24-2「どこでも」
「者どもかかれい! 我ら『這い寄る無名』教団っ、こやつらを贄として『刃の先触れ』の雪辱を果たそうぞ!」
号令一下、車内の乗客全員が薄笑の仮面と武器を装備した。
カルトな狂信者たちである。イエは寄りかかっていたハルトからあわわと身を起こした……が、また引き寄せられた。
「離れるなよ?」 他でもない、ハルトに抱き寄せられたのだ。
彼はリーダー格の老人が儀式用ナイフを覗かせた時には、フェアリーでとあるコマンドを入力していた。
「【天使の羽先】!」「来ませい!」「冒涜者を贄に!」「不信心者に非存を!」
狂信者たちはナイフの他に儀礼的紋様の施されたハンドガンを持っており、そこから放った魔弾でナイフの刃を震わせた。
鈴あるいは音叉のようにナイフは歌い、彼らの言葉を借りるなら『聖具』として機能した。
するとナイフの前の空間が綻び、触手の翼が現界した。……あのモノリスたちの先触れだ。
だが、それらがイエとハルトへ至って存在を吸う前に……圧倒的衝撃が狂信者たちごと吹き飛ばした。
バズーカよりも大口径な魔砲弾が後部車両から突き抜けてきたのだ。
「あうっ」「よっと……」 耳鳴りと粉塵の渦中にて、イエはハルトにエスコートされて後部車両のほうへ。
彼のフェアリーのホロ・ウィンドウが、後部車両の……貨物車のライブ映像を映していた。積み荷である自転車やバイクをもっと大きな鋼鉄で蹴散していく、その主観視点を。
そして主砲にて車両の壁をもう1発破壊すると、連結部を一気に乗り越えて……イエとハルトを映した。
「ここからはクルマだな」「あうあうっ」
車体を駆け上がると、イエはハルトに真正面から抱きしめられていた。……上部ハッチに2人揃って飛び込むためだった。
2人が乗り込んだのは、キャタピラの代わりに蟹を思わせる脚がびっしり生えた戦車だった。
車体にはベルアーデ帝国軍お抱えトゥーデッカー工廠のエンブレムと試作機ナンバーが振られていたが、それよりも化け蟹じみたペイントのほうが目立っていた。
「ひ、ひいい!?」「竜の眷属かあ!?」「化け物お!」「落ち着け戦車だ!」「戦車かあ!?」
砲撃を受けてすでに半数以上は戦意喪失していたが、蟹戦車の突撃によってほとんど蹴散らされた。
車体に接触した触手の翼も生命体以外に効果は無く、空間の綻びの向こうへ打ち返された。
「あの。やっぱり私、すみっこのほうに座りましょうか?」
「いいよここで。そばにいてくれ」
車内ではハルトが操縦席に着いていて、その膝上でお姫様抱っこよろしくイエが座っていた。
今どきの戦車は1人で全ての機能を回せるようになっている。昔々のようにチームで乗り込んで観測・装填・砲撃を分担しなくてもいいのだ。その代わりに車内は自動化のギア仕掛けで満ちていて、イエがハルトの膝上から退くほどのスペースもあるか無いかの狭さだった。
「上から行くぞ」
半球形のモニター越しに見る外は、肉眼で見るのと大差無い。砲塔が上向くとともに照準アイコンも移動し、それが天井を捉えた直後に魔砲弾が放たれた。
蟹戦車は降りしきる鉄板の中をジャンプし、列車の屋根へと着地した。
すると。他の車両や機関車からまでも、薄笑仮面の狂信者たちがゾロゾロと這い上がってくるのが見えた。
「全部乗っ取られてるのかよ。……相手にしてられないな」
蟹戦車は屋根の両側面に脚を噛ませつつ、狂信者たちをこそぎ落としながらあっという間に機関車間近へ。
さっきとは比較にならない大ジャンプ。車体を宙返りさせ、真下へ撃った魔砲弾にて最前の連結部を破壊した。
