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2-1「アトリイエ」

 ベルアーデ帝国。

 古くは小さな傭兵団から興り、今や南エウル大陸の中西部イチの国力を有する軍事大国だ。

 世界が著しく不安定だった中世・近世においては傭兵派遣業で国外を席巻したものだが、現在では軍事警備業や重工業を得意として領民や同盟国のニーズに応えている。

 その帝都たるベルロンドでは。近未来的な高層ビルと昔ながらの木造建築を合理的に同居させつつ、どちらにも最新ギアニズムを取り入れたビビッドな景観がそびえていた。

 強化外骨格を装着したフルメイル兵がローラーサバトンをかき鳴らしながら揚げ雪玉店のドライブスルーに並んだり、鍛冶屋が炉に銃火器たちを押し込めば工房と一体化した歯車仕掛けが回り出したり。

 スーパーで買い物帰りの主婦は等身大の自動人形を借りて荷物を持ってもらったり、小道で遊ぶ子供たちはフェアリー越しに操る小型ロボでバトルしたり。

 下町のコーラル通り5番地で、千癒術士の小さなアトリエが朝っぱらから爆発事故を起こしたり。


「うああああ!?」


 バゲット入りの紙袋を手に正面口を開けようとしていたハルトは、爆風でポーチを転がり落ちた。

 すると白煙の奥から、ガスマスクとライオットシールドを装備した乙女が現れた。


「ハルトさんっ? あ、あう、あう……ごめんなさい大丈夫ですか」

「イエぇぇぇぇ! ベッタベタな爆発事故起こすなよっ、なに失敗したんだ!?」


 ガスマスクを外した彼女は極東ニフ国の乙女、イエ。青年冒険者ハルトの相棒である。

 強力換気扇で白煙が抜けていけば、ドアの上に掲げられた看板が屋号を露わにした……『アトリイエ』と。


「失敗じゃないですよ、この爆発も含めて調合工程なんです」

「……っていうと、また毒薬かバッドアイテムか」

「毒も処方次第でお薬ですよ」


 イエがガスマスク無しで踏み込んでいったのを見てから、ハルトもアトリエ内へ。

 たった一間だけの空間を活かすため、天井を高くして中二階や壁面収納を敷設した工房だ。

 調剤器具、錬金釜、魔法陣台、呪具箱、3Dギアプリンター。あらゆるクラフト設備が詰まっているかのようだ。

 仮眠スペースとして2枚のハンモックが中二階に吊られていたが、女子らしい小物を置いた1枚だけが使い込まれていた。

 イエは呪具箱が置かれていた作業机に歩み寄り、白煙の源だったアイテムを持ち上げた。

 まな板である。


「まな板」

「違います、マナボードです」

「なんでちょっとカッコよく言い直した」

「違うんです、まな板の形をしてますけどマナボードっていうバッドアイテムなんです。これを装備すると……」


 と説明し終わらないうちから、ドアがノックとともに開けられた。


「千癒術士さあん! 依頼してたアレなんだけどっ、あのっ、実はオーディションが早まって今日にでも必要なの!」


 飛び込んできたのは、男物の燕尾服で麗人っぽくキメた長身の女性だった。

 ……スイカよりも大きな超乳をお持ちの女性だった。


(でっっっっか……)


 反射的に目を瞪ってしまったハルトは己を悔いた。目を逸らした。


「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ、ちょうどいま完成したところなんです」

「わああ! ホント!? ありがとう!」

「どういたしまして、こちらこそ来てもらったおかげで納品が楽になりました」


 ハルトの真ん前に歩み出たイエが、女性へマナボードを渡した。

 すると女性はなんと胸元をはだけ、そこにマナボードを押し込んだ。


(ぶっっっっ……)


 イエの肩越しに見てしまったハルトはまたも悔いたが、回れ右をする前に不思議なことが起こった。

 防弾チョッキよろしく装備されたマナボードから力強い魔力の輝きが発せられて……、

 瞬く間に、女性の乳が小さくなったのである。


(うん……!?)


 こればっかりは、二度見してしまったのもしかたないだろう。

 女性は今や微乳を超えて絶壁。だが貧乳なんて蔑称こそ一蹴されるべきだろう、ユニセックスな魅力の増した麗人だった。


「やったああ! これで私も男役として歌劇に出られるよおっ、もうあんな生温かい目を気にしなくていいんだね!?」

「はい。装備が外れたらエアバッグ並みに元に戻るので、しっかり固定してくださいね」

「おけ、サラシでも巻いとく! じゃあ請求書メールしてっ、オーディション終わったらすぐ振り込むからバイバーイ!」


 イエが「お大事に」と振った手すらちゃんと見えたか怪しいが、女性はウッキウキでアトリエを去っていったのだった。

 室内に静けさが流れた。ハルトもイエも少しの間、ドアが勝手に閉まっていくのを喋らず動かず見ていたから。


「おっぱいだけじゃないと思いますけど……」

「ぶふっっっっ、ごほっげほげほ!」

「ハルトさん? さっきの煙、吸いすぎちゃいましたか?」

「い、いや。なんていうかその……わるい」

「……? どうして謝るです? 男の子ですから、オスの本能的におっぱい見ちゃうのはしかたないです」

「わかってんじゃないかよっっ……いやオレは本能とかわかんないし見てないけどっそもそも女子がそいうの連呼すんな!」

「誰にでもある部位なんですから、大声で言うことじゃなくても恥ずかしいことじゃないですよ」

「恥ずかしいの! オレが!」

「コンプレックスは人それぞれですからね、何はともあれあの人の癒しになれてよかったです」

「人の話を聞け!」


 控えめに胸を張ったイエ。ハルトはバゲット入りの紙袋を持ち直し、裏口のドアを開けた彼女を追った。

 裏口の向こうは、アトリエと一体化した2DKの一軒家である。


「……ところで、パン屋のばあさんが毎回からかってくるのもアイテムでどうにかならないかな。さっきもさあ……オレがおまえと……いつ付き合うのかとか聞いてくるし」

「もうお付き合いしてるじゃないですか、私たち」

「何回言っても忘れるんだよっ。……オレも毎回答えなくてもいいのに!」


 同居……もとい同棲している青年と乙女は、ダイニングにて朝食の準備を始めるのだった。

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