1-4「説明パート」
ギルドマスターはノートパソコンからハルトとイエのデータを照会しているようだった。
「リヒャルト・ミルタニとイエコ・イエシキね……。さっきはハルトって呼んでなかったか?」
「こいつが『リヒャルト』って発音できないからハルトで通してます」
「リファュ、っ……ハルトさん、舌噛んじゃいました」
「知ってる。母親がニフ人だからあながち変なあだ名でもないんで、まあ好きなほうで呼んでください。ギルマスさん」
「そうか小僧、じゃあ私のことはエンマ様とでも呼ぶがいい。登録地はベルアーデ帝国冒険者ギルドで、住所は帝都ベルロンドのコーラル通り5番地……ん? おまえたち2人とも……」
「ちょ……っと待った、そこは重要じゃないですよね? 聞きたいのはオレたちが何をしたか、でしょ?」
小バカにするように鼻で笑っていたギルドマスターだったが、「たしかに」とばかりに頷いた。
ノートパソコンの画面が2人へ向けられれば、そこでは動画が再生されていた。
ハルトとイエのフェアリーの目線から自動録画されていた、記録映像だ。
【ジェネリックウェポン】と【ウェポンマスタリー】のコンビネーション無双を映しているのはハルトのフェアリー。
「異常な破壊力だ。そっちの相棒からポンポン渡される武器の力かとも思ったが、ユニークアイテムの妖刀ガンジーまで一撃で壊したとなるとタネは小僧のほうにあるな? この技はなんだ?」
「技っていうか呪いっていうか」
「なに?」
「なんでもない。あなたの言うとおり、オレの【ウェポンマスタリー】は武器を使うと異常な破壊力を出せるんです。ただし、使った武器は必ず一撃で壊れる」
「直前の映像じゃ普通に銃を使ってるようだが」
「銃は対象外みたいですね。弓とか投擲武器と違って、『トリガーを引いたら弾が出る』って仕組みに強化もなにも無いからだと思います。もっとも銃そのもので殴ろうとしたり、魔力に応じて威力が高まるような銃だと発動しちゃうんですけど」
「『しちゃう』、だと? 3階建てのモールでもぶった切るスキルを自分で制御できてないのか」
「まさか。たしかに分類上はアクティブスキル(能動技能)じゃなくてパッシブスキル(受動技能)だけど、発動基準は『武器を持ってる』ってオレの認識なんです。たとえばハサミを持っても、それだけじゃこのオフィスは一刀両断できないですよ」
「私の眉毛バサミを元の場所に戻せ!」
肩をすくめたハルトは手のひらより小さな美容ハサミをペン立てへ戻した。……【ウェポンマスタリー】発動の印であるあの血潮のような輝きは、応銃パラレラムを握った時と同じく発現していない。ウソもごまかしも言っていなかった。
ギルドマスターは、今度はイエのフェアリーが記録していた《リーイング》の全方位回復を示した。
「ではこっちの、《リーイング》だったか……回帰魔法とやらは? 魔力のエフェクトを見るにありふれた回復魔法のそれだが、《ヒーリング》にはゴキブリンをゴキブリに変化させる効果なんて無いだろう」
「変化じゃなくて、それも回復です」
ギルドマスターが「なに?」と眉をひそめたが、イエはちっとも揺らぐことなく背筋を張っていた。
「『魔物』は、生物・植物・物体・概念などの別なく魔力の影響を受けて変異した存在です。つまり病気や状態異常と同じで、本来のカタチから歪んでしまった存在といえます。私が作った《リーイング》は、魔物の体内魔力を整えて本来のカタチに治せるんです」
「な、ッ……!? いや待て、おまえが作った魔法だとぉ?」
「はい。私の魔力だけでは発動できない魔法なので、回復魔法に極振りした増幅器として執刀リィンを使ってますけど」
「厳密に言えば『刀』じゃなくて『杖』なんだよな。高周波ブレード機能は術式発動のためのオマケ」
「画期的じゃないか! その魔法と増幅器を量産すれば世界情勢は一変する、魔物どもに脅かされることは無くなるぞ!」
「ごめんなさい、それは無理なんです。《リーイング》も執刀リィンも私にしか使えないですから」
「なに!? そんなわけあるかっ、おまえみたいなもやし娘に使えるなら私にだって使えるわ!」
「そういうことじゃないんですよね。話せば長いから詳細は省きますけど、執刀リィンはこいつのためだけにカスタマイズされて偶然できあがったんです。虚弱貧弱最弱なこいつが軽々と振り回せるのはそういうこと、いわゆる『専用武器』です」
「それに魔法学のエラい人たちに見てもらったら、私の《リーイング》は術式がスパゲッティみたいに絡まりすぎらしいです。つまり……私しか理解できないみたいです」
ギルドマスターは唖然とした様子で背もたれに身を預けた。
「……無差別に回復してたが、人間が食らって悪影響は?」
「回復魔法なので無いです」
「戦ってる相手まで回復させるのは利敵行為にあたるとわかってるのか?」
「はい、でもそういう調整はできないんです。千癒術士は戦いそのものを否定しないですけど、許されるなら戦ってる相手でも治療は行いたもごもご」
ハルトは一掴みの飴ちゃんでイエの口を塞いだ。
「とにかく、イエの【執刀ヒーリング】はオレの【ウェポンマスタリー】よりよっぽど大事な切り札なんです。どんな絶体絶命のピンチからでも全回復できるうえに、魔物相手なら必殺技も同然ですから」
魔力回復を続けている相棒をチラと横目で見やる。
「その代わり、使ったが最後こいつは魔力切れでぶっ倒れる。するとオレは武器の安定供給が無くなるし、なによりもこいつを守りながら動かなきゃいけなくなる。本当に最後の切り札として使わないと全回復した敵とジリ貧で戦うハメになるから、万能な技じゃないんですよ」
そんな青年と乙女を無遠慮に眺めていたギルドマスターは、やがて、大きなため息をついた。
「……ふん、それで弁解のつもりか? 話を聞く前と印象はなんら変わらんわ、おまえたちは危険で不安定な小僧と小娘だよ。思うにどちらか一方が欠けてもおまえたちは……」
言いかけて、ノートパソコンを閉じて。
「まあいい。いま聞いた与太話ともども、おまえたちのことは『要注意人物』として冒険者ギルドのデータベースに登録させてもらうからな。まったく、こんなのが世に憚っててどうして何も特記事項の記載が無いのか……」
「ありがとうございます。いろんな冒険者ギルドでこの話してるけどみんなメンドくさがって見てみぬフリだからさ、ここまで真剣に聞いてくれたのはギルマスさんがはじめてですよ」
ハルトとイエは「帰れ帰れ!」、オフィスから追い出されてしまった。
……ドアの前でぽつねんと立ったまま。ややあって、どちらからともなく眼差しを交わしあった。
「ハルトさん。私、ハルトさんの【ウェポンマスタリー】もいつか癒してみせますからね」
「ん……期待しないで待ってるよ。持ち主のスキルを封じるっていう妖刀ガンジー伝説もガセだったかあ」
青年と乙女は、歩きだした。