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3-2「冒険者稼業?」


  ◯ ハルト ◯


 冒険者ギルドのことを素人に説明するなら、『酒場のあるハローワーク』とでも述べるのが適切だろう。

 方々からのクエストを閲覧できる事務局に、ギルドと提携した酒場が併設されているのが普通である。

 いやむしろ、その地域で親しまれてきた酒場のそばにギルドが建つのだ。

 情報交換、仲間募集、前祝い、打ち上げ。酒場は古来より、冒険と切っても切れない交流の場として重宝されてきたから。

 なお。事務局と酒場が一緒のホールに合体していて、セクシーな受付嬢がセクシーな看板娘を兼任している……なんてイメージがたまに聞かれるが。それは事務局にも酒場にもまだ縁の無い、ガキんちょの妄想である。

 冒険者の生活を左右するクエストの斡旋および相談の場で、同じホールに盛り場があるなんてナンセンスだ。


「どうも。閲覧お願いします」

「8番をどうぞ」


 閉館間際の時間帯もあって、ギルド内はちらほらと話し声が交わされているくらいの静かなものだ。ハルトは受付で番号札を貰うと、パソコンが並んでいる閲覧スペースへ向かった。

 スーツ姿の受付嬢たちが待機している受注窓口は往々にして後からの出番であり、まずはパソコンや掲示板などの閲覧スペースでクエストを探すのがセオリーだ。

 部屋着のまま出てきたような若者や一見すると隠者じみた老人まで、図書館並みの大人しさで依頼書を印刷していた。


(イエのオフの日は除外、っと。あいつは文句言わずについてきてくれるけど、ただでさえ千癒術士の仕事あるもんな)


 ハルトの場合は、フェアリーでカレンダーやメモを開きながら検索条件を絞っていった。


(近いうちに補充したいって言ってた素材。納期に間に合う往復距離。おっと、アイテムの準備期間は多めに考えて……)


 他の冒険者たちが自分の得意分野やラクできる条件で検索していくなか、ハルトは相棒の都合を第一に考えていた。


  ◯ イエ ◯


 スーパーで買い物を済ましたイエは、下町のコーラル通り5番地へ帰ってきた。


「ただいまです」


 自分の千癒術士工房アトリイエと一体化したささやかな一軒家の、なんと愛おしいことだろう。

 ちょうど自動で点いた外灯は暖色系の明るさで家を包んだし、玄関をくぐって電気をつければ同じ暖かさが灯る。

 物がハッキリ見えそうという理由でイエはクール系色の電灯をヒイキしていたものだが、彼の意見を聞いて正解だった。


(ハルトさんが帰ってくる前に、下準備だけ終わらせちゃいましょう)


 彼は帰ってくるなりダイニングの椅子に吸い寄せられがちだが、イエはやるべきことは一息つく前に終わらせるタイプだ。

 千癒術士のローブを取り去れば、チュニックとキュロットな装いとなって動きやすくなった。

 買い物袋の中身をテーブルに並べて。冷蔵庫や戸棚へ仕分けして。

 焼きそばセットの麺以外、豚肉と野菜をキッチンへ持っていくとカットしてフライパンへ。

 豚肉と野菜は、麺と別にして先に炒めておくと火の通りが良くなるし焦げつきにくい。インスタント焼きそばでも裏面に書いているほどの基本だが、料理に慣れていないと意外な盲点になりがちだ。なにしろイエも母から教わるまで知らなかったし。

 麺はふっくらさせるために焼く直前にレンジでチンするとして。炒め野菜と炒め豚肉を皿に移してラップして。他の食器もあらかじめ準備しておいて。

 そこでイエはようやく「ふう」、一息つこうという気になった。

 ダイニングの隣にはイエとハルトの部屋があり、壁一枚だけで隔てられた隣り合わせにスライドドアを据えている。

 就寝時以外はだいたい開け放たれていて、ハルトの部屋がテレビゲームや冒険の記念品をラフに並べている様が見えた。

 一方でイエの部屋は、余暇における癒し効果を大真面目に追求。触りの良いぬいぐるみやクッション、アロマやポプリを揃えたゆるふわルームである。

 実用性特化のアトリエと見比べられてハルトには不可解な顔をされてしまったものだが、じゃあ自室を第2アトリエにして彼の部屋で寝ようとしたら平謝りされたからイエこそ不可解である。

 イエはチュニックとキュロットを脱ぎ去り、部屋着であるパーカーとショートパンツに着替えた。


「ぼっふん」


 そしてベッドへダイブ。


「ぽへー……ぐでー……」


 一息つく時も全力で一息つく、それがイエの流儀である。ぬいぐるみを触りながらゴロゴロ、テレビのリモコンを掴む。

 点けたのは、WHKの情報番組である。


『では先生、冒険者の本質は日雇い労働者と等しいものだと?』

『そうですね。冒険する者、という言葉のカッコよさに惹かれてしまうのでしょうけども』


 イエはスッと首を上げて、学者先生と司会のタレント陣が長机越しに対談している様子に注目した。


『どんなに世界が拓かれてきても、冒険者を志す者の多さに対して依頼の数は少なすぎます。大昔から完全に買い手市場なんです。憚りなく言わせてもらえばこう考えてる依頼主は少なくないでしょう、欲しいスキルを引っ提げていくらでも湧いてくる使い捨ての労働力だとね』


 学者は大きなスクリーンに表示された円グラフなども活用する。


『冒険者の7割は独立に足る職業訓練などを受けていません。依頼が無ければ自発的に生活の糧を得るのは難しいんです』

『依頼が無いならそれこそ自分から冒険に出かけて、ダンジョンでお宝を探したり名のある魔物を倒したりするのでは?』

『それはごく一部の命知らずだけです。正確に述べるなら大抵の冒険者ははじめにそういうことをやろうとするのですが、こっぴどく死にかけます。そしてだんだんと、日々の生活のための低リスクな依頼へ群がるようになるんです』

『身の丈に合った平凡な暮らしがいちばんですね』

『そんなキレイな話ではありません。たとえば比較的リスクの低いフィールドで素材をかき集めてくるのが定番ですが、それにしたってみんな同じようなことを考えるから買い取り依頼の取り合いになる。あぶれたらそこで食いぶちを失います』


 指示棒で、『日雇い労働者』という見出しが強調された。


『しかも冒険者ギルドの規定により形式上は1人1人が『個人事業主』となっているので、無茶をやらかしても補償はほぼありません。まあ実際アナーキーな振る舞いをする者も多い業界です、ギルドが受け皿となるには締め付けも必要なのでしょう』


 そして学者は、装具で膝を補強した片脚をぎこちなくカメラに見せた。


『自由気ままに世界を回り、胸躍る未知の冒険だけで生きていけたらどんなに輝かしいことでしょうね。私も膝に矢を受けるまではそう思っていましたが、真の冒険者になるのは学者になるよりも難しいことです』


 テレビの前で、首を上げたままのイエはプルプルしていた。体勢がキツいのもあったがどちらかといえば心理的に。


『この番組を観てるあなた。もしもあなたが、そしてあなたの大切な恋人やご家族が冒険者を志しているなら……今一度、その意味をよく考えてみてはいかがでしょうか?』

「あ、あわわ……あわわわわわ……」

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