養子の打診をさせていただくつもりだったのだけれど、エラルド様がこの部屋に入ってきてすぐ"聖歌隊の君"とおっしゃったでしょう?それで、私が感じていた視線が偶々だったのか知りたくなってしまって、聖歌を聴きにいらしてたことを聞いたわ。そうしたら、エラルド様…私を…おし?として好いてくれてるとわかって。これは…その………ぃ……じゃないかと思いましたの…。」
ん?最後のところだけ聞き取れなかった…
「あの、最後なんと…?」
「…ん……ぃ…」
「え?」
「っ…う、うんめい…!じゃないかと、思いましたの!!まずは友人に、と思っておりましたが好意があるなら最初からお婿へ来ていただくことを望んでると伝えた方が早いと思いましたの。私に恋愛感情を持ってるわけではないというのはわかりますけれど、恋愛感情じゃなくても好意はいだいてるってことですものね!!私もエラルド様をまだ愛しているわけではありせんが、きっといい関係を築けると思っておりますわ。」
うんめい……運命!!?
顔を真っ赤にして運命というアナベル様、信じられないくらい可愛いんだけど、僕は死ぬのか?
推しに運命とか言われて……え……夢??
推しに向けてた感情は、恋や愛情とは違うものだとアナベル様もわかっているようだけど、こんなの……
「だから、エラルド・マーキュシード様、私のお婿様になっていただけませんこと?」
◇◇◇◇
それからの話は早かった。
僕はアナベルの申し出を受け、何故かその足で侯爵家に向かうことになった。
早すぎるだろって焦ったけど、侯爵閣下…お義父様は、アナベルが実質初対面の僕に婿になって欲しいと言った話を聞いて爆笑してた。子爵家の弱小貴族の僕が相手なんて反対されるかもって思ったのに全然そんなことなかった。
僕の家臣たちは突然の報告に吃驚してたけど、泣いて喜んでくれた。
僕らはトントン拍子で婚約を整え、3ヶ月後にはヴァンホード侯爵家の屋敷で婚約式を行った。
女性から、しかも深窓の美姫とまで言われているアナベルから僕が求婚をされて受けると言うのは、男性から女性への求婚が当たり前の社交界ではいささか衝撃が強くしばらく話題の中心となったが、仕方ないと思う。
当主の座を狙ってた親戚は、ヴァンホード侯爵という後ろ楯ができた僕にちょっかいを出すほど愚かではなく、仕事もしやすくなった。
あれよあれよという間に僕は17歳を迎え、正式にマーキュシード子爵領を継承し当主の座についた。来年、18歳になったらアナベルと婚姻しヴァンホードの姓をいただく予定だ。
マーキュシード子爵領と、ヴァンホード侯爵領の2拠点生活で忙しくはなるが、きっとそれも楽しいだろう。
アナベルとはとても良い関係を築いている。
恋愛感情から始まった関係ではないが、互いに好意を寄せていたこともあり、好きなものや嫌いなもの、小さい時から今までに至るまでの経験、いろんなことを話して、沢山いろんな所にいって、交流を深め、今では彼女をとても愛している。彼女も僕を愛してくれている。
「ルド!やっとみつけましたわ!」
「どうしたの、ベル」
「ウエディングドレスデザイナーのマダムジリーが参りましたの!一緒にみてくれる約束でしょう?」
「もちろん!ベルは何でも似合うから悩むなぁ…女性のドレスは詳しくないけれど、ふんわりしたやつもかわいいし、しゅってしてひらってなってるやつも絶対似合うと思うんだ。」
「しゅってしてひらっ…?…もしかして、マーメイドドレスのことかしら?」
「そう、それ!マダムと相談しなくちゃ!何を着てもベルは世界一美しいけどね。」
「ふふふ、ありがとう。ねぇ、ルド?」
「なんだい?」
「愛してるわ、私のエラルド。聖歌隊の中から私を見つけてくれてありがとう。」
「ふふっ。僕も愛してるよアナベル。君をみてた僕に気づいてくれてありがとう。」
あの日まで顔も知らなかった僕の推しは、深窓の美姫と名高い侯爵令嬢で、可憐で、強さも、優しさも備えた世界一の人。
End.
推しは作るものじゃなくいつの間にか推してるものだと思ってます。推しがいるって楽しいです。
※この作品は恋愛作品になりましたが、
推しへの感情=恋愛感情なわけではないです。
(そういう方もいるし、そうじゃない方もいる)