機関車と車両部は切り離され、狂信者たちは混乱していた。が、もはやイエとハルトには関係無かった。
蟹戦車は木々を越え、峠の車道に着地したのだから。
仰天した自動車たちが、急ブレーキや急ハンドルを起こしながらも事故を起こさなかったのは幸いだった。
ガードレールで防がれた崖越しに、キラキラと陽光きらめく大海が広がっていた。
「キレイだな。イエ」
「え? あ、はい……キレイですね」
蟹戦車は、もう少し先の海岸地帯まで峠を攻めていった……。
◯ ◯ ◯ ◯
こうして。蟹戦車は海開き前の砂浜に座り、水平線を遠く眺めていた。
イエとハルトが見上げた崖の上では、あのベルアーデ王城を想起させる別荘が佇んでいた。
視線を下げれば。なるほど、ベルアーデのエンブレムが掲げられたフェンスの向こうにプライベートビーチがあった。
ーーさぁめっ ーーうみしゃめ~ ーーふぅかひれっ ーーけいゆっ
もっとも、そのビーチは数々のさめたちの遊び場と化していたが。
「あー……シャルカたちが言ってた『下見』って、こういう」
「フェンスはあっても、海側からは無防備ですもんね」
イエとハルトはエサや捕獲キットを持ちながら、フェンスの鍵を解錠した。
◯ ◯ ◯ ◯
「終わった……」「終わりましたね……」
それから数時間後。イエとハルトは、隣り合って砂浜に座った。
水平線に夕陽が降りていく。イカダに乗ったさめたちが憎たらしげに撤退していく姿を脇へ避ければ、良い景色だ。
「ちょっとのんびりしてから帰るか。遊ぶ楽しみは夏本番にってことで」
「私の水着も夏本番にってことで。ですね」
「はは……うん、楽しみにしてるよ」
イエは肩に手を回され、ハルトの肩と触れ合っていた。……幸せだった。だからこそ……、
「ハルトさん、もしかしてあの時のエリキシルのせいですか? ちょっと素直すぎます」
「おまえのほうが率直すぎるけどな……。あー、やっぱ気持ち悪いか?」
「気持ちいいぐらいですけど、エリキシルのせいじゃないならそろそろ理由を教えてほしいです」
そう。思えばあの鍾乳洞でエリキシルを飲ませたあたりから、ハルトはイエに優しすぎたのだ。
「あの時、狂信者のナイフに首を切られかけて……『死ぬ』って感覚が一瞬だけわかってさ。それで思ったんだよ、終わりの瞬間なんてこんなふうに突然来ることもあるんだって」
ハルトは後ろ髪を掻いた。
「予兆なんか無くて、劇的でもなくて。そんなふうに死んだら後悔なんかもするヒマもないから……おまえが好きだってことをもっと素直に伝えていったほうがいいんじゃないか……ってさ」
「伝わってますよ。いつでも、どこでも」
イエは今日はじめて、自分から彼の手を握った。
「それに安心してください。死んでも私が治しますから、突然死のことなんて考えなくてもいいですよ」
「はは、いやおまえも自分の命は大事にしろよな……」
「あ、いえ、そういうことじゃなくて。実際あの時、ハルトさんは頸動脈を断たれてたので私が瞬で治したって話です」
ハルトは「はあ!?」、やっといつもの調子で慌てた。
「ハルトさんは首の薄皮を切られたくらいの感覚だったと思いますけど、動脈血が溢れる前に閉じたんです。よかったですね、私がそばにいて」
……彼氏は首筋をさわさわしながら、なんともいえない顔でおののいていた。
そしていつもどおりに、素直じゃなく夕陽のほうへ顔を逸らすのだった。
「……ありがとうな。まあ……これからもよろしく」
「どういたしまして。はい、末永くお願いします」
乙女と青年は。夕陽が沈みきってもなお、ほの明るい宵の中でしばらく寄り添いあっていたのだった。




