24-1「海でも」
そこはかつて祭祀場だったという森丘の地下、怪しげな遺物にまみれた鍾乳洞だった。
「死ねえぇぇぇぇい!」「っっ……!」
乱戦のさなか。狂信者が逆手に振り抜いてきたナイフが、のけぞったハルトの首筋をかすめた。
人体の中でももっとも柔らかな部位の1つだ。薄皮の向こうからピリッとした痛みが走り、ハルトは息を呑んだ。
「《ヒーリング》……!」
痛みよりもハッとさせたのは、背中を預けた彼女の声。柔らかな魔力がハルトの喉を包み、癒す。
振り向きたい衝動に駈られたが、目の前で薄い笑みの仮面を揺らした狂信者への対応が先だった。
「神秘魔術だけと侮ったな小僧! 『刃の先触れ』教団の名は伊達ではないっ、儀式で上達してきたナイフの冴えさね!」
「……。ああそうだなっ、大声で襲ってこなかったらやられてたかもな……!」
ハルトはショットガンに変形させていた応銃パラレラムで二刀流の猛攻をいなし……ショット。狂信者を散魔弾で飛ばした。
「伏せろ!」「はいです」
そしてアサルトライフルへ変形させ、ヌンチャクがごとく四方八方へ撃ちまくれば。残っていた他の敵たちも倒せた。
ーーチッ、チッ、チチチ……
狂信者たちもそうだが、見境無く彼らを襲っていた怪物たちも脅威的だった。
触手の翼が生え、表面に人面のようなノイズが映されたモノリスだ。
人頭ほどのサイズで、触手を刺した狂信者たちから『存在感』を吸収していた。
しかしハルトの掃討の甲斐もあって、全て沈静化。破壊は不可能でも表面にはもう何も映っておらず、あやうく骨まで透けかけていた狂信者たちも元に戻っていった。魔弾で全員ノビてはいたが。
「……ふう。終わり……」
フェアリーのレーダー機能でエーテル反応を確かめてから、ハルトはパラレラムを握る手をようやく下げた。
そうしてやっと背中へ振り向くと、そこにいたはずの彼女はいなかった。
またも息を呑んだ……が、ゆるふわ桜髪の後ろ姿はその場でしゃがみこんでいただけだった。
「よかったです、薬液の活性時間ギリギリでした」
彼女は……イエは薬液が色褪せたポーションボトルを片手に、2人のそばにあった遺物を採取していた。
広い鍾乳洞の端から端へ至ってもなお窮屈そうに置かれていた、黒い大縄状の生体だ。
鍾乳石から遺物へと濃縮エーテルが滴り、光属性へと輝いたのをイエはこそぎ取った。そのままボトル内へ調合……。
「どうぞハルトさん。聖女の睫毛入り、解呪エリキシルです」
ハルトは眉間にシワを寄せながらも「うん」、完成したてのオリジナル秘薬を軽口も言わず呷った。
味も言うまでもない。コレはハルトが持つスキルを『癒す』ための良薬になるかもしれないのだから。
全身をほんのり発光させるほどのエーテルが瞬時に巡り、余韻とともに落ち着いていった。
ハルトは狂信者が落としていたナイフを手に取り、【ウェポンマスタリー】の波動を纏わせながら投擲した。
着弾した先から、鍾乳洞の一角が衝撃波とともにゴッソリ抉れた。
「とくに変化無し、ですか。そうですか……」
イエは残念そうだった。ハルトはパッシブスキル(受動技能)【ウェポンマスタリー】を解呪ないしアクティブスキル(能動技能)として御せないかと、解呪エリキシルの試薬をイエにたびたび作ってもらっているのだ。
異常な破壊力で潰された跡では、フェアリーの充電台を彷彿とさせる祭壇たちが崩れていた。
壇上の仕掛けを見るにそれは拘束台でもあり、1基を除いて空だったが。
ーーチッ、チッ、チチチ……ート、トト…… 唯一稼働していた祭壇の上には、あの触手翼のモノリスが磔にされていた。
モノリスをコアとして……貌として人頭が形成され、骨格と筋組織の一部もまばらに現れつつあった。
「はぐれ天使を再生させようとしてるなんて悪い狂信者さんたちですね。もしもお母さんだったらこれくらいでは済まなかったはずです。でも私たちは素材採取に来ただけですし、あとは軍に通報して任せま……」
「イエ。いつもそばにいてくれてありがとうな」 乙女が「あう?」、声と身をよじって振り向いてきた。
ハルトはもう傷痕も無い首筋を触りながら、彼女の目をまっすぐ見つめた。
「海でも行かないか? 次の休みの日、2人で」
◯ イエ ◯
「『前略 お母さん。ハルトさんが2人で海に行こうって言ってくれました。嬉しいです。
夏本番になったらいつものみんなで海水浴に行く計画を立ててたので、その下見を頼まれてたってことなんですけど。
でもハルトさんったらくじ引きで下見係に決まった時はうんとブツブツ言ってたのに、急にヤル気になったみたいです。
そうと決まってからは私、ほとんど何もするまでもなくハルトさんにエスコートされっぱなしです。なう。
というわけで今からいってきます。お母さんの娘で良かったです、ハルトさんの恋人になれて幸せです。
向こうでもずっと幸せでいられますように。お母さんもお元気で。さようなら』……」
「なんか遺書みたいになってないか、後半」
ガタンゴトンとシートが揺れる。フェアリーでメールを打っていたイエの肩が、隣のハルトにモソッと触れた。
「あ。やっとツッコんでくれましたね」
「やっとってなんだよ。ウケ狙いで書いてたのか?」
「そういうつもりじゃなかったですけど、うーんと……」
イエとハルトは今、山地をゆく急行列車に乗っていた。
平日の下り路線。かつ午前10時の中途半端な時刻なのだが、サラリーマンやマジックユーザー風の人々がそこそこ乗車している。ベンチシートで肩を寄せあった乙女と青年のほうが、乗客の年齢層からいうといささか際立っていただろうか。
「ハルトさん。これってデートですか?」「ああ、うん。デートだな」
イエは「わあお」、膝上の手を握ってきたハルトにまばたきを繰り返した。
「安心してください、私はそばにいますから。いっしょに乗り越えましょう」
「良い意気込みだな。だけど列車を降りたらクルマでもう少しかかるし、着く前に疲れないようにな」
イエがハルトへ甘える調子で寄りかかってみせても、彼氏は身じろぎ1つせずに受け入れた。
(……いけません。幸せすぎてダメになっちゃいそうです)
イエのほうがむしろ幸せで震えそうになったが、ハルトを思ってこらえた。プルプルしたのは口元だけで済んだ。
「いいですなあ、お2人さん。仲睦まじいことで」
と。ベンチシートの端で新聞を読んでいた老人が柔和な笑顔を向けてきた。
「ちょっとした長旅のようですな。若いうちは後の疲れなんて気にせず、ただ突き進んでみるのも一興ですぞ」
イエとハルトは微笑とともに会釈を返した。
「なにせ、お2人の旅路はここで終わりですから」 柔和な笑顔の老人は、新聞の陰で握っていた儀式用ナイフを現した。




