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3-3「冒険者」


 ◯ ハルト ◯


「ただいまー」「おかえりなさい」


 ハルトが帰宅すると。部屋着姿でダイニングにいたイエは、夕食の準備をあらかた済ませてくれていた。

 焼きそばはもう炒めるだけでオッケーで、余った野菜にキノコを加えたスープがコンロにかけられている。イエが大事に漬け込んでいる水菜が添えられていたし、だし巻き玉子まで焼いてくれていた。

 ハルトは冒険者ギルドで印刷した、まだ受注のスタンプが押されていない依頼書たちをイエへ掲げてみせた。


「まずまずだな。ダンジョンのマッピング代行とか、水質調査とか、クマノコゾウの駆除とか」


 しかし、それを見たイエは眉間にシワを寄せた。


「まずまず……? それはいけません、今すぐ確認します」

「ええ? ちょ、食後でいいじゃんいつもどおり。いちおう言っとくけど『まずい』じゃなくて『まずまず』だぞ?」


 依頼書たちはもう彼女に抜き取られていて、底知れない眼差しに隅々まで見通されていた。


(こと健康とか労災に関わるものならオレよりずっと詳しいから、いつも見てくれるのは助かってるけど……んん?)


 千癒術士イエはハルトのどんな冒険にもついてきてくれるので、依頼の受注前には彼女へ必ず相談するようにしている。

 結果として見送る冒険もあるが、1人では盲点になっていた悪条件を見つけられるからありがたいと思っているほどだ。

 しかし、今回はやけに前のめりな気がする。


「……ふう。どれもダメですね」

「ええ!? ウソだろ!?」


 イエが依頼書にキッチンハサミを差し込もうとしたのでハルトは止めた。


「強制マッチングパーティでもフリーロット報酬でもないぞ!? ああいうのはもう2度とやらないって!」

「それは大前提です。たとえばこの依頼は四大保険すらついてないので依頼主の誠実さが疑われますし、こっちは不明瞭な手当を込み込みでやっと最低水準の手取りなのでやり口が怪しいです。これなんか拘束時間も報酬も相場よりお得と見せかけて、残業の備考欄が細かすぎるので不測の事態が多いのをごまかしてるんだと思います」

「わ、わかるけどさ……なんだろう、えらく用心深いな?」


 条件を見ているというより、条件を通してその向こうの依頼主を見透かそうとしているような。


「いつもなら妥協するようなのもあるじゃんか。依頼主がおとぼけしようとしてるならそれはそれ、細工は流々に出し抜いてみせましょうっておまえが背中押すこともあるのに」

「まあ、この件は食後に改めて話しましょうか」

「ええー……おまえの主導権がアクロバティックすぎる」


 イエが焼きそばを炒めだしてしまったので、ハルトも食卓に座って彼女お手製のハーブティーを注ぐしかなかった。


「「いただきます」」


 と何事も無いかのように手を合わせてみせても、相棒がどうにもおかしいことをハルトは察していた。


(オレが立ち食いでテキトーに済まそうとしたから機嫌悪い……? それとも買い物押しつけてギルド行ったから? いやいや、お互い納得したうえでこうなったはずなんだが……ひょっとしてそういう考え方自体が傲慢なのか? ネットの広告でそういう限界夫婦のマンガあるじゃん。……誰が夫婦だ!)

「ハルトさん、専業主夫になる気はありませんか」


 「ごふっっっ」。ハーブティーを噴きかけたハルトに対して、イエは平然と焼きそばをすすっていた。


「はあ!? な、ななななに!?」

「あ、ちがいますプロポーズじゃないです。そういうのじゃないですよ、私からなんてそんな」

「わかってるよ! ……ん!?」

「つまりですね、冒険者を辞める気はないかなって訊きたかったんです。さっきの話の続きです」

「食後って言ったじゃん!」

「ごめんなさい、ガマンできなくなっちゃって。食べながらでいいので答えてください」

「喉通らないわ……!」


 この天然危険物乙女と交際している青年は、ハーブティーのおかわりを貰って息を整えた。


「いや……辞める気なんか無いって、オレは冒険者の生き方が好きなんだから。未知のものを知って、自分の限界に挑戦して、世の中をちょっとだけマシにして……これぞ夢ある生き方って感じだろ。はじめからその思いは変わってないよ」

「でも、テレビでは使い捨ての日雇い労働者だって……」

「は? テレビ?」


 イエはコクリと頷いて、リビングのテレビへリモコンを向けた。

 1日分の全番組がタイムシフト録画されていて。放送されてまだ間もない情報番組が再生された……、


『あなたの大切な恋人やご家族が冒険者を志しているなら……今一度、その意味をよく考えてみてはいかがでしょうか?』

「……なるほど」


 ……そして十数分後。早送りと再生が交互に押されていくリモコンは、イエではなくハルトの手の中にあった。


「テレビの言うことを鵜呑みにすな! 以上!」


 ハルトがハリセン代わりに振り下ろした依頼書の束が「あう」、ポスッとイエの頭を撫でた。


「……なんて一蹴するのもあんまりだし、まあ、この依頼は受けないことにするけどさ」

「え……? いいんですか?」


 テーブルの足元のくずカゴへ、一期一会の感謝もそこそこに依頼書たちを差し込んだ。


「うん。おまえが指摘したことは一理あるし。冒険者の仕事に慣れてきて、悪い意味で妥協が多くなってた気がするんだ」


 依頼を受けに行く身なればと、使い捨てでもよしとしてしまえばそれは確かに冒険者ではない。ただの労働者だ。


「要するにさ、オレが真の冒険者ってやつになればおまえの心配も無くなるわけだよ。頭下げて依頼貰いに行くようなひよっこじゃなくて、黙っててもみんなが頼ってくれるような冒険者になってみせるから……これからも付き合ってくれないか?」


 対面の席をまっすぐ見据えれば。イエは、ハッとしたようにまばたきを繰り返した。


「……。……ハルトさん。ハグしていいですか」

「うあ!? なんで!?」

「ごめんなさい、ガマンできなくなっちゃって。私の返事はもちろんイエスです、ごちそうさまでした」

「……。……おまえ発信のドタバタだからな? コレ」


 ハルトも一拍遅れて「ごちそうさま」、ご満悦げなイエへ手を合わせるのだった。


「ていうか、もしもオレが冒険者辞めるって言ったらこの先どうするつもりだったんだよ」

「責任もって私が養いますから、アトリエ仕事の助手をしてもらえれば十分です。年中無休の18時間勤務で」

「冒険者より過労死しそうなんだが!?」

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